書いてあること
- 主な読者:採用活動のデジタル化を検討したい経営者
- 課題:デジタルは苦手。それに人を採用するのだから、リアルのほうがいい?
- 解決策:コロナ禍で新人教育は混乱、新人は不安を感じがち。オンボーディングをサポートするデジタルツールを駆使することがエンゲージメント向上や離職防止のカギに
採用した新人が入社後すぐに辞めてしまうーー。増加傾向にある早期離職は採用現場における頭の痛い問題です。入社したての新人に“この職場ならやっていけそう”“この会社で頑張っていきたい”と感じてもらうことこそが、採用活動の真のゴールなのです。
最終回の本稿では、入社後にスポットを当てましょう。職場への早期順応、定着戦力化を早める「オンボーディング」という育成プログラムが、最近注目を集めています。オンボーディングをサポートするデジタルツールや、その活用が人事のDX(デジタルトランスフォーメーション)へとつながっていく未来について、解説していきます。
1 オンボーディングとは
オンボーディングとは、教育・育成プログラムのひとつです。新しく組織に入ったメンバーに対して、「業務に必要な知識・仕事の手順」や「オフィスルール」「企業理念や大切にしているカルチャー」などを指導しながら、職場への定着、自律した人材として戦力化を図ることを目的としています。
英語で表記するとon-boarding。もともとはon-board=飛行機や船に乗るという意味から生まれた造語で、入社した“職場にうまく乗り込めた状態”を表す言葉でした。欧米ではすでにさまざまな企業が取り入れていますが、日本においてはあまりなじみがなかった概念かもしれません。しかし、「飲み会で交流を深めること」や「メンターがついて会社のルールを教えること」も立派なオンボーディングの取り組みです。パーソルキャリアが行った「コロナ禍における中途採用者のオンボーディング実態調査」の分類を引用しながら、オンボーディングを整理してみました。
- 入社前のオフィス見学
- 人事・採用担当者との面談(入社前/入社後)
- 配属先上司との面談(入社前/入社後)
- 配属先メンバーとの顔合わせ(入社前/入社後)
- 中途採用者同士の顔合わせ(入社前/入社後)
- 歓迎会など、業務時間外に行う非公式イベント
- 人事部主導の研修
- 配属先主導の研修
- OJT(On-The-Job-Training)
こうしてみても、新人の“スムーズな乗船”に向けて行うべき働きかけが実に多岐にわたっていることが分かります。
2 若者の価値観変化
なぜ、いまオンボーディングが注目を浴びているのでしょうか。それは離職の問題が見過ごせなくなってきているからです。厚生労働省が発表している新規大卒就職者の事業所規模別離職状況によると、平成29年3月卒の新卒社員のうち、1年目で離職した社員は全体の11.5%。約10人に1人が1年目で離職していることになります。
もっとも、この数値自体がこの30年間大きく変わっているわけではありません。多くの人事担当者が口をそろえるのは「なんの相談もなしに突然辞める」という離職傾向です。まだ戦力になっていない新人とはいえ、いきなり辞められるのは大きなダメージです。
突然辞める背景には、彼らが育ってきた環境が大きく影響しています。
- ネットの普及により、探せばすぐにベストな情報が手に入る。
- 学校で厳しい指導を受けたり、強制されたりすることが減少している。
- 個性が尊重され、自分は自分、相手は相手と考える。競争はしない。
- 危険は排除され、予想外の場面に出くわすことは少ない。
- 面白いツールやコンテンツに囲まれて楽しい時間が過ごせる。
つまり、失敗することや否定されることを過度に恐れてチャレンジできず、結果的に受け身で自分基準の行動をとる傾向にあるのです。もちろん一括りにすることはできませんが、若手社員の顔を思い浮かべてみると、少なからず心当たりがあるのではないでしょうか。
3 コロナ禍というVUCAの時代
一方で、今の社会環境はVUCA(変動性・不確実性・複雑性・不透明性)と言われる時代。こうした状況への対応が求められるなか、いまの若者たちは、直面するであろう困難を自分で何とかする経験が積みにくい環境で育ってきたわけです。そこに、コロナ禍が直撃しました。
「新入社員導入研修も動画で見るばかりで、ちゃんと社会人としての基礎が身に付いたのか不安なまま。なのに配属されてOJTが始まってしまった。やっていけるんだろうか」
「正式に配属された! やっと仕事ができる! と思ったのにテレワーク継続で全然教えてもらえない。質問は自分からって教わったけど、遠慮してなかなか聞けない」
「上司や先輩社員がコロナへの対応にかかりっきり、自分はまともな仕事ができていないし、何のためにここに入社したのか…」
「テレワークでは仕事上のやりとりだけで雑談も少ないし、とても悩みの相談なんてできない。職場の人ってもっと仲間って感じがするもんだと思ってた」
「よく同期と助け合うって先輩たちから聞いてたけど、ソーシャルディスタンスのこともあるし、なかなか同期とも話せない…」
戸惑いを隠せない新入社員の声が多数寄せられています。
4 リモートでのオンボーディング
新人の突然離職を防ぐためにもオンボーディングの重要性が高まるなか、コロナ禍という不測の事態が加わったことで、どの企業でも新人教育は混乱をきたしています。特に難しいのが、テレワークが進むなかで、対面でのコミュニケーションが限定されてしまうことでしょう。オンラインツールを活用したリモートでのコミュニケーションは、対面でのコミュニケーションと比較すると、どうしても情報が伝わりにくい側面があります。
パーソルキャリアが整理したオンボーディングタスクを見ても分かるように、新人とのコミュニケーションは、業務コミュニケーションと組織コミュニケーションに大別されます。業務コミュニケーションにおいては、短い期間で業務を担えるようになるため、業務に直接つながる情報、知識を提供する必要があります。一方、組織コミュニケーションは、その組織において、新人メンバーがつながり、チームに迎え入れられていると感じられ、チームの一員として実感を持てるようになることです。
また組織コミュニケーションにおいては、単なるつながりだけでなく、会社や組織に対しての求心力を高めることも重要。いわゆるエンゲージメントの観点です。ミッション、ビジョン、バリューなど企業理念を語ることはもちろん、先輩社員が自分の言葉で会話を重ねることが、企業文化を伝えていく上ではとても有効だとされています。
こうしたオンボーディングのコミュニケーションをリモートで行っていくのは容易ではありません。だからこそ、いろいろなデジタルツールを使いこなす必要があるのです。かなり回り道をしましたが、ここからオンボーディングにおけるDXについて解説していきましょう。
5 コミュニケーションを支援するデジタルツール
リモートでのコミュニケーションを円滑にするには、WEB会議システムやチャットツールのようなデジタルコミュニケーションツールはもちろん、育成に使えるeラーニングツール、知見を提供する情報共有・ナレッジ蓄積ツールなど、目的やシーンに合わせてデジタルツールを駆使することが重要です。
加えてお勧めするのが、オンボーディングのクオリティを高めるコミュニケーションツールを活用すること。その代表格が社内SNSです。新人の見えにくいコンディションを知ることで、タイムリーにフォローできる。あるいは業務習熟度を把握することで、指導のレベルや役割付与の適正化が図れる。こんな機能が搭載されたツールがいくつも登場しています。
もう少し具体的に解説しましょう。例えば、仕事終わりに今日の業務の出来栄えや納得感、あるいは充実感を入力する社内SNSがあります。いわゆる日報のようなものと言えば分かりやすいでしょうか。ただ、もう少しくだけた感じのインターフェイスにすることで、気軽に本音が言いやすい仕掛けを作るなど、いくつも工夫が施されていたりします。
業務や職場に慣れきっていない新人の気持ちは、ただでさえ浮き沈みが激しくなりがちですから、コンディションを把握してタイムリーにフォローすることは、離職抑止に極めて重要です。
また、「感謝」の気持ちを贈りあう社内SNSもあります。いまの新人はフェイスブックやインスタグラムで「いいね」を送りあう世代ですから、こうした仕掛けは我々が思う以上にフィットするらしく、仲間への信頼、組織への帰属意識を高めるのに一役買ってくれるのです。
6 科学的なタレントマネジメント
とはいえ本連載で繰り返しお伝えしてきたように、デジタルツールの活用がすなわちDXということではありません。つまりご紹介した社内SNSの活用がゴールではないのです。もちろん新人のモチベーションを高める、あるいは組織へのエンゲージメントを高めることに効果はあるのですが、重要なのはその先にあります。
デジタルツール活用の本質的な価値は、データが蓄積されていくことにあります。個々の社員のコンディション変化をデータ上で付き合わせることで、離職の相関関係を解析していくことが可能になります。さらには職場の問題点を特定し離職防止策の検討につなげていくことができます。
実際に、蓄積されたデータから1on1(Yahoo!などが実践する1対1の面談)を支援するテックサービスもあります。例えば新人Aさんとの面談では、こんな内容をこんな言い方で伝えようとか、Bさんとの面談では、聞き役に徹してこういう感情を引き出そうとか、AIによって面談内容をアドバイスしてくれる技術がすでに登場しているのです。
タレントマネジメントやピープルアナリティクスという言葉も、かなり一般化してきました。属人的な人事から科学的な人事へと変革していくーー。これこそがDXで目指す世界観です。リクルーティングDXの終着点は、人事の本質的なDXにつながっていき完結するのです。
コロナ禍によって激変した採用市場。突然、現出した不況によって採用を絞る企業が続出するいまだからこそ、その逆をつくことでいい人材を獲得できるーー。空前の人手不足で採用に苦慮してきた企業の皆様に、そんな思いを伝えるべく本連載は始まりました。
勇気をもって積極採用に臨む際の武器がDXです。採用の勝ち組となるためには、デジタルツールを駆使しながら、組織変革までを見据えて取り組んでいくDXの視点こそが重要なのです。最後に、改めてこのメッセージをお贈りすることで、本連載を閉じさせていただきます。ご愛読ありがとうございました。
以上(2020年10月)
(執筆 平賀充記)
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画像:Inside Creative House-shutterstock