書いてあること

  • 主な読者:事業承継や事業の拡大などでM&Aを検討している経営者
  • 課題:限られた予算の中でM&Aを行いたい
  • 解決策:まずは、デュー・ディリジェンス(会社や事業の価値やリスクの調査)を始めるに当たって、M&Aによって得たい価値を明確にすることが大事

1 中小規模のM&Aは「限られた予算」の効率的な活用がポイント

現在、中小企業同士や中小企業と起業家、大企業・中小企業とスタートアップ企業といった「中小規模のM&A」が注目されています。その理由の一つは、中小企業の後継者不足が深刻化しているためです。中小企業白書(2019年版)でも、経営者の高齢化や後継者不足は、中小企業における重要な課題として挙げられています。今後も、中小規模のM&Aは増えていくことでしょう。

弁護士という職業柄、私はさまざまなM&Aについてのご相談を受けますが、中小規模のM&Aの場合、会社の法務担当者は、「法務リスクをチェックしたいものの、使える予算が限られる」といった悩みが多いようです。そのため、中小規模のM&Aでは、「限られた予算の中で、いかに効率的にデュー・ディリジェンス(後述で説明)、契約書の作成・交渉を行えるか」がより重要です。外部アドバイザーとして、弁護士にもこの点が求められると感じます。

本稿では、中小規模のM&Aを中心に、現状や留意点などを紹介しています。本稿が、中小規模のM&Aを予定されている皆さまにおいて、方針検討の一助となれば幸いです。

2 中小規模のM&Aの現状

1)中小企業白書から見る中小企業の重要課題

中小規模のM&Aが注目される背景について、まず、中小企業白書を例に見ていきます。2019年4月26日、中小企業白書(2019年版)が公表されました。今回の中小企業白書は、令和時代の中小企業・小規模事業者の活躍に向けて、経営者の世代交代と中小企業の自己変革に焦点が当てられています。

中小企業白書によれば、2018年の休廃業・解散件数は4万6724件にも上ります。また、中小企業の経営者の年齢の分布を見ると、1995年には、最も多い経営者の年齢は47歳でしたが、2018年には69歳となっており、経営者の高齢化が進んでいることが分かります。このような状況を受けて、経営者の世代交代により、有用な事業や経営資源を次世代に引き継ぐことの重要性が高まっています。

同様に、中小企業白書では、事業承継の手法としては親族内承継が55.4%と最も高く、次いで役員・従業員承継(19.1%)、社外への承継(16.5%)となっており、親族外への承継も一層推進することが重要と指摘しています。また、会社の事業を社外の起業家が承継することがありますが、起業家から見ても、事業承継が一層推進されることで、有用な事業や経営資源を引き継ぐことが可能となり、初期費用を抑えて創業ができるというメリットがあります。このような中小企業と起業家の事業承継を通じ、起業家による新しい事業展開も期待されるところです。

2)中小規模のM&Aのもう一つの意味

中小規模のM&Aは、「経営者の世代交代に伴う事業承継」にとどまりません。「将来のM&A候補の探索」という意味も持っています。

従来、特に米国や中国で顕著でしたが、近年では、日本でも、スタートアップ企業への投資件数および金額は大幅に増加しています。

大企業は、その規模の大きさから意思決定などに時間がかかり、新たな事業への取り組みが遅れがちです。そのため、大企業はスタートアップ企業を通じて自社の技術革新につなげたいという意向を持っており、それがスタートアップ企業への投資ニーズの拡大要因といえます。

これらの投資は一定の出資を伴うため、投資自体がM&Aの一種ともいえますが、マイノリティー株主(親会社以外の株主)として投資する場合も多いため、支配権獲得という観点では、将来のM&A候補の探索(=将来の支配権獲得に向けた準備)という側面のほうが強いといえます。

なお、このような事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携については、経済産業省が手引きをまとめていますので、こちらも参考になります(経済産業省産業技術環境局技術振興・大学連携推進課(平成31年4月付)「事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携のための手引き(第三版)」)。

■「事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携のための手引き(第三版)」を取りまとめました■
https://www.meti.go.jp/press/2019/04/20190422006/20190422006.html

3 中小規模のM&Aにおけるデュー・ディリジェンス

1)デュー・ディリジェンスの実施

ここでは、中小規模のM&Aにおける具体的な留意点などを見ていきます。買主は、会社や事業の支配権を取得する場合、その会社や事業の価値やリスクを調査することになります。このような調査を「デュー・ディリジェンス」と呼びます。

またデュー・ディリジェンスは、(そのスコープはさまざまですが)近年では、M&Aの規模を問わず行われます。また、法務に限らず、財務や税務についても行われることが一般的です。さらに、製造業を営む会社などで、その保有する工場の価値が大きい場合には、工場の敷地に環境問題が発生していないかを確認するために、環境に特化したデュー・ディリジェンスが行われるなど、個別の事例に応じて、さまざまなアレンジがなされます。

規模の大きなM&Aが行われる場合には、デュー・ディリジェンスのために、数千万円から数億円の費用がかけられることもあります。そのような場合には、各分野の専門家が対象会社や対象事業について、網羅的かつ詳細なチェックを行い、問題点を確認することとなります。

2)中小規模のM&Aにおけるデュー・ディリジェンスの悩み

中小規模のM&Aでは、予算の都合上、規模の大きなM&Aのように、費用をかけて網羅的なデュー・ディリジェンスを行うことは簡単ではありません。また、「規模が小さければ、その会社や事業が抱えているリスクは小さい」という相関性は必ずしも成立しない点に注意が必要です。

会社の規模が小さく、大企業のようなコンプライアンス体制が整っていない結果、法務・財務・税務など、さまざまな観点で潜在的な問題を抱えている例も多く見られます。そのため、中小規模のM&Aであるという理由でデュー・ディリジェンスをしないと、取引の実行後に問題点が見つかり、最悪の場合には、想定していたビジネスが営めないこともあり得ます。例えば、対象会社で本来必要となる許認可を取得していなかった場合には、一定期間営業停止をせざるを得ないという事態も考えられます。

また、デュー・ディリジェンスを行わなかったため、事業運営のコストが想定以上にかかり、不採算ビジネスになってしまうといった事態が生じることもあります。例えば、サービス残業が常態化していたことが買収後に分かった場合に、サービス残業をなくし、未払賃金の支払いを行った結果、事業運営のコストが想定以上にかかってしまうという事態も考えられます。

そのような想定外の事態が生じた場合の対処方法として、契約書に基づき、損害賠償請求をできるようにしておけばよいという考え方もありますが、契約違反や損害を主張・立証するために一定の時間や費用が必要となりますし、買主側で考えている損害額が全て認められるとは限りません。また、損害賠償請求が認められたとしても、売主側の財務状態が悪化していれば、結局、支払いを受けることができないといった事態も考えられます。そのため、仮に契約書での手当てが可能な場合であっても、できる限りデュー・ディリジェンスを行って、リスクを把握することが必要です。

3)デュー・ディリジェンスを効率的に行うための方策

中小規模のM&Aでは、限られた予算の中で、どのように効率的にデュー・ディリジェンスを行うかが課題となります。効率性を上げるための方策は一つではありませんが、デュー・ディリジェンスを始めるに当たって、まず、M&Aによって得たい価値を明確化することが重要です。

例えば、事業を営むに当たって許認可を得る必要がある場合には、その許認可についてチェックしなければなりません。また、その会社の有している特許やライセンスが重要な場合には、その特許やライセンスの有効性や契約条件(ライセンスの範囲、有効期間、ライセンスフィーの算定方法など)をチェックすることになります。さらに多数の従業員を雇用する企業では、先ほど挙げた例にもある通り、未払賃金についてもチェックをする必要があるでしょう。

チェックすべきポイントを明確化したうえで、社内の法務部、財務部などで対応できるか、または外部のアドバイザーを起用する必要があるかを検討することとなります。チェックポイントの明確化の作業は、中小規模のM&Aの経験が豊富な外部のアドバイザーと一緒に行う、また、初期の段階で対象会社にインタビューを行って、問題点を絞り込むといった手法も有用です。

このように、デュー・ディリジェンスのチェックポイントを明確化し、効率的に作業を行うことで、買収時のリスクを抑えつつ、買収にかかる費用をコントロールすることが可能になります。

4 売主側における準備行為

デュー・ディリジェンスは、買主側が行いますが、デュー・ディリジェンスの過程で問題が見つかると、スケジュールの遅延や譲渡対価の減額など、売主側にも大きな影響が生じます。このような事態を避けるため、M&Aを検討する売主としては、買主側のデュー・ディリジェンスが始まる前に、自ら社内のコンプライアンス体制のチェックなどを行うことが考えられます。

また、デュー・ディリジェンスでは、契約書をはじめ、さまざまな資料の提出が求められることとなりますので、売主側で、あらかじめ社内資料の整理を行っておくと、デュー・ディリジェンスから案件の成立・譲渡の実行までを、スムーズに進めることができます。

5 中小規模のM&Aにおける契約書の作成・交渉プロセスの特徴と留意点

契約書には、デュー・ディリジェンスで発見された問題点を解消するための条項などが盛り込まれることとなります。例えば、許認可の取得に不備がある場合には、取引の実行に先立って、必要な許認可を取得させるなど、その不備を是正する義務が盛り込まれます。

また、デュー・ディリジェンスの結果によっては、単純な株式譲渡や事業譲渡の手法ではなく、他の手法を選択する必要が生じる場合もあります。例えば、会社分割などの組織再編行為を利用して、一部の事業を承継するといった手法が採用されることもあります。このようなスキームの検討や契約書の作成は、社内に適切な担当者がいる場合は別ですが、外部のアドバイザーを起用するほうが、作業を効率的に進められることが多いでしょう。

中小規模のM&Aの場合、社長がキーパーソンであり、社長がいなくなると、ビジネスが円滑に運営できないといった事態が往々にして生じます。そのような場合には、社長に、少なくとも一定期間、経営に関与してもらうための仕組みづくりを検討することになります。契約上の手当てとしては、社長と経営委任契約を締結することなどが考えられますが、社長に、今までと同様、またはそれ以上に、会社の業績向上に向けて尽力するモチベーションを持ってもらうための仕組みをつくることも重要です。

社長のモチベーションを保つ手法として、例えば、報酬に一定のインセンティブを付与することも考えられますし、また、対象会社の株式の一部を社長に継続的に保有してもらい、退任時に対象会社の企業価値が向上している場合には、高い企業価値を前提に、社長の保有している株式を買い取るといった手法も考えられるところです。

どのような手法が良いかは、個別の案件ごとに異なります。外部のアドバイザーなどから、インセンティブについてのアイデアを出してもらうことも有用でしょう。

規模にかかわらず、M&Aは非常に労力も手間もかかるのが一般的です。特に、社内に専門部署や専門知識のある人がいないことが多い中小規模のM&Aでは、なおさらです。しかし、会社を次の世代に残すために、また、新しいビジネスの可能性を生み出すために、中小規模のM&Aが求められているのも事実です。

後継者不足に悩んでいる方、または、新しいビジネスにチャレンジしたい方は、外部の専門家などにも相談しながら、中小規模のM&Aを検討してみてはいかがでしょうか。

以上(2019年6月)
(執筆 弁護士 柴田久)

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画像:unsplash

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