書いてあること

  • 主な読者:将来の意思決定に役立つファイナンス思考を身に付けたい経営者
  • 課題:一度に多額の支払いが必要になる初期投資の判断は難しい
  • 解決策:ファイナンスでは「回収期間」を用いることで、どれだけ自社にとってその投資のリスクが小さいかを判断する

1 設備などの初期投資は、超・固定費

今回は、固定費の中の固定費ともいえる存在について解説したいと思います。それは、設備や新規事業などの「初期投資」です。

固定費は、売上の増減に関わらずに一定額発生する費用であり、手を打たなければ将来にわたり発生し続けるものです。これに対して初期投資は、いっときに多額のお金を支払います。払ったら最後、もう取り戻すことはできません。将来にわたって発生が続く固定費と違い、過去の支払いで、支払ったら最後変えることができないのが初期投資なのです。実は、この特徴が、固定費以上に、悪魔にも天使にもなるのです。

2 初期投資は、何が難しいのか?

初期投資を支払った後で、状況が想定と違ってしまうというケースがあります。例えば、海外からの観光客が増えているからと、ホテルを建設中にコロナ禍に見舞われた会社は、すでに建設に要した初期投資を取り戻すことはできません。また、仮にホテルはなんとか開業できたとしても、人の動きが抑制され宿泊客が激減している状況では、建設にかかった初期投資を取り戻すことは不可能です。このように、すでに支払ってしまったものというのは、当たり前の話ではありますが、どうにもできないのです。

そのため、資金に余裕がある会社は別として、一般的な中小企業にとっては、初期投資に慎重になるのは必然なことです。これは、初期投資のために銀行から融資を受けるという場合も、考え方は同じです。なぜなら、自社から実際にお金が出ていくタイミングが融資によって後ろ倒しになるものの、結局、自社で負担せざるを得ないのは同じだからです。

これまでの経験から、中小企業の経営者は肌感覚が優れており、さらに資金に対する保守的な考え方故に、あまり無理な初期投資を行うことが少ないと感じています。しかし、もし初期投資が必要になった場合には、その案件が自社にとっての負担の大きさ、つまりリスクの大きさをファイナンス的に理解しておくと判断がしやすくなります。

3 リスクは回収期間でつかむ

ファイナンスでは、初期投資のリスクの大きさを測る指標として、「回収期間」を使います。ざっくり言えば、回収期間とは、「投資後、何年たったらトントンになるのか」を示します。例えば、新工場建設投資の回収期間が2年という場合には、新工場が予定通りに操業し売上につながれば、投資で出ていった金額と同じ金額が入ってきて元が取れるのが、2年後ということです。

「回収」という言葉の意味は、かけたお金が回収できる、つまり収支がトントンになることを表します。「損益分岐点売上高」という考え方がありますが、これは、損益計算書上の収支がトントン、つまり利益がゼロになる売上高のことです。回収期間というのは、投資版の損益分岐点売上高と考えると分かりやすいかもしれません。

4 回収期間は短いほうがいい理由

では、次は判断の仕方です。回収期間が2年と4年であればどちらがいいでしょうか。答えは2年です。

回収期間においては先のことは分からないので、あまり長くないほうが安全という考え方がベースにあります。

例えば、500万円の機械を生産拡大のために新たに購入するとします。これにより追加の売上が発生し、追加分の材料費などを差し引いても、手元にお金が1年当たり200万円残る見込みとしましょう。この場合、投資額500万円÷得られる年当たり資金200万円=2.5年と計算できます。つまり、この場合の機械の回収期間は2.5年となります。

5 短い方がいいとしても、回収期間は具体的に何年がベスト?

短い方がいいのは分かったと思いますが、実際に判断に用いるときには、具体的に何年ということが知りたくなることでしょう。実は、この点については、各社の資金状況や事業の種類によって大きく異なります。そのため、個別に判断するしかないのです。

仮に、同じ飲食業でも、扱うジャンルによっては、回収期間の目安は異なるべきです。飲食店で考えてみましょう。飲食業は、出店のために6カ月分の敷金や什器設備を必要とする、初期投資が重い業種の1つです。そのため、回収期間が指標として重視される傾向があります。

例えば、タピオカドリンク屋を出店するとしましょう。数年前に流行したのはまだ記憶に新しいですが、このような新しいメニューを主に扱う場合には、その流行が数年、数十年にわたって続くかどうかは分かりません。とすると、回収期間としては、できるだけ早く、例えば、数カ月から1年程度、長くても2年以内を目指したほうが安全です。

一方、出す店がラーメン屋だった場合は、話は変わります。ラーメンは人気が安定しているジャンルといえますので、タピオカドリンクに比べれば、長い期間需要が見込めるでしょう。もちろん、回収期間は短い方がいいものの、例えば、3〜5年程度の回収期間であれば、許容できることも多いといえます。

このように、同じ飲食業でも主力のメニューが違えば、顧客や市場の状況は全く異なります。その結果、回収期間の目安にも大きく影響を与えるのです。そこで、自社が取り組む事業の性質を十分理解したうえで、目安は各社で設定するしかありません。逆に、目安がイメージできないようであれば、その事業や業種に関する情報収集が十分ではない可能性がありますので、再考した方がいいかもしれません。

6 安全であることが中小企業では特に大事

これまでの説明の通り、回収期間を用いることで、どれだけ自社にとってその投資のリスクが小さいかを判断できます。この視点をファイナンスでは「安全性」と呼び、回収期間はそれを判断する代表的な指標の1つです。回収期間以外にも、ファイナンスの世界には安全性に関する多数の指標があります。

また、安全性以外に、ファイナンスが大事にする視点として収益性がありますが、中小企業においては、基本的には「収益性」よりも「安全性」を優先して確認する方がいいでしょう。なぜなら、資金面の制約が大きいこと、さらには、多角化されていないが故に、1つの失敗が全体に大きな影響を与えるためです。

特に、初期投資は多額かつその固定性故に、固定費以上に会社の業績に与える影響は大きいのです。回収期間は簡単に計算できますので、ぜひ勘を裏付けるための材料という形でも、使ってみていただければと思います。

以上(2021年8月)
(執筆 管理会計ラボ 代表取締役 公認会計士 梅澤真由美)

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画像:pixta

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