書いてあること
- 主な読者:余暇に音楽を楽しみたい、音楽をビジネスに活かしたい経営者
- 課題:音楽とどう向き合い、ビジネスに活かせばいいのかが分からない
- 解決策:クラシック音楽への理解を深める。音楽を使った事例を参考にする
1 音楽への参加の実態
1)音楽のもたらすさまざまな効果や楽しみ方
音楽は、人の心を動かし、喜びや感動、癒しを与え、そして時には聴く人の悲しみやせつなさを代弁してくれる。また、「ゆったりとした」「高揚した」「威厳に満ちた」「はかなげな」など、さまざまな雰囲気を演出する。
音楽が人の心に与えるさまざまな効果をビジネスに取り入れている例は少なくない。例えば、ホテルのラウンジではゆったりとくつろぐことができるよう、控えめで穏やかな音楽が流れている。また、エステティックサロンやリラクゼーション施設などでは美しい音色のクラシック音楽で高級感を演出している。
そして音楽は、自らが演奏者となって奏でるという楽しみ方もできる。ピアノ・バイオリン・ギター・トランペットといった楽器を独奏して楽しむ他、オーケストラに参加したりバンドを結成するなど複数人で音楽を演奏することもできる。複数人での演奏は、「共に1つの音楽を作り上げる」という一体感で心を満たしてくれるだろう。
団塊の世代などを対象とした音楽教室も多くなっており、こうした大人向けの音楽教室では、楽器のレンタルやサークル感覚で集えるグループレッスンなどが行われている。これまで楽器に触れたことのない初心者でも気軽に参加できるし、さまざまな人と交流することもできる。
本稿では、余暇活動として音楽を楽しむ人がどのくらいいるのかというデータを紹介するとともに、経営者が音楽をビジネスに生かす方法を考えていく。
2)音楽への参加人口
日本生産性本部「レジャー白書」によると、音楽関連の余暇活動参加人口の推移は次の通りである。
音楽関連の余暇活動を楽しむ人は、減少傾向にある。スマートフォンやゲームなど余暇時間を楽しむための選択肢が増えているからかもしれない。ただし、2017年以降、作曲ができるウエアラブル端末なども登場しているため、上記の項目に当てはまらない“新しい音楽の楽しみ方”もこれから増えていくかもしれない。
2 音楽と心
1)心に影響を与えるさまざまな音楽
そもそも音楽は人の心に影響を与えるものだが、特に「ヒーリングミュージック」は人の心に癒しを与えてくれる。小川のせせらぎや小鳥のさえずりなど自然を連想させる穏やかなヒーリングミュージックは、医療機関や福祉施設などでも取り入れられている。
また、映画やテレビといった映像の世界では、多くの音楽が、観ている者に対してより効果的に喜び・悲しみ・せつなさといった心の機微を伝えたり、あるいは恐怖感や高揚感を高める手段として用いられている。
この他、格闘技の選手入場の際には、気分を奮い立たせるような、あるいは選手の特徴を表すようなテーマ曲が会場に響き渡る。観客は、テーマ曲が流れると大いに盛り上がり、気持ちを高めつつ、試合を観戦することができる。
2)心に影響を与えるクラシック音楽の例
音楽が人の心に喜びや悲しみをもたらし、心を動かす作用は古くから注目されてきた。音楽には、クラシック・ジャズ・ロック・パンク・ポップス・レゲエ・歌謡曲などのさまざまなジャンルがあるが、特にクラシック音楽は、時を越え場所を越えて人々の心に語りかけ、共通の音楽として全世界に広がっている。
例えば、18世紀、バッハやハイドンをしのぐ人気を博していたといわれるドイツの作曲家テレマンは、「ターフェルムジーク」すなわち「食卓の音楽」という宮廷音楽を作っている。「食事時が楽しくなるような音楽」「食が進む音楽」として宮廷で行われた祝宴のときなどに多く演奏された。
また、19世紀のドイツの作曲家ワーグナーによる歌劇「ニーベルングの指環」の第1夜「ワルキューレ」で演奏される「ワルキューレの騎行」が、闘争心をかきたて人々の心を高揚させる曲として、政治家の演説の際などに聴衆を引き付けるために用いられたのは有名な話である。
この他、クラシック音楽は戦時中に自らの主義主張を訴える手段としても用いられた。ロシアの作曲家ショスタコービッチによって第二次世界大戦時に作曲された交響曲第7番「レニングラード」は、ドイツ軍に包囲されたレニングラードを表している作品で、ショスタコービッチのドイツ軍への反発の気持ちを表現しているとされている。当時、ロシアではドイツ軍による侵略に対する不満が渦巻いていたことから、ドイツ軍への反発を表現した「レニングラード」は人気を集めたという。
このように、音楽は、古くから人の心に影響を与えるものとして認識されてきた。
3 経営者が音楽をビジネスに生かす
1)ビジネスに生かす考え方
これまで、音楽は少なからず人の心に影響を与えることを紹介してきた。ここでは、こうした音楽を経営者が実際にビジネスに生かすことを考えていく。
飲食店などのサービス業の多くは、集客策の一環として、顧客に対して「居心地のよい空間」「オリジナル性豊かな空間」の提供を心がけている。こうした空間を演出する際に、BGMとして流す音楽が大きな役割を担うことになる。
また、音楽は人の心にさまざまな影響を与えることが多いため、顧客に対してだけではなく、メンタルヘルスケアの観点から従業員に対しての活用も考えられる。従業員の心を癒しリラックスさせるというだけではなく、従業員に前向きな気持ちになってもらうために活用してもよいだろう。
ここでは、さまざまな音楽のジャンルの中から主にクラシック音楽を取り上げ、集客策やメンタルヘルスケアなどにつながる音楽を紹介しよう。
1.飲食店などのサービス業における集客策としての音楽
サービス業での効果的な音楽の活用方法は、2つのパターンが考えられる。1つ目は「一般的に軽やかでやわらかな、耳にして気持ちが良いとされる音楽を流す」というものである。多くの人が好む(あるいは不快感を抱かない)とされる音楽をBGMとして流すことで、顧客に対する居心地のよい空間の提供を試みるのである。例えば飲食店などの場合、先に紹介したテレマン作曲の「ターフェルムジーク」などは、多くの顧客が気持ち良く食事をする雰囲気を作り上げるだろう。
また、一般的に軽やかでやわらかな音楽として、モーツァルトの曲がBGMに広く活用されている。モーツァルトの場合、明るい、軽やかといったイメージの曲が多いため、葬送用の「レクイエム」などの一部の曲を除けば、どの曲を流しても和やかな雰囲気が生まれるだろう。モーツァルトの曲の中で紹介するとすれば、「フルートとハープのための協奏曲」などは、優雅で宮廷にいるような時間を演出してくれる。また、誰もがそのメロディを知っている「きらきら星変奏曲」は、軽快で楽しく、明るい雰囲気を演出してくれるだろう。
サービス業での効果的な音楽の活用方法の2つ目は、店舗のコンセプトや雰囲気に応じて「自店舗の特徴を表現する音楽を流す」というものである。例えば、スペイン料理店では情熱的なラテン系のギター演奏が行われていることが多い。こうした店舗では、料理を楽しみながらスペイン音楽に触れ、顧客は舌と耳の両方でスペインを堪能することができる。
この他、スーパーマーケットなどのタイムサービス時などに、フランスで活躍したドイツの作曲家オッフェンバッハの「天国と地獄」を流し、テンポよく顧客心理を盛り上げても面白いかもしれない。
2.従業員のメンタルヘルスケアや気分転換としての音楽
従業員に対するメンタルヘルスケアや気分転換には、「朝の出勤時間・業務終了時間などにその時間にふさわしい音楽を流す」ことが考えられる。朝であれば爽やかな気分になる音楽を流して従業員に気持ち良く1日をスタートしてもらい、業務終了時間には心に安らぎと癒しを与える音楽を流して従業員の心の疲れを癒す。
朝にふさわしい音楽としては、ノルウェーの作曲家グリーグによる「ペールギュント第一組曲」の中の「朝」が有名で、学校や職場で朝の音楽として広く活用されている。
業務終了時間には、心の疲れを癒すことを第一の目的として音楽を選択するとよいだろう。例えば、ドイツの作曲家パッヘルベルの「カノン」やバッハの「主よ人の望みの喜びよ」などは親しみやすく、心の疲れを洗い流してくれるような音楽である。
さらに、癒し効果のある音楽として取り上げられることが多いのが、モーツァルトである。モーツァルトは「胎教によい」「脳の活性化をサポートする」「ストレスをやわらげてくれる」などとされ、音楽療法などにも活用されている。業務終了時間には、モーツァルトの中でも心に染みる曲や優しい曲、あるいは充足感を感じるような曲などを流してもよいだろう。例えば「バイオリン協奏曲第3番第2楽章」などはバイオリンの旋律が心に染みる名曲である。また、「交響曲第40番」は優しいメロディと広がりのあるオーケストラの音色が、従業員の心をゆったりとやわらげてくれるだろう。
この他、音楽を流して「従業員の気持ちを盛り上げ会議などの活性化につなげる」といった例が考えられる。この場合、軽快なリズムと心が躍るような音楽がよいだろう。例えば、イタリアの作曲家ヴィヴァルディの「バイオリン協奏曲」や、「四季」の中の「春」などが挙げられる。会議の際、あるいは会議の休憩時間などに控えめに流しておいてもよいだろう。
2)経営者が自分自身のために聴く音楽
経営者は、1人部屋にこもり集中力を高めることもあるだろう。また、自分自身を鼓舞しなければならないときもある。このようなときも、音楽は効果的である。
人によって好みは異なるため、集中力を高める効果が得られる音楽のジャンルも人それぞれであろうが、ここではクラシック音楽の例を紹介する。
先に紹介したワーグナーの「ワルキューレの騎行」では、気分を奮い立たせることができるだろう。また、ドイツの作曲家ブラームスによる「交響曲第1番」も、1人で集中力を高めたいとき、あるいは自分を鼓舞したいときにお薦めの音楽とされている。オーケストラの荘厳な響きと打楽器(ティンパニ)の連打で重々しく幕を開けるこの交響曲は、完成までにブラームスが20年以上もの歳月を費やした曲である。20年以上という歳月がそのまま体現されているような重厚な曲で、特に第一楽章の始まりは、1歩1歩かみ締めながら運命を切り開いていくかのような雰囲気さえ漂っている。経営者が気持ちを集中し高めていくのにふさわしい曲といえるだろう。
以上(2019年5月)
pj10032
画像:unsplash