書いてあること
- 主な読者:食品としての昆虫に関心のある経営者
- 課題:昆虫食の長所、短所を把握する
- 解決策:国内外の事例や、専門家の意見を参考にする
1 注目される昆虫食
昨今、「昆虫食」がにわかに注目されており、日本では、昆虫食のメニューや試食会を紹介する記事やテレビ番組を目にすることが増えています。世界に目を向ければ昆虫食は20億人の食生活の一部になっており、今後はさらにその数が増えると予測されています。
昆虫食が注目を集める背景には、食糧を巡る問題があり、昆虫食はその解決策として期待されています。2013年には、国際連合食糧農業機関(以下「FAO」)が、食用昆虫の飼育を推奨する報告書を公表し、昆虫食への注目度が一段と高まりました。
こうした中、海外を中心に、従来は駆除の対象であった昆虫の飼育に乗り出している畜産家や農家がある他、効率的に昆虫を養殖する方法や、昆虫を原料とする加工品などの製造・販売に取り組む企業が出てきています。
2 国内外を取り巻く昆虫食の状況
1)昆虫食を取り巻く世界の状況
世界的に人口や中間所得者層の増加が見込まれる中、食糧の安定的な確保、肉などの動物性たんぱく質のコスト上昇、家畜生産の増加による環境汚染の拡大など、さまざまな食糧を巡る問題への対応が求められています。
こうした中、FAOが「食用昆虫についての報告書」(Edible insects Future prospects for food and feed security)を2013年に公表しました。この報告書では、食用昆虫が、牛肉や鶏肉に匹敵する栄養分を含有し、かつ大きな設備などを必要とせず、水や餌などを抑えて養殖できることが示されています。
また、2018年1月から施行された「新規食品(ノベルフード)」に関するEU規則も、昆虫食市場への追い風とされています。従来、食品としての昆虫の販売は、禁止も認可もされていない状態でした。そのため、昆虫が新規食品として認定されたことで、EU全域で食品として昆虫を流通させることができるようになりました。
昆虫食には、マクドナルドや穀物メジャーのカーギルなどのグローバル企業も注目しています。こうした企業は、肉や大豆といった従来のたんぱく源への依存を減らし、代替たんぱく源の獲得を志向しているとされており、昆虫食関連の企業へ出資しています。
もともと昆虫食の文化があるタイなどの他、欧米諸国においても、昆虫を効率的に養殖するための研究や養殖工場の建設を手掛ける企業、昆虫の粉末を含んだプロテインバーなどの加工品の製造・販売に取り組む企業などが注目されています。
世界全体の市場規模については明らかではないものの、2019年から2030年までの間に、年率24%以上の上昇を続け、2030年には約80億ドル(約8500億円)に達するとの予測もあります。
2)国内の状況
日本における昆虫食の市場規模はどうなのでしょうか。農林水産省や財務省などに生産量や輸入量などについてヒアリングしたところ、昆虫食の市場規模は小さく、統計を集計していませんでした。
昆虫食を販売している国内企業などへのヒアリングによると、一部の大学が研究として昆虫の養殖などを手掛けてはいるものの、タイや欧米諸国のように、本格的な養殖工場などを持っている日本企業はまだないようです。
ただし、伝統的なイナゴのつくだ煮や蜂の子などを製造・販売する企業にヒアリングしたところ、FAOの報告書が公表されてから販売数が増えており、新たな引き合いに対応できないほど盛況のようです。さらに、これらの企業に対して、スーパーマーケットなどを展開する大手企業から、全国の店舗で昆虫のつくだ煮などの販売を打診されているとのことです。
3 従来の家畜との比較
昆虫は、牛や豚、鶏などの従来の動物性たんぱく源に比べると、飼育のための水や餌、土地などが少なくて済むので、生産コストを低く抑えられ、環境への影響も小さいとされています。
その理由として、昆虫は外部の温度により体温が変化する変温動物であるため、牛や豚、鶏などの恒温動物と異なり、体温を保つのに消費するエネルギーが少ないことが挙げられます。
また、種類によって異なるものの、昆虫は従来の動物性たんぱく源と同等かそれ以上の栄養素を含んでいます。FAOの報告書を基に、従来の家畜を生産する場合と昆虫を養殖する場合に必要な水・餌・土地および栄養素の比較は次ページの通りです。
4 国内外の昆虫食の製品事例
1)Exo(エクソ)(米国):コオロギ粉末を使ったプロテインバーを製造・販売
昆虫食ベンチャーのエクソは、コオロギの粉末を練り込んだプロテインバーを製造・販売しています。同社のプロテインバーは、単にたんぱく質が豊富なコオロギの粉末を固めるだけでなく、フルーツなどの天然素材とミックスさせたものを販売しています。
同社のウェブサイトでは、16グラムのたんぱく質を配合したアイスクリームやチョコブラウニー味などのプロテインバーを、1ダース28ドル(定期購入の場合は23.8ドル)で販売しています。
また、大手広告代理店の電通が運用するコーポレート・ベンチャーキャピタル・ファンドである電通ベンチャーズでは、2016年4月に同社に出資し、製品の普及や新規事業の開発を支援しています。
2)TAKEO(東京都):昆虫食の販売、店舗の運営、昆虫の養殖
昆虫食を販売するTAKEOは、日本で唯一の実店舗を運営しています。実店舗では、同社が運営する通販サイトと同様に、バッタなどの粉末や、サソリをチョコレートでコーティングしたお菓子、タガメからエキスを抽出し、国内で製造されたサイダーなどを販売しています。
同社は、食用の昆虫を養殖するため、神奈川県で「むし畑」も運営しています。むし畑は、できるだけ自然に近い形で環境に配慮した養殖を行うため、化学薬品の使用を極力抑えた土壌や餌を用いています。同社はむし畑で養殖された昆虫の初めての収穫を2019年秋に予定しています。
5 昆虫食の製造・販売を行う際のコスト・留意点
1)原料について
昆虫のつくだ煮などを製造・販売している塚原信州珍味(長野県)によると、日本国内の昆虫を原料とする場合、田畑での採集が基本になります。捕獲は自社で行うか、捕子と呼ばれる昆虫を採集する業者に依頼します。
ただし、自然採集には限界があります。最近では引き合いが増えており、需要に対応するために東北地方や長野県内から仕入れているイナゴや蚕を自社で養殖したり、昆虫食が盛んなラオスから輸入したりすることを検討しているそうです。
なお、同社では、加工前のイナゴを冷凍し、食品の原料用として1キログラム当たり3300円で販売しています(2018年8月時点)。
また、FAOの報告書「Six-legged livestock : edible insect farming, collection and marketing in Thailand」には、昆虫食が盛んなタイ国内での食用昆虫の卸売価格が掲載されています。
同報告書によると、ヨーロッパイエコオロギが1キログラム当たり80~100タイバーツ(当時の日本円で約257~322円)、蚕のさなぎが同120タイバーツ(同約386円)で卸業者向けに販売されていました。
この他、フィンランドで昆虫食の製造・販売をしているEntoCube(以下「エントキューブ」)にヒアリングしたところ、法人向けのコオロギのアメリカ向け参考価格は、最低販売可能数量の2キログラムで70ユーロ(約8800円)、一般向けは5キログラム200ユーロ(約2万5000円)で販売しています(2018年8月時点)。
フィンランド大使館商務部によると、エントキューブも含め、現時点でフィンランドから食品の原料として昆虫を日本へ輸出している企業は把握していないそうです。また、フィンランド国内で流通している食品を日本へ輸入する場合、運賃や保険料などが加算されるため、現地価格の約1.3~2倍程度になるケースが多いとのことです。
2)昆虫の養殖コストについて
エントキューブによると、フィンランド国内でコオロギを養殖する場合、1キログラム当たり5.5ユーロ(約690円)の固定費がかかるそうです。この固定費の中には、餌代や温度調節のための電気代などが含まれています。また、固定費の他にも人件費や運送費、昆虫を乾燥させるための熱処理などの費用がかかるとのことです(2018年8月時点)。
また、農家などが新規に養殖を行う際、養殖器具に関連する費用として、次のようなケースが挙げられるとのことです。
中規模の農家が450個の養殖器具を導入し、1器具当たり1.5キログラムのコオロギを年間11回繰り返して養殖した場合、約4万ユーロ(約500万円)の費用が想定されます。これに加えて、器具の更新などのため、およそ1000~3000ユーロ(約12万5000~37万5000円)の費用が発生するそうです(2018年8月時点)。
3)輸入および国内で製造・販売する際の法規制など
厚生労働省や農林水産省などの関係省庁に確認したところ、昆虫食を輸入および国内で製造・販売する際の法規制などは見当たらないとのことです。しかし、輸入する場合には検疫所、製造・販売する場合には保健所へ相談するのが望ましいとのことです。
また、昆虫食を販売している店舗では、消費者の昆虫食に対する認識が低いため、衛生面で問題が発生しないことに特に留意しているとのことです。
6 専門家からのコメント
昆虫食の可能性や食べ方について研究をしている、昆虫食普及ネットワーク理事長の内山昭一氏にインタビューした結果は次の通りです。
1)日本における昆虫食の養殖の現状
- 日本では本格的にビジネスとして昆虫を養殖している企業はまだ多くはありません。徳島大学が食用コオロギの研究に取り組み、地元の企業が連携し、非常食としてコオロギの粉末を生地に練り込んだパンの缶詰を製造しています
- MUSCA(東京都)は、家畜のし尿にイエバエの卵を入れて短期間に魚の飼料と農業用肥料を量産するシステムを開発しました。他にも小規模ながらコオロギなどを養殖し、商品化を目指す企業や個人からの問い合わせがここ数年増えてきています
2)養殖に適した立地や昆虫の種類
- 昆虫の養殖は広い面積を必要としない利点があります。飼育セットを積み上げれば狭い面積でも量産できます。また、耕作放棄地に養殖用ハウスを設置する方法も想定されます。外気温が成長速度や身体の大きさに影響を与えるため、温暖な地域が養殖に適しているといえるでしょう
- 食用としては、今のところ飼育技術が確立しているコオロギ、ミールワーム、蚕などが適しています。イナゴやトノサマバッタなども候補として挙げられるでしょう。飼料としてはイエバエが注目されています。生ごみや家畜の排せつ物なども餌として活用でき、ライフサイクルも他の昆虫に比べて早いのが利点です
3)昆虫食の市場を広めるための課題
- 今後、市場を拡大するためには、見た目と安全性、価格が主なハードルです。見た目については、欧米の昆虫食品メーカーは、高い栄養素をセールスポイントにして、粉末やプロテインバーに加工し、健康意識の高い人をターゲットに販売しています。日本でもそうした工夫が必要です
- EUでは昆虫を「新規食品」に加える規則改正が2018年1月から施行されましたが、日本では昆虫はJAS規格に入っていません。昆虫もJAS規格として認定されれば安心して食べてもらえると思います
- 見た目と安全性がクリアできれば、消費が増えて価格を抑えることができるでしょう
以上(2019年10月)
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画像:photo-ac