書いてあること

  • 主な読者:会社分割により、社員を別会社に承継させる予定がある経営者
  • 課題:別会社で働くことに不安を抱いている社員に対する会社の配慮が不十分だと、社員が不信感を募らせ、社員の意欲の低下や離職などにつながる恐れがある
  • 解決策:「社員の理解を得るための協議」「個別の社員との協議」といった必要な手続きを押さえる

1 会社分割で労働契約の承継を行う際に必要な手続きとは?

会社分割では、社員の同意を個別に取ることなく、承継会社や新設会社(以下「承継会社等」)に対し、労働契約を包括的に承継させることができ、会社の一方的な都合によって社員が不利益を被る恐れがあります。

そのため、「労働契約承継法」やその施行規則、指針など(以下「承継法等」)で、会社分割によって労働契約を承継する際のルールが定められています。

会社分割で労働契約の承継を行う際に必要な手続きは次の4つです。

  • 社員の理解を得るための協議
  • 個別の社員との協議
  • 社員への通知
  • 社員からの異議申し立て

2 手続き1「社員の理解を得るための協議」

「社員の理解を得るための協議」とは、会社分割に際し、分割会社に勤務する労働者から理解と協力を得るための手続きです。具体的には、雇用する過半数以上の社員で構成される労働組合(過半数労働組合)、労働組合がない場合は社員の過半数を代表する者(過半数代表)と、主に次の内容について協議しなければなりません。

  • 会社分割をする背景、理由
  • 分割会社と承継会社等の債務の履行(賃金の支払いなど)に関する事項
  • 社員が、主従事労働者か否かの判断基準(注1)
  • 労働組合と労働協約を締結している場合は、労働協約の承継に関する事項
  • 会社分割に当たり、分割会社または承継会社等と関係労働組合または社員との間に生じた労働関係上の問題を解決するための手続き(注2)

なお、ここに挙げたものは例示であり、分割会社が社員の理解と協力を得ることが必要と認められる事項が他にある場合については、その事項について、社員に対して理解と協力を得るよう努めることが必要です。

この協議は、次に述べる「個別の社員との協議」の前までに実施します。なお、協議事項についての合意までは求められていませんが、協議を行わなかったために会社分割について十分な情報提供がされず、「個別の社員との協議」に支障が出た場合は、会社分割が無効になることがあります。

(注1)承継する事業に主として従事している社員のことを「主従事労働者」といいます。また、主従事労働者以外の労働者を「承継非主従事労働者」といいます。両者の詳細については、第6章で紹介します。

(注2)労働関係上の問題とは、主従事労働者に該当するか否かについて社員と会社の間で見解の相違が生じることや、承継会社等に承継することが難しい福利厚生に関する問題などを指します。

3 手続き2「個別の社員との協議」

会社は、主従事労働者、承継非主従事労働者に対し、主に次の事項について説明する必要があります。

  • 会社分割の効力発生後に社員が勤務する会社の概要
  • 分割会社と承継会社等の債務の履行(賃金の支払いなど)の見込みに関する事項
  • 社員が、主従事労働者か否かの判断基準

その上で、次の事項について協議しなければなりません。

  • 社員の労働契約の承継の有無
  • 承継するとした場合または承継しないとした場合に、当該社員が従事することを予定する業務の内容、就業場所その他の就業形態等

協議は次に述べる「社員への通知」を行う日までに実施します。分割会社と労働組合等との協議では社員の理解と協力を得るよう努めなければなりませんが、協議事項についての合意までは求められません。もっとも、協議が全く行われなかった、または十分に行われなかった場合は、会社分割が無効になることがあります。

なお、会社法が制定された当時の承継法等では、承継非主従事労働者と転籍合意によって承継させる主従事労働者については、「個別の社員との協議」を行う必要がありませんでしたが、現行法ではこれらの社員とも協議を行うことが義務付けられています。

4 手続き3「社員への通知」

会社は、主従事労働者、承継非主従事労働者に対して、次の内容について通知します。

  • 会社分割により承継される場合には、労働条件を維持したまま承継されること
  • 社員が主従事労働者、承継非主従事労働者のいずれに該当するかの別
  • 社員が承継会社等に承継されるという分割契約等の記載の有無
  • 承継される事業の概要
  • 会社分割後の分割会社と承継会社等の名称、所在地、事業内容、雇用することを予定している社員の数
  • 会社分割の効力発生日
  • 会社分割後に社員が従事する予定の業務の内容、就業場所その他の就業形態
  • 分割会社と承継会社等の債務の履行(賃金の支払いなど)の見込みに関する事項
  • 異議がある場合はその申し出を行うことができる旨
  • 社員が異議を申し出ることができる期限日
  • 異議の申し出を行う際の当該申し出を受理する部門の名称および所在地、または担当者の氏名、職名および勤務場所

なお、通知は次の日までに書面で行わなければなりません。また、分割会社が労働組合と労働協約を締結している場合は、労働組合に対しても別途通知を行わなければなりません(通知事項は労働者と労働組合では異なります)。

  • 会社分割を株主総会で承認する場合は、株主総会の2週間前の日の前日
  • 株主総会での承認を行わない場合は、分割契約等が締結等された日から2週間を経過する日

5 手続き4「社員からの異議申し立て」

通知を受けた労働者は、労働契約の承継に異議がある場合は、通知された期限日までに、書面で異議の申し立てを行います。

主従事労働者のうち、分割契約等に労働契約を承継させる旨の定めがない者は、異議の申し立てを行えば、労働契約を承継させることができます。逆に承継非主従事労働者の場合は、分割契約等に労働契約を承継させる旨の定めがあるため、本来は労働契約が承継されますが、異議の申し立てを行うことで、労働契約の承継を拒むことができます。

なお、主従事労働者で分割契約等に労働契約を承継させる旨の定めのある者や、承継される事業に主として従事しておらず、分割契約等にも労働契約を承継させる旨の定めがない者の場合は、異議申し立てを行っても分割会社はそれに従う必要がありません。

6 主従事労働者、承継非主従事労働者とは?

会社分割によって承継会社等に労働契約が承継される社員は、承継する事業に主として従事しているか否かによって、「主従事労働者」と「承継非主従事労働者」の2種類に分けられます。

さらに、主従事労働者は、分割契約等に労働契約を承継させる旨の定めがあるかによって、「承継される者」と「承継される場合がある者」の2種類に分けられます。後者には、転籍合意によって承継される主従事労働者などが該当します。

これらを踏まえると、労働契約の承継のイメージは次の通りです。

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社員は労働契約の承継に同意しない場合、異議の申し立てをすることができます。この際、社員が主従事労働者か、分割契約等に労働契約を承継させる旨の定めがあるかによって、承継会社等に承継されるか分割会社に残留するかが決まります。

主従事労働者と承継非主従事労働者の判断が難しいのは、社員が複数の事業に関わっていたり、間接部門として複数の事業を管理していたりするケースです。この場合、社員がそれぞれの事業に従事する時間、果たしている役割等を総合的に見て主従事労働者に当たるかを判断します。

例えば、人事部門であれば、承継される事業に従事する社員が多く、その管理に日ごろから特に注力している場合は、主従事労働者に該当するといえるかもしれません。

7 労働条件についての留意点

1)労働条件などは、原則そのまま承継される

分割契約等に定められた労働条件は、原則そのまま承継されます。個別の労働契約や就業規則等に定められた労働条件だけでなく、労使慣行に基づく持病や育児・介護など個人の事情に合わせた勤務配慮なども対象となります。会社分割により労働条件の不利益変更が発生する場合は、社員の合意を得る必要があります。

なお、年次有給休暇の日数や退職金の金額は、自社と承継会社等の勤続年数を通算して計算することになります。

2)36協定

承継会社等で働く場合、1日の所定労働時間については、分割会社の労働条件が原則そのまま承継されます。しかし、次の場合には、効力発生日以降に、改めて36協定を締結し、所轄労働基準監督署に届け出をする必要があります。

  • 承継会社等において時間外労働を行う場合
  • 時間外労働の限度時間について、会社分割の前後で事業場の同一性が認められない場合

3)企業年金

確定給付企業年金(基金型、規約型)や厚生年金基金などの企業年金は、分割会社が実施していても承継会社等が実施していない場合があります。

会社分割における企業年金の運用方法は次の通りです。

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4)福利厚生

福利厚生の中には、そのまま承継会社等に承継することが難しいものがあります。例えば、社宅の貸与などは承継会社等で施設を所有していないと、貸与することが困難です。この場合、代替措置(社宅を貸与する代わりとして住宅手当を支払うなど)を含め分割会社と労働者が協議を行い、妥当な解決を図る必要があります。

5)労働協約

分割会社が労働組合と締結する労働協約の内容は、賃金や労働時間その他労働者の待遇について定められた「規範的部分」と、組合事務所の提供、団体交渉の手続きなどについて定められた「債務的部分」に分けられます。

規範的部分については、労働組合員に係る労働契約が承継会社等に承継されるときは、承継会社等と労働組合との間で、同一の内容の労働協約が締結されたものと見なされます。

債務的部分については、分割会社が労働組合と協議し合意した部分についてのみ、分割契約等に記載することで、承継することができます。

以上(2020年8月)
(監修 弁護士 田島直明)

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画像:pexels

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