明けましておめでとうございます。今年のえとは「寅(とら)」です。そこで、今日は動物の虎にまつわる話として、中島敦(なかじまあつし)氏の小説「山月記(さんげつき)」を紹介します。
山月記の舞台は、今から約1300年前の中国です。主人公の李徴(りちょう)は大変な秀才で、若くして役人になりますが、とてもプライドが高く、自分よりも能力の低い上司に仕えるのが嫌で、役人を辞めてしまいます。その後、李徴は詩人として身を立てようとしますが、彼の詩は世間から評価されませんでした。生活が苦しくなった李徴は、詩を諦めて再び役人になりますが、かつての同僚が自分より高い地位に就いていることなどに耐えられず、行方をくらましてしまいます。
その1年後、袁慘(えんさん)という李徴のかつての友人が、ある林の中で1匹の虎に出合います。その虎は、行方不明になっていた李徴その人でした。李徴は袁慘の前で、自分が虎になってしまった理由をこう話します。「自分は詩人として身を立てたいと思いながら、誰かに教えを請うたり、友人と競って腕を磨いたりしてこなかった。もしも自分に才能がないと分かってしまったらと思うと怖かったし、一方で、自分は優れているという自負もあったから凡人と交わりたくなかった。この『尊大な羞恥心』が猛獣、つまり虎だったのだ」。最後に李徴は、自分が人の心をなくして完全に虎になる前に林から出ていくよう袁慘に言い、二度とその姿を現さなくなります。
李徴の言う「尊大な羞恥心」、これは何も特別なものではありません。皆さんも「上司や先輩に怒られるのが怖くて、質問できない」「本当は知らないことについて、つい知ったかぶりをしてしまう」「旧来のビジネスの進め方にこだわって、新しい方法を受け入れようとしない」といった経験があるはずです。誰だって自分の無知をさらけ出すのは怖いことです。しかし、知らないことを放置すれば、それ以上の成長はありませんし、事故にもつながりかねません。
ですから今年は、「知らないことは知らないと、はっきり言える環境」をつくっていきましょう。どんな初歩的なことでも分からなければ質問し、質問を受けた人は丁寧に対応してください。これは新入社員や若手だけでなく、上司も含む全社員へのお願いです。私も含め、誰一人完璧な人間はいません。入社時期や役職に関係なく、全員が全員の無知を受け入れられるようになりましょう。
ただし、注意してほしいことがあります。それは「羞恥心を忘れない」こと。よく同じ質問を何度も繰り返す人がいますが、そうした人は「分からなければ、また質問すればいい」と軽く考え、相手の言ったことを理解する努力をしていない場合があります。羞恥心のせいで行動できないのは問題ですが、知らないことを恥と思う感覚をなくしたら、人は成長しません。皆さんの中に潜む羞恥心という“虎”は、退治すべき存在ではなく、上手に飼いならしていくべきものなのです。
以上(2022年1月)
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画像:Mariko Mitsuda