書いてあること
- 主な読者:コロナ下での会社の存続に苦心する中、売り上げや利益の確保と従業員の安全への配慮との板挟みになっている経営者
- 課題:他の社長の考えを聞いてみたい
- 解決策:事業の継続と従業員の安全というバランスを図りつつ、会社をコロナ下に適応させるために奮戦する社長の取り組みと、背景にある思いを参考にする
1 悩みながら、正解なき問題と戦う社長たち
逆風が吹き荒れるコロナ下で、何とか会社を守りたい――。全ての社長に共通する、当然の思いです。「正解」はありません。しかし、何も対策を打たなければ、売り上げや利益は落ち込みます。もちろん、従業員の感染リスクを高めることなどできません。社長は悩みながらも会社の方針を決断し、組織を引っ張っています。本稿では、コロナと戦っている2人の社長へのインタビューを紹介します。
2 「ファミリー」の従業員を守るため店舗を一時閉鎖
顧客と店員との接触が避けられない店舗運営者にとって、売り上げの確保と、感染者を出さないことは、相反する課題です。「Rugby Online」のブランドでラグビー関連グッズを販売する店舗やECサイトを展開するエムアンドワイ企画サービス(東京都中央区)の小澤響平社長は、店舗の一時閉鎖を決断し、ネットのみでの販売にかじを切りました。
決断した大きな理由は、「『ファミリー』である従業員や、お客様の安全を担保できない限り、店舗を開けておくわけにはいかない。感染者を出してしまったら、テナントのオーナーや階下の飲食店にも迷惑が掛かる」との思いでした。
1)売上高はおよそ半減
「イケイケだった2019年から、一気に地獄に落ちた」。日本でのワールドカップの開催により、空前のラグビーブームとなった2019年を振り返り、小澤さんは2020年をこう評します。
同社の2019年度の売り上げおよび利益は、前年度対比で2倍超となり、過去最高を記録しました。ワールドカップの開催時期は、西武渋谷店に約300平方メートルの期間限定店舗の出店も実現。「念願だった」という百貨店への進出も果たしました。ワールドカップ後も、国内リーグである「トップリーグ」に注目が集まり、応援グッズなどの売れ行きは順調に伸びていました。
ところが、新型コロナウイルス感染症により状況が一変します。2020年4月からトップリーグの全試合が中止となる中、小澤社長は一時、「ラグビー関連グッズを買ってくれる人は、もういなくなるのではないか」との危機感を抱いたといいます。国内でマスクの需給が逼迫した4月から5月にかけて、取引先である中国の工場のつてを使って、マスクの輸入販売を行うことにしたのは、マスク不足に悩む顧客に役立ちたいという思いとともに、少しでも売り上げにつなげたいという気持ちもあったそうです。
同社にとって最も痛手となったのは、毎年7、8月に開設している菅平高原(長野県上田市)への出店見送りを余儀なくされたことでした。ラグビーチームの夏合宿の本場である菅平高原の店舗は、同社にとって「年間売り上げの2割弱」を占める大きな存在でした。
同社の2020年度上期(4月~9月)の業績は、「売り上げは2019年度下期の半分程度、損益はトントン程度」だったといいます。2019年の勢いのまま、さらなる飛躍を期待していた2020年は、「ボロボロ」の状況となりました。
2)店舗は閉めても給料は下げずに払う
小澤さんが売り上げ以上に危惧したのは、従業員や顧客の安全を守ることでした。同社の店舗は東京駅からすぐのビルの3階にあります。約40平方メートルの売り場には、商品が所狭しと陳列されています。窓が開放できないため、「密になることは避けられない」状態でした。
小澤さんは、店舗の一時閉鎖と、従業員の出社停止を決断します。長距離の電車通勤者も含む従業員や、ラグビーを愛する来店客の安全、そして近隣の店舗などへ迷惑を掛けないことを第一に、感染者を出さないことを最優先します。
店舗の閉鎖は、2020年3月1日から9月4日まで断続的に行われました。6月は東京都による休業要請の解除を受けて営業を再開しましたが、7月に入ってからの都内の感染者数の増加に伴い、営業時間の短縮などで対応したものの、同月末から再び閉鎖。店舗を閉鎖した期間は、延べ5カ月近くに及びました。
店舗の閉鎖と従業員の出社停止に際して、小澤さんは従業員に、「出社しなくても、絶対に給料は下げずに払う」と約束しました。学生アルバイトにも、前年の支給額に応じた給料を支払うこととしました。小澤さんにとって従業員は、学生アルバイトも含め、「ファミリーのようなもの」といいます。正社員も学生アルバイトも、ラグビー関係のつながりがきっかけで同社に集まった、「単なる雇用の関係ではない」人ばかりであることも、その思いを強くさせています。小澤さんは、「彼らの収入を守ることは、社会や、ラグビーのコミュニティーを守ることにもつながる。採算うんぬんで契約を変更する考えは全くない」と言い切ります。
小澤さんが店舗を閉鎖する決断ができた大きな要因は、同社がネット販売に強みを持っていたことです。同社の事業は、ニュージーランド(以下「NZ」)にラグビー留学をしていた小澤さんが2000年、NZのラグビーボールを日本に並行輸入してネット販売したことから始まりました。このため、ネット販売のみでも事業を継続できる見通しがありました。ただし、ネット販売のための発送作業は、従業員が出社できないため、小澤さんと幹部の2人だけで行う日々が続きました。
また、ラグビーブームで好業績を収めた2019年の蓄えと信用力の向上により、当面の資金繰りへの懸念がなかったことも、店舗閉鎖の決断を後押ししました。従業員への給与の支払いには、雇用調整助成金なども活用したそうです。
3)新たな収益源の開拓を進める
同社は現在、コロナ下に対応するための収益構造の多様化に取り組み始めています。最も注力しているのが、ラグビーのコーチング動画の販売プロモーションです。ラグビーが盛んなNZでは、有名選手などが出演するラグビーのコーチング動画を、ネットを通じて配信するビジネスが定着しています。同社は2019年に、動画を作成しているNZの会社のパートナーとなり、日本でのプロモーション事業に携わっています。2020年からは、日本人の元ラグビー選手が出演する、日本向け専用動画もプロモーションしています。有料会員の視聴者を増やしていけば、サブスクリプション(定額制)の収入の一部を受け取ることができ、ラグビー関連グッズの小売りとは違う収益源になります。
また、今後の増加が予想される空きテナントを活用した、NZ関連のアンテナショップの開設も検討しています。ワインや蜂蜜など、NZ産の魅力的な商品を取り扱う店舗を集めた施設を運営することで、家賃収入という新たな収益が得られるようになります。「当社はNZの最強コンテンツであるオールブラックス(ラグビーのNZ代表チーム)のライセンスを持っているので、オールブラックスを活用した集客ができる強みがある。ラグビー以外でもNZに対する日本人の関心が高まれば、逆にNZへの興味からラグビーファンが増えることも期待できる」といいます。
「今は弱気を見せたら終わり。今を生きるためだけに、安売りをしたり、現金化をしたりしていては先がない。今はピンチではあるが、少しチャンスでもあると思っている」。小澤さんは「前へ」進み続ける理由を、このように語っています。
3 事業構造の転換も含めた平時の危機対応策が奏功
製造業の中で、新型コロナウイルス感染症によるダメージが大きかった業種の1つが、自動車関連です。自動車部品を含むバネの設計・製造を行う沢根スプリング(静岡県浜松市)も少なからぬ影響を受けましたが、1つの業種や取引先に依存しない事業構造への転換を進めてきたため、大きなダメージを回避することができました。
その背景には、「会社を永続させる」という経営理念の下、社長の沢根孝佳さんの主導で、平時の役割を重視したBCP(事業継続計画)に取り組んできたことがあります。事業構造の転換を含む経営力強化は、危機対応力の強化と並ぶ同社のBCPの柱です。また、平時から従業員やその家族とのコミュニケーションを大切にしてきたため、コロナ下でも従業員の家族を含めた感染症対策を行うことができたといいます。
1)東日本大震災を機に策定したBCPを毎年更新
同社の2020年度上期(1月~6月)の業績は、「前年同期比で売上高は15%程度の減少、利益は半減した」といいます。特に自動車部品の売り上げは大きく落ち込みましたが、「かつては全売り上げの7~8割を占めていたが、3割を切るまでに減らしてきた」ことから、創業以来続いている黒字経営を揺るがすには至りませんでした。
同社がこれまで、大量生産型の下請け製造業からの転換を進めてきたことが、コロナ下で力を発揮したといえます。同社は、小口のスポット品については2時間以内の問い合わせの返答と、3日以内の商品発送という「世界最速工場」を売りに、取引先の拡大を進めてきました。2020年は小口のスポット品の売り上げが63%を占めており、売り上げを一番占める自動車部品の取引先でもその割合は13%にとどまっています。
事業構造を転換する原動力となっているのは、会社を永続させるという経営理念であり、それを具現化しているのがBCPへの取り組みです。
沢根さんがBCPに取り組み始めたきっかけは、2011年の東日本大震災でした。同社がある静岡県浜松市は、東海地震が発生した際に、津波などの被災が想定されています。そのため、沢根さんは東日本大震災直後の東北地方に赴き、津波に遭った町工場を見学するとともに、町工場の経営者から「何をしておくことが大切か」を学びました。その際に記した「危機は計画どおりに発生しない」などの教訓は、今でも社内に掲示しています。そして翌2012年、社内でBCPを策定。それ以来、BCPを毎年更新しています。
2)問題解決予防型のBCPを重視
同社のBCPには、大きな特徴が2つあります。1つは、単に震災や水害などの災害対応だけではない点です。会社の永続という視点で考えた場合、リスクは災害だけでなく、SARSや鳥インフルエンザなどの感染症、バブル崩壊やリーマンショックなどの経済危機も、災害と同じリスクに位置付けられます。コロナ禍についても沢根さんは、「リスクの1つとして、感染症も想定していた」といいます。例えばマスクは、一部の製造工程で従業員が使用することもあり、大量に備蓄していました。中国で感染症が発生した当初は現地の関連会社にマスクを送り、日本で感染が拡大した際には、中国から送られてきた分も含めて、全従業員に1箱ずつ配布することができました。
もう1つの特徴は、問題が起きてから対処する「問題対処是正型」でなく、問題が起きる前に想定して対策を実施しておく「問題解決予防型」を重視している点です。沢根さんは、「重要だけれど緊急ではないことを、どれだけ平時にやれているかが大事」といいます。事業構造の転換は、その一環でもあります。また、県外の同業者4社との間で、大規模な災害時などの相互応援協定を結び、工場が稼働できなくなった際の生産の委託や、人的・物的支援を行うための体制も整備しています。さらに資金面では、静岡県信用保証協会からBCP特別保証を受けている他、金融機関からも融資枠を確保しているといいます。
3)従業員とその家族の理解と協力を得る
事業面では約8年かけて強化してきた平時のBCPが奏功しましたが、「従業員とその家族の安全を第一に考えた」という新型コロナウイルス感染症対策については、「目に見えるものではなく、専門の知識もないので、これで十分だという自信はなかった」といいます。とはいえ、「会社の永続のためには、事業を止めないことも大事」です。
最も重視したのは、従業員とその家族の理解と協力を得ることでした。家族も含めているのは、家族から従業員が感染する可能性もありますし、「家族に何かあれば、従業員は出社どころではない。家族も含めて会社のメンバー」という思いがあるからです。沢根さんは、平時から月1回のペースで従業員との懇談会を開催したり、給料袋に「社長だより」という家族向けのメッセージを入れたりして、コミュニケーションを図ってきました。
従業員とのコミュニケーションを通じ、沢根さんは、「コロナに対する不安の抱き方は、個人差があると感じた」といいます。そこで、従業員や家族の不安を軽くするためにも、「会社としてはこれだけの感染症の予防対策を取っている。経済を止めてもいけない」ということを繰り返し説明しました。また、従業員やその家族がPCR検査を受ける際の要件や、検査を受けた場合の会社の対応、陽性だった場合の対策などのルールを明確にし、家族にも周知を図るとともに協力を呼びかけました。
4)社会の変化は、会社も変化するチャンス
沢根さんは、「コロナ禍で世の中が変化している今は、会社にとってチャンスでもある」と捉えています。「10年はかかるといわれていたデジタル化が、コロナ禍を機に一気に進んだ。少し以前には考えもしなかったオンライン会議を、今では当たり前のようにするようになった」。こうした社会の変化に合わせて、同社もコロナ禍を機に、Web会議のクラウドサービスや非同期のコミュニケーションツールを導入。会議時間の短縮や議事録および社内メールの廃止につなげました。
事業面でも、コロナ禍が変化のきっかけを与えてくれました。自社で製造するコロナ対策グッズの販売を始めたことです。発端は、1日中マスクをしている工場の従業員が、耳の痛さを解消するためのワイヤを発案したことです。本業がバネの製造業ですから、ワイヤの加工はお手の物。従業員からの「こんなものできましたけど、もっと作りましょうか」との提案に、「皆困っているだろうから、ご近所にも配ろう。うまくいけば販売もできるのでは」と、新商品「痛くなイヤー」の製造が始まりました。さらに、新商品の配布先や購入者からの要望に応える形で、蒸れたり曇ったりしにくいフェースシールド、耳にかけずに使える蒸れにくいマウスガードも開発し、ラインアップが広がりました。
「ここで我々は学ぶことができた」と、沢根さんは言います。同社は消費者向けの取引をしていなかったため、個人からの代金回収ノウハウがありませんでした。コロナ対策グッズの販売を始めたことで、新たにクレジットカードの決済手段も追加導入につながりました。「事業にBtoCという多様性が生まれた。バネ製品には個人向けのものもあるので、販路の拡大にもつながっていく」。沢根さんは可能性の広がりを感じています。
5)会社の未来を描いて従業員に示す
沢根さんは2021年に社長交代することを明言しており、現在は10年後を見据えた「2030年ビジョン」の作成を始めています。沢根さんは、ジグソーパズルを例に、ビジョンの作成の重要性を強調します。
ジグソーパズルは、絵や写真が描かれているから完成できる。もし真っ白だったら、パーツを組み合わせるのは大変で、時間がかかるし、嫌になってしまう。コロナ禍は、ジグソーパズルが真っ白になった状態と同じです。「先が見通しにくいときこそ、未来への決断をして、夢を描き、それを従業員に説明をするのがトップの役割。会社が描いている未来はこのようなものだと示した上で、だから今はこのようなことをどんどん進めていこう、と従業員に訴えることが大事。これはトップにしかできない」。沢根さんは、こう考えています。
4 コロナ下の変化に会社を適応させる
2人の社長の共通点は、従業員の安全という守りを固める一方で、コロナ禍は「チャンスでもある」と捉え、攻めの気持ちも忘れていないことです。そして攻め方も、コロナ禍によって変化した社会や事業環境に、会社を適応させていくという点で共通しています。
誰もが分かる逆境にあり、後ろ向きになりがちなときだからこそ、従業員に攻め方を指し示し、少しでも前向きな気持ちにさせることが、トップに求められています。
以上(2020年11月)
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画像:インタビュー先より提供