書いてあること
- 主な読者:BCPを策定したい経営者
- 課題:策定手順や注意すべき点が分からない
- 解決策:被災した企業の具体的な対応例や効果を参考にする
1 BCPの必要性
1)BCP(事業継続計画)の基本的な考え方
大規模地震などの災害が発生した際、その被害を最小限に抑えて事業を継続するために企業が策定する計画をBCP(事業継続計画)といいます。中小企業庁によるBCPの定義は次の通りです。
企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のこと。
中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針 第2版」(以下「運用指針」)によると、BCPの有無による食料品スーパーマーケットの緊急時対応のシナリオ例は次の通りです。
1つのシナリオ例であるとはいえ、図表を見ればBCP策定の有無によって食料品スーパーの状況が大きく異なることが分かります。大規模地震の発生などに備え、BCPを策定しておくことは、食料品スーパーマーケットが事業継続と地域貢献を実現するための最も基本的な取り組みだといえるでしょう。
なお、中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針 第2版」には、図表で紹介した「地震災害」における事例の他に「水害」「火災」に関するシナリオ例も紹介されています。
■中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針 第2版」■
https://www.chusho.meti.go.jp/bcp/download/bcppdf/bcpguide.pdf
2)BCP策定の基本的な手順
BCPは企業規模や業種、現在の防災体制などに応じてその内容を決定すべきものです。ここでは、食料品スーパーマーケット(チェーンストア)の視点を交えつつ、企業がBCPを策定する際の基本的なポイントを紹介します。
1.中核事業の特定
大規模地震が発生した場合、全ての事業を被災前と同じ状態に復旧することは時間やコストなどの問題で難しいこともあり、復旧を断念せざるを得ない事業も出てきます。こうした事態に備え、企業は優先的に復旧対象とする「中核事業」を決定しておく必要があります。
【食料品スーパーマーケットの視点】
- 食料品スーパーマーケットの場合、各店舗の被害状況にもよりますが、地域との密着度や売上規模などに応じて、早期開店する店舗、時間をかけて開店する店舗、閉鎖する店舗といった優先順位を決めておく必要があります。また、本部と各店舗に防災責任者や現場責任者を配置するとともに、責任者である店長などに万が一何かあった際にも対応できるような体制を整えておくことも不可欠です。
2.BCPの準備・事前対策を検討する
目標とする時間内に中核事業を復旧させるためにすべきことを明らかにします。具体的には、中核事業の継続に不可欠な経営資源(ボトルネック資源)を代替できるか、事前対策として何が有効かを検討し、具体的な行動計画を策定します。
【食料品スーパーマーケットの視点】
- 食料品スーパーマーケットの場合、各店舗への連絡体制の整備が非常に重要であるため、固定電話や携帯電話以外の通信手段も確保しておきます。また、仕入れ先や配送業者などの取引先および行政との協力体制を強化し、地域ごとの物資の供給状態、道路の破損状態など物流に関する情報を収集し、各地の店舗に効率的に物資を供給できる体制を整えることが重要です。
3.BCPを策定する
「2.BCPの準備・事前対策を検討する」で検討した内容を、BCPとして文書化します。また、BCPを発動する基準や発動時の体制も明らかにしておきます。
【食料品スーパーマーケットの視点】
- BCPを作成した後、その中心となる事項を「防災マニュアル」などにまとめ直して各店舗に備えつけると同時に従業員に周知します。また、食料品スーパーマーケットの場合、災害発生時に店内にいるお客様の安全確保が非常に重要なので、どのタイミングで避難を開始するのかについて決めておく必要があるでしょう。
4.BCPを定着させる
BCPは、策定しただけでは万一の際に機能しません。そのため、企業は定期的な防災訓練や勉強会を行い、組織全体にBCPを浸透させなければなりません。
【食料品スーパーマーケットの視点】
- 食料品スーパーマーケットは、「お客様の安全確保」を第一に考えなければなりません。災害時のアナウンス内容を決めて従業員に暗記させるなど、徹底的な教育と防災訓練の繰り返しが不可欠です。
5.BCPの診断・維持・更新を行う
BCPを策定した後も、定期的にBCPの有効性のチェックや内容の見直しを行う必要があります。防災訓練などを通じて不備が明らかになった場合、従業員の声にも耳を傾けて必要な修正を加えます。
【食料品スーパーマーケットの視点】
- 食料品スーパーマーケットの場合、同業他社の事例研究が有効です。連絡体制の整備方法や物資の調達方法を研究し、良いものは取り入れていくことが重要です。
2 企業事例
1)被災した企業が取った行動を学ぶ
企業は災害が発生したとき、何を優先し、どんな対応を取ったのでしょうか。ここでは中小企業庁「中小企業が緊急事態を生き抜くために」で紹介されている企業事例を抜粋し、地震で被災したときの有効な対策などを紹介します。
2)機械製造業(工作機械)
1.地震発生時の状況・被害
- 休業日に地震が発生。休日出勤していた20人ほどの大半が退社済みで、社内には従業員が6人残っていた。
- 電気がつかず、工場内は危険だったが、避難所にいた担当者を呼び出し、工場内の電気設備を点検させた。
- 翌朝、全工場内を点検。停電や漏水が発生し、機械設備や製品が横転していた。
- 電話による全社員の安否確認を実施。全員の安否を確認するのに2日間を要した。
2.地震発生後の対応
- 従業員は車で寝泊まりしたり、避難所から通ったりし、出勤率は高かった。
- 地震による顧客や取引先の被害は深刻ではなかった。
- 工場の安全点検や余震対策の応急措置と安全対策を進め、早期に生産を再開する方針を決めた。
- 機械設備の修復、製品の修理・作り直しなどを進めつつ、搬送用の迂回ルートを確認。納期は2週間ほど遅れたものの、2カ月で生産を再開した。
- 地震発生から1週間は社内の安全確認と復旧体制を固めることに専念。
- 近隣の顧客を訪問し、納品済み製品の安全点検などを実施。阪神・淡路大震災時にも被災地域の顧客を訪問し、製品の安全点検を実施したが、今回も同様に対応した。
3.工場などの復旧
- 工場などを、震度6強に耐えられるよう、1年をかけて改修。全ての機械設備に地震感知機を取り付け、震度4で自動停止するようにした。強化棚や機械などの転倒防止措置も施す。
- その後、発生した大地震のときには、安全点検などで生産を2日間止めただけで生産を再開できた。
- 修復や耐震強化などに6000万~8000万円を要した。
3)食品製造業(米菓・餅)
1.地震発生時の状況・被害
- 商品の入れ替え時期で、地震発生の数日前から24時間体制で工場は稼働していた。
- 地震発生時、工場には78人の従業員がいた。停電したが、全員が無事に避難できた。毎年実施する避難訓練が奏功した。
- 翌朝、工場を確認すると、屋根は波打ち、ガラスは粉々だった。工場内の機械設備の被害は深刻だったが、工場の構造自体は被害は少なく、建て替えせずに復旧できる状態だった。
2.地震発生後の対応
- 地震発生の2日後、工場の従業員の半数が出勤。生産量を落とせない時期だったため、全社員に強制出勤を命じた。
- 自宅が全壊した人や家族が亡くなった人もいたが、「会社がなくなるかもしれない」と従業員を説得した。結果として、工場の従業員の8割が出勤した。
3.生産の再開
- 生産の再開日を設定し、水道の確保や川の水を使えるようにろ過機を発注した(現在は自家発電設備や餅の生産に必要な窒素などを常備し、基盤となるインフラが使えなくなっても生産できる体制を整えている)。
- 製造ラインをビニールシートで覆い、生餅の製造に必要な無菌環境を作って対応した。
- 設定した目標通り、地震発生から17日後に生産を再開した。
- 出荷量を最少にしてでも、品物を切らさないようにすることで納入を維持した。
4)漆器製造販売業
1.地震発生時の状況・被害
- 3人の従業員が工房で作業中に地震が発生。けがなどはなし。
- 安否確認などのルールを定めていなかったが、他の従業員も家族の安否を確認した後、出社。
- 本社の建物は物が転倒するなどして作業できる状態ではなかったが、途中工程の製品は別の場所に保管していたため、被害を免れた。
2.生産の復旧
- 地震発生から1週間程度で作業場内の片づけや修復を済ませ、徐々に生産を再開。
- 漆を塗った器を乾燥させる漆室が幾つか壊れたが、残った漆室の回転率を上げてカバーした。
- 顧客は東京が主だったため、需要は減らなかった。
3.工房の再建
- 罹災(りさい)証明の手続きに時間を要し、工房の建物をすぐ取り壊せなかった。3月に地震が発生してから4カ月後の7月に取り壊しを開始。
- 工房の再建は1年後の3月に開始し、8月に完了。被災地域は再建ラッシュだったため、建設事業者を確保しにくい状況だった。
- 再建計画は工房の使い勝手などを十分検討した上で進めたかったが、融資の手続きの関係から時間が限られてしまった。
5)酒造業
1.地震発生時の状況・被害
- 地震直後に社内の敷地を見ると、木造の酒蔵や事務所、販売店舗は全壊していた。休業日だったため、従業員は社内にいなかった。
- 地震発生からしばらくして、5人の幹部社員が自主的に出社して対応を協議。従業員の安否確認担当者を指名し、実施させた。
- 製造部課長と代表取締役が社内の被害状況を確認。事務所にあったパソコンからデータなどを取り出した。
2.地震発生後の対応
- 地震発生の翌日には従業員とその家族の安全を確認。
- 地震発生前に発注していた仕込み用タンクが12基、地震後に入荷する予定だった。加えて、仕込み工場の一部は使える状態だったため、仕込みを行える可能性があった。酒造りを休むことは商売上致命的だし、従業員の士気を維持するためにも酒造りを実施すべきと判断。
- 水道水が出ないという問題があったが、水道局に陳情するなどし、地震発生から2週間後に安定供給されるようになった。
- 目標がないと従業員の士気が下がると考え、酒の瓶詰めラインの復旧日を具体的に定めた。結果的に目標より2日早く瓶詰めラインは復旧した。
- 再開当初の出荷量は通常の6分の1程度。しかし、片付けばかりするより、わずかでも出荷を再開したほうが従業員の士気を保てると考えた。
3.酒蔵の再建
- 酒蔵は2カ月半かけて解体。地震発生(7月)の翌年4月に再建を開始。製造ラインから再建し、9月の仕込みに間に合うようにした。
- 倉庫の再建は後回しにし、外部の倉庫を借りて対応。地震発生から2年後の復旧工事で倉庫を再建した。
- 再建した建物は震度7でも耐えられるようにした。商品をできるだけ高く積まないようにするなどの対策も実施した。
6)システム開発業
1.地震発生前の取り組み
- ISOを取得していたため、事業継続活動(BCM)の取り組みを進めていた。災害時のマニュアルを策定し、訓練も実施していた。
- マニュアルは社内のグループウエアで共有。随時バージョンアップしていた。震度6、震度4~5、地震以外の3段階の災害時レベルを設定し、レベルに応じた対応方法を定めている。
- 災害対策本部は、指揮班や連絡班などに分け、消防団に属する従業員が主要メンバーとなる。なおシステム開発業として、サービス停止や個人情報の漏洩などの事態に対応する際も、同様の取り組みを行う。
2.地震発生時の状況・被害
- 本社の社屋は構造的に丈夫だったため、地震による被害はなし。サーバーも自家発電で対応したため問題なし。
- 地震発生から1週間はマニュアルに従って非常勤務体制を敷く。夜間も含め、会社の代表番号への電話に誰かが必ず出られるようにした。
- 通常の業務体制に戻した後は、顧客の状況、社内の被害状況を1カ月にわたって随時更新するようにした。
- 近隣の顧客を訪問し、顧客のシステムの確認や保守を可能な範囲で実施。必要な支援を実施した。インターネットラジオを使い、地元のラジオ局の情報を地域の人に向けて流すなど、地域の復興支援も行った。
3.事業継続上の課題
- 自社の被害はなかったものの、緊急対応に人手が割かれ、進行中だったシステム開発が止まったり、商品の納品が遅れたりした。そのため現在は、代替要員や冗長性を確保できるようにしている。
- 業務関係者だけが知っていた業務上の情報を意識的に共有するようにした。
- 大事なプロジェクトの優先順位の見直しや絞り込みを毎年実施。
- さまざまな事業リスクを想定し、あらかじめ対策を講じることが、パンデミックなどの場合でも容易に対処できるようにした。
7)ホテル
1.地震発生時の状況・被害
- 地震発生時、ホテルの最大収容数である156人の宿泊客が滞在。
- 地震発生から25分後、全宿泊客と42人の従業員全員の避難が完了。年2回実施する避難誘導訓練が奏功する。
- 避難完了後、宿泊客の一部は送迎用のマイクロバスに入ってもらい、当日、まだホテルに着いてない予約客から電話があったときには、帰宅するよう伝えた。
- 避難後、従業員から宿泊客用の布団を館内から持ってきたいという提案があった。この他にも従業員から積極的な提案があった。
- 自衛隊のヘリコプターを使って宿泊客を搬送してもらうよう依頼するも、被害のより大きな地区の住民が優先された。近くの避難所に宿泊客も移動してもらうよう勧められたが、すでに避難者があふれていたため、宿泊客に避難所を案内できなかった。
- ホテルとして備蓄品を特に準備していなかったが、支援物資などを使うことでしのげた。その後、周辺の旅館と合わせて約300人の宿泊客は、行政が手配したバスを使って搬送してもらった。
2.営業の再開
- ホテルの建物の構造に被害はなかったものの、一部の天井が落ち、内装も被害を受けた。
- 地震発生の4日後に取引銀行に相談したところ、全面的な支援を受けられたため、営業再開に向けた動きを取ることにした。
- 全従業員をいったん解雇。営業再開に向けて、従業員とはすぐに連絡を取れるようにしておいた。
- 10月に被災した翌年4月以降、従業員の再雇用を順次進め、7月には全従業員を再雇用できた。8月には営業を再開した。
8)飲食店(そば)
1.地震発生時の状況・被害
- 店舗の建物は築140年の民家だったが、柱や筋交いを増やすなどして補強済みだった。
- 地震発生時、4人の従業員が働いていたが、従業員をいったん帰宅させ、店主と店主の息子2人で対応することにした。
2.地震発生後の対応
- 地震発生後の3日間は地域の活動に専念。ボランティアの受け付けを設置するなどして支援した。この活動に従業員を従事させることはしなかった。
- 地震発生から4日目になり、店舗の片付けを開始。厨房は使える状態だった。下水道の復旧に10日かかったため、それに合わせて店舗も10日後に再開。
- 再開後はボランティアの人向けのメニューを準備。しかし、ボランティアの多くの人が高いセットメニューを注文するなどの心遣いを見せてくれた。
3.店舗の再建
- 3月に被災し、11月の連休まで営業を継続したが、建物に不安があったため、銀行からの融資を受け、翌年2月に建て替えた。見た目が多少悪くなってもいいから、震度7でも耐えられるように再建し、地盤も改良した。
3 その他の企業の取り組み
上記以外にも、災害時の対応として参考になる企業の事例は数多くあります。事例集は、前述した中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針 BCP関連資料」以外に、都道府県が独自に取りまとめを行っているものもあります。
例えば神奈川県では、ウェブサイト上で中小企業のBCPの取り組みをまとめた事例集を紹介しています。また大阪府では、2013年7月から府内中小企業への国際規格(ISO)に対応したBCPの普及啓発や策定支援を目的とした「国際規格対応型BCP人材育成支援事業」に取り組んでおり、その事業を通じてBCPを策定した30社の取り組み実績を事例集としてウェブサイト上で紹介しています。
■神奈川県「中小企業BCP(事業継続計画)作成事例集」■
http://www.pref.kanagawa.jp/docs/jf2/cnt/f4763/documents/747304.pdf
■大阪府「BCP策定支援企業事例集のご紹介」■
http://www.pref.osaka.lg.jp/keieishien/bcp/bcpsakuteishienjirei.html
以上(2019年11月)
pj60150
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