書いてあること
- 主な読者:賃金引き下げなど、いわゆる「労働条件の不利益変更」を検討している経営者
- 課題:労働条件をどのように引き下げていいのか分からない
- 解決策:「労働法規>労働協約>就業規則>労働契約」という力関係を理解し、適切な方法で労働条件の引き下げを進める
1 「労働条件の不利益変更」にはルールがある
会社の経営状況、働き方の変化などを理由に、
労働条件を引き下げることを「労働条件の不利益変更」
といいます。例えば、「業績が悪化したので、基本給を引き下げる」「仕事内容を基準にしたジョブ型の人事制度にしたいので、成果や仕事内容との関係性が薄い手当(住宅手当など)を廃止する」などがそうです。
ただし、労働条件を変えるには一定のルールがあり、会社が好き勝手に変更することできません。細かいルールは色々ありますが、まずは、
- 労働条件は、4つの要素(労働法規、労働協約、就業規則、労働契約)で決定される
- 4つの要素には、「労働法規>労働協約>就業規則>労働契約」という力関係がある
ということを知ってください。この記事では、この4つの要素の関係を図解していきます。
2 労働法規、労働協約、就業規則、労働契約の概要
1)労働法規
労働法規とは、労働に関する法令(労働基準法、労働組合法など)の総称です。会社と社員は労働法規の内容を守ることを前提に、労働条件を決定しなければなりません。
例えば、労働基準法に違反する労働条件を定めた労働契約は、会社と社員の合意があっても無効で、無効となった部分については労働基準法で定める基準が適用されます。
2)労働協約
労働協約とは、会社と労働組合が交わす書面の協定です。決まった書式はなく、会社と労働組合それぞれの署名または記名押印があれば有効です(届け出は不要)。
労働協約の効力は、基本的に組合員にしか及びません。ただし、労働組合が事業場(本社、支店など)の4分の3以上の社員で組織されている場合、その労働組合が会社と交わした労働協約の効力は、非組合員にも及びます。
3)就業規則
就業規則とは、賃金や労働時間など一定の労働条件をまとめた職場のルールブックです。社員数が常時10人以上の会社(実際は事業場単位)の場合、作成は義務です。
就業規則を作成・変更するには、社員の過半数で組織する労働組合(ない場合は社員の過半数を代表する者)の意見を聴いた上で(合意までは不要)、所轄労働基準監督署に届け出なければなりません。
4)労働契約
労働契約とは、会社と個々の社員が交わす契約であり、その基本原則は労働契約法、契約内容(労働条件)は労働基準法などで定められています。
3 効力の強いところからアプローチするのが基本
以上で紹介した4つの要素は「労働法規>労働協約>就業規則>労働契約」という力関係にあります。これを図で表すと次のようになります。
社員の労働条件は、労働協約、就業規則、労働契約のいずれかによって決まりますが、
どの場合も、労働法規に違反する労働条件は無効(労働法規が最優先)
です。
次に、「労働協約>就業規則>労働契約」という力関係があるので、労働条件を変える場合、
- 労働協約がある会社は、労働協約を変更(効力が及ぶのは労働組合の組合員)
- 就業規則がある会社は、就業規則を変更(社員数が常時10人以上の場合、作成は義務)
するというのが、基本的なアプローチになります。なお、このルールに照らすと、労働契約は最も効力が小さいことになりますが、例外として、
労働契約の労働条件が就業規則を上回る場合のみ、労働契約は就業規則に優先
します。ただし、労働協約との関係では、たとえ労働契約の労働条件が労働協約を上回っていても、労働協約が優先するので注意が必要です。
4 労働条件の不利益変更における力関係
簡単な例を挙げてみます。仮に労働協約、就業規則、労働契約の全てで、月給を30万円と定めていたとします。これを25万円に変更する場合、労働条件の不利益変更における力関係は次のようになります。
1)労働協約の変更
労働協約を変更すると、組合員の月給は25万円になります。ただし、非組合員の月給は30万円のままです。労働協約の効力は、基本的に組合員にしか及ばないからです(図表2「1.労働協約の変更」の「就業規則との関係」を参照)。ただし、例外として、労働組合が事業場(本社、支店など)の4分の3以上の社員で組織されている場合、その労働組合が会社と交わした労働協約の効力は、非組合員にも及びます。
2)就業規則の変更
就業規則を変更すると、非組合員の月給は25万円になります。ただし、組合員の月給は30万円のままです。組合員の労働条件については、労働協約が就業規則に優先するからです(図表2「2.就業規則の変更」の「労働協約との関係」を参照)。組合員の月給を引き下げるには、労働協約を変更しなければなりません。
3)労働契約の変更
労働契約を変更しても、組合員も非組合員も月給は30万円のままです。組合員の労働条件については、労働協約が労働契約に優先し、非組合員の労働条件については、就業規則が労働契約に優先するからです(図表2「3.労働契約の変更」の「労働協約との関係」「就業規則との関係」を参照)。組合員と非組合員の月給を引き下げるには、労働協約と就業規則の両方を変更しなければなりません。
労働協約、就業規則、労働契約のそれぞれの変更手続きについては、次の記事をご参照ください。
以上(2024年2月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)
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画像:Mathias Rosenthal-shutterstock