書いてあること
- 主な読者:海外展開の際に自社の商標を保護したい経営者
- 課題:日本国内の著名な商標が外国で侵害されているという話を耳にする。保護は難しい?
- 解決策:知的財産権は各国・各地域で取得する必要がある。権利を取得しておけば、国・地域によっては侵害に対して行政摘発が行われ、早期決着が図れる
1 知的財産戦略が後手に回ったことで起きた悲劇
突然ですが、質問です。皆さんにもなじみのある以下の画像には、ある共通点があります。何だと思いますか?
実は、これらはいずれも海外での知的財産権に関する対策が後手に回ったことから、
外国で無関係の第三者に先に商標権を取得されてしまった
という共通点があります。裁判で争ったものの、敗訴したため、自社の商標登録がその国ではできなくなってしまったのです。
中小企業の海外展開に当たっては、現地との共同開発関係の構築、代理店・フランチャイズ展開、ビジネスパートナーとの協力関係の樹立、製品の輸出、ネット販売、展示会への出展などさまざまな段階がありますが、
それらの全てに先立って「知的財産戦略」を考えて臨む必要がある
のです。
2 まだまだある海外での知的財産権を巡るトラブル事例
この他にも、海外での知的財産権を巡るトラブルは数多くの事例があります。
1)よくあるトラブル事例:無印良品
例えば、日本でもよく知られている「無印良品」は、1980年に親会社である西友が創設したプライベートブランドです。1999年11月に中国で商標出願する際、ファブリック関連商品の属する第24類を出願範囲から除きました。その結果、2000年4月に海南南華実業貿易公司という中国の会社が第24類の商品分野で「無印良品」を商標出願して、2004年1月に登録を受けました。さらに同年8月に、同社から当該商標権を譲り受けた北京棉田紡績品有限公司によって、日本の無印良品は逆に、2015年4月商標権侵害に基づく訴訟を提起され、しかも敗訴したのです。
さまざまな“ファッション・ブランド”が台頭した1980年代において、「無印良品」はまさに「印が無くとも、良い品を」というコンセプトを打ち出すことで、支持を得ました。そのネーミングが商標登録というブランディング行為に対して、やや消極的に働いたことには同情できる部分もあります(下記引用元参照)。
とはいえ、「無印良品」の表示を目にする需要者に対して商品の品質を保証して、出所混同の不利益から保護するために、最低限、商標登録はしておくべきだったといわざるを得ないでしょう。
2)よくあるトラブル事例:某飲食店チェーン
この他にも、商標権未取得によって起こる典型的なトラブルがあります。例えば、日本の飲食店A社に、台湾のB社から、フランチャイズ展開をさせてくれないかとの打診がありました。商談に進み、フランチャイズ条件の大筋が合意できた時点で、弁護士から海外展開には商標権取得が不可欠とのアドバイスを受けて商標調査してみると、すでに台湾では、A社のブランドがB社によって商標登録されていたといったような事例です。
このような場合、B社が商標権譲渡を拒否し、フランチャイジーの条件についても自社に有利な条件に固執するなどして破談となれば、A社は自社のブランドを台湾で使用できなくなってしまいます。結局、自社ブランドでの台湾展開そのものを断念するほかなくなるのです。
さらに、近年は越境ECによる海外取引が活発に行われていますが、
そもそも商標登録がなければ出店を認めないプラットフォーマーが散見され、商標登録がなければアカウントそのものを削除されてしまう
といった状況もあるようですから、海外展開に先立つ商標登録は、もはや必須といっていいでしょう。
3 なぜトラブルが発生してしまうのか
知的財産戦略を怠るとやっかいなトラブルに巻き込まれることは、もはや世界の情勢から見て明白です。特に、
商標は全ての企業が保有する知的財産ですから、その対策は避けて通れない
といえます。
現在、ほとんどの国で登録商標に関する情報がインターネットを通じて世界中に公開され、どのような企業が、どの範囲で商標登録をしているか(していないか)、誰でも簡単に把握することができる状況です。
そして、商標は他の知的財産と異なり登録に新規性が要求されないため、すでに他人が使用している名前でも出願・登録することが可能です。比較的低額で済む官庁費用さえ払えば、誰でも海外の登録商標を自国における未登録分野で商標登録できてしまうのです。前章で取り上げたような悲劇が生まれてしまうのは、こうした事情が背景にあります。
さらに中国には、商標そのものを取引する転売サイトも存在していますので、商標権がどのような人の手に渡るか分かりません。対策の遅れは大きなトラブルとなる可能性が高いといえます。
4 どうすればトラブルを回避できる?
これまでにもすでに述べたところですが、海外展開には知的財産戦略が不可欠です。特に新興国においては知的財産に関する法の整備が遅れていることもあり、適切な対策を講じて臨む必要があります。覚えておいていただきたいのは、
知的財産権は各国・各地域で成立する権利であり、進出対象国などにおいて個別に取得する必要がある
ということです。
とはいえ、現地代理人に依頼するなどして行政手続きを踏む必要があることから、相応のコストを要します。中小企業ではどうしても対応が後回しとなってしまうことも少なくありません。この点に関しては、
国や都道府県などが出願費用を助成するなど、さまざまな支援が用意されています
ので、必ず確認されるとよいでしょう。
5 知的財産権を守るためのワンポイントアドバイス
1)商標登録さえすれば行政摘発で早期決着が期待できる
中国やベトナムなどでは、
商標登録をしておけば、その侵害行為に対して行政機関が摘発に動いてくれる
という有利な点もあります(意匠も同様)。知的財産権に対する侵害への救済については、裁判所へ提訴することも可能ですが、司法的な解決にはかなりの時間を要することになります。対して、行政摘発では、中国であれば約3カ月で決着するなど、かなり迅速に動いてもらえるメリットがあります。
2)「日本語のみ」の商標は認められない国も
実際に商標を出願するに当たっては、ベトナムなど、日本語のみからなる商標については識別力を否定する運用をとっている国もあります。日本語のまま出願するのか、英語で出願するのか、現地の言語にするのか、中国語の場合は簡体字か繁体字か、その場合は呼称まできちんと権利範囲に含まれているかなどの検討が必要です。
また、商標の構成態様についても、紛争を未然に回避するためにも、各国の法制度に鑑みて十分な内容となっているか必ず確認されるようお勧めします。このあたりは知財を専門としている弁護士にご相談いただくのがよいでしょう。
以上(2022年3月)
(執筆 明倫国際法律事務所 弁護士 田中雅敏)
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