書いてあること
- 主な読者:現在・将来の自社のビジネスガバナンスを考えるためのヒントがほしい経営者
- 課題:変化が激しい時代であり、既存のガバナンス論を学ぶだけでは、不十分
- 解決策:古代ローマ史を時系列で追い、その長い歴史との対話を通じて、現代に生かせるヒントを学ぶ
1 ビジネスにおける戦略的提携の背景
経済やビジネスのニュースを眺めていると、企業間の提携の話がたびたび報道されています。企業がビジネスを推進し、成長させていくための戦略として、提携という方法が一つの大きな選択肢となっています。もはや提携という選択肢は、当たり前のように、私たちの頭にありますが、実際に、企業間の提携が活発に行われるようになったのは、1980年代後半あたりからとされています。その頃から、経営戦略としての「戦略的提携論」も活発に議論されるようになり、経営者をはじめ、多くの企業人に意識されるようになりました。
ではなぜ、1980年代後半あたりから、こうした戦略的提携が増加しているのでしょうか。その要因としては、経済のグローバル化、企業間の競争激化、技術的な革新の3つを挙げることができます。そして、重要なことは、この3つの動きが加速化しており、戦略事項を速やかに実施することが求められるようになっている点です。企業が自社の経営資源のみで戦っていくことに固執している場合ではなくなったともいえるでしょう。スピード感を持って経営環境に対応していく方法として、戦略的提携が行われているのです。
一方で、提携が解消されたというニュースもたびたび耳にします。本来、戦略的提携は、長期的に発展できるパートナーシップを目的とした10年以上の提携関係が前提とされています。しかし、戦略的提携のうち30~60%が5~7年の間に解消されているとの指摘もあります(調査によって異なります)。これもやはり先述の3つの動きが加速化しているためではないでしょうか。
すなわち、経営環境の変化が加速度的に速くなっているために、戦略的提携が形成された時点での目論見や見込みとは異なる展開が必要となり、変化に対応する形で戦略的提携を解消するということです。奇妙に思われるかもしれませんが、これも戦略的提携のメリットかもしれません。長期的に発展できるパートナーシップを前提に始めつつ、状況が変われば解消できるというのは、柔軟性に富んでいるともいえます。M&A(Mergers & Acquisition:企業の合併・買収)では、そうはいかないわけですから、こうした点も、戦略的提携が活発に行われている理由になっています。
2 「三頭政治」という戦略的提携
企業でなくとも、そこに利害が絡めば、個人でも、グループでも、国家でも、手を組んだり、それを解消するということがあるでしょう。人間社会の中では、当たり前のことです。特に、政治や経済の世界では、周りを取り囲む状況が複雑であり、変化も速いため、こうしたことが繰り返されていますし、常にその判断が求められているといっても過言ではありません。どういった状況で、どういう狙いがあって、戦略的提携を図ったのか、あるいは解消したのか。歴史を振り返り、こうした考察を進めることで、見えてくるものがあります。それでは、ローマ史をのぞいてみましょう。
民衆派を一掃し、元老院を中心とした政治体制の確立に向けて国政改革を断行したスッラが亡くなると、その指揮下にいた若きポンペイウスが、ローマの覇権を広げていきます。ポンペイウスは、若くして軍功を重ねてきた将軍で、スッラ存命中の25歳のときには、スッラの許しを得て、名誉ある凱旋式を挙げ、「マグヌス(偉大なる)」という尊称まで付されるようになります。さらに、反乱の鎮圧、海賊の討伐、小アジア・オリエントの平定にも成功し、名実共にローマの第一人者となります。
そうした栄光の影に、クラッススがいました。クラッススは、ローマ随一の大富豪でしたが、反乱鎮圧の名誉をポンペイウスに奪われた格好となっており、ポンペイウスには敵愾(がい)心を燃やしていました。軍功の名誉を持つポンペイウスと、莫大な資産を持つクラッススは、長年、対立関係にある間柄だったのです。この2人をつなぎ、三者の戦略的提携を築き上げたのが、当時、民衆からの人気だけが頼りだったガイウス・ユリウス・カエサルでした。
後世の私たちにとっては意外なことですが、不世出の創造的偉人であるカエサルが政治的に台頭したのは遅く、40代に手が届こうかとする頃でした。40歳の頃、最高政務職である執政官に立候補する機会を得ましたが、強力な支持を得る力はなく、元老院派が立てる候補者相手に勝ち目は薄い状況でした。そこで、カエサルは、従来のローマ政体にはない「三頭政治」を創案します。
まず、カエサルは、第一人者であるポンペイウスにアプローチします。自分が執政官になった暁には、ポンペイウスの元部下たちへの土地給付と、ポンペイウスが望む東方属州の再編成案を承認することを引き換えに、ポンペイウスから票集めの約束を取り付けました。
これでカエサルが求めていた執政官当選・就任は確実になったわけですが、カエサルは、さらにクラッススにも声を掛けました。当時、クラッススは、カエサルの莫大な額の借金を支える最大債権者であり、カエサルに倒れられては困る立場にありました。加えて、ポンペイウスをけん制したい考えもあったため、カエサルの求めに応じ、カエサル創案の枠組みに加わり、協力することになりました。
カエサルからすれば、ポンペイウスと自分では、ポンペイウスの力があまりにも大きいために、主従のような関係性になりかねないと考えたのでしょう。ここにクラッススを加えることで、ポンペイウスとクラッススの間に利害関係と緊張関係を生み出し、三者の力関係の均衡を図ることに成功しました。相対的には、カエサルは、そのときの実力を上回るポジションを得たことになります。こうしてカエサルは三頭政治というスキームを確立し、翌年、元老院派の候補者を破り、晴れて執政官に就任しました。なお、クラッススの死を境に、三頭政治は崩れ、カエサルはポンペイウスとたもとを分かつことになります。目的を達し、戦略的提携は解消されたということです。
3 戦略的提携の“外側”と“内側”
昨今の戦略的提携の事例を見ると、複雑な競争環境を背景に、2社間のみの話だけでなく、3社以上の複数企業の間でのスキームになっていることが多々あります。EV(電気自動車)の開発競争がグローバルで激化している自動車業界、電力・ガスの自由化を迎え、新たな競争環境に移行しつつあるエネルギー業界などは、ここ数年、3社以上の企業による戦略的提携が数多く見受けられます。
戦略的提携を進めるにあたっては、戦略的適合性と文化的適合性が基礎条件として重視されていますが、実際のところ、提携後の枠組みの中で、どのようなポジショニングを取るのかが極めて重要になります。一般論として、希少かつ重要な資源を有することによって、組織間関係において強い力を持つといわれており、技術力、経済力、ブランド力などの資源の優劣を上手にコントロールし、自社にとって最もメリットのあるポジションを戦略的提携の枠組みの中で築くことを考えねばなりません。
すなわち、戦略的提携によって、その枠組みの外側に対して競争優位性を築くだけでなく、内側においても競争優位なポジションを築かなくてはならないのです。カエサルのように、力や資源で劣っていたとしても、スキームの組み方や他者の巻き込み方によって、競争優位なポジションを築くことができます。今後、規模の大小を問わず、企業間の戦略的提携はますます活発化していきます。その際、大所高所に立ち、戦略的提携の内外に目を向けながら、競争優位なポジショニングを進めていくよう心掛けたいものです。
(2021年9月)
(執筆 辻大志)
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