書いてあること

  • 主な読者:就業規則のひな型をそのまま使っている経営者・人事労務担当者
  • 課題:具体的に就業規則をどう変更すればよいのか分からない
  • 解決策:ひな型をそのまま使った場合、社員とトラブルになりそうな箇所を変更する。例えば「昇給」「退職」「懲戒処分」「副業・兼業」など

1 「モデル就業規則」は自社の実情に合わせて変更すべし

インターネット上にある「モデル就業規則」をそのまま使うと、自社の実情に合わず、トラブルのもとになることがあります。前編に引き続き、最新のモデル就業規則(令和5年7月)を基に、弁護士の視点から危ない部分を解説します。

後編では、「第49条(昇給)」「第52条(退職)」「第67条(懲戒の種類)」「第70条(副業・兼業)」を取り上げます。記事内の赤字は、モデル就業規則の中で修正が必要な箇所、追記・修正案における追記・修正箇所です。前編については、次の記事をご確認ください。

なお、モデル就業規則(令和5年7月)の全文を読みたい人は、次のURLをご確認ください。

■厚生労働省「モデル就業規則(令和5年7月)」■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html

2 「第49条(昇給)」:降給や昇降格などについて追記する

1)モデル就業規則

第49条(昇給

1)昇給は、勤務成績その他が良好な労働者について、毎年○月○日をもって行うものとする。ただし、会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合は、行わないことがある。

2)顕著な業績が認められた労働者については、前項の規定にかかわらず昇給を行うことがある。

3)昇給額は、労働者の勤務成績等を考慮して各人ごとに決定する。

2)追記・修正案

第49条(昇降給・昇降格

1)昇給・降給は、勤務成績その他別に定める基準に基づく人事考課により、毎年○月○日をもって行うものとする。ただし、会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合は、昇給を行わないことがある。

2)顕著な業績が認められた労働者については、前項の規定にかかわらず特別昇給を行うことがある。

3)昇給額・降給額は、労働者の勤務成績等を考慮して別表○に定める基準に基づき人事考課により決定する。

4)昇格・降格は、別表○に定める基準に基づき人事考課により決定する。この場合、昇格・降格後の役職と職務等級に基づき賃金を決定する。

5)懲戒処分による降格及び勤務成績不良等、職務不適格事由による人事権の行使としての降格の場合も、降格後の役職と職務等級に基づき賃金を決定する。

3)解説

モデル就業規則には、降給や昇降格に関する定めがありません。役職や職務等級に基づく人事制度があっても就業規則に定めがないと、社員とトラブルになる恐れがあります。ですから、

降給・降格について定めた上で、昇降給・昇降格の具体的な仕組み(役職や職務等級に基づく賃金の基準表を作成し、人事考課の結果に応じて賃金に反映するなど)を明記

する必要があります。

また、人事考課以外の事由による降給・降格がある場合、

懲戒処分や勤務成績不良など、具体的な事由を明記

しておかないと、降級・降格が認められないので注意が必要です。

2 「第52条(退職)」:長期の無断欠勤などについて追記する

1)モデル就業規則

第52条(退職)

1)前条に定めるもの(注)のほか、労働者が次のいずれかに該当するときは、退職とする。

  1. 退職を願い出て会社が承認したとき、又は退職願を提出して○日を経過したとき
  2. 期間を定めて雇用されている場合、その期間を満了したとき
  3. 第9条に定める休職期間が満了し、なお休職事由が消滅しないとき
  4. 死亡したとき

2)労働者が退職し、又は解雇された場合、その請求に基づき、使用期間、業務の種類、地位、賃金又は退職の事由を記載した証明書を遅滞なく交付する。

(注)「前条に定めるもの」とは、モデル就業規則第51条に定める「定年や継続雇用の上限年齢などに達したことによる退職」を指します。

2)追記・修正案

第52条(退職)

1)前条に定めるもののほか、労働者が次のいずれかに該当するときは、退職とする。

1.退職を願い出て会社が承認したとき、又は退職願を提出して○日を経過したとき

(中略)

5.届出及び連絡なく欠勤を続け、その欠勤期間が30日を超え、所在が不明のとき

2)労働者が退職し、又は解雇された場合、その請求に基づき、使用期間、業務の種類、地位、賃金又は退職の事由を記載した証明書を遅滞なく交付する。

3)労働者は、退職し、又は解雇された場合、会社の指示に従い速やかに業務を引き継がなければならない。

4)労働者は、退職し、又は解雇された場合、身分証明書、電子機器その他会社から貸与された物品を速やかに会社に返納しなければならない。

5)労働者は退職後であっても、その在職中に行った自己の職務に関する責任は免れない。

6)労働者は、退職または解雇された後も、在職中に知り得た情報を第三者に漏洩、開示してはならない。

7)労働者は、退職後○年間は、会社の許可なく同業他社に就職し、または自ら会社の業務と競争関係になる競業行為を行ってはならない。

3)解説

モデル就業規則には、「社員が無断で長期欠勤した場合」の退職に関する定めがありません。社員が自宅におらず、親族等も行方を知らないといった場合、無断の長期欠勤を理由に解雇が認められる可能性があります。ただ、原則として解雇する日の30日前までに解雇予告をする必要があり、社員が行方不明の場合、本人にその通知ができないのが難点です。この点、

欠勤期間が30日を超えても社員が行方不明の場合、退職の意思表示があったものと解釈して、退職扱いとする旨を明記

しておくと、本人に解雇予告の通知をしなくても自動退職とすることができます。

また、退職後や解雇後の職場の混乱を避けるため、

業務の引き継ぎ、会社が貸与した物品の返納、守秘義務や競業避止義務など

についても追記しておく必要があるでしょう。なお、追記・修正案の第5項では、

退職後であっても、在職中に行った自己の職務に関する責任を免れない

という定めをしていますが、これは社員の退職後に重大な不祥事などが発覚した際、その責任を追及できるようにするためです。

3 「第67条(懲戒の種類)」:降格などについて追記する

1)モデル就業規則

第65条(懲戒の種類)

会社は、労働者が次条のいずれかに該当する場合は、その情状に応じ、次の区分により懲戒を行う。

1.けん責

始末書を提出させて将来を戒める。

2.減給

始末書を提出させて減給する。ただし、減給は1回の額が平均賃金の1日分の5割を超えることはなく、また、総額が1賃金支払期における賃金総額の1割を超えることはない。

3.出勤停止

始末書を提出させるほか、○日間を限度として出勤を停止し、その間の賃金は支給しない。

4.懲戒解雇

予告期間を設けることなく即時に解雇する。この場合において、所轄の労働基準監督署長の認定を受けたときは、解雇予告手当(平均賃金の30日分)を支給しない。

2)追記・修正案

第67条(懲戒の種類)

会社は、労働者が次条のいずれかに該当する場合は、その情状に応じ、次の区分により懲戒を行う。

1.けん責

始末書を提出させて将来を戒める。

(中略)

4.降格

始末書を提出させるほか、役職の罷免・引き下げ、及び資格等級の引き下げのいずれか、又は双方を行う。

5.諭旨退職

退職願を出すように勧告する。ただし、所定期間内に勧告に従わないときは懲戒解雇とする。諭旨退職となる者には、情状を勘案して退職金の一部を支給しないことがある。

6.懲戒解雇

予告期間を設けることなく即時に解雇する。この場合において、所轄の労働基準監督署長の認定を受けたときは、解雇予告手当(平均賃金の30日分)を支給しない。また、懲戒解雇となる者には、退職金を支給しない。

3)解説

モデル就業規則では、懲戒処分として「けん責」「減給」「出勤停止」「懲戒解雇」の4種類の懲戒処分が定められていますが、この他にも、

「降格」「諭旨退職」などについても追記

しておくと、懲戒事案に応じて適切な処分をしやすくなります。懲戒処分は、会社が、企業秩序や職場の規律に違反した社員に対して行う制裁なので、就業規則で定められていない懲戒処分は認められません。ですから、懲戒の重さに応じて懲戒処分を段階的に定め、選択肢を広げておく必要があるのです。この他、諭旨退職や懲戒解雇の場合には、

退職金の支給の有無についても明記

しておくとよいでしょう。

4 「第68条(副業・兼業)」:禁止・制限の事由を明確にする

1)モデル就業規則

第70条(副業・兼業)

1)労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。

2)会社は、労働者からの前項の業務に従事する旨の届出に基づき、当該労働者が当該業務に従事することにより次の各号のいずれかに該当する場合には、これを禁止又は制限することができる。

  1. 労務提供上の支障がある場合
  2. 企業秘密が漏洩する場合
  3. 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
  4. 競業により、企業の利益を害する場合

2)追記・修正案

第70条(副業・兼業)

1)労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。

2)会社は、労働者からの前項の業務に従事する旨の届出に基づき、当該労働者が当該業務に従事することにより次の各号のいずれかに該当する場合には、これを禁止又は制限することができる。

  1. 長時間労働や深夜労働などによって健康を害する恐れがある場合、または現に健康を害している場合
  2. 企業秘密が漏洩する場合
  3. 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
  4. 競業により、企業の利益を害する場合
  5. 当社が別途定める副業・兼業に関する手続に違反した場合

3)解説

かつてのモデル就業規則では、「副業・兼業は原則禁止としつつ、一定の条件下で認める」という旨の規定が設けられていましたが、現在は「副業・兼業は原則容認としつつ、一定の条件下で禁止・制限する」というスタンスに変わっています。「原則容認」なので、

副業・兼業を禁止・制限する場合は、その事由を明記

しておく必要があります。

モデル就業規則の第1項の「労務提供上の支障がある場合」というのは、一般的には仕事の掛け持ちで過重労働に陥ることなどを指しますが、若干抽象的なので、

長時間労働や深夜労働などの文言を使って、社員に分かりやすい表現

にしましょう。また、副業・兼業を認める場合には、労働時間の管理や健康状態の確認が必要になりますので、副業・兼業に関する届出手続・フローを整備する必要があります。これらの管理の観点から、

会社が定める副業・兼業に関する手続に従わない場合、副業・兼業を制限することがある旨を明記

しておくとよいでしょう。

以上、モデル就業規則を例に、トラブルになりやすい条項を解説しました。なお、この記事で解説したのは一部の条項のみであり、修正案もあくまでも一例です。実務では専門家などに相談の上、会社の実情に合わせて個別に内容を検討してください。

以上(2024年2月更新)
(執筆 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)

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画像:ESB Professional-shutterstock

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