相手を思いやる気持ちが強く、同僚や部下の仕事も献身的にサポートする中堅社員のAさん。その姿勢が課内でも浸透し、他の社員も助け合いながら仕事をするようになってきました。

この功績が評価されたAさんは、若くして取引先とのプロジェクトリーダーに抜てきされました。しかし、その直後から取引先の仕事が遅れ始めました。悩んだ末にAさんは、取引先をサポートしようと決めました。社内外関係なく、皆、プロジェクトの大切なメンバーであると考えたからです。そして、課長に相談しました。

「取引先の仕事に遅れが生じ、“泣き”が入っています。そこで、当社が一部を引き受け、助けたいと思っています」

すると課長は、そっけない感じで言いました。

「それは、本当に当社が助けてあげるべきことなの?」

課長の意外なリアクションに驚いたAさんは、「取引先が困っていたもので……」と、同じ言葉を繰り返すばかりです。

「協力」する基準はありますか?

「取引先をサポートしてプロジェクトをうまくまとめたい」という気持ちは理解できますが、冒頭のAさんの選択は正しいのでしょうか?

ビジネスには役割分担があり、関係者がそれを守らなければ、良好な関係は維持できません。相手が社外の場合、契約によって役割分担(権利と義務)が決まります。いくら全体や相手のことを考えてのことであっても、本来やらなくてもよい契約外の仕事を引き受けることになれば、社内に負荷がかかり、収益も悪化します。

一方、“損して得とれ”ということで、そのとき相手に協力することで、その後のビジネスの広がりが期待できるなら話は別です。では、どのような場合に相手に協力できるのか、その基準を考えていきましょう。

良いシームレスと悪いシームレス

Aさんが所属する課のように、情報が活発に共有され、互いに助け合える「シームレス」な組織は理想的です。しかし、この関係を社外にまで広げるとなると、マネジメントが一気に難しくなります。

ビジネスには、「良いシームレス」と「悪いシームレス」とがあります。両者の違いは、「定性的な感覚と定量的な感覚のバランス」にあります。定性的な感覚とは、仕事に向き合う真摯さや他者を思いやる心です。また、定量的な感覚とは、文字通り、数字で仕事の収益性や効率性などを測る姿勢です。

Aさんのようなタイプは定性的な感覚は優れていますが、定量的な感覚は乏しいかもしれません。思いが先行し、コスト計算をしていない状態で仕事を引き受けてしまうのです。

仮に他社をサポートした場合、Aさんやその仲間には満足感があるでしょう。しかし、定量的に分析してみると、機会損失が大きく、会社全体で見るとマイナスになっていることがあります。

良いシームレスな体制の作り方

1)仕事の標準化を図る

良いシームレスを実現するための大前提は、中堅社員自身が効率的に仕事を進め、余裕のある状態をキープしておくことです。自分の仕事が終わっていないのに、新たに他人の仕事を引き受けるのはよくありません。

中堅社員は、メンバーの状況を正しく把握して余裕がありそうなメンバーを見つけ、そのメンバーにもう一頑張りしてもらうなどして、全体に余裕のある状態をキープします。

2)仕事の収益を把握する

仕事を進めるために生じるコストと所要時間を把握します。例えば、皆さんが受け取る給料から時給を計算し、仕事の所要時間を控えておけば、その仕事の収益が分かります。

同様のことをメンバーについても行えば、チーム全体のパフォーマンスが分かります。大まかでもよいので収益を把握すれば、少なくとも悪いシームレスに陥ることはありません。また、どの仕事にリソースを集中すべきかを判断する上でも役立ちます。

3)契約内容を確認する

良いシームレスとして取引先をサポートするとしても、契約範囲から逸脱することは好ましくありません。もし、その仕事でトラブルが生じた場合、責任の所在が問題になります。取引先の仕事に協力するのであれば、トラブル時を想定した取り決めが必要です。

また、こちらが善意で取引先の仕事をサポートするとしても、それはそのとき限りのことであるのが通常です。「どこまでやるのか、いつまでやるのか」を明確に示しておかないと、やはりトラブルになる恐れがあるので注意が必要です。

日々、意識すること

Aさんはプロジェクトリーダーであり、プロジェクトの収益を詳細に把握することができます。仮に自社の利益が数%下がるとしても、それによってプロジェクトの遅れが解消されて取引先との関係が強まり、次のビジネスにつながる可能性が高いのであれば、検討の余地があります。

ただし、中堅社員の独断で進めるのではなく、少しでも迷うところがあれば上司に相談しましょう。中堅社員はこのプロジェクトの収益を考えますが、上司はそれを含む複数のプロジェクトで収益を考えます。部分最適と全体最適の違いであり、上司はAさんと違った判断をすることもあります。

Point

  • 中堅社員は定量的な感覚を磨くべし。
  • そして「良いシームレス」を進め、関係者との信頼関係を築き、ビジネスの可能性を広げる!

以上(2019年8月)

pj00426
画像:Eriko Nonaka

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です