書いてあること
- 主な読者:事業承継を検討しているオーナー企業の経営者
- 課題:事業承継対策として、何から手を付けなければいけないのか分からない
- 解決策:まずは、後継者の候補の選定が事業承継を検討するスタートラインとなる
1 すぐにでも手を付くべき事業承継対策
多くの中小企業では、オーナーの高齢化と後継者不在から事業承継が進んでいません。しかし、だからといって何も事業承継対策を講じずにいると、人生を懸けて築き上げた自分の会社の存続が危うくなってしまいます。そうならないためにも、なるべく早く事業承継について考え、対策を実行していかなければなりません。まずは、
中小企業のオーナーが事業承継について検討する際の手順と、後継者の選定など「経営の承継」
について注意すべきポイントを押さえておきましょう。
2 事業承継の検討手順
1)事業承継のスタートラインに立つ
事業承継ニーズの発生要因はさまざまですが、昨今の経営環境を考えると、まず事業自体の継続ができるかを判断しなければなりません。現オーナーが事業を継続できると考えても、後継者の目から見るとその考えに疑問を感じる場合もあるでしょう。
つまり、事業自体の継続性が安定していること、それに同意する後継者が存在することが事業承継を検討するスタートラインです。
2)現状分析と問題点の把握
事業承継の悩みを抱えるオーナーは非常に多いのですが、そのような人でも自分の会社の価値を知らない人がたくさんいます。検討に着手する場合の第一手として、自社そしてオーナー自身の現状を把握することから始めましょう。具体的なチェックポイントは
- 自社の現状:「自社株式」の評価、「株主構成」の問題点、金融機関との取引状況など
- オーナーの資産状況:「概算相続税額」の把握、「法定相続人」の把握など
- 後継者:「後継者候補」のリストアップ、「後継者の有無」の確認など
です。
3)後継者の選定と対策の検討開始時期
事業承継で大切なのは、「時間を味方につける」ことです。検討の着手は早ければ早いほど対策の選択肢を広げられますし、時間をかけて対策を実行することで、事業承継に関わる人的、金銭的コストを節約できるケースが少なくありません。「着眼大局、着手小局」の心構えで、まずできることから、なるべく早く取り組みましょう。
3 誰に事業を引き継がせるか
次世代のオーナーとなる後継者を決めるためには、会社の内部・外部を問わず、「誰が最もふさわしいか」という最高レベルの経営判断が必要です。その判断に関わる人は社内でもごく限られた範囲にならざるを得ないでしょう。
事業承継のパターンとしては次の3つのケースが考えられます。
1)オーナー自身の子供などへの親族内承継
オーナーが後継者の候補として真っ先に考え、また、比較的周囲の納得も得られやすいのは親族、中でも子供です。この場合にポイントとなるのは、
本人が「本気で経営を引き継ぐ気持ちがあるか」と「オーナーに向いているか」
です。そのため、近くて遠い親子関係の中で、後継者として適任かどうかの冷静な判断が求められます。
2)従業員などへの親族外承継(MBO、LBOなど)
親族内に候補がいない場合は、従業員の中から、例えば番頭格のような人に事業を承継させるのも1つの方法です。今まで共に会社の運営をしてきた実績があり、会社の事情に明るくスムーズに業務を進められるため安心感があります。この場合にポイントとなるのは、
- 本人の意向に加えて「他の役員・従業員、取引先など利害関係者の同意が得られるか」
- MBO、LBOなどの方法で会社の所有権を譲るため、「経営権の確保のために自社株を引き受けるだけの資力をつくれるか」
です。
なお、MBOとは経営陣が自ら会社の株式・事業などをその所有者から買収することをいい、LBOとは借入金を活用した企業・事業買収のことをいいます。
3)第三者への承継
上記のような適任者がいないからといって、従業員の雇用維持や取引先関係を考えると、簡単に事業を停止するわけにはいきません。このような場合はM&A(合併、買収など)の方法によって会社を第三者に売却して経営を任せることも選択肢の1つです。その際にポイントとなるのは、
「良い買い手が見つかるか」と「売却価格に折り合いがつくか」、さらには「従業員の雇用が継続されるか」
です。
4 後継者を育てる
1)後継者をどこで育てるか
1.社内で育てる
一般的に、社内で後継者を育てるのは難しいようです。例えば、身内であるが故に甘やかしてしまったり、逆に厳しくしてしまったりします。また、将来オーナーになる予定の人に対して厳しく指導できる従業員は少ないでしょう。こうしたこともあり、社内で後継者を育てることは、社内が混乱する原因にもなりかねません。
ただし、社外で人に使われる立場では習得できない知識、経験を積むことができるという利点もあります。自社内でオーナーの背中を見ながらマネジメントを覚える時間も必要です。この場合、オーナーは経営者としてのつらい側面ばかりではなく、やりがいや楽しみといった側面を見せることが、後継者教育の第一歩かもしれません。
2.社外で育てる
大企業と中小企業では、組織における個人がもたらす影響のウエートが大きく異なります。社外で育てるのであれば、自社と同規模の会社、それもなるべく厳しいとの定評がある会社が望ましいでしょう。例えば、社歴があり、統制(ガバナンス)が取れていると考えられる会社などです。ただ、このような条件の会社でも、関連会社や取引先などでは、ちやほやされて十分な教育を受けられない可能性もあるため、慎重に検討する必要があります。
2)オーナーの役割
1.時間をかけて育てる
オーナーは仕入・製造・販売といった業務以外にも、人事労務、税務会計などの管理業務まで幅広く、それが正しいかどうかを判断する力が要求されます。また、会社の全体像を把握するためには、会社のいろいろな部署を経験することも必要かもしれません。この時間を確保するためにも、後継者をできるだけ早く決めて、時間をかけて後継者教育を行うことが重要です。
2.教育係(メンター)を付ける
後継者の教育には、従業員が遠慮して十分な経験が積めないといった事態を避けるため、教育係を明確に指名し、早い時期から経営者としての仕事の考え方を学ばせることが重要です。よく事業承継後では、後継者と先代からの幹部社員との人間関係を良好に保つことが難しいといわれます。そのため、幹部社員を後継者の教育係にすることで、人間関係がうまくいくこともあるようです。
3)後継者の心構え
1.総合的な「人間力」を磨く
経営には高校、大学などで身に付ける一般教養に加えて、何よりも経営者としての「人間力」が要求されます。この「人間力」には、思いやり、包容力、行動力、統率力、忍耐力、決断力、バイタリティーなどさまざまな要素が含まれ、人間的魅力と言い換えることもできるでしょう。
2.先代オーナーの苦労を知る
先代オーナーの存在、また、苦労があったからこそ、現在の自分があるという謙虚さを持ち、先代オーナーと苦労を共にしてきた従業員を尊敬する気持ちを忘れないようにしましょう。
3.オーナー仲間をつくる
オーナーは責任も重く、社内では孤独になりがちです。できれば同じ立場の(2代目)オーナー仲間をつくり、悩みを相談したり、社長としての心得などについてのアドバイスをもらえたりするような環境をつくりましょう。たとえ問題が解決されなくても、同じように経営に悩む仲間の存在自体が孤独感を和らげてくれます。そのためには、オーナー仲間の勉強会や懇親会などの集まりに積極的に参加するとよいでしょう。
5 後継者への引き継ぎ
1)「代表の座(仕事)の移転」
「代表の座(仕事)の移転」とは、代表取締役としての地位を譲ることです。とかく後継者は独自色を出そうと、先代とは違う新しい施策を実施したがる傾向があります。これが社内外に混乱を生む要因となってしまいます。こうした混乱を避けるためには先代オーナーと後継者が経営者として並走できる期間を設けることが必要です。後継者を先代オーナーがフォローすることにより、従業員も安心して働けて、取引先との付き合いもうまく引き継ぐことができます。
このためには、やはりなるべく早く事業承継に着手することが必要です。先代オーナーが高齢になり機動的に動けなくなってからでは、しっかりしたフォローができません。ましてや事業承継に着手する前にオーナーが突然の事故で亡くなってしまったり、認知症を発症してしまったりすると、社内の重要な意思決定が行われなくなり、最悪の場合は事業を継続することができなくなる可能性もあります。
2)経営権(自社株など)の移転
安定した経営のためには後継者が単独で会社の重要事項を決定できるよう2分の1以上、できれば3分の2以上の議決権(自社株)を集約しておくことが大切です。また、オーナーの土地、建物などの個人資産を会社の事業で利用している場合は、こういった事業用資産も後継者に承継しておきたいところです。加えて、子供が複数いる場合には、いわゆる「争続」対策のために、自社株や事業用資産以外の財産を相続することとなる「後継者以外の子供」と「後継者」との間で、相続時の分割バランスを取る配慮も必要になります。
後継者への資産の移転には主に次の3つの方法があり、それぞれのケースで課される税金の種類も異なります。
- 生前贈与→贈与税
- 売買→譲渡所得税・住民税
- 相続→相続税
そのため、事業承継を検討する際には、そのコストともいえる税金のことも知っておかなくてはいけません。相続税の最高税率は55%であり、優良な中小企業の株式の評価額は思っている以上に高額となっていることも多いため、何の対策も取らずに相続すると相続税の負担が重くなってしまいます。
「相続が3代続くと財産がなくなる」とまでいわれていますが、早めの対策を行うことで、より多くの財産を次世代に残すことも可能になります。相続税が会社や後継者の活動の制約にならないように、専門家と相談しながら早めの対策を行いましょう。
自社株などの移転の検討に当たっての留意点は次の通りです。
1.自社株の評価が低いときに経営権を移転する
自社株の評価額は、その時々の会社の業績や過去からの利益の蓄積により大きく左右されます。そのため、
評価額がなるべく低い時期に経営権を移転すること
がポイントとなります。
例えば、オーナーの引退に伴い退職金を支給する場合には退職金相当額の利益が圧縮されるため、通常、株価は低くなり、自社株を後継者に移す良い機会といえます。
2.相続で経営権を移転する場合には納税資金を確保する
もう1つの留意点は、将来オーナーに相続が発生した場合の納税資金の問題です。相続税は原則として現金で一括納付する必要がありますが、中小企業の自社株については原則として換金性がないことから、
相続税の納税資金をどのように確保するか
がポイントです。納税資金が不足する場合、会社が自社株を買い取ることや、物納、延納なども検討する必要があります。
6 事業承継がうまく進まないときのためのアドバイス
1)立場の違いからくるギャップ「オーナーの思い」と「後継者の考え」
実際に、事業承継に着手しても、ささいなことでオーナーと後継者との意見がぶつかってしまい、承継がうまく進まないケースもあるようです。
- 自分が築き上げた会社の経営を、経営者としては未熟な後継者に任せるのはまだまだ不安!
- 自分と同じような苦労を経験していないのに、口だけ達者で生意気!
といったものが、一方、後継者の考えには、
- 今までの環境で安定した仕事をしており、あえてオーナーのような苦労をしたくない!
- 初めての経験であり、オーナーとして会社を経営していく自信がない!
- 経営を任すとは言っても、いろいろな場面で先代オーナーが口出ししそうで面倒!
といったものがギャップの原因になるようです。両者のさまざまなギャップを解消するためには、それぞれの役割の違いを認識して、お互いに尊重し合うことが重要です。
2)ギャップを解消するためには?
オーナーに求められることは、
- 後継者がひとまず経営に専念できるよう社内外の環境を整備する。
- すでに認識している会社の未解決問題をそのままにして引き継がない。
- 特にオーナーと同世代の兄弟姉妹との親族争いの火種を消し切る。
- うるさく口は出さないが、目は離さず必要なときは助言する。
ことです。一方、後継者に求められることには、
- 独自色を出すことに固執せず、先代・先々代オーナーの苦労を知り、これまでつくり上げてきたものに敬意を表する。
- 1人で突っ走らず、重要な問題、迷った問題は先代オーナー・幹部社員に相談する。
ことが必要になってきます。
以上(2023年6月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)
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画像:soo hee kim-shutterstock