書いてあること

  • 主な読者:社会保険料を削減したい人
  • 課題:具体的な方法が分からない
  • 解決策:フレックスタイム制の導入などによって社会保険料は削減できる。ただし、保険給付が減少するケースもあるので注意

1 【提案】社会保険料をコントロールしましょう

社会保険料(健康保険・厚生年金保険の保険料)は、賃金の約30%を占めるコストであり、保険料を労使で折半して負担するといっても会社や社員にとって大きなインパクトがあります。そこで、労働時間や賃金のルールを工夫して、社会保険料の負担を減らす方法をご提案します。

この記事で紹介するのは、社員1人当たりの社会保険料を

  • フレックスタイム制を導入し、 「1年間で10万1808円」削減する
  • 賃金の一部を賞与として支給し、「1年間で3万3936円」削減する

というシミュレーションです。第2章で前提となる社会保険料の基本ルールをおさらいし、第3章からシミュレーションの紹介に入ります。実際にどの程度の社会保険料を削減できるかは会社の状況などにもよりますが、人件費見直しにご活用ください。

ただし、注意すべきは、この記事で紹介する方法を採用した場合、傷病手当金や老齢年金などの保険給付が減少するケースがあることです。足元ではコストを削減できますが、将来的な保険給付で社員が損をする恐れがあります。この点は民間の保険に入る場合と同じ考え方です。(支払い保険料を抑えた分、万一の際の保険給付は低くなります。)

2 社会保険料の基本ルール

1)社会保険料の計算方法

社会保険料は、

標準報酬月額(または標準賞与額)×保険料率

で計算した額を、会社と社員が折半して負担します。保険者が協会けんぽ(全国健康保険協会)の場合、健康保険料率は9.98%(介護保険の適用がない場合)、厚生年金保険料率は18.3%、合計28.28%となかなかの負担です(協会けんぽ「令和6年度保険料額表(東京都)」)。加えて、

2024年10月1日からは、厚生年金保険の被保険者数が50人超の会社(特定適用事業所)において、一定の要件を満たすパート等が社会保険に加入する義務が課せられることになる(社会保険の適用拡大)

ので、パート等を雇用する会社の場合、社会保険料の負担がさらに増えるかもしれません。

2)標準報酬月額

標準報酬月額とは、

報酬(正確には所定の方法で計算した報酬月額)を一定の金額幅で等級別に区分したもの

です。報酬には、基本給、役付手当、勤務地手当、家族手当、通勤手当、住宅手当、残業代などが含まれます(名称を問わず、また金銭に限らず、労働の対償となるものが原則として算定対象)。ただし、臨時に支給されるもの、支給回数が年3回以下の賞与や退職金は含まれません。

標準報酬月額の主な決定方法は次の3つです。

1.資格取得時決定

雇用したときなど(被保険者資格取得時)の報酬月額に基づいて標準報酬月額が決定され、その月から適用されます。報酬月額は次の式で計算します。

【月、週その他一定期間によって報酬が定められる場合】

被保険者資格取得時の報酬(労働条件通知書などで定める額)÷月の暦日数×30日

2.定時決定

毎年4月、5月、6月(いずれの月も支払基礎日数が原則17日以上。ただし、特定適用事業所に勤務する短時間労働者の場合は11日以上)の報酬月額に基づいて標準報酬月額が決定され、その年の9月から適用されます。報酬月額は次の式で計算します。

4月、5月、6月に支払われた報酬の総額÷3カ月

(注)支払基礎日数が17日未満の月は除外して算定します(特定適用事業所に勤務する短時間労働者の場合は、11日未満の月は除外)。また、パート等の短時間労働者については、別に定める算定方法を用いて算出します。

3.随時改定

昇給・降給などにより、当該変動月を含めた3カ月平均値が今の標準報酬月額より2等級以上変動した場合、変動月の3カ月後から新しい標準報酬月額が適用されます。新しい標準報酬月額は、次の式で計算した報酬月額に基づいて決まります。

報酬の変動月、その翌月、翌々月に支払われた報酬の総額÷3カ月

(注)いずれも支払基礎日数が17日以上である必要があります(特定適用事業所に勤務する短時間労働者の場合は11日以上)。

3)標準賞与額

標準賞与額とは、

被保険者期間中に支給される賞与総額から1000円未満を切り捨てた額

です。標準賞与額の対象となる賞与は、労働の対償として支払われる支給回数が年3回以下のものです。夏季と年末に賞与を支給している場合、標準賞与額も年2回計算します。

3 フレックスタイム制で社会保険料を削減

1)フレックスタイム制特有の残業の計算方法を利用する

定時決定の対象月の残業を減らせば社会保険料は下げられます。定時決定の対象は毎年4月、5月、6月ですから、「月末締め、翌月払い」の会社の場合、

3月、4月、5月の残業(時間外労働)を減らせばよい

ことになります。とはいえ、年度をまたぐ繁忙な時期でもあり、常に人手不足の会社などでは、残業削減に取り組んではいるものの、なかなかすぐに効果が出ないこともあります。

こうした場合、「フレックスタイム制」を導入することで残業を削減できる場合があります。フレックスタイム制とは、「清算期間」と呼ばれる単位期間内(3カ月以内)で始業・終業時刻の決定を社員に委ねる労働時間制度です。

清算期間が1カ月以内のフレックスタイム制の場合、残業は次のように計算します(法定労働時間の総枠を清算期間における総労働時間(所定労働時間)とした場合)。

清算期間内の実労働時間-(週の法定労働時間×清算期間の暦日数÷7日)

所定労働日数や休日などによって異なりますが、この計算方法によりフレックスタイム制では、通常よりも残業が減ることがあります。次の図表は、法定労働時間が1日8時間、1週40時間で、土・日・祝日が休日の会社で、社員が2024年3月、4月、5月に残業した場合のイメージです。

画像1

各月の総労働時間が同じでも、残業はフレックスタイム制のほうが29.6時間(166時間-136.4時間)も少なくなっています。これを社会保険料の計算に反映してみましょう。

ここでは、社員の残業代を除く賃金を

  • 月給32万円
  • 所定労働時間:1日8時間
  • 所定労働日数:年間240日(日曜日を法定休日、土曜日・祝日のほか夏季休業・年末年始休業などを所定休日として年間休日125日)
  • 所定内賃金を時給に換算した額:時給2000円(月額32万円÷(240日×8時間÷12)

と仮定し、「月給+残業代」で報酬月額を求めて、標準報酬月額を算定します。残業代の割増賃金率は、残業が月60時間以内の場合は25%、月60時間超の場合は50%です。

また、保険料率は、健康保険料率9.98%(介護保険の適用がない場合)、厚生年金保険料率18.3%、合計28.28%とします(協会けんぽ「令和6年度保険料額表(東京都)」)。

1.通常の労働時間制度の場合

  • 報酬月額(注):46万2333円(32万円+2000円×(1.25×166時間+0.25×24時間)÷3カ月)
  • 標準報酬月額:47万円
  • 社会保険料:13万2916円(47万円×28.28%)

(注)報酬月額の計算式の「24時間」は、月60時間を超える残業の時間数です。2024年5月の残業84時間のうち、24時間(84時間-60時間)については50%の割増賃金の支払いが必要です。

2.清算期間が1カ月のフレックスタイム制の場合

  • 報酬月額(注):43万6150円(32万円+2000円×(1.25×136.4時間+0.25×14.9時間)÷3カ月)
  • 標準報酬月額:44万円
  • 社会保険料:12万4432円(44万円×28.28%)

(注)報酬月額の計算式の「14.9時間」は、月60時間を超える残業の時間数です。2024年5月の残業74.9時間のうち、14.9時間(74.9時間-60時間)については50%の割増賃金の支払いが必要です。

このようにフレックスタイム制を導入することで、社会保険料を社員1人当たり

  • 1カ月間で8484円(13万2916円-12万4432円)削減
  • 1年間で10万1808円(8484円×12カ月)削減

できることになります。

2)フレックスタイム制を導入する際の注意点

フレックスタイム制は「始業・終業時刻の決定を社員に委ねる」ことを前提とした制度であり、一度導入してしまうと会社は社員に対して始業・終業時刻に対する具体的な指示ができなくなります。

社員に柔軟な働き方を求める経営方針であったり、フレックスタイム制という働き方が適した業種などであったりすればよいですが、単に残業を減らすためだけにフレックスタイム制を導入するといった運用は適切ではありません。

また、フレックスタイム制の導入によって、所定労働時間が増加したりする場合には「労働条件の不利益変更」となることがあります。労働条件の不利益変更は、社員の合意を得るか、変更内容が合理的なものでないと認められません。

4 賞与のコントロールで社会保険料を削減

1)標準報酬月額と標準賞与額の計算方法の違いを利用する

標準報酬月額と標準賞与額の計算方法の違いを利用して、社会保険料を削減します。2023年度の月間現金給与額、夏季賞与、年末賞与の平均支給額(調査産業計)はそれぞれ次の通りです(厚生労働省「毎月勤労統計調査」)。

  • 月間現金給与額:33万2533円
  • 夏季賞与:39万7129円
  • 年末賞与:39万5647円

月間現金給与額33万2533円を報酬月額とした場合、標準報酬月額は34万円です(協会けんぽ「令和6年度保険料額表(東京都)」)。

標準報酬月額が34万円になる報酬月額は33万~35万円なので、

月間現金給与額を33万円未満に引き下げ、その分を賞与として支給する場合、標準報酬月額は32万円

になります。月間現金給与額から1万円(年間12万円)を夏季賞与と年末賞与に6万円ずつ振り替えた場合の社会保険料は次の通りです。

画像2

賃金の一部を賞与として支給することで、社会保険料を社員1人当たり

1年間で3万3936円(137万7801円-134万3865円)削減

できることになります。

2)賃金の一部を賞与として支給する場合の注意点

「業績の状況等によって賞与を支給することがある」など、賞与の支給が不確実な制度設計になっている場合、注意が必要です。賃金の一部を賞与として支給しようにも、業績悪化でそもそも賞与が支給されないとなるというのは、社員にとっては不利益であり、場合によっては労働条件の不利益変更に問われる事にもなり得ます。

もしも賃金を賞与に回すことを考えるのであれば、まずは存在意義の薄い手当がないかチェックしましょう。例えば、無遅刻・無欠勤の社員に支給する皆勤手当は、遅刻や欠勤が少ない会社では意外に喜ばれにくいものです。手当で社会保険料の負担が重くなるくらいなら、賞与に回したほうが社員も喜ぶでしょう。

こうした仕組みを利用することで、現状の賃金制度と向き合い、賃金設計の再構築を図るきっかけとするのもよいかもしれません。ただし、昨今の物価高により賃金が生活給になっているケースも多く、目先の事だけにとらわれて結果として社員の日常の生活を圧迫させてしまっては本末転倒です。充分に検討して対応するようにしましょう。

以上(2024年10月更新)

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画像:umaruchan4678-Adobe Stock

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