書いてあること
- 主な読者:部下のヤル気を引き出したい経営者
- 課題:耳の痛いことを伝えたいが、直接的に言うと傷ついてしまうのでは……
- 解決策:J.Y.Park氏の言葉から「褒める→改善点の指摘→褒める」などのメソッドを学ぶ
コロナ禍は我々の働き方を大きく変えました。2020年4月、1度目の緊急事態宣言が発出されると、リモートワークが一気に広がりました。否応なしに普及したオンラインコミュニケーションに自己不全感を感じるビジネスパーソンも少なくありません。また、収入減を補うための副業が増えたことで、現職への帰属意識はおのずと低下せざるをえない状況です。いま、従業員から見た企業や組織への求心力は著しく揺らいでいます。
そして2021年は、2度目の緊急事態宣言発出から始まってしまいました。ウィズコロナの中で、企業にとって組織マネジメント力を高めることは至上命題です。
本連載では、最も旬といえる3人の指導者を「マネジメントの三賢人」として取り上げます。なにゆえ彼らのチームビルディングやメンバーコミュニケーションが素晴らしいのかを、そのメソッドの背後にある理論的裏付けとともに解説していきます。組織マネジメントの要諦について、理論だけでなく実際の事例とともに学ぶことで、実践につなげていきやすいと考えるからです。学んで真似て体得する。ぜひ組織変革の一助としてください。
- 第一の賢人
韓国人音楽プロデューサーのJ.Y.Park(パク・ジニョン)氏
オーディション番組「Nizi Project」(ニジプロ)からデビューし、いきなり紅白歌合戦にも出場を果たした大注目ガールズグループ「NiziU」を世に出したプロデューサー。
学んで真似るポイント
- 部下のヤル気を引き出す、そして成長を促すフィードバックのやり方
- 部下の会社への愛着心を高めるには、組織の成果を追うだけでなく部下の成長にコミットすること
- 成長を促すには、相手を傷つけず、耳の痛いことをきちんと伝える技術が最も重要
- J.Y.Park氏から、部下の成長に伴走していくフィードバックについて学びます
1 プロデューサーの金言
「NiziU」を世に送り出したオーディション番組「Nizi Project」(ニジプロ)は、ソニーミュージックと韓国の大手芸能プロダクションJYPエンターテインメントによる合同オーディション・プロジェクトでした。命名の由来は、“虹”のようにメンバーそれぞれの個性が様々な色を放つようなガールズグループを発掘・育成、世に出したいというコンセプトにあります。
2019年7月中旬にスタートし、日本国内8都市とハワイ、LAにてグローバル・オーディションを開催。応募者は10,231人に及びました。総合プロデューサーのJ.Y.Park氏によって26人が選ばれ、東京合宿と韓国合宿を経て、最終デビューメンバー9人が決定。プレデビュー曲がストリーミング再生で1億回を突破するという驚異の数字を叩き出しました。
番組では、パート1として地域オーディションから東京合宿の模様を放送、パート2として、韓国にあるJYPトレーニングセンターにて6カ月間に及ぶデビューに向けた練習の模様を放送しました。ガールズグループ、韓流というキーワードもあいまって、当初から若い女性の間では話題になっていました。しかし徐々に、この韓国人プロデューサーの発する言葉が「とにかく感動的だ」と話題になり、年齢や性別を問わず注目を集めるようになっていったのです。J.Y.Park氏がフィードバックの神といわれる所以は、彼の言葉力にあります。
2 なぜフィードバックが重要なのか
フィードバックとは、もともと制御工学で使われている用語で、出力結果を入力側に戻し、出力値が目標値に一致するように調整することを指します。このことから、求める結果との「ずれ」と「その原因」を行動側に戻すことを、「フィードバックする」と表現するようになりました。
ビジネスにおけるフィードバックとは、行動や成果に対する評価内容を伝え、より良い結果へ導くための手法を指します。組織の生産性向上を図るためにも、フィードバックは不可欠ですが、昨今、よりその重要度がクローズアップされています。
冒頭でも述べたように、コロナ禍において、多くの企業が従業員の求心力を維持することに苦慮する中、従業員の会社に対する「愛着」「思い入れ」「絆」=「エンゲージメント」を高める取り組みが急務です。実は、従業員の成長実感がこのエンゲージメント向上に直結しているのです。
フィードバックには人材育成の役割を果たす側面もあります。企業と従業員とが相互に影響し合い、共に必要な存在として絆を深めながら成長できるような関係を築いていく。こうして組織への求心力を高めるために、フィードバックの重要度が増しているわけです。
3 耳の痛いことをきちんと伝える
しかし、フィードバックは意外と難しいコミュニケーションです。そもそも、求める結果との「ずれ」と「その原因」を行動側に戻すことが目的なわけですから、聞き手に耳の痛いことを伝えるシーンがどうしても多くなります。言い方を間違えれば、部下を混乱させ傷つけてしまいかねません。部下ができていないことを伝えるのは、けっこう勇気がいるものです。
読者の皆さんの中にも、「直接的に言うと傷ついちゃうかなぁ。でも遠回しに言っても伝わらないしなぁ……」といったような悩ましい経験をした方が相当数いるのではないでしょうか。実際にアメリカのある調査では、回答者の44%が「ネガティブなフィードバックはストレスを感じる」と答えています。
組織マネジメントの成否を左右するフィードバックですが、その効果は正しく行われてこそ発揮されるものです。要するに、伝え方が命なわけで、特に耳の痛いことをきちんと伝える「技術」がものすごく問われるのです。
4 「褒める→改善点の指摘→褒める」というサンドイッチ
「素質と成長の可能性を見たら13人の中で最高です」
「ただし才能がある人が夢を叶えられるわけではありません。自分自身に毎日ムチを打って、自分自身と戦って、毎日自分に勝てる人が夢を叶えられます」
オーディション中に、個人のテストで体力が最後まで続かなかったメンバーがいました。その時にJ.Y.Park氏が発した言葉です。この言葉がフィードバックの核心をついています。
相手の自尊心を傷つけないで、より効果がある言葉で話しかけることができるかどうか。これで、耳の痛い指摘の伝わり方に雲泥の差がでます。彼は「素質と成長の可能性を見たら13人の中で最高です」と、まず評価した上で、温かくも厳しい言葉を投げかけます。
人間は、もともと対立する2つの基本的欲求──「学び成長したい」という衝動と「現状のままの自分を受け入れられ愛されたい」という衝動──を抱えています。フィードバックは、その葛藤が起きやすい局面なのです。
改善点の指摘というネガティブなフィードバック(具)を、褒めるというポジティブなフィードバック(パン)で挟んで行う=サンドイッチのように「褒める→改善点の指摘→褒める」という順番で行う。これが改善点を指摘された部下のモチベーション低下、といったフィードバックによる悪影響を、最小限に抑えることができるポイントとされています。
彼の言葉は、まさにフィードバックのセオリーを体現しています。
5 状況Situation/行動Behavior/影響Impact
「僕たちはみんな1人1人顔が違うように、1人1人の心、精神も違います。見えない精神、心を見えるようにすることが芸術です。だから自分の精神、心、個性が見えなかったらそのパフォーマンスは芸術的な価値がないのです」
地域予選の最終審査で、ありのままの姿で表現ができていなかった候補者に対する指摘です。ダンスパフォーマンスをする上で切っても切り離せない芸術性について、彼なりの言葉で語っています。芸術の定義は人それぞれ違ってくるでしょうが、彼ははっきりと言語化し、聞いた人が次につなげられるように指摘しています。
たとえば「個性が大事だ」とはよく言われるけれど、それだけだと「じゃあ個性って何?」となってしまう人も多いはず。でも彼の言葉は的確です。「なるほど。ただうまさを見せるだけではなく、やるべきは芸術なんだ。この曲を通して自分が何を感じ、自分が何を伝えたくなったかを表現してみよう」と具体的に方向を変えられる指摘になっているのです。
この語りは、実は「SBI」というメソッドに通じています。「SBI」とは、部下の状況・状態(Situation)を、行動レベル(Behavior)で捉え、その影響(Impact)について客観的に伝えるというやり方。できるだけ具体的に伝えることで、軌道修正がしやすくなります。成長に向けたイメージが持てれば、耳の痛いことも飲み込みやすくなるものです。
6 心理的安全性
J.Y.Park氏は1人1人に対して、問いかけ、本人の口で語らせ、いいところがあったらしっかり褒め、改善すべきところがあったら、事実を穏やかに述べ、行動を是正させます。頭ごなしに怒ったりもしないし、わざと厳しい言葉をかけることもありません。
しかし彼の言葉がここまで響いてくるのは、言葉選びのセンスだけではありません。彼が発する金言の数々からは、「一人の人間としてあなたを尊重しています」という姿勢が漏れ出ているようです。
「皆さんがここで26位になっても、脱落したとしても、皆さんが特別ではないということではありません。1位になっても26位になっても同じように特別です。このオーディションはある特定の目的に合わせてそこに合う人を探すだけで、皆さんが特別かどうかとは全く関係ありません。1人1人が特別じゃなかったら生まれてこなかったはずです」
J.Y.Park氏は、最終合宿の冒頭でこう語りかけました。これは、まさに心理的安全性の提供です。心理的安全性(Psychological Safety)とは、“他人の反応におびえたり、羞恥心を感じたりすることなく、自然体の自分をさらけ出すことのできる環境を提供する”という心理学用語です。ご存じかもしれませんが、あのグーグルが、最もパフォーマンスを発揮するチームの条件として発表したことで、一気に注目を集めるようになりました。
彼の言葉によって、オーディションメンバーは「たとえ脱落しても、自分の存在そのものを否定されるのではない。だからこそ思い切ってパフォーマンスできる」と感じることができたはず。
また、こうした土壌が、耳の痛い指摘も受け入れることができやすくなるマインドセットにつながっていくのは言うまでもありません。心理的安全性がフィードバックの効果を高めるのです。
「Nizi Project」は、世の中で部下を持つ管理職には全員観てほしいコンテンツです。コロナ禍の今、まさに求められるマネジメントの理想形がそこにはあります。
(注)本稿で紹介しているJ.Y.Park氏の言葉は「Nizi Project」の番組内での発言を元に書き起こしています。
以上(2021年2月)
(執筆 平賀充記)
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