書いてあること

  • 主な読者:現在・将来の自社のビジネスガバナンスを考えるためのヒントがほしい経営者
  • 課題:変化が激しい時代であり、既存のガバナンス論を学ぶだけでは、不十分
  • 解決策:古代ローマ史を時系列で追い、その長い歴史との対話を通じて、現代に生かせるヒントを学ぶ

1 地道さの重要性

最先端の技術を駆使した画期的なビジネスモデルをひっさげて、短期間で好業績を上げる企業。その姿を見ているだけでワクワクします。しかしながら、そういう企業の中には、すぐに業績が下降していき、あっという間に消えてしまうところも少なくありません。

これとは対照的に、事業内容に派手さがなく、メディアなどで取り上げられることがない企業でも、創業から100年を超え、今も好業績を続けている優れた老舗が数多くあります。こうした企業は、時代に合った業態にしなやかに変化し続けています。

いずれにしても、真に強い企業は地道に本業の基礎を磨き続け、同時に組織を鍛え上げています。レバレッジを効かせたビジネスやサービス化によるストック型のビジネスを展開する企業も、突如として現れるのではなく、地道に差別化要素を磨き続けた上で、その差別化要素を生かして築き上げたものがほとんどで、それを守り続けるためにまた更なる地道な努力を継続しています。こうした部分こそ評価し、大事にしなければなりません。

歴史を眺めても、同じようなことがいえそうです。長い年月の経緯を現在に伝えるためには致し方ないことですが、教科書では、象徴的な出来事やそれを担った変革者など、派手で目立つ事象や人物のみを取り上げ、かいつまんで説明されるにとどまります。

その裏側にある地道な取り組みなどは取り上げられないのですから、ご本人からは、納得がいかない、自分はもっと評価されるべきだ、という声が聞こえてきそうです。私は、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスも、そんな歴史上の人物の一人ではないか、と思います。

2 後世のアウグストゥスの扱い

ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの歴史的な意義や価値は、アレクサンドロスやユリウス・カエサルにも匹敵するほどといえますが、アウグストゥスについての書籍は意外なほど少ないというのが実情です。

映画もほとんどがカエサル、クレオパトラ、アントニウスが中心で、アウグストゥスは端役として登場する程度です。これだけの偉業を残しているのになぜなのかとも思うのですが、彼の施政を眺めるとその理由が分かります。

簡単に言ってしまうと、あまりに地味で地道なので、物語や映画にする題材としては面白みに欠け、ふさわしくないのです。

19歳で執政官となり、35歳で皇帝という立場になるアウグストゥスは、一つ一つの施策をじっくりと進めていく時間がありました。ドラスティックな改革には激しい抵抗や反発を招くことがあることを理解していたアウグストゥスは、何事も段階的に時間をかけて進めていきました。

従って、後世の私たちから見ると、彼の改革の進め方には華やかさがありません。しかし、改革の内容は当時では画期的で驚嘆に値するものであり、76歳で亡くなる日まで地道に進めてきた多くの施策、改革、事業は、まさに偉業というべきものなのです。

次章では、組織論的な観点から、私なりに象徴的と思う事象をかいつまんでご紹介したいと思います。

3 組織と戦略

経営学者のアルフレッド・チャンドラーは、「組織は戦略に従う」という言葉を残しています。例えば、単一製品を大量に製造・販売して、規模の経済を追求する戦略をとる場合には、営業、開発、製造といった機能別組織を志向します。製品や地域を多角化し、範囲の経済を追求する戦略をとる場合には、複数の事業が分権的に意思決定する事業部別組織を志向します。

このように、戦略によって築くべき組織は違うわけですが、一方で、チャンドラーは、組織は戦略のみに従うものではなく、また組織が戦略に影響を与えることがあることも指摘しています。

競合企業に対する対応など、外部環境の変化によって組織形態が変わった場合などは、とるべき戦略も変わっていくというのです。つまり、組織と戦略は、互いに深く関連し合い、影響を受け合う関係にあると説いているのです。

アウグストゥスの施政を見ていくに当たっては、この組織と戦略の関係性という視点が重要になります。カエサルの基本方針が「寛容」であったのに対し、アウグストゥスの基本方針は、自らの安定的かつ長期的な施政を含意する「平和」でした。

これは、アウグストゥスの、あるいはローマ国家の新たな戦略であり、この戦略と、組織体制とがその時々の情勢によって影響し合う様が見てとれます。例えば、軍の再編成は、その代表的な例といえるでしょう。

内戦終結後の軍事力は50万を超えるほどでしたが、アウグストゥスはこれを16万8000にまで削減します。これは文章にしてしまうと、それほど難しいことのようには思えないかもしれませんが、ただ除隊させるというわけではなく、次の職や退職金も用意しなければなりませんし、植民都市に行かせるならば、国家戦略として、どこにどの規模で入植させるのかといったことも決めなければなりません。兵士たちの不満が生まれるようであれば、それは政情不安に直結しますから、慎重に事を進めなければなりません。

こうした組織改革は、軍事のみならず、元老院の他、税制、通貨、食糧、安全保障などの改革と併せて、それらに関わる行政機関にも及びました。領土拡張の時代から領土維持の時代に入り、周辺国との防衛線を維持することが重要になったという点でいえば、周辺国という外部環境の変化によって組織と戦略を見直すことも繰り返し行われました。時間をかけ、慎重に、そして地道に、様々な組織改革が進められていったのです。

4 自身の身の回りの組織

こうした幅広い戦略的かつ組織的な対応は、アウグストゥス一人の手でなされたわけではありません。アウグストゥスは、国家組織を見極めるのと同様に、自分の足りない部分や不安な部分を冷静に分析し、信頼できる人材によって補強することを怠りませんでした。世の中で名が知られている経営者や企業家の中には、一見、万能に見える人物もいますが、必ずといっていいほど「右腕」と呼ばれる人材を備えています。

アウグストゥスに欠けている軍事面を補うために、カエサルが見いだしたアグリッパは、アウグストゥスの右腕と称すべき人物でしょう。アグリッパはアウグストゥスと同い年で、17歳から51歳で亡くなるまで、アウグストゥスとともに歩みました。

軍事面では、期待どおり、優れた戦略と指揮で数々の勝利をもたらしました。その後は、防衛戦略網の構築、公共施設の建築等を担っただけでなく、アウグストゥスの血脈を守るために離婚までして彼の娘を妻に迎え入れ、5人の子供を残しました。公私にわたってアウグストゥスを補佐したアグリッパは、アウグストゥスにとって特別な存在だといえます。

アグリッパが右腕ならば、左腕はマエケナスです。マエケナスはアウグストゥスの1、2歳年上で、20代前半のときに2人は出会いました。教養豊かで状況把握に優れていたマエケナスは、アウグストゥスの相談役であるとともに、外交交渉、宣伝広報、文化助成を担いました。

ちなみに、芸術・文化支援を意味するメセナの語源は、マエケナスの名が由来といわれています。アウグストゥスは、休養と称してたびたびマエケナス邸で過ごしたといいますから、心を許せる相手だったのでしょう。マエケナスもまた62歳で亡くなるまでアウグストゥスのそばにいました。

こうした右腕、左腕を備え、自身の身の回りを固める組織を作り、施政に邁進した点こそ、アウグストゥスがたたえられるべきところだろうと思います。また、このような組織を備えたからこそ、数々の偉業を成し遂げられたのです。

5 ローマ国家の組織風土

組織には、機能的な側面もありますが、やはり風土や文化としての側面があります。企業が抱える課題や問題は様々ですが、そのほとんどは、組織風土に起因するともいわれています。これは言い過ぎのように思われるかもしれませんが、課題や問題の原因を突き詰めていけば、ほぼ必ず組織風土にたどり着きます。

企業の組織風土は、企業組織の構成員によって育まれますが、多くの組織体が権限上、役割上の階層構造を持つ以上、上位者たる経営層が示す制度やルールが組織風土を育む土壌となっていることは否めません。制度やルールは、ともすると小手先の手段となりますが、上位者の基本的な思いや魂が反映された土壌にもなり、それをもとに組織風土が構成員によって育まれるのです。

歴代ローマ皇帝の中で最長の在位40年を誇ったアウグストゥスは、しっかりと時間をかけて新たな制度や規制を導入していきました。少子化問題と倫理問題を解決すべく「ユリウス姦通罪・婚外交渉罪法」「ユリウス正式婚姻法」を成立させ、健全な国家の礎を成す健全な家庭人を法によって定めました。

また、先ほど触れた軍備の削減を進める一方で、防衛力の維持・強化を目的に、常備軍の設置、兵士の退職金制度の導入、ローマ市民からなる軍団兵と非ローマ市民からなる補助兵の制度化等を図りました。

これらはいずれも、ローマ市民が強さと自覚を持ち、ローマ市民が帝国の中核となって平和を築いていくという思いと魂が色濃く表れており、紆余曲折がありながらもじっくりと作られた土壌といえるでしょう。そしてこの土壌の上で200年以上続く「パクス・ロマーナ(ローマの平和)」という風土がローマの人々によって育まれていきました。

歴史上、アウグストゥスは、才能において、カエサルに劣ると評されています。しかし、カエサルがたどり着くことができなかった世界に到達したのは、地道に戦略と組織に向き合い、施政に努めたアウグストゥスでした。こうしたことからも、アウグストゥスはもっと注目されるべきですし、私たちも彼から学ぶべき点が多くあるように思うのです。

以上(2021年10月)
(執筆 辻大志)

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画像:unsplash

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