書いてあること
- 主な読者:オフィスや店舗の家賃の減額交渉をしたいと考える経営者
- 課題:どのような根拠を持って貸主と交渉すべきか知りたい
- 解決策:賃貸借契約の期間延長を条件にするなど、貸主側のデメリットを少しでも補う交渉条件を考えておく
コロナ禍の影響などによるテレワークの普及でオフィスの在り方が見直され、オフィス市況も悪化しているようです。現在(2020年8月時点)は、緊急事態宣言が解除されているものの、第2波が警戒されており、経済活動が再び以前のように戻るには相当な期間が必要といわれています。
このような状況において、どうにか経営を維持していくために固定費であるオフィスや店舗の家賃(賃料)の減額ができないかと検討する企業や店舗が急増しています。この記事では、借主・テナント側が家賃の減額交渉を行うことについての法的根拠、家賃の減額を求める際の注意点について説明します。
1 家賃の減額等の交渉にあたっての法的根拠
まず、減額交渉を行うにあたって、賃借人はどのような法的根拠に基づいて減額請求ができるのかを説明します。
1)賃貸借契約書に基づく減額交渉
減額交渉を行うにあたって、まずは賃貸借契約書を確認する必要があります。一般的な賃貸借契約書には、一定の場合には賃料を協議の上、改定することができると定められている場合が多いでしょう。
契約書に賃料改定の規定があれば、まずは当該規定を根拠に賃料減額の申し入れをすることになります。
もっとも、賃貸借契約書に規定されている賃料減額の申し入れ事由は、後述する借地借家法に規定されている内容と同じく「租税公課の増減」、「土地建物の価格の増減その他の経済事情の変動」といった事情により「近傍同種の建物賃料と比較して不相当な賃料になった場合」などが規定されているのみであることが多いと思われます。
このような限定がある場合、後述の通り、賃料減額の申し入れができるかどうかには不透明な面があることは否定できず、賃貸借契約を根拠に賃料減額の申し入れをすることは難しい可能性があります。
なお、賃貸借契約書において賃料の減額を認めないとする「賃料不減額特約」が規定されている場合がありますが、この規定は無効と解されています(定期建物賃貸借契約の場合を除きます)。よって、貸主側が当該特約を理由に減額交渉に一切応じないと主張されたとしても、法的な根拠を伝えながら、粘り強く交渉してみる価値はあるでしょう。
2)民法第611条第1項に基づく減額交渉
2020年4月1日に施行された改正民法第611条第1項によると、「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益することができなくなった場合」に「使用収益できなくなった部分に応じて」賃料減額が認められると規定されています。民法改正前においては、法律上、「滅失」のみが賃料減額事由として規定されていましたが、法改正によって、「使用収益ができなくなった場合」が広く賃料減額事由として認められることになりました(なお、上記施行日前に締結された賃貸借契約については、原則として改正前民法が適用されます)。
そのため、この条項は、今回の新型コロナウイルス感染症の拡大による自主的な営業自粛、緊急事態宣言の発出を受けてなされた緊急事態措置等を理由とする休業、国が提言する新しい生活様式の実践としてなされる身体的距離(フィジカルディスタンス)の確保のための対策による恒常的な店舗の一部使用制限といったことを理由に、賃料減額請求をすることができる根拠にはなりうるでしょう。
ただし、これらの事情はいずれも自主的な決定であり、直接的な強制力を伴うものではありません。そのため、客観的に賃借物の使用収益ができなくなっているわけではないという理由で民法第611条第1項を理由に賃料減額請求をする根拠にすることはできないという見解もあります。
3)借地借家法第32条に基づく減額交渉
前述した民法に基づく賃料減額請求のほか、借地借家法第32条に基づく請求も考えられます。同法では、「租税その他の負担の増減」、「土地建物の価格の増減その他の経済事情の変動」といった事情により「近傍同種の建物賃料と比較して不相当な賃料になった場合」に賃料減額請求が認められると規定されています。
これは、あくまで一般的な事情変更の原則が認められる例示的な要素を示しているにすぎないものといわれています。賃料減額請求が認められる「経済事情の変動」とは、土地建物の価格の増減のほか、物価や所得水準の変動、経済活動の状況その他契約当事者が賃料を決定したさまざまな要素を総合考慮して決定されるべきものと考えられています。そして、「経済事情の変動」によって継続的な賃料が不相当となった場合に減額を認める規定と考えられています。
このような法の趣旨に鑑みると、今回のコロナ禍のように必ずしも土地建物の価格が増減しておらず、物価や所得水準の変動が今後どうなるかが不明で、現在の経済活動の停滞が長期継続的なものなのかが明らかではないような場合、借地借家法に基づく賃料減額請求が認められるかどうかは、不透明な面があることは否定できないといえるでしょう。
2 減額交渉にあたっての注意点
賃料減額交渉の法的根拠については前章で紹介した通りですが、次に、実際に賃貸人(貸主)と交渉を行うにあたって、どのような準備・心持ちで交渉をすればよいか、考えてみましょう。
1)賃料相場を理解しておく
まず、対象物件における賃料相場をきちんと理解しておくとよいでしょう。後述する通り、借主が、貸主と対立することは望ましいことではなく、良好で継続的な信頼関係を築いていくことが望ましいといえます。
そのため、自身が経済的に厳しい状況に立たされているからといって、対象物件について、合理的な賃料水準を大幅に超えるような減額請求をすることはお勧めできません。まずは、自身が交渉する減額賃料が、賃料相場と比べてどの程度の水準であるのかをきちんと理解し、その上で減額交渉をすることが望ましいといえるでしょう。
2)減額を求める理由を説明する
また、法的な根拠を示すだけではなく、賃料減額交渉に至った理由をきちんと説明することが必要です。賃料の減額は、貸主側からすると売上・利益の減少であり、損失になります。それでもなお、賃料の減額を認めてもよいと考える理由は、賃料減額請求に合理性があるからといえるでしょう。
3)貸主側のデメリット軽減を考える
2)に加えて、賃料減額という貸主側のデメリットを少しでも補う交渉条件を考えておくとよいでしょう。例えば、今後のウィズコロナ、アフターコロナにおいては、長期的な賃貸借契約を締結せずに、柔軟にオフィススペースを縮小できるような契約形態を検討する企業が増えるといわれています。そのため、賃料減額を提案することと併せて賃貸借契約の期間延長を条件にする(長期的に安定した賃貸借契約を締結する)、固定賃料に加えて歩合賃料制(一定の売上を超えた場合には、それに比例して追加で賃料を支払う)を導入するなどが考えられるでしょう。
3 最後に
以上の通り、本稿では賃料減額請求を行うための法的根拠と賃料減額交渉を行う際の留意点を説明しました。いうまでもなく、賃料減額交渉は、貸主と借主とで利益が相反するもので、賃料減額がなされること=貸主が損失を被ることになります。
そのため、賃料減額を強く主張することは、貸主との継続的な信頼関係を破壊することになりかねません。そのため、自らの利益や経済状況だけでなく、貸主の置かれている経済状況や考えを慮って、バランスの良い交渉をしていく必要があることを忘れてはいけないでしょう。どうしても賃料減額が難しい場合には、一時的に賃料納入を猶予してもらうことを考えてもよいかもしれません。
また、今後、あらたに賃貸借契約を再締結する場合には、新型コロナウイルス感染症の拡大による景気の急激な悪化などの未曽有の緊急事態が生じた場合に、円滑に貸主と賃料改定について協議できるように、現在の契約条項を見直して、協議の申し入れができるような条項を付加しておくことも必要といえるでしょう。
以上(2020年9月)
(執筆 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)
pj60194
画像:Gorodenkoff-shutterstock