書いてあること

  • 主な読者:応募者の「素の人柄」を知るためにSNS調査などをしたい経営者
  • 課題:ネット公開されている情報を採用の材料にしても問題なさそうだが、本当にそうか?
  • 解決策:履歴書や面接の情報は個人情報。利用するには法令のルールに従う必要がある

1 SNS調査をこっそりと行うのはNG

社員がSNSに投稿した不適切な内容で「炎上」や「情報漏洩」が起きてしまったら、大きな問題です。一度、採用内定を出したり採用したりした社員に辞めてもらうことは容易ではありません。そのため、企業としてはリスクのある人物は採用したくないので、選考過程で、

SNS調査やリファレンスチェック(以下「SNS調査など」)を行う

ことがあります。

SNS調査

履歴書や面接の情報を基に、応募者のSNSの実名アカウントを調べて、投稿内容を確認すること。そこから出身地や誕生日などが一致する匿名アカウントを探し、プロフィール情報やフォローしている友人などから応募者本人かどうかを判別し、投稿内容を確認することを「裏アカ調査」という

リファレンスチェック

履歴書や面接の情報を基に、応募者の前職の勤務状況や人物像について関係者に問い合わせること(中途採用の場合)

SNS調査などをすれば、履歴書や面接からは分からない応募者の「素の人柄」を知ることができるかもしれません。とはいえ、SNSは私生活の投稿です。勝手にSNS調査などを行っていいのかという疑問も残ります。実際のところは、

SNS調査などは非常にグレーであり、こっそりと行うのはまずNG

です。この記事では、その理由を紹介します。

2 SNS調査などがグレーな理由

1)「SNS調査などに利用します」と通知する?

履歴書や面接を通じて得られる応募者の情報は「個人情報」です。個人情報の取得には、利用目的を特定の上、その目的の通知または公表しなければなりません。本人から直接書面で取得するなら、あらかじめ利用目的を明示します。

ですから、応募者の個人情報をSNS調査などのために利用するのであれば、その旨を、通知または公表する必要があります。ただし、個人情報をSNS調査などのために利用することを通知または公表すれば、応募者の反感を買うことにつながりかねないので、あまり現実的とはいえません。

2)実名アカウントの閲覧まではOK。でもそれ以上はNG

厚生労働省職業安定局「募集・求人業務取扱要領(令和4年12月)」では、企業や企業から委託を受けた採用募集代行業者が応募者の個人情報を収集する場合、次のような適法かつ公正な手段を取らなければならないとされています。

  • 本人から直接収集する
  • 本人の同意を得た上で本人以外の者から収集する
  • 本人により公開されている個人情報を収集する

応募者が実名アカウントで、公開範囲を限定せずにSNSに投稿している内容を確認することは問題ないでしょう。ただし、それ以上進めて、「裏アカ調査」やリファレンスチェックをするには、応募者の同意を得る必要があると考えられます。

3)採用活動で利用するなら、利用目的の通知または公表が必要

個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」では、

個人情報を含む情報がインターネット等に公開されている場合、単にこれを閲覧するだけで、転記等を行わないのであれば、個人情報を取得しているとはいえない

とされています。

SNSの投稿は、不特定多数人に見られることを前提としていますので、応募者が公開アカウントでSNSに投稿している内容を確認するだけなら、個人情報の取得にはなりませんが、採用の検討材料にするなら、個人情報の取得になると考えられます。繰り返しになりますが、個人情報の取得には、利用目的を特定の上、その目的の通知または公表が必要です。

例えば、ディー・エヌ・エーグループの採用活動におけるプライバシーポリシーでは、利用目的の1つとして、

「当社グループの採用選考に際し、候補者の適格性を評価するため(これには、バックグラウンドチェック、リファレンスチェック、その他の確認手続を含みます)」

と記されています。「バックグラウンドチェック」と表記するなどの工夫もされています。

4)収集してはならない情報がある?

職業安定法では、事業主が求職者から情報を取得する場合につき、取得目的を制限しています。また、職業安定法に基づく指針(平成11年労働省告示第141号、最終改正令和4年厚生労働省告示第198号)では、以下の情報を、原則として収集してはならない情報として定めています。

  • 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となる恐れのある事項(家族の職業、収入、本人の資産などの情報、容姿、スリーサイズなど)
  • 思想および信条(人生観、生活信条、支持政党、購読新聞・雑誌、愛読書など)
  • 労働運動、学生運動、消費者運動などに関すること

例外的に、これらの情報であっても収集目的を示した上で本人から収集することができるケースもありますが、特別な職業上の必要性がある場合などに限定されています。不用意に収集すると職業安定法に基づく改善命令が発出される場合があり、この命令に違反すると、罰則(6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金)の対象になります。

なお、これらの情報は、個人情報保護法の「要配慮個人情報」と一部重複しますが、

要配慮個人情報は本人の同意があれば収集できるのに対し、職業安定法に基づく指針の「収集してはならない情報」は、文字通り、原則として収集不可

となっている点に注意が必要です。

SNSには個人の考えなどを投稿することもあり、そこに「収集してはならない情報」が含まれる可能性は十分にあります。

5)調査代行業者への依頼やリファレンスチェックは個人情報の「第三者提供」

SNS調査などを代行する専門業者(以下「調査代行業者」)もいますが、調査代行業者への依頼は個人情報の「第三者提供」に当たると考えられます。調査代行業者が独自に調査した結果と、応募者の個人情報の突合は、企業の「委託」では不可能だからです。同様に、調査代行業者が依頼元の企業に個人情報を含む調査結果を渡すことも第三者提供に当たると考えられます。

個人情報の第三者提供を行う場合、あらかじめ本人の同意を得る必要があります。2022年4月に改正個人情報保護法が施行されたため、第三者提供に係る記録の開示請求手続に対応する必要があります。

同様に、リファレンスチェックも、履歴書や面接の個人情報を前職の企業に渡すことになるため、第三者提供に当たると考えられます。

3 SNS調査などがはらむリスク

このように、利用目的を明らかにして本人の同意を得られれば、SNS調査などを実施できることになりますが、懸念は残ります。例えば、「バックグラウンドチェックをします」と説明されても、応募者は「裏アカ調査」をされると認識できないでしょう。また、志望先の企業からSNS調査などの同意を求められたとき、それを拒否するのは難しいかもしれません。

この他、同姓同名の他人の情報との取り違いや、悪意の第三者によるなりすましが起こらないかといったことも危惧されます。

日本労働組合総連合会「就職差別に関する調査2023」によると、採用試験を3年以内に受けた15~29歳の男女計1000人のうち、

  • 「採用選考過程において、企業からSNSアカウントを調査する旨の通知を受けたことがある」という回答が11.7%
  • 「採用選考過程において、企業からSNSアカウントを調査されたことがある」という回答が10.7%

となりました。また、それぞれ「わからない」という回答が25.0%、29.3%を占めており、さらに多くの調査が行われている可能性もあるといいます。さらに、SNS調査などは「身元調査」にもなり得ます。このような調査の結果、目にしてしまった情報をもとに無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)が生じ、新たな就職差別につながる恐れもありますので、注意が必要です。

以上(2024年1月更新)
(執筆 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)

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画像:wei-Adobe Stock

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