書いてあること
- 主な読者:学習塾経営者や学習塾
- 課題:少子化、国の教育改革、顧客(生徒や保護者)ニーズの多様化などの外部環境の変化や、経営者の高齢化、塾講師の担い手不足といった構造的な課題がある
- 解決策:講師不足で個別指導が出来ない学習塾の場合、教育ベンチャーなどが提供している個別指導が可能なスマホアプリのサービスを利用するなどして、指導を充実させることができる
1 学習塾市場の本格的な縮小が始まる
日本の学習塾の市場規模は、2017年時点で約9511億円です(経済産業省「特定サービス産業実態調査」。2019年3月時点の最新データです)。2018年以降は、学習塾を含む教育業界にとって、本格的な市場縮小が始まることが予測されています。
18歳人口(生徒数)が減少基調となるためです。加えて、国の教育改革、顧客(生徒や保護者)ニーズの多様化といった外部環境の変化や、経営者の高齢化、塾講師の担い手不足といった構造的な課題を抱えています。
こうした中、各塾は新たなビジネスモデルが求められています。一般的に、学習塾は小学生から高校生、予備校は高校生や浪人生を対象としますが、現在、各塾はそうした垣根なく生徒を獲得しています。学習塾業界の動向を見ていきましょう。
2 学習塾業界のPEST分析
1)政治(Politics)
学習塾業界は、教育行政の影響を大きく受けます。現在、国ではグローバル化、生産性向上などさまざまな課題への対応策の1つとして、教育改革を推進しています。
例えば、2020年度からは大学入試センター試験に代わって、大学入学共通テストが導入されます。知識偏重型の大学入試を見直し、思考力・判断力・表現力などを問うことが狙いです。国語と数学ではマーク式だけでなく記述式の問題、英語ではライティング・リーディング・リスニングに加え、新たにスピーキングの4技能が問われる問題が出題される予定で、学習塾には新テストへの対応が求められます。
2)経済(Economy)
従来、教育関連への支出を「聖域」とみなす保護者が多いとされてきました。しかし、近年では教育関連への支出を削る保護者が増えているとされます。一方、教育に熱心な保護者は一定数存在しており、このような保護者は、子どもの習熟度に合わせた個別指導や、難関校の受験に強みを持つ学習塾に子どもを通わせる傾向があるようです。
大手の学習塾などでは、集団指導、個別指導、動画による講義、オンライン上で講師に質問ができるスマホアプリの提供など、サービス・価格ともに幅広くラインアップして、全方位的に顧客のニーズに対応しています。
一方、大手と同様の取り組みが難しい中小規模の学習塾の場合、教科や生徒の対象を絞り込むなどして、差異化を図っていく必要があるでしょう。
3)社会(Society)
従来より、少子化は学習塾を含む教育業界の課題でしたが、大学進学率が上昇していたことから、その影響は限定的といえるものでした。今後は、生徒数の減少に加え、大学進学率の上昇も見込めないことから、本格的に市場の縮小が始まるとみられます。
2000年代半ば以降、学習塾業界の提携・買収による再編が活発になっていますが、その流れは加速するものとみられます。
4)技術(Technology)
さまざまな業界でITやAIなどの新たな技術を活用した取り組みが活発になっています。学習塾においてもITやAIなどの新たな技術を活用した教材などが導入されています。
例えば、AIを使った教材では、生徒が解答を間違えたデータなどをAIが収集・解析し、生徒が苦手な問題へと自動的に誘導します。また、AIは問題の難易度や問題範囲を調整して出題するため、理解度や習熟度を高める効果が期待できるようです。
ITやAIなどの新たな技術を活用した教材は、教育系ベンチャー企業が製作していることも多く、こうした教育系ベンチャー企業と提携する学習塾も増えています。
3 学習塾業界の競争環境
1)業界内の競合企業との敵対関係
2000年代半ば以降、学習塾業界の提携・買収による再編が活発になっています。より多くの生徒を獲得し、囲い込むため、自塾が指導対象としていない年齢や教科を扱う他塾との提携・買収によって、提供サービスの拡充を図っています。
例えば、小中学生を対象とする学習塾が幼児教室と、また、集団指導を得意とする学習塾が、個別指導や英語指導などの特定教科の指導に強みを持つ学習塾と、提携・買収などを進めています。
また、提携・買収が進んでいるもう1つの要因として、経営者の高齢化が挙げられます。学習塾の約66%は個人経営であり、中小規模の学習塾といえます(経済産業省「特定サービス産業実態調査」)。こうした中小規模の学習塾には、地域によって大きく特色が異なる中学・高校入試対策の指導に強みがあります。
大手の学習塾は、中小規模の学習塾との提携・買収によって、中学・高校入試対策の指導を強化することができます。一方、中小規模の学習塾も後継者問題の解決に加え、大手の学習塾が持つ効率的な塾運営のノウハウなどを得ることができます。
そのため、大手の学習塾と地域の中小規模の学習塾との提携・買収などは今後も進んでいくものとみられます。
2)新規参入の脅威
学習塾は、開業時の許認可や資格が不要です。そのため、自宅の一室で開業することも可能であり、開業自体は容易だといえます。
とはいえ、指導にはノウハウが必要であることに加え、市場縮小によって生徒獲得を巡る競争も激化しています。そのため、既存事業とのシナジーが見込めない企業が新規参入する魅力は乏しいといえるでしょう。
3)代替サービスの脅威
学習塾の代替サービスには、家庭教師や通信教育などがあります。これら代替サービスを手掛ける企業も、学習塾と同様に顧客獲得競争が激化しています。また、家庭教師や通信教育などは学習塾に比べて市場が小さく、より大きな市場である学習塾業界への進出を図るため、学習塾業界の提携・買収などの再編に参画しています。
例えば、通信教育の場合、提携・買収先の学習塾で、自社の教材を使った指導を行うといったシナジー効果が見込めます。
また、近年では、ITやAIなどの新しい技術を活用した教材などを製作する教育系ベンチャーも見られます。こうした教育系ベンチャー企業は個人に対して教材を販売するだけでなく、学習塾などと提携し、自社の教材の導入を図っています。
こうした代替サービスの存在は、学習塾業界にとって脅威となる一方、連携を図りながら、弱みを補う存在といえるでしょう。
4)売り手の脅威
学習塾にとっての売り手とは、教材製作会社などです。これらの企業は、前述した代替サービスと同様に、脅威となる一方、自塾の弱みを補う連携相手として考えることもできます。
この他の売り手として、指導を担う講師を挙げることができます。学習塾の講師の約70%はアルバイトが担っています(経済産業省「特定サービス産業実態調査」)。
しかし、近年では、アルバイト講師の確保に苦慮する学習塾が少なくありません。これは、アルバイト講師の担い手である大学生の人数が減少しているためです。
また、労働条件が明示されなかった、講義前の準備や講義後の質問への対応などが労働時間として考慮されなかったなど、いわゆる「ブラックアルバイト」のイメージも広がっており、アルバイト講師の確保を難しくしています。
人手不足の状態は、業界を問わず、日本全体で課題となっています。学習塾では、アルバイト講師にとって魅力ある職場とする努力に加え、ITなどを活用して、少ない人手で指導する体制づくりを検討していく必要があるでしょう。
4 学習塾の成長戦略
1)学習塾業界の成長マトリクス
学習塾を取り巻く環境は厳しいものといえます。特に、中小規模の学習塾では、「アルバイト講師に頼りながら、地域の小中学生を指導する」といった従来通りの方法では、単独での生き残りを図るのは難しいでしょう。
大手学習塾、教育系ベンチャーなどの他社との提携も含めて、自塾が生き残るための方法を検討することが不可欠です。学習塾の成長戦略の一例を示すと次のようになります。
2)既存市場×既存サービス:市場浸透
スマホアプリ「manabo」は、生徒がスマホで分からない問題を撮影して投稿すると、manaboに登録している大学生のチューターが解答する仕組みです。個別指導を行いたいというニーズがあるものの、講師が足りない中小規模の学習塾で導入されています。
3)既存市場×新規サービス:新製品投入
千葉県柏市の学習塾「ネクスファ」は、小学生向けの学童保育を併設しており、宿題の指導やプログラミングの体験を提供しています。共働きの保護者が増えていることから子どもの預かりニーズが高まっており、顧客を囲い込む(自塾に通い続けてもらう)方法として有効だと考えられます。
4)新規市場×既存サービス:新市場開拓
数学に特化した学習塾を展開する和からは、数学に苦手意識を持つ社会人向けに「数学的思考力アップコース」を開講しています。数学の基礎や、グラフや図形を用いて数字を的確に表現するポイントなどを指導しています。リカレント教育を実践する社会人が増えており、こうしたニーズを取り込もうとしています。
5)新規市場×新規サービス:多角化
北海道や東北地方で学習塾を展開する練成会グループは、ベトナムで学習塾を展開しています。アジア諸国では、経済成長に伴って教育熱が高まっており、日本式の教育への関心も高いといわれています。小規模の学習塾が海外市場に進出するのは難しいものの、中規模の学習塾などでは生き残りの一手段として、海外市場への進出を検討する価値があるかもしれません。
以上(2019年4月)
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画像:pixabay