書いてあること

  • 主な読者:経営環境が劇的に変わる中で、社員の率直な意見を聞きたい経営者
  • 課題:「心理的安全性」の確保が重要といわれるが、甘いだけのように感じてしまう……
  • 解決策:若手を巻き込むことで組織にインパクトを与える。組織をぬるま湯にするのではなく、共通の目標を達成するために学習、議論のサポートをする

1 「心理的安全性」は決して甘いものではない

経営環境が劇的に変化する中で、組織の意思決定にもバージョンアップが求められています。社長や一部の幹部が過去の経験で「えいやっ!」と決めるスタイルでは、今の延長線でしか進むことができず、新しい発想が生まれてこないからです。

会社は社内外から幅広く意見を募り、それを受け止めて議論できる組織に生まれ変わる必要があり、それを実現するキーワードが「心理的安全性」です。心理的安全性を確保するということは、

「これを言ったら間違えているかもしれない」などと社員が考え、意見を言いにくくなってしまう環境を改善する

ことでもあります。この説明だけを読むと、なんとも甘ったるい雰囲気が組織にまん延し、「言いたいことがあるけれど、相手の気分を害するといけないので言わない」といった組織になってしまいそうですが、これは大きな誤解です。心理的安全性を解説する「恐れのない組織――『心理的安全性』が学習・イノベーション・成長をもたらす」に次のような一節があります。

  • 心理的に安全な環境で仕事をすることは、感じよくあるために、誰もがいつも相手の意見に賛成することではない。あなたが言いたいと思うあらゆることに対して、明らかな称賛や無条件の支持を得られるわけでもない。むしろ、その正反対だと言ってもいい。心理的安全性は、率直であるということであり、建設的に反対したり気兼ねなく考えを交換し合ったりできるということなのだ。
  • 心理的安全性とは、高い基準も納期も守る必要のない「勝手気ままな」環境のことではない。職場で「気楽に過ごす」という意味では、決してないのだ。このことは肝に銘じておいたほうがいい。(*)

どうでしょう。心理的安全性に対する印象が変わりますよね? 言い換えれば、

心理的安全性とは、社員が組織の一員として自覚を持ち、共通の目標を達成するために、学習を通じて自らを高めていけること

であり、決して甘いものではありません。むしろ、見方によっては厳しいことなのです。この心理的安全性の確保を意識しながら議論し、決断できる組織に変革していくためのヒントをご提案していきます。

2 優秀な社長が生み出す集団圧力と集団浅慮のわな

一般的に、組織における意思決定は個人よりも合理的なように感じます。しかし実際は、個人ならまず下さないような筋の悪い決断をしていることがあります。これには「集団圧力」が影響しています。ピア・プレッシャーや同調圧力ともいわれるもので、要は、

少数意見を持つ人に対し、多数派と同じ意見にするように無言の圧力をかけること

です。客観的に見て少数意見のほうが正しくても、「その他の多数と違うので、間違えているのだろう」と、意見の正当性が否定されてしまいます。「集団浅慮(グループシンク)」という問題もあります。集団浅慮とは、

早く結論を出すことにとらわれ、きちんと検討せずに決めてしまうこと

です。その結果、プランA~Cがあったとして、最もリスクが高いプランCを「何とかなるさ。早くこれに決めて実行しよう!」と決断してしまいます。

これまでの研究から、集団圧力や集団浅慮が生じやすい組織の特徴として、

  • 集団の結び付きが強い
  • 外部から隔離されている
  • 優秀で強いリーダーがいる

などが考えられています。つまり、

長年、社長がコツコツと作り上げ、収益も安定している組織こそ、実は間違えた決断をしてしまうリスクが高い

ことが分かります。今、こうした組織体制を見直すことが求められています。

3 間違えた判断プロセスから脱却するには?

では、どのようにすればよいのでしょうか? その答えが冒頭で紹介した心理的安全性の確保です。社員が発言しないのは、「自分自身が無知・無能である」と思われたくないからなので、この気持ちを緩和する必要があります。

ただし、「よし!」とばかりに社長が旗を振って声高に推進すると、上層部の結束が強い組織ほど、幹部たちが真っ先に反応します。幹部たちは社長におもねることなく、ただ改善を成功させたいという思いから、いつも以上に大きな声で意見を出すわけです。ただ、この光景を客観的に見ると、一部の人だけが意見を言い、それによって判断されるという【いつものあれ】になっているわけです。

組織を変えたければ若手を巻き込むべきです。「若手でも意見を言える」という事実は、社員に大きなインパクトを与えるからです。これを実行する際のヒントになりそうなことを、宇宙飛行士の野口聡一さんがテレビのインタビューで答えていたので紹介します。あくまで筆者の解釈ですが、内容は次の通りです。

  • 明確な指示:しっかり教え、分かりやすく教えてほしい
  • 承認:自分の意見を認めてほしい
  • 責任:失敗しても、その責任をとってほしい(**)

これを実現することが、若手から意見を吸い上げるための1つのヒントになるでしょう。筆者はここに、

  • 事前確認:会議などの前に発言を求めることを伝える

を付け加えたいと思います。いきなり話を振られた若手が混乱することがないように、事前に「意見を求めますよ」と伝えておくわけです。こうして実際に若手が意見をいったら、ぜひ、試していただきたいのが、いわゆる「おうむ返し」です。若手の発言を、社長や幹部がそのまま繰り返します。若者からすると、

相手は自分の意見をしっかり聞いてくれて、否定もしていない

となります。ここを起点に議論が始まればよいわけです。

4 ノイズは排除する

組織の議論を活発にするために、社長や幹部が果たすべき役割は非常に大きなものです。また、この活動は根気よく続けなければなりません。

これを踏まえた上で最後に補足をすると、出てくる意見の全てを受け入れる必要はありません。同じテーマで議論をした場合、議論の中身やアウトプットの質は「メンバーの本気度×能力×知識」で決まることは間違いありません。そのため、

  • 明らかに見当違い
  • 勉強不足でレベルが低い
  • 自身の保身しか考えていない

などの意見はノイズでしかないので、相手にする必要はありません。逆にいえば、

(経営者)その意見って見当違いなんじゃない。何を根拠に言っているの?

(若手)あ、確かに。私がズレていましたね

などと気兼ねなく言える関係を、心理的安全性が確保された状態というのでしょう。

【参考文献】
(*)「恐れのない組織――『心理的安全性』が学習・イノベーション・成長をもたらす」(エイミー・C・エドモンドソン(著)、村瀬俊朗(解説)、野津智子(訳)、2021年2月)
(**)「ワールドビジネスサテライト“究極のテレワーカー”野口聡一宇宙飛行士の仕事術(2021年4月19日)」(テレビ東京、2021年4月)

以上(2024年7月更新)

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画像:pixabay

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