書いてあること
- 主な読者:技術力を活かした新商品の開発を成功させたい経営者
- 課題:顧客のニーズを柔軟に取り入れていく開発手法ができていない
- ポイント:3人の若き製造業の革命児に聞く、ものづくりの“クリエーター”としての力
1 顧客との連動でサロンのような店に
1)オリジナル紳士靴企画販売「スタジオヨシミ」 吉見鉄平代表取締役
東京・浅草の中心部から600メートルほど離れた場所に、紳士靴のオリジナルブランドショップ「RENDO(レンド)」はあります。遠方からの顧客にとっては決して便利とはいえない場所ですが、紳士靴にこだわりを持つ人たちは、この店でしか味わえない満足感を求めて足を運ぶといいます。
RENDOを運営するのは、「スタジオヨシミ」の吉見鉄平代表取締役。吉見さんが商品の企画・デザインをして、製造は国内の靴職人に依頼しています。オーダーメードは受け付けておらず、既製品の販売と、顧客の要望に応じて素材の一部を変更するなどのカスタムメードを行う「既製品とオーダーメードの中間」までに対応しています。同社の特徴について吉見さんは、「靴をオーダーして、履き心地を試しながら調整し、購入後に修理に持ち込むところまで、全体で満足してもらうところに価値がある」と話します。
吉見さんの店舗運営や靴作りの根底には、店名でありブランド名でもあるRENDOの語源である「連動」の考えがあります。吉見さんは、「靴作りは1人ではできない。工場の職人や顧客など、周りの人たちとつながって動くことでうまくいく、という気持ちが強い」といいます。
例えば、来店者の足を採寸する作業。今では当たり前の作業ですが、創業当初は行っていませんでした。履き心地の良さを求める顧客の要望を聞いているうちに、人によっていろいろな足の形があることに気づき、取り入れることにしました。顧客の足の形に合わせて靴を加工調整するサービスは、現在の同社の大きな売りになっています。
2)極端に細長い靴が常備できる店に
靴のデザインをする際にも、吉見さんは「これが自分のスタイルだと決めつけ、自己中心的になってはいけない」ということを心掛け、顧客や製造工場の職人の声に耳を傾けるようにしているそうです。
例えば、極端に細長い靴は、一部のファンにしか支持されないため回転率が悪く、通常の靴店に置かれることはめったにないといいます。しかし、同社では顧客の要望に応えて極端に細長い靴を置いているうちに、こうした靴を求める人たちが集まるようになり、「作れば売れていく」ようになりました。
とはいえ、顧客の全ての要望に応じるわけではありません。吉見さんは、「顧客からの要望を聞いてスタイルができていくうちに、その要望に応えるのがうちの店に必要かどうか、分かってくるようになった」といいます。
3)一律20%の値上げが転機に
同社にとって最大の危機であり、転機になったのが、開店4年目の2017年4月、全商品一律20%の値上げを断行したときでした。創業当初の同社は、卸を通さない利点を活かすとともに、粗利益率を極力抑え、品質のわりに低価格で提供することを経営戦略の1つにしていました。
しかしながら、経営を続けるうちに、接客力や靴の知識に関する力をつけていく従業員に報いるための給料の伸びに対して、売り上げの伸びが追いつかなくなっていったのです。こうして採算が悪化したため、路線転換を余儀なくされました。
値上げを決めた後は、「顧客がどのような反応をするのかドキドキしていた」といいますが、実際には、「値上げを気にする顧客は少なかった」そうです。最も不安だった客数についても、減るどころか増える結果となりました。吉見さんは、「この店の魅力は、価格だけではないということを実感した」と振り返ります。
4)靴へのこだわりの強い顧客と連動
客数増加の要因となったのは、従来は百貨店で春夏6日間、秋冬6日間の年間12日間しか受け付けていなかったカスタムオーダーを、自社の店舗でいつでも受け付けるようにしたことでした。「値上げをするからには、考え方も変えなければいけないし、新しいこともしなければいけない」と、値上げに併せて取り入れた施策です。これが奏功し、値上げ前には勤め人がほとんどだった来店客の客層が、学生なども含めた靴にこだわりを持つ人にまで広がりました。
靴へのこだわりが強い顧客は、足を採寸してからオーダーするまでに2時間かけたり、何度も来店してようやくオーダーに至ったりすることもあるといいます。吉見さんはこれを「客層の悪化」とは捉えませんでした。こうした顧客に対し、吉見さんは使用する革の厚さや素材の種類など、商品について丁寧に説明します。ときには、その靴に合った履き方や姿勢、歩き方の話にもなるそうです。
こうして吉見さんと顧客の間で“靴談義”が弾むようになり、次第に店内が「靴好きのサロン」のような雰囲気を醸し始めました。
吉見さんが目指す理想の靴は、「履き心地、見た目、履いたときの姿の良さ、しっかりした作り、材質、価格など、顧客が重視する度合いに対応したバランスの良い靴」です。顧客一人ひとりの満足感を満たしていくことで、「多くの人に『もう1足買いたい』と言ってもらいたい」と吉見さんは話します。
5)まとめ
吉見さんが創りだしているのは、次のようなものです。
- 顧客の要望に柔軟に対応した、靴のデザインや加工調整などのサービス
- 商品だけでなく、注文前から購入後まで全体で顧客満足度を高める価値観
- 顧客との対話の積み重ねで醸し出された、「靴好きのサロン」のような雰囲気
吉見 鉄平(よしみ てっぺい)
1977年11月16日生まれ。大学在学中に休学し、イギリスの製靴学校「コードウェイナーズ・カレッジ」で半年間学ぶ。大学卒業後の2002年に東京都立城東職業能力開発センター台東分校で1年間学んだ後、紳士靴製造会社のセントラル靴に入社。2008年に退職し、木型からデザインを型紙に起こすパタンナーとして独立。スタジオヨシミを2013年7月に設立し、同年12月にRENDOブランドで浅草に店舗をオープン。
2 新マーケット「砂切子」で1位を目指す
1)ガラス加工品製造販売「GLASS-LAB」 椎名隆行代表取締役
「業績も待遇も良い会社なのに、同僚が起業のために次々と退職していくのを、最初は理解できなかった」。こう話すのは、「GLASS-LAB」の椎名隆行代表取締役。不動産情報サイト運営会社の営業担当の仕事に不満はありませんでしたが、先に退職した元上司が常々語っていた、「男は夢を持て」という言葉に背中を押され、起業を決意します。
起業を目指す椎名さんが最初に行ったのは、自分の強みと弱みを明確にする「SWOT分析」でした。自分の強みと弱み、やりたいこととやりたくないこと、できることとできないことを列挙していく中でたどり着いたのは、実家のガラス加工技術でした。
椎名さんの実家は、江戸切子の技法の1つ「平切子」を専門とする、祖父の代から続くガラス加工所を営んでいます。グラス1個の加工で1円にも満たない下請け作業を深夜まで行う父の姿を見てきた椎名さんは、既に中学生のときには家業を継がないことを告げていたといいます。
ところが、平切子を扱う職人は父を含めて10人程度にまで減っており、今では平切子の技法には希少価値があります。そして家業を継いだ弟の康之さんには、0.09ミリメートルの線を自在に描けるサンドブラストの技術があります。
こうして椎名さんは2014年11月、父と弟が持つガラス加工技術を使って名前などを入れたオリジナルガラス工芸品を、消費者向けにウェブサイトを通じて受注・販売する事業を立ち上げました。
2)好機を捉えた工場見学が人気に
ところが、椎名さんが当初描いていた、ウェブサイトを通じてオリジナルガラス工芸品を受注・販売するという構想は、すぐに路線変更することになります。
きっかけは、起業して3カ月後の2015年2月に、米国の人気コーヒーチェーン「ブルーボトルコーヒー」の米国外での初店舗が、ガラス加工所のすぐ近くにオープンしたことです。
これを好機と見た椎名さんは、オープン当日から、休日などに限定したガラス加工所の工場見学を開始します。コーヒーチェーン目当てに訪れた人たちに工場を案内し、売れ筋商品だった醤油差しを販売しました。工場見学はウェブメディアやテレビで紹介されて認知度が高まり、予約も入るようになりました。さらに、見学者からの要望に応え、醤油差しの製作体験を加えたことで、外国人観光客や子供連れも来るようになりました。
3)顧客とのリアルの世界でのつながりを重視
工場見学の集客効果は、次第にガラス工芸品の販売にも現れ始めました。工場を見学した際に紹介されたグラスを、記念日などの機会にオーダーする人が出てきたのです。
「ウェブサイトを通じてではなく、実際に商品を見てもらって魅力を直接伝えたほうが、顧客の心を揺さぶる確率が高い」ことを実感した椎名さんは、ネットではなくリアルの世界でのつながりを重視した営業スタイルに転換します。
注文の際、一度工場に来てもらって要望を聞くようにしたことで、顧客が抱いている、贈り先に対する気持ちや思い出もデザインに反映できるようになりました。椎名さんがパソコンで作成したイラストを、8回、9回と修正依頼する顧客もいるそうですが、「修正を重ねた人ほど、リピーターになってくれることが多い」といいます。
顧客とのリアルの世界でのつながりが奏功して、同社の経営が軌道に乗るきっかけになったオーダーがありました。以前、工場見学に来た顧客から、会社の75周年記念のノベルティーとして醤油差しを購入したいとの依頼がありました。その顧客のリクエストは、醤油差しの蓋の底の部分に、記念のロゴを入れてほしいというものでした。底の部分に刻まれたロゴは、球状になっている蓋の上部から見ると、拡大して見える構造になっています。このオーダーによって同社は、1300個の発注と、椎名さんも気付かなかったデザインのアイデアを得ることができました。
椎名さんは、「父は職人、弟は職人でもありクリエーターでもあるが、自分は職人でもクリエーターでもない。無から何かを生んでいるわけではなく、顧客とのコミュニケーションを通じて、顧客とともに新しい商品を創っている」と語ります。
4)「砂切子」を商標登録
同社は2019年11月、平切子とサンドブラストの技術を融合させた「砂切子」という商標を登録しました。椎名さんは、起業して顧客と話をするようになって、初めて平切子とサンドブラストの技術を融合させた商品の希少性と付加価値に気付きました。「中にいる人ほど、自分たちが持っているものの価値に気付かないことがある」。椎名さんはそう実感しました。
椎名さんの今の目標は、「砂切子という新たなジャンルを、しっかりとした定義を付けて確立し、マーケットとしての認知度を高めていく。そして、そのマーケットで1位を取る」ことです。
5)まとめ
椎名さんが創りだしているのは、次のようなものです。
- 実家が営む高度で希少なガラス加工技術という強みを活かした商品
- 顧客が抱いている、贈り先への気持ちや思い出を取り込んだデザイン
- 砂切子という新たなジャンルのマーケット
椎名 隆行(しいな たかゆき)
1978年1月18日生まれ。大学卒業後、マンション販売会社での営業職を経て、2007年から不動産・住宅情報サイト運営のネクスト(現LIFULL)の営業に従事。2014年8月に退職し、同年11月にGLASS-LABを起業(法人登記は2018年12月)。
3 顧客の想いをストーリーにして具現化
1)木製オーダー家具企画販売「KIJIN」 石川玄哉代表取締役
「KIJIN」の石川玄哉代表取締役が木製オーダーメード家具の製造企画販売事業を始めたのは、2013年2月のことです。とはいっても、「知識なし、経験なし、人脈なし、家具を造れない、デザインができない、営業の経験がない、資金がない、プランもないという、8つのゼロからのスタート」で、最初の半年間は売り上げゼロでした。
そこで、まずは出会いを求めて、経営者の集まりなどに積極的に参加し、事業に対する自分の想いを伝えていくことにしました。
2)一生ものの家具で人を幸せに
石川さんが事業を立ち上げるきっかけとなったのは、大学卒業後に入社した商社時代に寄せられた、1件のクレームでした。ホームセンター向けのカラーボックスの商品企画担当だった石川さんは、海外から廉価な商品を大量に仕入れるとともに、納品後のクレーム対応も行っていました。
- 「12年使っているカラーボックスが、たわんできた。どうするんだ!」。
廉価な収納用具に12年以上の耐用年数を求めるクレームに、正直戸惑いを禁じ得なかった石川さんですが、その後、「長く使って、心も体も豊かにするのが、家具の本質なのでは」と考えるようになり、当時の仕事に違和感を抱き始めたといいます。
そして出した結論が、「一生ものの家具で、人を幸せにする仕事をしたい」ということでした。「自分では家具を造れないが、自分が家具職人と顧客の間に入ることで、より良い商品を創ることができる」。石川さんは独自のビジネスモデルを描きます。
3)家具職人とのネットワークを築く
起業してから、出会った人たちに事業への想いを伝え続けたことは、徐々に実を結んでいきます。家具販売会社の社長からは、家具職人を紹介してもらいました。今では石川さんの持つ家具職人のネットワークは、岐阜、埼玉、千葉、神奈川、山梨などに広がっています。
そして独立してから半年後、「面白そうだから、名刺入れを造ってみないか」という初めての依頼を受けました。家具ではありませんが、木製のマグカップやネクタイなどを使って、石川さんが分かりやすく伝えていた木の魅力が理解されたのです。その後も口コミなどを通じて徐々にオーダーが舞い込むようになったといいます。
4)顧客や家具職人とのコミュニケーションを重視
石川さんが家具のデザインを行う際に特に重視しているのは、顧客の想いや理念に沿って、コンセプトやストーリーを組み立てることです。石川さんは、「オーダーメードのものづくりは、人それぞれが抱いているイメージを形にする仕事」といいます。このため、仕事のかなりの部分を、顧客へのヒアリングが占めるそうです。
特に顧客が完成品のイメージを整理できていない場合、「顧客の要望を言語化してストーリーとして引き出し、それに基づいた商品にする手伝いをする」ことになります。
例えば、顧客である経営者が従業員との温かい関係を築きたいと考えていることが分かれば、オフィスには黄色などの暖色系の素材を、クールな関係を望んでいるのであれば、ダークトーンの素材を用いることなどを提案します。
ストーリーを重視するスタイルが評価され始めると、家具だけでなく、家具を含めたスペース全体の企画も依頼されるようになり、石川さんの肩書には「空間プロデューサー」が加わりました。
顧客だけでなく、家具職人とのコミュニケーションも重視しています。石川さんは、依頼された商品の内容によって、最もふさわしい職人を選び、その都度チームをつくって製作に当たります。「職人にも顧客の話をできるだけ聞いてもらっている。顧客の想いを共有することで、完成品にも反映されやすくなる」といいます。また、「職人にとっても顧客の喜ぶ声は励みになるので、納品のときにはなるべく職人にも一緒に来てもらうようにしている」そうです。
5)BtoBに軸足を置き、木のある生活の原体験を増やす
事業を立ち上げた当初は個人向けの販売を想定していましたが、今は企業向け、特にオフィス需要に注力しています。その理由を要約すると、次のようになります。
- 個人が高価格商品を購入する際の心理的要因には、圧倒的な自己顕示欲と、圧倒的な原体験の2つがある
- 自己顕示欲は、外車やブランド時計などステータスとしての価値がある商品であれば満たせるが、家具では満たせない
- 原体験とは、かつて豊かな自然の中に住んでいたり、豪華な木製家具を見て憧れていたりしたことが該当する。しかし、そのような原体験を持つ人は少ない
- その原体験を多くの人に積んでもらうために、まずはオフィスに木製の家具を置いてもらうことを優先する
- 個人が木製家具を購入するのは「消費活動」だが、オフィス用に木製家具を購入するのは、従業員の満足度を高めるための「投資活動」になる
こうした考えに基づいて、オフィスに手軽に導入できる木製家具として開発したのが、「TOPping Board」という名の、机の上に載せるだけの木製の天板です。低コストでオフィスの雰囲気を一変できる商品として、特にIT関連の企業などの申し込みが多いといいます。石川さんは、「オフィスで働く従業員の人たちが、木の中にいる時間を多くつくり、幸せになるのを見たい。そして、元気な日本企業を増やしたい」と話します。
6)まとめ
石川さんが創りだしているのは、次のようなものです。
- ゼロから築き上げた家具職人との独自のネットワーク
- 顧客の想いや理念に沿って組み立てたストーリーに基づくデザイン
- オフィス内に導入した木製家具から従業員が得られる、木のある生活の原体験
石川 玄哉(いしかわ げんや)
1985年11月29日生まれ。大学卒業後、2008年に専門商社の山善に入社し、量産家具の商品企画部門に従事。2012年12月に退職し、2013年2月に起業(KIJINの法人登記は2016年10月)。
以上(2020年1月)
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画像:unsplash