書いてあること
- 主な読者:場当たり的で属人的な営業を脱して、営業効率を高めたい営業マネジャー、営業担当者
- 課題:場当たり的な営業活動で非効率的。うまくいっても再現性が低い
- 解決策:営業活動を一つひとつ分解し、数字とロジックで「見える化」する。誰が見ても分かり、行動できるようになる
1 1億円を1年で取り返す!?
これは、あるIT会社のミーティングでの一幕です。社長から全社員に向けて、強烈なゲキが飛びました。この会社の年間売上は10億円。年間1億円の損失は非常に大きなインパクトです。容易に取り返せるものではありません。
このような場合、皆さんの会社ではどのように営業活動を進めるでしょうか? 本稿では、こうした目標を達成するために、必要な営業活動を「見える化」して考えます。今日からでも、皆さんの営業活動にお役に立てば幸いです。
2 御社の営業チーム、それでうまくいきますか?
1億円を1年で取り返す。この目標を達成するために、営業の若手社員が集まっています。やる気があるのはよいことですが、計画性がなく、「とにかく動いてみよう」としている様子……。次のような会話は、ありがちかもしれません。
・営業担当X君:
よし、やろう! 俺は全国の見込み先を回るぞ。会って、うちの商品の魅力を話せば、きっと買ってくれる!
・営業担当Y君:
僕も全国を回りますよ! ちょっと旅費交通費がかかるけど、獲得できれば安いものです!
・営業担当Z君:
だめだめ。気持ちは分かるけど、行き当たりばったりすぎる。だいたい、全部って何件あるの? その中のどこを回って1億円取り戻すの?
・営業担当X君:
え~と……。とにかく、全部獲得する気で回ればいいんだよ!
・営業担当Y君:
う~ん、確かにそうですね。まずどういうところに回るか、考えてみましょうか。え~と……。難しいな。何かアイデア、ありますかね?
「とにかく1件でも多く成約するまで回り続ける」という考えなしの営業活動では、目標を達成するのは困難です。営業担当者の労力や気力も続きません。仮に今回うまくいったとしても再現性がなく、ノウハウが蓄積されないでしょう。
営業活動では、目標を達成するために、「どのように進めれば、より成果を上げやすいか」を考え、実践に落とし込むのが基本です。また、かけられる時間やコストにも限りがあります。できるだけ効率的に成果を上げる方法を考えなければなりません。
3 営業活動を「数式」で考える
成果を上げる確率を高めるには、営業活動を一つひとつ分解し、それぞれに施策を立てることが必要です。例えば、「営業先=どこに営業するか?」「接触=どのようにアプローチするか?」など、次の「数式」のようなイメージです。次章で詳しく見てみましょう。
4 営業活動の一つひとつの施策を立てる
1)潜在市場:どこに営業するか?
潜在市場を選ぶ際に重視すべき主な事項は3つです。1つ目は市場の大きさ(規模)であり、言葉を換えれば、自分たちの顧客になってくれる可能性がある先が何社あるか(法人営業の場合)ということになります。
潜在市場が1万社あるA市場と、100社しかないB市場があったとします。売上目標を達成するために10社の成約が必要だと仮定した場合、A市場なら0.1%、B市場なら10%の顧客化が必要となるため、端的に言えば、A市場のほうが狙いやすくなります。
一方、その市場規模は足元の状況なので、将来の成長性も加味します。これが2つ目に重視すべき事項です。成長性は量と質で考えます。潜在市場にいる社数が増えるだけではなく、社数が同じでも、規模が拡大して客単価が大きくなることもあるからです。
さて、中小企業の多くは単一事業で、顧客も特定の市場に偏っています。地の利のある市場であり、ここで勝負することが理想ですが、獲得できる顧客数には限界があるため、別の潜在市場にも目を向けなければなりません。
潜在市場を見るとき、3つ目に重視すべきは現実性です。接触できる先が多いという意味で市場規模は大きいほど魅力的ですが、仮に1万社全てと接触できるかどうかは、自社のリソースによります。実際に接触を試みることができる数を加味した選定が必要です。
まずは、現在自分たちが顧客化している市場だけで勝負できるかを確認します。足りないようであれば、別の市場を狙うことになりますが、市場規模を知るためには、官公庁の統計などが役立ちます。成長性については業界リポートなども入手しましょう。
2)接触率:どのようにアプローチするか?
接触率、つまり、「何件に、どのようにアプローチするか?」を考える際に、まず重視すべきは時間軸です。「潜在市場を見るとき」でも触れていますが、仮に営業候補先が市場に1万社あっても、1年間など限られた時間の中ではその全てに接触はできません。
メールやSNSで情報発信し、アクセス状況を見ながら反応の良い先に電話をして耕すといった方法は、1年間で成果を上げるには現実的ではないのです。従って、営業候補先1万社をセグメントした上で優先順位を決め、テレコールするといった方策が必要です。
セグメントする際の視点は、営業候補先の規模、競合の営業状況、過去の営業履歴の3つです。まず、目標を早く達成するには、販売価格の大きい可能性がある先を優先すべきです。規模が100億円の会社と10億円の会社では、前者のほうが可能性は大きいでしょう。
また、競合が営業している先、あるいは既に競合を導入している先は、同様の商品やサービスを検討する素地ができているといえます。自社の商品やサービスを一から説明するよりも、成約する可能性は高いと考えられます。
とはいえ、「営業候補先の規模」「競合の営業状況」という視点は、営業候補先の状況を考慮せず、こちら側が「可能性が高い」という仮説を立てているにすぎません。営業候補先の状況をある程度考慮できるのは、「過去の営業履歴」という視点です。
過去に営業したことがあり、成約に至らなかった先については、その理由や内情がある程度、分かっています。それを加味してアプローチすれば、初回訪問して自己紹介から始めるよりも、早く成約する可能性があるのは言うまでもありません。
また、セグメントしてアプローチする優先順位を決める際は、時間の経過とともにアプローチできる先が減少することにも注意が必要です。営業活動が進むにつれ、提案内容が個別具体的になれば、アプローチ先1社に費やす時間が長くなっていくからです。
営業候補先の規模は、業界団体のウェブサイトや信用調査会社から分かります。過去の営業履歴は社内で確認できます。一方、競合の営業・導入状況の入手には工夫が必要です。業界関係者へのヒアリング、調査会社への調査依頼なども検討しましょう。
3)商談率:何件に見積もりを提出するか?
商談については、まず、「商談率とは何を指すか」を明確にすることが必要です。例えば、自己紹介と実績を伝えるだけの初回訪問では、商談をしているとはいえません。成約に近い具体的な検討段階に到達して初めて、商談しているといえるのです。
成約に近い具体的な検討段階とは、つまり、見積もりを提出する段階です。従って、商談率とは、「見積もりを提出し、商談化する率」といえます。商談率は、これまでの商談経験やアプローチ先の状況、時期などを加味することで明らかになります。
「具体的な予算を聞き出せれば、見積もりを提出できる可能性が高い」など、これまでの商談経験を踏まえ、似た状況にある先は、商談化できる先と見込めます。また、予算取りの時期が分かれば、その時期に提案することで、商談化できる率は高まるでしょう。
アプローチ先の意思決定者が同席した、競合の営業状況をアプローチ先のほうから明らかにしてくれたといった場合も、具体的に見積もりを提出する段階が近づいているといえます。こうした「商談化できそうな状況」は、必ず社内で共有しておきましょう。
一方、商談率には、目標から逆算するという視点も必要です。その際には、過去の成約率の数値が欠かせません。仮に、目標達成に20社の成約が必要で、これまで商談から成約に至るのが10%だったとすれば、少なくとも200社は商談化しなければなりません。
そこで重要になってくるのは、「商談率を上げる」ための工夫です。「既存顧客に対して新商品を案内するときに言うべきこと、見せるべき資料」「新規先に話すべき事例」など、状況に応じて言うべきことや確認事項などを共有し、商談率を上げるのです。
4)成約率:何件獲得できるか?
成約率は、「何件獲得できるか?」です。仮に、売上目標が1億円で想定の販売単価が500万円であれば、必要な成約件数は20社です。過去の成約率から、20社成約するために必要な商談率や接触率を算出し、潜在市場を見るという「逆算」も必要です。
また、「何件獲得できるか?」は、商談化(見積もりを提出する段階に進むこと)と同様に、商談先の状況にもよります。ここまできたら、必要なのは、どのようにして成約率を高めるかという、社内で共有しルール化した取り組みです。
購買決定要因や意思決定者の意向を確認して対応する、競合との差異化ポイントを伝えるなど、成約率を高めるトークスクリプトを用意しておくのがよいでしょう。最終提案の1週間後には必ず連絡を入れるなど、行動をルール化するのも一策です。
トークスクリプトは、一度作成したらそれで完成するものではありません。現場の営業担当者からの「こう言ったらスムーズに成約できた」といったフィードバックを基に、より成約率の高い言い方や方法などを都度反映し、内容を更新し続けましょう。
5)販売単価:いくらで販売するか?
常に定価でスムーズに成約できれば問題はありませんが、営業の現場では、いつもそううまくいくとは限りません。「値下げしたほうが成約できる(成約の確度が高まるのではないか)」と考える営業担当者は少なくないでしょう。
ただし、値下げすれば、その分だけ成約件数を増やさなければなりません。分かりやすく単一価格、単一商品で表すと、仮に販売単価500万円で20件成約して1億円の売上目標を達成できるとすると、販売単価を400万円に値下げした場合、25件の成約が必要です。
そのため、そもそも顧客になる可能性のある先が少ない市場では、値下げ戦略を取るのは得策ではありません。同様に、価格弾力性の低い商品やサービスの場合、値下げしても販売数量が増えないのであれば、値下げはあまり意味がないことになります。
一方、価格弾力性が高く、値下げが販売数量に大きく影響を及ぼす場合、値下げは一考の余地があります。状況によっては、販売先がリピーターとなることもあるでしょう。どのような価格戦略が良いかは、商品やサービスの価格特性を加味することが必要です。
また、商品やサービスにもよりますが、「いくらで販売するか?」を考える上では、競合の価格という視点も重要です。競合の状況によっては、自社が市場を早く席巻するため、あえて低価格戦略を取るという方法もあり得るでしょう。
6)購入頻度:どのくらいの頻度で販売するか?
一度販売した顧客がリピーターとなってくれれば売上目標に貢献しますが、重要なのは時間軸です。例えば1年間で1億円といった目標の場合、極端に言えば、この1年以内にリピーターとなってもらわなければ意味がありません。
そこで、顧客のニーズや予算などの状況をヒアリングしながら、目標期間内に予算が確保できそうであれば、成約した商品、サービスのアップセルやクロスセルを目指して、新しい提案をするのがよいでしょう。
ただし、顧客の状況や関係性を考えず、自分勝手に「お願い営業」をするようなことがあってはなりません。目標期間内にアップセルやクロスセルが難しそうであれば、具体的な提案は次期などに回し、今回は別の顧客を開拓するといった対応が必要です。
7)売上(目標):コスト感覚を持ちつつ目標を達成する
本稿では、分かりやすくするために、目標を「売上」としていますが、実際の営業活動では必ず利益も考えなければなりません。そこで、営業活動における各施策は、営業担当者の人件費も含め、コスト感覚を持って進めることが肝要です。
販売する商品やサービスについて、変動費と固定費から限界利益や損益分岐点を算出し、営業活動で発生してもよいコストの範囲を営業担当者に周知しておきましょう。営業担当者にコスト感覚を持たせるには、具体的な数値を示すことが大切です。
5 1年で1億円を達成したその後は……
ここまで、効率的に目標を達成するために、営業活動を一つひとつ分解して施策を立てる考え方を紹介してきました。冒頭で紹介したIT会社は、この方法を取り入れ、「1年で1億円」という目標を達成できたようです。
・営業担当X君、Y君、Z君:
やったー!1億円!達成したぞ!!!
・営業担当X君:
いや~、どこに営業するかとか、どうやってアプローチするかとか、最初は考えることが多くて大変だったけど、終わりよければ全てよし!
・営業担当Y君:
そうですね!今回は、会社の規模と過去の営業履歴から優先順位を付けてアプローチしたので、いつもよりムダが少なかった気がします!
・営業担当Z君:
頑張ったかいがあったな。ただ、商談率と成約率の見込みが、まだ甘いと思う。特に商談率は、アプローチした先の0.5%を見込んでいたが、実際は0.4%だった。そこから20件も成約できたのは、先輩方のフォローのおかげだよ。
・営業担当X君:
そうそう、それは俺も思った。実際の現場では想定通りにいかないことが多いしな~。今回の実績を踏まえて、社内で「0.5%が通常」とされてきた商談率を見直したほうがいいかもしれないな。
・営業担当Z君:
そうだな。同時に、商談率や成約率を高められるよう、トークスクリプトも見直しが必要だ。
・営業担当Y君:
よし! 善は急げです! 我々3人で、もっと成約につながるトークスクリプトを考えてみましょうよ!
営業活動には終わりはありません。大切なのは、目標を達成した後も、成功や失敗をノウハウとして社内で共有し、次に生かすことです。そうすれば、成約率も目標もレベルアップしていくでしょう。ぜひ、組織全体で営業力を高めていきましょう!
以上(2019年7月)
pj70037
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