書いてあること
- 主な読者:事実確認をした後の、行為者と被害者への対応を知りたい経営者
- 課題:行為者の処分はどこまで認められる? 被害者には何をすればいい?
- 解決策:行為の内容と懲戒処分の重さを釣り合わせる。行為者を配置転換するなどして被害者から引き離す。ハラスメントの事実が確認できなくても対応は必要
1 行為者の処分と被害者のケア
事実確認の結果、ハラスメントがあったことが明らかになったら、すぐに行為者の処分と被害者のケアをします。
- 行為者の処分の基本は、行為の内容と懲戒処分の重さを釣り合わせること
- 被害者のケアの基本は、被害者がつらくないよう、行為者と被害者とを引き離す
です。以降で詳しく見ていきましょう。
2 行為者の処分:行為の内容と処分の重さを釣り合わせる
まずは行為者の処分について見ていきましょう。懲戒処分を検討する場合、その根拠となるのが就業規則です。一般的には、ハラスメントを就業規則の「服務規律違反」に当たるとして、「戒告(口頭注意)、けん責(始末書の提出)、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇」などの懲戒処分を適用します。ただ、
行為者のやったことに対して重すぎる懲戒処分は無効になる
ので、どの処分を適用するかは、次の事項などを踏まえて慎重に判断する必要があります。
1.行為の悪質性・重大性
言動の内容・質や頻度・量を考慮します。犯罪に当たるようなハラスメントをした場合などは、情状が悪くなります。
2.結果(被害)の重大性
被害者に与えた身体や精神への被害(苦痛)の大きさなどを考慮します。ハラスメントが原因で被害者が休職や退職をした場合などは、情状が悪くなります。
3.懲罰歴や指導・注意歴
過去に懲罰歴や指導・注意歴がない状態で、反省や改善の機会を与えないまま厳しい懲戒処分を科すと、懲戒権の濫用として処分が無効となることがあります。
次章でハラスメントに関する懲戒処分の事例を紹介しますが、実際に処分の内容を検討する際は、事前に弁護士などの専門家に相談するのが無難です。
3 事例に見るハラスメントの懲戒処分
1)懲戒解雇の事例
犯罪になるようなハラスメントについては、懲戒解雇が認められやすい傾向にあります。例えば、嫌がる女性社員に無理やりキスをするなど、強制わいせつ罪に当たる行為をした部長について、懲戒解雇が認められた裁判例があります(東京地裁平成22年12月27日判決)。
逆に犯罪に当たらないようなハラスメントの場合、懲戒解雇が認められにくくなります。例えば、慰安旅行の宴会で女性社員の肩を抱いたり、「胸が大きいね、何カップかな」などと発言したりした支店長への懲戒解雇が有効かを争った裁判例があります。裁判では、ハラスメント自体は悪質と判断されましたが、行為者の会社への貢献、反省の程度、指導・注意歴がないなどの事情から、懲戒解雇は認められませんでした(東京地裁平成21年4月24日判決)。
2)出勤停止の事例
女性の派遣社員に対し、「もうそんな歳になったん。結婚もせんでこんな所で何してんの。親泣くで」などのセクハラ発言を、1年余りにわたって繰り返した課長代理について、10日間の出勤停止処分が有効かを争った裁判例があります(大阪高裁平成26年3月28日判決、最高裁第一小平成27年2月26日判決)。この裁判では、大阪高裁と最高裁とで意見が分かれました。
大阪高裁では、被害者がはっきりと拒否しなかったため、課長代理が自分の発言を許されていると勘違いしたこと、会社から警告や注意を受けなかったことなどから、出勤停止処分は認められませんでした。
一方、最高裁では、課長代理は部下を指導する立場にあることや、セクハラの被害者は職場の人間関係が悪くなることなどを心配して行為を拒否できないケースが多いこと、この事案のセクハラ発言の多くが周囲に人のいない状況で行われ、会社が警告や注意をする機会がなかったことなどから、出勤停止処分が認められました。
3)降格の事例
成果の低い部下に「(一定の成績が上がらなければ)会社を辞めると一筆書け」「会社に泣きついて居座りたい気持ちは分かるが迷惑なんだ」などの発言を繰り返し、退職を迫った役員補佐について、降格処分が認められた裁判例があります(東京地裁平成27年8月7日判決)。
4 被害者のケア:行為者と被害者とを引き離す
ハラスメントの事実が確認できても、行為者が自主退職したり、解雇されたりするとは限りません。行為者が会社に残る場合、被害者がつらくないよう、行為者と被害者とを引き離すことが重要です。一般的な方法は「配置転換」ですが、この際、
被害者ではなく、行為者を配置転換することがポイント
です。被害者を配置転換してしまうと、被害者はハラスメントだけではなく、仕事の内容についても被害を受けることになりかねません。「せっかく勇気を出して相談をしたのに、不利益な取り扱いを受けた!」と被害者が会社を訴える恐れもあります。
中小企業では、社員数の関係で配置転換が難しいケースがありますが、その場合、席替えや業務上の関わりをなくすなどして、行為者と被害者の接点を減らします。また、定期的に状況を確認し、被害者が望むなら、会社が行為者と被害者との関係を修復するように努めます。
なお、被害者が「行為者の処分を社内に公表してほしい」と求めてきても、それは行為者のプライバシー情報なので公表できません。
5 ハラスメントの事実が確認できなかったら?
ハラスメントは、
被害者が主張する事実が確認できない、確認できた事実がハラスメントであると判断できないなど、いわゆる「グレーゾーン」のケースが多い
です。とはいえ、簡単に対応を打ち切ると、
- 行為者は「自分は正しい」と思い込み、また同じような言動を繰り返す
- 被害者は「自分はないがしろにされた」と会社を信用しなくなり、外部に相談する
といったように事態が悪化します。
そこで、被害者には、
事実確認の調査や調査結果を丁寧に説明し、会社が真剣に対応したことを伝える
ようにします。被害者が調査結果に納得できない場合、再調査を求められることがありますが、そのときはどのような点に不満があるのかなど、被害者の意見を丁寧に聞きましょう。
また、行為者には、
今回はハラスメントに当たらないと判断したけれど、次は違う判断になるかもしれないから、言動を改めたほうがいい
などと注意・指導します。
とにかく、
ハラスメントの事実が確認できなくても、行為者と被害者への対応は必要である
ことを押さえておきましょう。
以上(2023年8月更新)
(監修 弁護士 田島直明)
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画像:Dean Drobot-shutterstock