書いてあること
- 主な読者:数字によって判断ができるようになりたい営業担当者、若手社員
- 課題:数字による判断といっても、どのような方法があるのか分からない
- 解決策:フェルミ推定と原価計算の方法を押さえることで、ビジネスプランの精度が高まる
1 見えない答えを探す前にイメージしてみよう
営利法人である以上、もうけなければ意味がありません。そのため、
もうかりそうなビジネスをいち早く見つけて試してみることが大切
です。やってみなければ分からないのはリスクですが、時間をかけすぎれば競合他社に先を越されてしまうかもしれません。そこで、
本当に初期の検討では、「ニーズはどれくらいありそうか?」をざっくりと検討し、いけそうなら解像度を高めていくアプローチ
が必要です。
そして、本当に初期の検討で役立つのが「フェルミ推定」です。フェルミ推定とは、
正確な値を導き難いことについて、実際に把握できている値を基に推計すること
です。フェルミ推定は有名なIT企業などが採用面接で使ったことなどで話題になり、知られるようになりました。フェルミ推定の例として挙げられる問題は色々ありますが、例えば、
東京-新大阪間の新幹線でワゴン販売のコーヒーは何杯売れるか?
というのもそうです。実は、2023年10月をもって東海道新幹線のワゴン販売は終了しているのですが、興味深い問題であることに変わりはありませんし、何より筆者がワゴン販売のパーサーに聞いた答えがあるので、この問題を紹介します。なお、答えは最後に紹介しているので、皆さんの推定との違いを確認してみてください。
さて、話を戻します。こうした「答えようがない」と感じる問題について、関連するデータを使って論理的に答えを考えるフェルミ推定の癖がつけば、ビジネスの意思決定がスピードアップしますし、把握しなければならない大切なパーツも分かってきます。そして、ある程度情報が固まってきたところで、原価計算などをして精緻化していけばよいのです。
この記事では、御社の意思決定のスピードアップと精度向上を図るために、フェルミ推定と原価計算の考え方を紹介します。
2 東京-新大阪間でコーヒーは何杯売れる?
ここではコロナ禍の影響を考慮せずに、「東京-新大阪間の新幹線でワゴン販売のコーヒーは何杯売れるか?」を考えてみましょう。この質問に対して、
- JRの社員でないと分からない
- 気温などの条件によるから一概に答えられない
- 何となく100杯!
などと答えているようでは失格です。実際に把握できている値から答えを考えるのがフェルミ推定だからです。
早速、入手できる情報などを組み立てて、それなりに根拠のある数字を導いてみましょう。この問題で、座席数、乗車数、購入率は重要そうな値です。この中ではっきり分かるのは座席数で、残りは予想するイメージです。例えば、ざっくりと次のような感じでしょうか。
- 座席数:1360席(85席(縦17列×横5席)×16号車)
- 乗車数:1088人(1360席×80%)※乗車率を80%とした場合
- 購入率:15%
となると、東京-新大阪間の新幹線で販売されるワゴン販売のコーヒーは、
163.2杯(1088人×15%)
となります。コーヒー1杯を300円とすると、東京-新大阪間でワゴン販売のコーヒーは、
4万8960円(163.2杯×300円)
売れることになります。ここに新幹線の運行本数を掛けたり、他の商品もフェルミ推定したりすることで、「新幹線におけるワゴン販売市場」のイメージが湧いてきます。もちろん、本格的に市場調査をする場合は、天候(暑ければホットコーヒーは売れない?)や運行時間(平日の朝はコーヒーが売れる可能性が高い?)などの条件を考慮していきます。
なお、この事例のように小さな数字を積み重ねていくアプローチだと、実際の数字との乖離(かいり)が生じやすいので、乗車率や購入率などの重要なポイントは、ヒアリングやアンケートによって妥当性を確認するようにしましょう。
3 原価計算の考え方で原価を推定する
1)原価計算の考え方
フェルミ推定によって、ざっくりとビジネスの規模をつかむことができます。こうして理解が進んできたら、次はより細かい部分に突っ込んでいきます。フェルミ推定の結果、東京-新大阪間におけるコーヒーのワゴン販売の収益は4万8960円でしたが、原価はどれくらいかかっているのでしょうか?
ワゴンではコーヒー以外にもさまざまな商品を販売しているため、コーヒーの販売に関連する原価だけを抽出するのは簡単ではありません。また、原価の種類もさまざまです。そこで登場するのが原価計算です。原価計算には難しいイメージがありますが、ここでは基本的な考え方を紹介します。
原価計算では、原価を材料費、労務費、経費に大きく区分します。これを商品(製品)・サービスの製作や提供に対し直接的に発生しているか否かにより直接費と間接費に区分します。最後に、区分した原価群を直接費は直課し、間接費は一定の基準に従って按分(あんぶん)します。原価の種類のイメージは次の通りです。こうすると、ビジネスで発生している原価を俯瞰(ふかん)することができます。
なお、費用別(材料費、労務費、経費)の原価は厳密にはさらに細かく分けられます。具体的には、
- 材料費:原料費、買い入れ部品費など
- 労務費:賃金、賞与、福利厚生費など
- 経費:光熱費、減価償却費、保険料など
といった具合です。また、間接費の按分基準については、間接費の発生の要因に応じて色々と考えられます。コーヒーのワゴン販売の事例では、
販売員のコーヒーの販売にかかる時間や販売回数
などが考えられます。
2)コーヒーのワゴン販売における原価の考え方
では、東京-新大阪間におけるコーヒーのワゴン販売の原価を考えていきましょう。まず、コーヒー豆、カップ、ポットが直接材料費となります。販売員の労務費はコーヒーの販売だけで発生するわけではないので、直課できない間接労務費となります。この他、販売員の制服代やワゴン代が間接経費となります。これらの間接費は、何らかの基準に従っての按分が必要です。
ここでは、原価の大部分は直接材料費と間接労務費で構成されると考えます。
コーヒーの原価は販売価格の10~20%程度といわれます。ここでは15%と仮定して、
7344円(4万8960円×15%)
とします。また、間接労務費は時給1000円のパートが4時間稼働して4000円、その50%を配賦すると、
2000円(1000円×4時間×50%)
となります。
販売員の4時間稼働は、東京-新大阪間の運行時間である2時間30分に、ワゴンへの商品の積み込みなどの準備時間を見込んだからです。また、50%を配賦したのはワゴン販売回数全体に占めるコーヒー販売の回数を50%の比率と予想したからです。計算された原価は9344円(7344円+2000円)となり、東京-新大阪間におけるコーヒーのワゴン販売は3万9616円(4万8960円-9344円)の利益を生むことになります。
4 回数を重ねて精度を高める
限られた情報の中でも、一定の根拠をもってもうかるか否かを素早く判断する。この力を養うために、フェルミ推定と原価計算を紹介してきました。これを実践することで、難しそうな原価計算も少し身近になるでしょう。
とはいえ、根拠のない思い込みでフェルミ推定をしても意味がありません。世界と日本の人口やGDPの比較、主要産業の規模や話題の数字などはその都度確認し、フェルミ推定で使えるようにする必要があります。また、新聞やニュースで気になったことを題材にフェルミ推定を行い、答え合わせをすることでスキルが向上します。
いかがでしょうか。事業計画を練るには、最終的に細かな原価計算が必要です。しかし、いきなり細かくて骨の折れる原価計算をするより、フェルミ推定で当たりをつけて、その答え合わせをするように原価計算を行うほうが楽しいのではないでしょうか。
5 答えは何杯?
筆者が2023年5月に、実際に東海道新幹線のワゴン販売のパーサーに聞いたところ、
乗車率100%の場合、東京から新大阪までの間で60~70杯のコーヒーが売れる
ということでした。もちろん、天候や時間帯などの要素もあるでしょうが、そうしたことを無視すれば、購入率は約5%(座席数を1360席の場合)となり、この記事の推定の3分の1だったということになります。
なお、ワゴン販売の終了はパーサーの人手不足の問題も大きいようでした。パーサーが足りなければ、新幹線内を往復できる回数が減り、結果として販売機会を失ってしまいます。この辺りまで考慮してフェルミ推定をした方がいたら、すごいです!
以上(2024年2月更新)
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画像:pixabay