書いてあること

  • 主な読者:最近、社員に元気がなく会社の活力が低下していると感じる経営者
  • 課題:なぜ元気がないのかは社員によって異なり、何から手をつけていいのか分からない
  • 解決策:肩こりや腰痛などの“ちょっとした体調不良”に注目する。アンケートや健康診断の結果から社員の健康状態を分析する。健康施策は自社の身の丈に合ったもので十分

1 欠勤よりもタチが悪い「プレゼンティーイズム」とは?

社員の健康管理を、経営課題として捉えて改善に取り組む「健康経営」。その重要な要素の1つに、「プレゼンティーイズム(presenteeism)」というものがあります。簡単にいうと、

出勤はしているが、体や心の不調から仕事に身が入らず成果を上げられない状態のこと

です。体や心の不調といっても、風邪やインフルエンザ、うつ病などのことではありません。ここで想定しているのは、「肩こり」「腰痛」「ストレス」などの、“ちょっとした体調不良”です。

普通、肩こりや腰痛で欠勤する社員はあまりいませんが、放置しておくと、社員が仕事に集中できずミスをしたり、さらに体調が悪化したりして、欠勤するよりも大きな損失を会社にもたらすことがあるのです。

「たかが肩こりや腰痛で大げさな……」と思うかもしれませんが、実はプレゼンティーイズムが経営に与える損失は大きく、2015年度に東京大学が実施した調査研究では、

会社の健康関連のコスト(医療費、傷病手当金、労災補償、病欠による損失コストなど)のうち、プレゼンティーイズムは77.9%を占める

とされています(東京大学政策ビジョン研究センター健康経営研究ユニット「健康経営評価指標の策定・活用事業成果報告書」)。

社員の健康管理は、いまや「コスト」ではなく「投資」です。“ちょっとした体調不良”のケアもその1つ。具体的に何をしたらいいか分からない人が大半だと思いますが、ポイントは、

自社のプレゼンティーイズムを「数値化」「見える化」した上で、「自社の身の丈に合った健康施策」を実施すること

です。以降で、具体的な方法や実際の取り組み事例などを紹介します。

2 まずは自社のプレゼンティーイズムを「数値化」する

経済産業省「企業の『健康経営』ガイドブック」では、プレゼンティーイズムを数値として把握する、科学的な5つの測定方法を紹介しています。

その中で、最も簡単に測定できるといわれているのが、東京大学政策ビジョン研究センター健康経営研究ユニットが開発した「SPQ(東大1項目版)」です。社員に次の質問をするだけで、「社員のプレゼンティーイズムが、どの程度会社に損失を与えているか」が分かります。

【設問】

病気やけががないときに発揮できる仕事の出来を100%として過去4週間の自身の仕事を評価してください(  %)

【算出方法】

プレゼンティーイズム損失割合(%)=100% - 上の設問の回答値

労働生産性損失額(円)=プレゼンティーズム損失割合(%)× 賃金(円)

「プレゼンティーイズム損失割合」は体調不良により社員が本来の能力の何%ぐらいを使えずにいるのかを、「労働生産性損失額」は会社に与える損失がどの程度なのかを表す数値です。

ちなみに、前述の2015年度に東京大学が実施した調査研究では、

  • SPQの回答値の平均は84.9%
  • プレゼンティーイズム損失割合の平均は15.1%(100%-84.9%)

でした。つまり、平均的な会社では「15.1%×賃金」の損失が発生していることになります。

仮に社員の月給が30万円だとしたら、1人当たり月に4万5300円、年に54万3600円の損失

が発生する計算です。

■経済産業省「企業の『健康経営』ガイドブック」(改訂第1版)■

https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenko_keiei_guidebook.html

■東京大学政策ビジョン研究センター「SPQとは」■

https://spq.ifi.u-tokyo.ac.jp/

3 次に社員の体調不良を「見える化」する

1)アンケートを活用する

前述したSPQなどを用いて、自社の健康状態を把握したら、次にその要因となっている体調不良をアンケートなどで把握します。これはSPQとセットで実施してもいいでしょう。質問内容は、次のようにシンプルなもので構いません。

【設問】

あなたの仕事に悪影響を及ぼしている体調不良は?(複数回答可)

  • 肩こり
  • 腰痛
  • 頭痛
  • ストレス
  • 睡眠不足
  • 目の疲れ(眼精疲労)
  • 花粉症・鼻炎
  • その他(生理、長期連休の疲れ、喫煙など)

肩こりや腰痛などの慢性的な体調不良は、日々の生活習慣を色濃く反映します。つまり、職場に問題があると、体調にも悪影響が出やすいのです。例えば、デスクワークが多い社員は、座っている時間が長く活動量が少ないため、肩こりや腰痛になりやすいといわれます。

とはいえ、体調不良の傾向は業種や社員の年齢構成、職種によって異なりますから、まずは

どのような体調不良を抱える社員が何人いるのか、考えられる要因は何か

を、アンケートなどで見える化することが大切です。

2)健康診断の結果を活用する

自社の健康状態を把握する上でもう1つ重要なデータが、健康診断の結果です。例えば、毎年実施する定期健康診断の結果表からは、

  • 社員の肥満度、血圧、血糖値など
  • (問診に回答している場合)食事回数、喫煙や飲酒の頻度、睡眠時間、運動の頻度、ストレスの有無など

が分かります。

3)年齢構成や職種など、属性ごとにデータをまとめて分析する

アンケートや健康診断の結果から得られた情報は、次のような表にまとめるとよいでしょう。年齢構成や職種など、属性ごとにデータをまとめれば、例えば「事務職で頭痛や肩こりを抱える社員が多い」「営業職で腰痛を抱える社員が多い」など、自社の問題点が見えてきます。

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4 自社の身の丈に合った健康施策を

1)身の丈に合った施策で十分

自社独自の問題点が見えてきたら、次はそれをどう解消するかの施策を考えていきます。施策というと、ストレッチマシンの導入やマッサージ師の派遣といったコストのかかる大々的なものを連想するかもしれません。しかし、自社の問題点が分かっていれば、例えば、朝礼などにストレッチを取り入れるといった施策でも効果が見込めます。

また、例えば、明日から全面禁煙にするといったような、日々の生活習慣を一気に変えるような施策は、社員の反発を招く恐れがあります。就業時間のうち数時間を禁煙時間に設定するなど、徐々に変化を促すような施策が効果的です。大切なのは、

会社側も社員も取り組みやすい施策から始め、毎日の生活習慣を少しずつ変えていく

という心構えです。

2)取り組みやすい健康施策の例

中小企業が取り組みやすい健康施策には、次のようなものがあります。

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例えば、肩こりに悩む社員が多く、それが長時間のパソコン業務で姿勢が固定されていることが要因だと考えられる場合、次のような施策が取り組みやすいでしょう。

  • 「モニターが正面にない」「デスクの上や足元がちらかっている」といった、姿勢を悪くする要素を取り除くためにデスク周りの見直しをさせる
  • パソコン業務の連続作業時間が1時間を超えないようにし、作業の合間に立ち上がって休憩したり、ストレッチしたりするなどの作業休止時間を設けるよう促す
  • 朝のラジオ体操のメリット(肩こり防止に効果的など)を伝えたり、正しいラジオ体操の映像を見せたりするなどして、本気で取り組んでもらう

また、血糖値が高い社員が多く、それが気分転換にお菓子を食べる習慣や、不規則な食事が要因だと考えられる場合、次のような施策が取り組みやすいでしょう。

  • ヘルシーなお菓子コーナーを設置する。ヘルシーな置き菓子サービスを利用する
  • 一口20~30回かんで早食いを抑えることで、血糖値が上がりにくくなることを伝える
  • 日本医師会ウェブサイトなどから、正しい歯の磨き方を学ぶことを推奨する

1番下の「正しい歯の磨き方」については、次のウェブサイトなどが参考になります。虫歯や歯周病予防に取り組むことで血糖値が下がるケースもあるので、一度のぞいてみるとよいでしょう。

■日本歯科医師会「あなたにピッタリな歯のみがき方を探してみよう!!」■

https://www.jda.or.jp/hamigaki/

3)協会けんぽを活用しよう

効果的な施策が分からない場合は、加入している全国健康保険協会(協会けんぽ)の保健師にアドバイスを求めましょう。

相談は基本的に無料ですし、業種や職種ごとに抱えやすい体調不良の内容や効果的な施策を教えてくれたり、実際に効果のあった事例を紹介してくれたりします。前述した図表1のように、あらかじめ自社の健康状態を表などにまとめておくと、よりスムーズに相談できるでしょう。

また、協会けんぽでは、「事業所健康診断(事業所カルテ)」を配布しています。

事業所カルテは、健康診断データを基に、社員の健康リスク(血圧、血糖、飲酒、食習慣、運動習慣、喫煙など)や、都道府県ごとの平均値との比較などを診断してくれるもの

です。社員の健康状態をまとめたり、協会けんぽにアドバイスを求めたりする際に役立ちます。

5 一過性の取り組みで終わらせないために

経営者が、健康経営を人事労務担当者などに任せきりにしてしまうと、施策が途中で頓挫しがちです。また、短期的なスパンで改善が見えないからと、早々に取り組みを打ち切ってしまうケースもあります。

健康経営を一過性の取り組みで終わらせないためには、経営者が

「健康経営は重要な経営課題である」と繰り返し社内に発信し、自ら施策に関わること

が欠かせません。役員や上司などに働き掛け、「上から」社内全体に浸透させていくと、さらに効果的です。また、人の習慣はすぐには変わらないので、3年、5年といったスパンで施策を継続し、効果測定を重ね、長い目で経過を見守ることが大切です。

以上(2024年3月更新)

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画像:unsplash

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