書いてあること
- 主な読者:会社の再建を成功させたい経営者
- 課題:資金も戦力もないところから、どのように立て直せばよいのか分からない
- 解決策:全社員から生の声を聞いて課題を洗い出し、優先順位を決めて再建に取り組む
1 創業以来50年続いた赤字会社を5年で黒字に転換
創業以来、50年にわたって赤字の連続。新たに投資するための資金も不足し、現有戦力は弱小で補強もままならず、顧客基盤も不安定――。そんな会社が、新社長を迎えて5年目に黒字転換を果たしました。その会社の名前は、千葉ロッテマリーンズ。ご存じの通り、プロ野球の球団を運営する会社です。
この記事では、オーナー会社からの資金の補填に安住していた組織の仕組みを変え、社員の意識を変えた前球団社長・山室晋也氏へのインタビューを通じて見える、組織再建の秘訣を紹介します。
前編となる今回は、お金がなく、チームは弱く、新たな投資も戦力補強もできない中で作り上げた、利益を出すための仕組み作りについてのインタビューです。
2 「どうしようもない」財務状況からの出発
大手銀行の子会社で社長をしていた私が千葉ロッテマリーンズ(以下「千葉ロッテ」)の社長に就任したのは、2014年1月のことでした。高校・大学・社会人とラグビーをやっていた私は、球団社長になるまで、特に野球に深い思い入れがあるわけでもありませんでした。
縁あって社長に就任することになりましたが、最初に財務諸表を見て抱いた感想は、「どうしようもないな」というものでした。1969年の「ロッテオリオンズ」誕生以来、赤字の連続。近年は毎年20億~30億円もの赤字を垂れ流し、オーナーであるロッテホールディングス(以下「ロッテHD」)が広告費として補填することが常態化していました。その状況を変えるには、この会社を自立させることが必要だと感じました。つまり、オーナーではなく、ファンやスポンサーにしっかり向き合うビジネスに転換させることが必要だと考えたのです。
3 全社員の生の声を聞くことで課題が見えてくる
私が社長に就任する際、オーナーであるロッテHDからは、次の3つの指令を受けました。
- 年間の赤字を12億円程度に削減する
- チームを強くする
- ロッテブランドを高める
3つの指令を遂行すべく、社長に就任して私が最初にやったことは、60~70人の正社員全員に対するヒアリングでした。現場の人たちが、職場の雰囲気をどう感じ、会社についてどう考えているのか、困っていることはないか、などについて把握することから始めました。
事前にヒアリングシートを配り、回答してもらった上でヒアリングを行います。ヒアリングシートには、会社全体と自分の部署のそれぞれについて、次の項目を記載してもらいました。
- 良い点
- 改善すべき点
- 提案(意見、展望)
- 自分の夢、目指す社員像
- その他(自由記入欄)
ヒアリングは1人当たり30分ほどかけて行い、ヒアリングの後も、部署ごとのショートミーティングを1、2週間に1回程度続けました。
全社員へのヒアリングで見えてきた千葉ロッテの課題は、次のようなものでした。
- そもそもお金がない
- 集客のためには積極的な選手補強などによるチーム力の強化が必要
- ファン拡大のための投資が必要
- どの部門も社員数が不足しており、疲弊している
- 球場の立地や設備に問題がある
- ファン、スポンサー、地域・行政など、あらゆるステークホルダーとの信頼関係の構築が必要
こうした見えてきた課題を基に、千葉ロッテを再建するための優先順位を決めました。
4 再建のための優先順位を決める
私には3つの指令が与えられていましたが、千葉ロッテを再建するには、限られた資金や人的資源などを効率的に動かすために、優先順位を決める必要がありました。これは経営者として重要な仕事だと思っています。原則通りに、ROI(投資利益率)の高いものから、次のように優先順位を決めました。
- 売り上げを伸ばす
- 得た資金で最も投資効果の高い分野(集客やファンの増加)に投資して収益を増やす
- さらに増えた資金をチーム力強化とファンの満足度向上に充てる
会社を再建する場合、まずはコスト削減を第一に考える人も少なくないと思います。ですが、特に中小企業では、コスト削減に注力しても効果はたかが知れています。特に球団経営の場合、広告収入の粗利益率は80%以上、チケット収入の粗利益率は85%以上という特徴があります。売り上げを伸ばすほうが、はるかにROIにインパクトがあるのです。
また、プロスポーツの場合、チーム力を強化して人気選手を集めれば集客力も増すと思われがちですが、お金をかけて良い選手を集めれば必ず勝てるほどスポーツは簡単ではありませんし、そこが面白いところでもあります。
私たちにはチームの強さはコントロールできないので、チームの強さと集客力・経営状況は切り離して考えるべきです。「チームが弱いから赤字になっている」というのは危険な考え方です。これは、「景気が悪いから赤字になっている」というのと同じ論理かもしれません。自分たちがコントロールできる部分で、ファンやスポンサーのためにできることはあります。そこに注力することで、弱くても稼げる会社作りを目指すべきです。どんなにチーム力を強化しても、6球団の中には1位から6位までの「勝者」と「敗者」が生まれます。ですが、球団経営では6球団全てが黒字という「勝者」になることが可能です。
5 スポンサーへの営業強化で売り上げ10億円アップ
千葉ロッテ再建の第一歩は、売り上げを伸ばすことから始めました。球団経営で売り上げを伸ばすポイントは、スポンサー収入、チケット収入、放映権の3つです。中でもスポンサー収入は単価が高く、最も即効性があるので、スポンサーへの営業の強化を最優先課題としました。
1)商売の原理原則「自分を安売りしない」「フェアな交渉を行う」を徹底
まず行ったのは、私が社長に就任する前までの旧弊の改革です。従来は売り上げ目標も広告費のルールもなかったため、「看板が空白にさえならなければいい」と、スポンサーごとに営業部の裁量による値引きが横行していました。そこで、売り上げ目標を設定するとともに、広告の種類ごとの価格を明確に定めました。これは、「自分を安売りしない」「フェアな交渉を行う」という商売の原理原則に即したものです。
2)選手の協力を得てスポンサーに明確なメリットを提示
その一方で、スポンサーには明確な2つのメリットを提示することにしました。いずれも選手の協力を得て実現したものです。1つは、選手と会えたり話せたりすることです。シーズン終了後の11月に選手とスポンサーとのゴルフコンペを開催し、選手がスポンサーの幹部とともにゴルフコースを回ってもらうことにしました。また、シーズン前にはスポンサーを集めた「出陣式」を行い、選手がスポンサーの幹部のテーブルまで行ってシーズンの抱負などを語る機会を設けました。
もう1つのスポンサーのメリットは、地元でのイメージアップになるということです。選手に介護施設や学校の訪問などの社会貢献活動に積極的に協力してもらったり、地元向けのイベントを開催したりして、千葉ロッテが地元の「公器」としての存在価値を高めることで、結果としてスポンサーとなっている会社のイメージアップにつながるというものです。
3)トップセールスも重要
スポンサー収入は最も投資効果の高い課題ですから、社長だった私の稼働時間の中でも、3分の1程度というかなりの部分をスポンサー回りに投入しました。既存のスポンサーだけでなく、銀行で働いていた時代のお客さまも訪問して新規開拓を行いました。
こうした営業努力によって、私が在任した6年の間に、オーナーであるロッテHD以外のスポンサーからの収入を、年間で10億円増やすことができました。
6 集客力を高める投資で収益を改善
スポンサー収入の増加によって経営が安定してきたため、次のステージとして、投資効果の高い課題である集客やファンの増加に取り組みました。チケットの売り上げは全体の売り上げの4分の1ほどですが、来場してくれるファンの数は球団経営の根幹であり、経営基盤の安定につながります。
1)重視すべきは既存の顧客か、新規の顧客か
中小企業にとって、取引の長いお客さまは大切な存在です。ですが、既存顧客への配慮を重視するあまり、新規顧客の獲得を遠慮していては、会社は先細りしてしまいます。
千葉ロッテの課題は、ライトなファン層の開拓でした。従来から「千葉ロッテファンは熱い」と言われており、社員もそのような熱い古参ファンを大事に思ってきました。しかし、会社の経営を考えると、古参ファンを守るか、新規ファンを獲得するか、どちらかに絞って戦略を立てなければ投資効果が薄れてしまいます。
私が選んだのは、新規ファンの獲得でした。しかし、社員の多くは「これまで築き上げてきたマリーンズファン(千葉ロッテファン)の文化を壊してしまう」と反対しました。私は「このまま古参ファンに甘えていてはいけない。大切なのは、ファンの裾野を広げて来場者を増やすことで収益を上げ、チームを強くすることだ。一時的には古参ファンの意向に反しても、古参ファンはいつか必ず分かってくれる」と社員に訴えました。
そして、来場者にユニホームを無料配布したり、「こどもの日」に子供たちに帽子やタオルをあげたりと、応援グッズがたくさんもらえるイベントを増やすことで、イベントデーの来場者数を飛躍的に伸ばすことができました。たとえ最初は無料のグッズが目当てであっても、まずは球場に足を運んでもらい、球場の雰囲気を含めた生のプロ野球の魅力を体感してもらわなければ、新規ファンの獲得はできません。
2)立地の悪さという弱点は諦めて発想を転換
先にも触れましたが、千葉ロッテの課題の1つに、球場の立地があります。本拠地のホームグラウンドは海際にあり、球場を中心に同心円状の商圏を描いても半分は海です。さらに東京駅から球場までは電車で約40分プラス徒歩で約15分かかるため、平日に仕事を終えて観戦するにはアクセスが悪いという致命的な欠点があります。
そこで私は、思い切った決断をしました。平日に売り上げを求めるのは諦め、土・日に経営資源をフル投入することにしたのです。その代わり、平日は「未来のファン」を生み出す日にしました。地元の千葉県の小学生とその親たちを積極的に球場に招待して、試合観戦や仕事体験などをしてもらうことにしたのです。これは、何歳でスポーツチームのファンになったかという市場調査(小学生までにプロ野球チームのファンになった人が3分の1以上を占めているというアンケート結果もあります)から見ても、理にかなった戦略だと思います。
3)チケット単価を上げる
価格戦略は会社にとって、非常に重要です。サービスの価値に見合った価格を設定し、売り上げを最大化させなければなりません。
千葉ロッテでは従来、球場の座席の価格は、大まかなエリアに分けて設定していました。ですが、同じエリアでも前方と後方とでは見え方が違う、つまり試合観戦という点での価値が異なることもありました。そこで、きめ細かい料金設定を行い、メリハリをつけることにしました。これは、価値があるものを正当に評価してもらうためです。例えば最前列の座席は、クッションの利いた高級なシートに変え、テーブルを付けて足元に荷物入れを設置した「サブマリン・シート」として高価格で売り出すことにしました。
また、従来は記者席だった、バックネット裏という観戦者にとって最高のスペースを、高級ビールやソフトドリンク飲み放題、オードブル食べ放題のVIP席に改装しました。改装費用に7000万円ほどかけましたが、ネーミングライツを販売し、座席が即完売となったことで、2年で投資回収できました。当初は記者からの反発もありましたが、「会社を立て直すためには背に腹は代えられない」と腹をくくり、3階席に移動してもらいました。
黒字に転換した後の2019年には、さらに思い切った施策を行いました。外野席からグラウンドにせり出す形で、「ホームランラグーン」という座席を新設しました。これには、外野手と同じような目線で観戦できる単価の高い座席数を増やすことに加えて、「野球の華」ともいえるホームラン数を増やして試合を面白くするという狙いもありました。他球場と比べたホームランが出る確率の指標を、「ホームランファクター」といいます。2016年から2018年までの千葉ロッテのホームグラウンドでのホームランファクターは、平均の1よりはるかに低い0.72でしたが、ホームランラグーンの設置によって2019年は1.07へと上昇しました。
記者席の移動や、試合結果にも影響するホームランラグーンの設置は、会社としては社内の誰もが良いと感じることですが、外部からの反発や調整の難しさも想定されました。そのため、実現困難だと考えて、提案をためらっていた社員もいたのではないかと思います。そのようなことは、やはりトップが「いいんだ、やるんだ」と提案し、実行すべきだと思います。
ただし、私は基本的に自分からは提案せず、なるべく社員からの発言を待つようにしています。社長の提案には社員も忖度(そんたく)して賛同するので、勘違いして「裸の王様」になってしまいがちです。とはいっても、どうしても「あれをやったらどうだ」というものは、つい出てしまうものですが……。
4)数値化によって20年以上固定していた球場内の飲食店に競争原理を導入
長らく取引していた発注先を変更するのは、中小企業にとっても大きな決断を伴うことでしょう。そのようなときに活用すべきなのが、「数値化による評価」です。
新規のファンの獲得によって高めた集客力を売り上げ増につなげるには、チケット販売だけでなく、飲食物やグッズの販売を無視できません。むしろこちらのほうが経営努力による「伸びしろ」が大きいといえます。
ところが千葉ロッテの場合、私が社長に就任するまで20年以上にわたり、同じ業者が球場内の飲食店を運営していました。それによって「球場の名物」があり、固定ファンがいたのも確かですが、競争原理が働いていないことに疑問を感じました。広く業者を募ることを提案すると、社員からも反発を受けました。
そこで私が行ったのが、「数値化による評価」です。「売り上げ」「オペレーション」「衛生」「接客態度」などの評価項目を作って業者に改善を促し、1年間で基準に達しなかった業者には立ち退いてもらいました。これによって売り上げは飛躍的に伸び、接客サービスも向上しました。「お客さまのために何ができるか」を考えれば、必要な措置だったと思います。
5)ブランド作りとSNSでの発信
オーナーからの指令にもあった、「ロッテブランドを高める」は大きな課題ですが、子会社としてグループ全体のブランディングを行うのは困難ですので、千葉ロッテとしてのブランド価値向上を目指すことにしました。
球団経営の特徴は、ある意味で「商品」ともいえる選手や監督が頻繁に入れ替わることです。会社の旗艦商品を刷新する場合、とても大きな経営判断を伴うでしょうが、プロ野球の場合は看板選手の引退やトレードが少なくありません。それでも変わらずに千葉ロッテというチームを応援したいと思ってもらえる、「これが千葉ロッテマリーンズだ」と誇れるものを見つけるために、社内で自由に話し合いをしました。
そこで挙がったブランド候補を集約した結果、千葉ロッテのブランドを「意外性」「日本一の応援」「突飛なファンサービス」の3つに決めました。
ブランド力を高めてファンを増やすには、メディアへの発信が大切です。しかし、試合結果以外に、チームの特色をメディアを通じて伝えられる機会は多くありません。そこで活用したのがSNSです。選手たちが試合前に円陣を組む姿、勝利後のロッカールームでリラックスして試合を振り返る姿、ドラフト会議の前に意気込むフロントや監督を映した「ドラフト会議舞台裏」など、球団広報が積極的に発信することで、ファンに感情移入してもらえる取り組みを進めました。
6)メディア対策のためにトップとして一肌脱ぐ
SNSでの発信力は高まっていますが、やはりプロスポーツは、「メディアに取り上げられてなんぼ」というビジネス構造であることには変わりません。
いろいろなチャレンジをする中で、メディアからの注目を集めることに成功したのが、「つば九郎(くろう)移籍問題」でした。2014年末にフリーエージェント(以下「FA」)で千葉ロッテから東京ヤクルトスワローズ(以下「東京ヤクルト」)に移籍することになったエースピッチャーの人(鳥)的補償として、私が東京ヤクルトのマスコットキャラクターである「つば九郎」の移籍を要求する緊急記者会見を開いたのです。FA制度の補償の仕組みを知らなかった私のボケから生まれた話なのですが、多くのメディアに取り上げてもらうことができました。さらに、東京ヤクルトから断られた後、東京ヤクルトの遠征時だけつば九郎をレンタルすることを再提案する形で、もう一回記者会見を開くことができました。
世間では私がメディアに出たがっていると勘違いされているようですが、私は本当は出たくもなんともないのに、社員たちから利用されているだけです。頑張って企画している社員から、「社長、これやってください」と頼まれてしまうと、トップとしても、「いや、俺はやめておくよ」というわけにはいかない、というだけです。
ちなみに、つば九郎移籍問題の記者会見では、つば九郎への3年契約の年俸としてロッテのお菓子を提案し、オーナーの人気商品を宣伝することもできました。
これで山室晋也氏インタビューの前編は終わりです。後編では、社員の意識を変えることで組織の再建につなげていった方法についてお伺いしています。熱い内容にご期待ください。
【参考文献】
「経営の正解はすべて社員が知っている」(山室晋也、ポプラ社、2021年2月)
山室晋也(やまむろ しんや)
1960年1月25日、三重県生まれ。エスパルス代表取締役社長。
1982年に立教大学経済学部卒業後、大手銀行に入行。4店の支店長を経て、2011年4月から執行役員。2013年4月、銀行子会社の代表取締役社長に就任。
2013年11月に千葉ロッテマリーンズ顧問に就任し、2014年1月から取締役社長。2019年12月、退任。
2020年1月、清水エスパルスを運営するエスパルス代表取締役社長に就任し、現在に至る。
著書に「経営の正解はすべて社員が知っている」(ポプラ社、2021年2月)。
以上(2021年11月)
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画像:千葉県