書いてあること
- 主な読者:議論を通してチームのパフォーマンスを高めたい経営者
- 課題:無駄な会議が多い。優秀な人材を参加させているのにチームの成果が上がらない
- 解決策:集団心理は良くも悪くも働くものであることを認識し、良いほうへ活用する
1 「3人寄れば文殊の知恵」とはならない不思議
企業では会議やブレインストーミング(ブレスト)など、チームのメンバーがアイデアを出し合って物事を決めたり仕事を進めたりすることが多いものです。しかしチームでの仕事が、常に個人プレーより優れているとは限りません。実際に会議をしてみて、
- 優秀な人材を集めたのに、期待していたような成果が上がらない
- 長い時間をかけて会議をしたが、なかなか良い案が出ない
という問題に頭を悩ませている経営者も多いのではないでしょうか。
その背景には、「責任の分散」「同調」「集団分極化」といった、集団心理が働いていることがあります。集団心理は良くも悪くも働くもの、いわば諸刃の剣です。集団で議論するメリットを享受するためには、まず集団心理のメリット・デメリットと、その対策を念頭に置いたマネジメントが重要です。対策は次の3つです。
- チームをグループに分けてディスカッションをする
- 反対意見や異なる意見を歓迎する企業風土を醸成し、組織の風通しをよくする
- 議論後に、個人で振り返りの時間を持つ
なぜ、これらの3つが重要になるのか。以降で明らかにしていきます。
2 1人当たりの責任感の分量が減る「責任の分散」
1)責任の分散とは
責任の分散とは、
多くの人が関わることで1人当たりの責任が小さくなり、「自分がやらなくても、誰かがやるだろう」という心理に陥る
という現象です。
責任の分散を考察するに当たり、象徴的なキティ・ジェノバーズ事件というものがあります。1964年に米国のニューヨークで、午前3時に帰宅途中の女性が暴漢に襲われ殺害されました。悲鳴が上がってから殺されるまで30分余りがありました。後の警察の捜査によると、近隣のアパートの住民38人が悲鳴を聞いたり、窓から顔を出して女性が襲われている現場を見たりしていました。にもかかわらず、誰ひとりとして助けたり、警察へ通報したりといった援助行動を取らなかったのです。
この原因はさまざまな考察がなされていますが、そのうちの1つが、「責任の分散」という集団心理が働いたことです。
後の実験で、このような援助行動は、その場に複数人いるときよりも、1人しかいないときのほうが、迷いなく援助行動を取ることが分かっています。さらに援助の対象が、見知らぬ人よりも顔見知りがほうが、より素早く援助行動を取ることも判明しています。
キティ・ジェノバーズ事件の被害者は、「目撃者が38人もいて、なぜ誰も助けなかったのか」ではなく、「38人もいたからこそ」助けられなかったのです。
2)責任の分散を防ぐには
責任の分散を防ぐには、
チームをグループに分けてディスカッションをし、各グループの意見を発表する
とよいでしょう。20人が参加する会議でも、4人ずつの5グループに分けると、各自の責任の重さは「20分の1」から「4分の1」に増えます。
なお、グループは凝集性(集団がその中の個人を引きつける度合い)が過度に高くなったり、パワーバランスが生じたり、マンネリ化したりしないよう、ランダムに組むことが望ましいです。
3 周りに合わせて、白も黒と言ってしまう「同調」
1)同調とは
同調とは、
集団のメンバーが、集団の規範や、他のメンバーの意見に沿った行動を取る
という現象です。
社会心理学者のソロモン・アッシュが1951年に発表した論文では、次のような実験について著されています。
被験者1人を含む7人(被験者以外は事情を知っている協力者)に次のような図を見せ、左の図と同じ長さの線分を右の図から選ばせます。被験者以外の6人が全員一致して誤った回答をした場合、被験者はどんな回答をするでしょうか?
正しい回答は、見ての通り「b」です。
しかし、被験者以外の全員が誤った回答(例えば皆がそろって「a」と回答)をした場合、被験者の誤答率は37%にも上ったのです。正解が明白であるにもかかわらず、他者の意見に同調して3分の1以上の人が誤った回答をしました。正解が明白な問題でもこのような結果になるのですから、会社で議論されるような正解がないテーマでは、なおさら同調は強くなりがちです。
同調が起きる理由として、主に2つが挙げられます。
- 情報的影響:「正しくありたい」「間違えたくない」ため、「みんなが正しいと言うのだから正しいのだろう」と、他者の回答を判断材料にしたため
- 規範的影響:「他者に受け入れられたい」集団から孤立したり拒絶されたりすることを恐れ、周囲に合わせたため
日本人は「同調圧力」が強いと言われますが、集団内に働く、多数派の意見に合わせざるを得ないような力のことをいいます。
2)同調を防ぐには
同調を防ぐためには、
反対意見を歓迎する。大多数とは異なる意見を言いやすくする
とよいでしょう。あえて会議の場に、「異論を述べる」役割を置くのもお勧めです。
また、経営者や管理職といったリーダーやファシリテーター役となった人は、中立の立場を示すことも重要です。
なお、社会心理学者のリチャード・クラッチフィールドは、アッシュの行ったような同調の実験を、事情を知っている人を使わずに、パネルを用いて行いました。被験者には、他者が選んで回答した結果がパネルに示されていると説明されています。すると、アッシュの実験のような対面状況よりも、はるかに同調量が減少したといいます。
対面状況のほうが、同調は起こりやすい
のです。
オンラインやリモートで仕事を進める機会が増え、他者の意見を見聞きするかたちも多様化しました。対面で他者の発言を見聞きするばかりでなく、チャットツールや、ビデオ会議と連動したアンケートなどを用いることもあるでしょう。対面と非対面の心理的な違いは意識しておくとよいでしょう。
4 リスキー・シフトを起こす「集団分極化」
1)集団分極化とは
集団分極化とは、
集団で議論すると、議論を行う前の個々の意見が、より極端かつ大胆なものになる
という現象です。議論中、優勢な意見に沿って現状よりさらに踏み込んだ意見を出すことで、集団内の他者より抜きんでようとすることで発生します。集団分極化には2つの方向性があります。
- リスキー・シフト:意見が極端に大胆になるケース。これまでの歴史や政治においても、大きな過ちにつながった事例がある
- コーシャス・シフト:極端に慎重になるケース。保守的になってしまい、議論したのに何も決まらず、物事が進まないという現象
いずれにせよ、集団分極化が起こると当初の計画を逸脱してしまったり、現実的ではない結論に至ったりすることがあります。
2)集団分極化を防ぐには
集団分極化、中でもリスキー・シフトを起こしがちな集団には特徴があります。
- 凝集性(集団がメンバーを引きつける度合い)が高い、良く言えば結束が固い集団
- 閉鎖的な集団
- 高いストレス
- 支配的・指示的なリーダーの率いる集団
よって、集団分極化を防ぐには、他部署や他社、異業種とオープンな交流をしたり、会議に限らず、普段から積極的に意見を交わしやすい企業風土を醸成したりと、
組織の風通しを良くする工夫が必要
です。また、
議論後、個々に振り返りの時間を持ち、集団思考から離れて考えてみること
も大切です。
5 補足・少数派の意見が大きな力を持つとき
集団で議論をしていると、時として、少数派の意見が大きな影響力を持つことがあります。マイノリティ・インフルエンスと呼ばれますが、2種類があります。
- ホランダーの方略:過去に集団へ大きく貢献した人が、その実績と信頼から支持を得ていく。少数派でも「あの人が言うなら」と賛同する者が増えていく。上の立場からの変革
- モスコビッチの方略:実績のない下の立場の者でも、一貫して主張し続けることで、多数派が納得していく場合がある。「そこまで言うのなら」「もしかして(多数派の)自分たちが間違っているのではないか」と考えさせる効果がある。下の立場からの変革
出るくいは打たれるのか、涓滴(けんてき)岩をうがつのか。少数派だからといって、意見を飲み込んでしまうのではなく、積極的に表明していきましょう。それが議論を活性化させる起爆剤になることもあり得ます。活発な議論を行い、組織の新陳代謝を促すために、この記事でご紹介した心理学の知識をご活用ください。
以上(2024年12月更新)
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画像:pixabay