書いてあること
- 主な読者:M&Aの効果を最大化したいと考える経営者
- 課題:M&A成立後の経営統合に向けた施策が分からない
- 解決策:PMIと呼ぶ統合プロセスを使って具体的な施策を検討する
1 買い手から見たM&Aのメリット
M&A(企業の合併・買収)が多くの企業で検討・実施されています。M&Aが経営戦略や事業戦略の実現手段の1つとして定着してきた背景には、企業間の競争激化による事業領域の選択と集中を進めるための施策としてM&Aが積極的に活用されるようになったことや、後継者不在による事業承継の困難さが増していることなどが挙げられます。
特に、他の企業が保有する既存の経営資源の買収による事業領域の拡大・再構築は、企業経営にとって大きなメリットです。
一般的に、買い手(買収側)から見たM&Aのメリットには次のようなものがあります。
1)時間を買う
新製品の開発、異業種分野への進出、あるいは規模の利益を狙う場合に、手っ取り早く「時間を買う」ことによって、早期の市場参入と早期の業績に寄与します。
2)人材を獲得する
売り手(被買収側)の優れた人材を、自社に取り込むことができます。
3)投資を節約する
51%の株式の取得で買い手(買収側)は売り手(被買収側)の経営権を取得することができます。企業全体の価値からみれば、49%引きで売り手(被買収側)を取得することになります。
4)顧客を獲得する
売り手(被買収側)の持つ顧客を、自社の顧客とすることができます。同時に売り手(被買収側)の持つ販路や営業データなども自社のものとして利用できます。
5)事業リスクの低減
売り手(被買収側)の過去の業績データを参考にできるため、全くの新事業分野へ進出する場合に比べ、投資の計算がより現実味のあるものとなり、リスクを低減することができます。
6)シナジー効果の期待
買収側(買い手)の経営資源(主として経営ノウハウ)と売り手(被買収側)の経営資源の組み合わせによるシナジー効果(相乗効果)が期待できます。
2 M&Aの成否を握る事業統合後のマネジメント
M&Aでは、相手企業と合意するまでの、企業買収そのもののプロセスに関心が集中しがちです。しかし、前述のメリットを効果的に生かし、最大限のシナジー効果を発揮するためには、売買契約の合意・成立後に売り手・買い手双方の事業分野を整理・統合し、それらの事業分野が効果的に機能するようなマネジメントをしなくてはなりません。株式を取得して支配権を得るだけでは、単なる株式投資と変わらないからです。
特にM&Aの中でも企業合併の場合は子会社化に比べて企業内が混乱しがちです。準備が不十分な場合、重大なミスやシステム障害などが発生し、最悪の場合には社員の離職や業績悪化、内部対立の顕在化などを招き、M&Aが逆に企業の成長力を損なう要素となるかもしれません。その意味では、M&A成立後の統合に向けたマネジメントがM&Aの成否を握っているといえるでしょう。
3 PMIを構成する3つの段階
M&Aによる企業合併の効果を最大化するための統合プロセスは、PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション、以下「PMI」と表記)と呼ばれます。PMIのプロセスは、おおむね次の3段階に分かれています。
- 経営の統合(理念・戦略・経営体制の統合)
- 業務の統合(業務内容・人事制度・組織・拠点の統合)
- 企業風土・文化の統合
PMIに取り組むには、これらのうちどれを優先し、いつまでに統合するかを決定することが必要です。そして、広範な領域に及ぶ企業の統合を成功させるためには、全体の整合を図りながら個々の統合について検討を進めることが条件となります。
以降では、各段階についてポイントとなる施策をまとめます。
4 合併後の経営統合に向けた施策
1)ビジョンの明確化
経営理念、企業戦略、経営陣の体制などを統合するのがこの段階です。
PMIを進めるに当たって必要な業務は、経営資源の再配分や業務プロセスの統合、社内書式の統一など膨大な量に上ります。この大量の業務を処理する上での羅針盤となるのが「ビジョン」です。
事業統合によって何を実現するのか、将来的なゴールはどこに置くのかなど、企業が目指すべき道を明快なビジョンによって共有することで、統合に向けた作業を進めていく上での判断にぶれが生じにくくなります。
なお、ビジョンを策定する際には、成長の目標を盛り込むのが望ましいでしょう。単純な資産・設備の統廃合によるコストの削減だけでは、現状維持あるいは縮小均衡にとどまります。PMIによってシナジー効果を期待するならば、明確な成長のビジョンを持って業務に臨まなければなりません。
その他、ビジョンの策定に当たっては次のような点を明示したほうがよいでしょう。
- 合併によって何を達成したいのかを明確に定義する
- 目指すべき合併効果の目標値を設定する
2)強いリーダーシップの実現
事業統合の強い推進力となるのが、リーダーシップを持つ人物が企業の方向性を明確に指し示し、目標に向かって全従業員が動くという体制作りです。
どんなに素晴らしいビジョンがあっても、個々の施策が着実に実行されなくてはビジョンの実現はままなりません。ビジョンが企業の行き先を定める羅針盤とするならば、強いリーダーシップでPMIをけん引する人物の存在は、目標に向けて組織のかじを切る船長として不可欠であるといえるでしょう。強いリーダーシップを実現するために、次のような点に留意する必要があります。
1.経営トップによるコミットメント
強いリーダーシップを実現するためには、M&Aが決定した早い段階で、ビジョンや基本方針について経営者によるトップダウンの形で従業員に提示することが重要です。経営トップ自らが従業員に対して宣言し、コミットメント(約束)することで、企業の新しい姿が明確になり、目指すべき方向性を従業員に浸透させることが容易になります。
2.プロジェクトリーダーを明確にする
経営トップが明確な方向性を指し示したら、次に業務を推進するためのプロジェクトリーダーを決定します。プロジェクトリーダーは、組織・業務・人事といった業務ごとに、ビジョンによって指し示された統合計画を推進していきます。
プロジェクトリーダーの決定は、PMI開始後可能な限り早くしなくてはいけません。「当面は話し合いながら」などの理由でリーダーが定まらないまま統合作業がスタートすれば、意思決定が遅れ、従業員に統合への不安が広がりかねません。
特に、有能な人材に対しては早い時期からリーダーとしての役割と権限を与え、主体性を持ってPMIに取り組ませることで人材の流出を防ぎ、モチベーションの維持を図ることができます。
3.誰をリーダーにするか
業務ごとのプロジェクトリーダーを誰にするかは、PMIの成否を決める重要な要素です。吸収合併であれば買収側がリーダーとなり主導権を握ることも可能なのですが、対等合併の場合では事業執行の主導権争いによってPMIの実務が停滞してしまう恐れがあります。
3)専任部署の設置
PMI全体を統括する専任部署の設置も不可欠な要素の1つです。専任部署は一般的にPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)と呼ばれます。
PMOの役割は、PMIの全体最適を目指して同時並行の形で進む各部署の統合関連業務を把握し、それぞれの調整役として円滑な遂行を図ることにあります。膨大な業務が発生するPMIにおいて、扇の要となる役割を担っているといえるでしょう。PMI作業全体をまとめるPMOが効果的に機能しているかによって、PMI全体の成否が左右されるほど、PMOの役割は重要といえます。
PMOの役割には、次のようなものがあります。
- PMIの基本計画の策定
- 全体スケジュールの調整
- 基本方針の提案・伝達・徹底
- 各部署ごとの検討・進ちょく状況の整理
- 各部署ごとの決定内容の共有
PMOのメンバーは、経営企画部門だけでなく、間接部門や事業部門など幅広い部門の業務を知る人材を選出するとよいでしょう。また、管理職ポストの統廃合への執着が薄い中堅従業員に実務を担当させたのほうが、より機能的な活動ができると考えられます。
5 人事制度の設計の考え方
人事・報酬制度の相違や格差は、PMI推進に当たって非常に大きな阻害要因となります。合併によって目指す目標やビジョンに整合する形で新たな制度を構築することが望ましいでしょう。
人事制度の統合のパターンは、大まかに分けて次のようなものがあります。
- どちらかの企業に人事制度を合わせる(片寄せ)
- どちらか一方の人事制度をベースに、2社の制度を反映した制度を作る(折衷型)
- ゼロベースで全く新しい人事制度を構築する(新規構築)
一般的には、吸収合併の場合は吸収する企業の人事制度に片寄せするケースが多いようです。一方の制度に片寄せする場合、方針が明確になり制度設計上の検討項目も少なくなるため、意思決定が迅速で徹底しやすいというメリットがあります。また、待遇面での悪化がなければ、被吸収企業の従業員からも制度を受け入れられやすいでしょう。
対等合併の場合、人事制度は折衷型または新規構築の形をとることが多くなりますが、この場合、従業員間の融和を考慮して、管理職の数や給与体系などで両社のバランスをとらざるを得ないことが多くなり、結果として全体の整合性が失われることもあります。
従業員に勝敗の意識を持たせないことはPMIにおいて重要ですが、意思決定の遅れやシナジー効果を追求するダイナミズムの喪失は、さらに大きな悪影響を及ぼす要因となるでしょう。
人事制度の設計に際しては、実務上の視点から見れば経営トップが強いリーダーシップを持ってどちらかの制度に片寄せし、バランス調整は最小限にとどめるのが望ましいでしょう。
対等合併であり、かつ合併当事会社2社の代表者による代表取締役2人体制であるなど、仮に合併に際して人事制度を調整せざるを得ない事情があったとしても、長時間の議論よりも迅速な意思決定を優先すべきです。
6 組織設計のポイント
1)組織設計の考え方
組織の設計には、2つの大きなポイントがあります。1つは、組織の枠組みをどのように作るのかという点、もう1つは、組織の枠組みに基づいてどのように人材を配置するかという点です。比較的大規模な企業の場合は、まず組織の枠組みを決定し、その組織に人材を配置する方法をとるほうが効率がよいでしょう。一方、比較的小規模の企業の場合には、各部門の責任者となる人材を決定し、その人材に合わせた組織を設計するという方法も有効に機能します。
組織を作る上で、理想的には新たなビジョンが示す枠組みに基づく組織を新規に構築するのが望ましいのはいうまでもありません。しかし、近接した2つの営業拠点が存在するケースなど、現実的には合併対象となる2社の組織が並立しながら業務を進めるというケースが少なくありません。
2社の組織が併存している状況は、シナジー効果の追求という点では非効率であることは否めません。可能な限り速やかに組織の枠組みを決定し、効率的な組織体制を構築する必要があります。人事制度の構築と同様に、PMIにおいては調整や長時間の議論よりも、迅速な意思決定を優先すべきでしょう。
以降では、組織構築に当たっての留意点を紹介します。
2)組織能力の棚卸しを行う
まずは、目標を達成するために必要な能力・スキルを検討します。その上で企業が保有するスキル、能力、実績を把握し、将来のあるべき姿に対する過不足を洗い出します。この組織の持つ能力・スキルの「棚卸し」によって、企業にとって強みとなる分野や不足している能力が明確になるでしょう。
この作業を行うことで、全く新しい部署の設置や、旧組織の持ち味をそのまま生かした組織再編などの検討がしやすくなります。
3)企業の内外から意見を求める
合併当事会社双方の従業員・顧客・取引先などから、幅広く意見を聞くとよいでしょう。意見を聞くことで組織の良い点や問題点が明確になります。同時に、従業員に対しては組織設計に対する不満の抑制効果を期待でき、社外に対しては合併に伴って企業が「変革」に向けて動いていることをアピールすることができます。
なお、組織設計に当たっては、新しい組織の構造を明確に伝えるとともに、どのような役割や機能を持っているのかという点と、なぜそのような組織設計を行ったかについて、従業員や取引先に意図が正しく伝わるように説明することが重要です。
7 業務・情報システムの統合
顧客データベースなどの情報システム、在庫管理の手法、販売管理の方法、細かなことでは伝票処理のルールなど、合併当事会社双方の業務の進め方には大きな違いがあります。こうした業務を統合する作業は、PMIの中でも最もボリュームがあります。
業務処理の統合については、そのボリュームの大きさに配慮し、どちらか一方の企業の処理方法に片寄せすることを基本に、細部については調整を行うのが現実的です。
特に、業務の基盤となる情報システムについては、合併と同時に全く新しい仕組みを導入するのは危険でもあります。まずは片寄せを基本として統合を行い、既に稼働実績のあるシステムで運用をするのがよいでしょう。
業務を片寄せする上の基準としては次のような点を考慮するとよいでしょう。
- 業務推進手順をシミュレーションし、より効率的な方法に片寄せする
- 取引条件面で有利な方法に片寄せする
- 業務のボリュームが大きく、主幹的な業務に片寄せする
なお、合併の直後は、従業員にとって不安が最も大きくなる時期です。自身の処遇も含めて、今後企業がどうなっていくのかという関心が最も高まる時期といえるでしょう。
このような時期には、即効性のある小さな変革を矢継ぎ早に実施することが重要になります。例えば「コストダウン」「労働条件の改善」「間接業務の効率化」「調達の一本化」など、目に見える形で小さな成果を上げることが、従業員に「この合併は成功だった」という実感を持たせることにつながります。中長期的なビジョンを明確にすることはPMI実施の上で非常に重要ですが、それと並行して従業員のモチベーションを維持するための即効性の高い施策を進めておきましょう。
8 企業文化の統合に向けた施策
1)まずは方向性の共有から
PMIにおいて、企業文化の統合は最も困難な問題をはらんでいます。
例えば製造業でも、伝統的に開発者の発言力が強い企業もあれば、営業の意見が最優先される企業もあります。小さなところでは、「毎日朝礼がある企業」と「朝礼がない企業」というのもあるでしょう。企業文化とは、過去の企業の歴史に支えられて醸成されてきたものであり、100の企業があれば100の企業文化があるといってよいでしょう。異なる企業文化を一つに融合し、より強い企業を作るための新しい企業文化を生み出すことが、PMIの最終的な目標といえるかもしれません。
企業文化は、従業員の意識に根付いているものだけに、統合は一朝一夕に進むものではありません。企業規模に圧倒的な差がある場合は、吸収企業の文化に同化させることは困難ではありませんし、結果的にそのほうがうまくいくケースもあります。しかし、基本的な企業文化の統合を進める上での考え方としては、2つの企業文化を同一のものにするのではなく、まずは方向性を共有することを優先するのがよいでしょう。方向性とはM&Aのビジョンや短期・中期の目標を従業員全員が共有し、その目標に向けて進んでいくということです。
無理に企業文化を創り出そうとせず、「共通の目標を持つことができれば、その目標を達成する過程で新たな企業文化が生み出されるかもしれない」という考え方のほうが、社内に不要なあつれきや不満を生み出さないと思われます。また、将来に対する明確な目標があれば小さな企業文化の差はちょっとした習慣の違いとしてやがて収束していくことでしょう。
とはいえ、異なる企業が1つになる以上、相互理解を深めるための努力は不可欠です。そこで、以降では、企業文化に対する相互の理解を進める上でポイントとなる点を挙げてみます。
2)研修の実施とリーダーの選出
従業員間の相互理解を深めるために、研修などを実施して広報も積極的に行うのがよいでしょう。研修は、ビジョンや目標を伝える場であると同時に、参加者同士の横の連携を通じて、相互の価値観を知るための場ともなります。
研修の実施に当たっては進行役となるリーダーを選出します。リーダーは少なくとも合併企業それぞれから1名ずつ選出するとよいでしょう。リーダーに適した人材の条件は、「相互の企業文化を受け入れることができる」「人望があり、積極的に行動できる」「改革への意欲が高い」などが挙げられます。
3)「対等な関係」の構築
少なくとも、合併企業の従業員間では対等な関係を築くことは重要です。仮に資本関係の上では支配的な合併であっても、業務の現場では相互の企業文化を尊重し、理解し合う姿勢を徹底しないと、無用なあつれきを生んでしまいます。特に、吸収合併の場合には被吸収企業の従業員に不満が出やすく、これを放置すると優秀な人材の流出にもつながってしまいます。
4)討論の場を設ける
相互理解を深めるためには、従業員の間で討論の場を設けるのが効果的です。研修プログラムの中に討論の時間を組み込むのが一般的ですが、それ以外に定期的に社員同士が討論する場を設けるとよいでしょう。お互いが疑問点を話し合うことで、相互理解が深まると同時に「場を共有」することによる一体感も生まれます。
なお、討論の場を設ける際にはPMI開始の初期よりも、従業員がある程度企業文化の違いを肌で理解してからのほうがよいでしょう。
以上(2019年7月)
pj80068
画像:unsplash