書いてあること
- 主な読者:企業の将来を見据えて、いま一度、「適正人件費」を確認したい経営者
- 課題:労働分配率から導く適正人件費が、今の働き方などに見合っているのか疑問である
- 解決策:事業環境や経営方針に応じて労働分配率をストレッチさせる。また、社員と業務委託を併せて検討しつつ、将来を担う人事は厚遇する
1 これからの時代に合った適正人件費の考え方
人件費は投資といわれることもありますが、企業から支払われるという意味では「コスト」です。コストである以上、企業は人件費を適正な水準にコントロールする必要があります。また、この水準は一律ではなく、景気動向、市場動向、企業のライフサイクル、社員の能力などによって変わるため、その都度見直す必要があります。つまり、適正人件費とは、
そのときの自社にとって適正な水準で支払われる人件費
といえます。
ただ、適正な水準を導くのが難しいので、通常は、
- 労働分配率=人件費÷付加価値×100
を計算し、同業他社などと比較して相対的な目安を求めます。付加価値の求め方には、
- 日銀方式:経常利益+人件費+賃借料+減価償却費+金融費用+租税公課
- 中小企業庁方式:売上高-外部購入価値(材料費、買入部品費、外注加工費など)
などがあります。付加価値や労働分配率のデータは、経済産業省「企業活動基本調査」で確認できますので、この記事の最後のページで紹介しています。
さて、労働分配率から人件費の目安が分かりますが、それを上限として、従来の人事評価に基づいて社員に分配する方法は、実情にそぐわなくなりつつあります。なぜなら、この仕組みは、社員が画一的な仕事をし、コントロールされたペースで昇進・昇格することを前提としているからです。今は、年功序列型の見直し、副業の解禁、ジョブ型雇用の浸透などが進む時代です。
そこでこの記事では、企業の未来、個々の社員の能力、仕事の内容に応じて適正人件費を考える際のポイントを紹介します。
2 労働分配率の枠を取り払う
1)労働分配率に固執しないほうがよい3つの理由
話を単純化して説明します。付加価値が1億円で、人件費が5000万円ならば、労働分配率は50%です。仮に、同規模の同業他社の労働分配率も50%程度であれば、今の水準で問題はなく、それを人事評価などに基づいて分配するというのが、最も簡単な適正人件費の求め方です。
では、次のようなケースではどう考えますか?
- 業務委託費を1000万円払って、単純作業を依頼している
- 業界全体の業績が好調で、付加価値が2億円に増えた
- 業績不振で付加価値が5000万円に減るが、新規事業を行って3年後には3億円にする
まずは1.です。役務の提供を受けるためのコストと捉えれば、人件費の5000万円だけではなく、業務委託費の1000万円も含めて考えるべきです。この場合、言葉の定義はさておき、労働分配率は60%として捉えたほうが正しいです。
次に2.です。付加価値が2億円に増えても労働分配率が50%のままならば、人件費は1億円です。しかし、業界全体が好調ということであれば、同業他社が給与を上げて人材の定着・確保を図るでしょう。それに、企業が成長しているのに、自分の手取り額が増えないことに社員は不満を覚えますから、この場合、労働分配率を上げるのが一般的です。
最後に3.です。足元で付加価値が50%も落ち込んでいるなら、他のコストとの兼ね合いを見つつ、労働分配率の維持か引き下げを判断しなければなりません。また、新規事業を検討する場合、目標利益を達成するには損益分岐点を計算しますが、コストを固定費と変動費に分ける段階で人件費に注目するため、ここで労働分配率を確認することになります。
以上のような状況からも、
労働分配率は1つの目安にすぎず、事業環境や経営方針によってストレッチさせるもの
であることが、お分かりいただけると思います。
2)損益分岐点の求め方
先に損益分岐点について触れたので、ここで計算方法を簡単に紹介しておきます。損益分岐点とは、売上と費用がトントンの状態です。そこで、まずは費用に注目し、これを、
- 変動費:売上高に応じて変動する費用。小売業の場合は支払運賃、支払荷造費など
- 固定費:売上高に関係なく発生する費用。人件費や減価償却費、賃借料など
といったように分類します。その上で、
- 限界利益=売上高?変動費
- 限界利益率=限界利益÷売上高
を求めます。ここまでくれば損益分岐点は簡単で、次の数式で求めることができます。
- 損益分岐点=固定費÷限界利益率
要するに、損益分岐点とは固定費を限界利益で賄える水準と考えればよいでしょう。また、目標利益がある場合は、
- (固定費+目標利益)÷限界利益率
によって、目標利益を踏まえた損益分岐点が計算できます。通常、人件費は固定費になりますが、業務委託などを利用すれば変動費化も可能でしょう。この辺りを考慮して、適正人件費を導きます。
3 人件費か委託費か?
前述した通り、適正人件費は役務の提供を受けるための原資といえます。実際、昨今は雇用にとらわれず、業務委託で外部人材を活用する企業が増えています。そうなると、単純に人件費が減り委託費が増えるため、労働分配率を前提とする適正人件費とは違った結果になってくるわけです。
また、これまでの考え方は、
業務の一部を外注すれば社員の負担が減り、別の新しい付加価値を生み出せる
というものでした。しかし、その狙い通りになるのは一部の優秀な社員だけです。残念ながら、
多くの社員は、経営者から見ると、物足りないかもしれない業務をこなすことにフィット
しており、これが生産性向上の阻害要因になっています。この状態を強制的に変えるなら、
社員の代わりに、外部人材に働いてもらう
という方法もあるわけです。専門性が低い仕事の場合、外部に委託したほうがコストは低くなるケースはたくさんありますし、継続的な教育も必要ないため、企業の負担も軽減されます。
また、かつて、コア業務は外部に委託するべきではないという考えがありましたが、何がコア業務であるのかを、もう一度考えてみる必要があります。それに、例えば「社外CTO」といった存在があるように、コア業務を社員ではない人材が担っていることもあるわけです。
4 給与で示す経営者の期待
適正人件費とは、人件費のパイといえます。このパイを、人事評価などに基づいて社員に分配していきます。このときの分配システム、つまり人事評価制度がポイントです。いわゆる「職能資格制度」として、勤続年数によって自動的に昇給していく仕組みで分配しているのであれば、見直しが必要かもしれません。
もちろん人件費には社員の生活の安定の面もあるので、急激な変更は馴染みませんが、社員の能力や経営方針に対する共感度などに応じて分配できる部分を切り出すことは、今後のためにも必要でしょう。つまり、
適正人件費が100の場合、そのうちの20については、能力や経営方針に対する理解度で支払うようにする
ということです。これは、かつての能力主義や成果主義と同じ仕組みともいえますが、当時はこれらを受け入れなければならないという危機感が乏しく、また、人件費削減の良い口実にされることもありました。また、そもそも年功主義にどっぷりつかった上司が能力主義や成果主義で部下を評価できるはずもありません。
一方、現在は経営環境も働き方も劇的に変わっており、これに対応しなければ、採用が難しくなるばかりか、優秀な社員の離職が出てくる恐れもあります。経営者が中心となってプロジェクトを推進するべきでしょう。
5 (参考)産業別・1企業当たりの労働分配率、付加価値
経済産業省「企業活動基本調査」によると、産業別・1企業当たりの労働分配率、付加価値は次の通りです。
- 労働分配率=給与総額÷付加価値×100
- 付加価値=営業利益+給与総額+減価償却費+福利厚生費+動産・不動産賃借料+租税公課
以上(2021年9月)
pj80150
画像:NikAndr-shutterstock