「伝え方」に関する書籍がベストセラーになるなど、ビジネスでは「自分の考えを相手に正確に伝えるスキル」が重要視されます。特にある程度の役職で影響力が大きかったり、法人対法人で取引する際の窓口担当者になったりした場合、伝える力は一層大事になります。
例えば、この会社で最も影響力が大きい私が相手に対する伝え方を間違えると、それだけで取引が終わってしまう恐れがあります。一方、窓口担当者の場合は、伝え方を間違えたくらいではいきなり取引がなくなることはないかもしれません。しかし、相手の社内における当社の評判は、確実に悪くなります。この恐ろしさが分かるでしょうか。相手にとって「当社が大切ではない」ということになれば、何かの対応は他よりも後送りにされますし、いざというときに本気で助けてくれません。
先日、社長仲間で話をしていたとき、その中の1人の社長の会社に届いたメールが話題になりました。そのメールには、「取引を終わらせようとしているのか?」と思えるような、辛辣な内容が書かれていました。しかし最後に、「怒りにまかせて、失礼なことを言ってしまいました」と謝罪をしています。相手としては、この最後の謝罪で、それまでの内容をご破算にできると思ったのかもしれませんが、甘い話です。法人対法人の継続取引で、一方的に売ったけんかを、たった1行の謝罪で勝手に終わらせることなどできません。
それでもその社長は、相手がそこまで立腹しているのだからと自分たちの落ち度を反省し、すぐに今後の対策などをまとめて、相手の意見や要望を確認するメールを返信したそうです。しかし、それには何の返事もなく、相手はこれまで通りに取引を続けています。恐らく、一時の怒りの感情をメールで送って、すっきりしたのでしょう。
さて、この話をしていた場には、その社長と私の他にも、同業界の社長が数名いました。つまり、その怒りのメールを送ってきた相手の会社のことは、私たちの中ですっかり共有されました。それどころか、今、私が皆さんにお話ししているのと同じように、他の社長も、自社の社員や別の社長に話しているはずです。
今どきは、ネットの世界におけるネガティブ情報の拡散が問題になりがちですが、今回のようなリアルの世界では、情報は当事者の感情が込められて伝わります。ひとたび悪評が立てば、もはや“火消し”をすることはできないかもしれません。
「伝え方」に関する書籍では、シーン、話す順番、言葉の選択などが多く紹介されています。しかし、テクニックを意識するよりも大切なのは、「思ったことをそのまま口にしたり、メールで送ったりしない」ことです。特にネガティブな話をするときは、必ず一呼吸おいて、自分がこれから口にしようとしている内容を吟味してから、判断してください。当たり前ですが、これはビジネスでとても大切なことなのです。
以上(2021年10月)
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画像:Mariko Mitsuda