書いてあること
- 主な読者:退職手続きをオンラインで行うことになった人事労務担当者
- 課題:具体的な業務が整理されていない。何がオンライン可能なのか分からない
- 解決策:原則全てオンライン化が可能
1 手続きは原則全てオンライン化できる
この記事では、人事労務の仕事を紙からデータに切り替えたい人向けに、
退職手続きはどこまでオンライン化できるのか
をまとめます。一般的な退職手続きは、原則全てオンライン化が可能ですが、図表の赤字に注意が必要です。
【社会保険関連、税務関連の書類の取得】
健康保険関連の制度改正がある(2024年12月2日以降、健康保険被保険者証が廃止される。経過措置あり)
【法定書類(社会・労働保険関連、税務関連)の提出】
税務関連の書類は、電子証明書がないとオンラインで提出できない
以降では「退職前または退職日当日の手続き」と「退職後の手続き」の2段階に分けて、労務管理のオンライン化のポイントを見ていきます。
2 退職前または退職日当日の手続き
1)退職届の取得
退職届は、雇用保険の資格喪失手続きを行ったり、退職理由をめぐる労使トラブルを防止したりするために必要な書類です。社員本人が自分の意思で退職したことの証拠となるため、通常は直筆で署名捺印のあるものが望ましいとされています。
ただし、「一身上の都合で退職します」と記載されたメールなど、電子的な手段で退職の意思表示があった場合でも、直筆でない、署名捺印がないという理由だけで、退職届としての有効性が否定されることはありません。ポイントは、
社会通念上、本人が作成、送信したものに間違いないと推定できること
です。例えば、発信元のメールアドレスが、社員本人が管理し、他の人がログインできないものであれば、そのメールを退職届と同様に扱っても差し支えないでしょう。逆に、誰が管理しているか特定できないフリーメールなどを使用した場合、退職届として扱うのは難しくなります。
退職届を電子化する手堅い方法は、電子契約書ソフトを利用することです。例えば、
- 退職する社員本人が管理をしているメールアドレスに会社側で作成した退職届のフォーマットを送って電子署名をしてもらう
- 「退職合意書」を作成し会社と社員が相互に電子署名を取り交わす
といった形が想定されます。メールアドレスで社員本人を特定していることに加え、電子契約書ソフトによる電子署名が客観的かつ強固な証拠となるので、直筆で署名捺印がされた退職届と同等の証拠能力をオンラインで担保できます。
2)社会保険関連、税務関連の書類の取得
1.健康保険被保険者証(2024年12月2日以降、不要に)
従来は、退職する社員の健康保険被保険者証(本人分と被扶養者分)の現物を回収し、保険者(全国健康保険協会または健康保険組合)に返却しなければなりませんでしたが、
2024年12月2日以降は、健康保険被保険者証とマイナンバーの一体化に伴い、健康保険被保険者証が発行されなくなる(経過措置により、既存の健康保険被保険者証は最長1年間使用できる)という制度改正により、回収は不要(社員が自分で破棄してよい)
になりました。
2.退職所得の受給に関する申告書
退職金の支給を受ける社員は、「退職所得の受給に関する申告書」を会社に提出すると、退職所得控除の適用を受けられます。その場合、退職金に対する所得税が非課税または軽減された税額となります。提出しない場合は、支給額に対し一律20.42%が課税されます。
「退職所得の受給に関する申告書」は、オンラインでの提出も認められています。オンラインでの提出方法としては、「社員が押印したものをスキャナー保存してもらって、PDFなどでメール送信してもらう」という方法がありますが、
社員本人から間違いなく提出されたものであると識別できる必要
があります。識別性を持たせるためには、PDFそのものにパスワードを付すことや、当該社員がIDやパスワードを管理しているメールアドレスから送信させることが考えられます。
会社が税務調査などで「退職所得の受給に関する申告書」の提示を求められた際には、本人を識別できる方法で適正にPDFで受領していれば、原本の提示は必要ありません。
3)法定書類(雇用保険被保険者離職証明書)の作成
退職した社員が基本手当(いわゆる「失業手当」)を受給するためには、会社が所轄ハローワークに「雇用保険被保険者離職証明書」を提出する必要があります。雇用保険被保険者離職証明書は電子申請を前提として、「電子政府の総合窓口(e-Gov)」上またはその他の業務ソフト上で作成することができます。
手書きの離職証明書では、社員に「記載内容について異議がない」旨の署名捺印をしてもらいますが、電子申請の場合、社員側に異議がないことをどう証明するかが問題となります。解決策としては、例えば「離職証明書の記載内容に関する確認書」という書類を作成して社員に署名捺印をしてもらい、PDFで電子申請データに添付するという方法があります。
なお、e-Govで電子申請を行うには電子証明書が必要ですが、電子証明書を持っていない場合、GビズID(1つのIDでさまざまな行政サービスにアクセスできるサービス)による手続きも可能です。
■電子政府の総合窓口(e-Gov)■
■GビズID■
3 退職後の手続き
1)退職日までの給与、退職金の支払い
給与明細や退職金支給明細書は、社員の同意があればPDFなどで交付できます。この同意は入社時に得ておけば、途中で社員が撤回しない限り退職時まで有効です。
メールで給与明細を提供する際、最終給与や退職金の支払日は退職日後になることが通常なので、会社から付与されたメールアドレスが既に使用できなくなっていると、退職した社員に給与や退職金の明細を送付できません。そのため、セキュリティーに配慮しつつ、退職後も一定期間、メールアドレスを削除しないなどの対応が求められます。
同様に、クラウド給与計算ソフトなどを用いて、ウェブ上で給与明細などを公開している場合も、一定期間は退職した社員のアカウントを削除しないようにする配慮が必要です。例えば、退職後3カ月はアカウントを有効にしておいて、その間にダウンロードしてもらいます。
2)法定書類(社会・労働保険関連、税務関連)の提出
1.社会・労働保険関連
次の法定書類を提出する必要があります。
- 健康保険・厚生年金保険被保険者資格喪失届
- 雇用保険被保険者資格喪失届
- 雇用保険被保険者離職証明書
これらは全て電子申請が可能です。e-Govのインターフェースに直接情報を入力するか、業務ソフトを利用してAPI経由で申請をします。電子申請が受理されると、被保険者資格の喪失に関する通知や離職票の事業主控えがPDFで発行されます。PDFが原本扱いとなるので、データのまま社内のサーバーやクラウドストレージなどに保管しておけば大丈夫です。
なお、これまで現物の返却が必要だった「健康保険被保険者証」については、前述した通り、2024年12月2日以降、返却が不要になりました。
2.税務関連
税務関連では、次の法定書類を提出する必要があります。
- 給与所得の源泉徴収票
- 給与支払報告書
- 特別徴収に係る給与所得者異動届出書
- 退職所得の源泉徴収票
給与所得の源泉徴収票は、「国税電子申告・納税システム(e-Tax)」経由で電子申請が可能です。なお、提出のタイミングは社員の退職時ではなく、年末調整時となります。また、退職した年の給与等の支払金額が250万円(役員の場合は50万円)を超える場合のみ、提出が必要です。
給与支払報告書は、「地方税ポータルシステム(eLTAX)」経由で電子申請が可能です。こちらも、提出のタイミングは年末調整時となります。給与の支払金額の多寡にかかわらず、全ての退職者について提出が必要となるので注意しましょう。
特別徴収に係る給与所得者異動届出書は、eLTAX経由で電子申請が可能です。特別徴収を停止して、普通徴収に切り替えるための届出書ですので、提出のタイミングは退職時となります。
退職所得の源泉徴収票もe-Tax経由で所轄税務署にオンライン提出が可能です。ただし、提出義務があるのは受給者が法人の役員である場合のみで、社員が退職した場合は提出不要です。
なお、e-TaxまたはeLTAX経由で電子申請を行う場合、
現状は電子証明書の取得が必須(GビズIDは不可)ですが、e-Taxについては、2026年9月24日以降、GビズIDとの連携が可能になる予定
です。
■国税電子申告・納税システム(e-Tax)■
■地方税ポータルシステム(eLTAX)■
3)社員への書類の送付
退職した社員本人には、次の書類を送付します。
- 雇用保険被保険者資格喪失確認通知書(被保険者通知用)
- 雇用保険被保険者離職票-1
- 雇用保険被保険者離職票-2
- 給与所得の源泉徴収票
- 退職所得の源泉徴収票
- 退職証明書(社員から請求があった場合)
これらの書類は、全てPDFでの送付が可能です。「雇用保険被保険者資格喪失確認通知書(被保険者通知用)・雇用保険被保険者離職票-1」「雇用保険被保険者離職票-2」は、e-Gov経由で電子申請をした場合、所轄ハローワークからPDFで発行されます。これを原本として扱い、そのまま退職者本人にメールなどで送付できます。
「給与所得の源泉徴収票」「退職所得の源泉徴収票」については、社員本人の同意を前提に、PDFで交付できます。ただし、本人から依頼があった場合は書面で交付します。
退職証明書に関しては、法令を解釈する限りでは書面に限るのか、PDFによるオンライン交付も可能なのかは明確になっていません。実務上の対応としては、少なくとも本人の同意がある場合は、PDFで交付をして差し支えないと考えてよいでしょう。
以上(2024年11月更新)
(監修 Earth&法律事務所 弁護士 岡部健一)
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