書いてあること
- 主な読者:自社で製造企画を行い、消費者に直接販売している経営者
- 課題:自社商品・サービスを差異化して競争優位を保ちたい
- 解決策:消費者に体験やストーリーを共有した上で、それらを強化するために、商標や意匠を活用してブランディングを成功させる
1 消費者に受け入れられるブランディングを目指して
消費者はブランドだけを単純に求めず、自分に必要な具体的な情報に基づいて購買の意思決定をしています。飲食料品、化粧品、サプリメント、農産物など、健康・生命・美容といった自らの重大な関心事に直結するものについては、「賢い消費者」としての消費行動が定着しつつあり、実店舗は、「商品販売の場」から、企業と消費者が体験やストーリーを共有できる「絆づくりの場」に変わりつつあります。今回は、知的財産を活用したブランディングの事例を紹介します。
2 意匠を活用したデザインによるブランディング
まずご紹介するのは、意匠を効果的に活用して、ブランディングを行う方法です。
「カートリッジ」に入ったリキッドを電気加熱により蒸気にして、これを、専用の「たばこカプセル」に通過させることで発生するたばこベイパーを吸引するプルームテック(Ploom TECH)は、紙巻たばこに比べて有害性物質が少なく、かつ、燃焼を伴わず安全性が高いことから、人気を得ている加熱式たばこの一種です。
プルームテックは、バッテリーから供給される電力でカートリッジ内に備わる小型ヒーターが発熱する仕組みであることから、安全装置が内蔵されています。ところが、カートリッジ側の回路はヒーターのみであるため、安全装置のない互換品でも動作してしまうという問題があります。安全装置に関する特許を持っていたとしても、互換品がこれを備えなければ特許権侵害にはならないため、特許権では互換品を排除することはできません。また、接合部分の構造そのものを特許化することも容易ではありません。
そこで、日本たばこ産業(JT)は、バッテリーとカートリッジの接合部分の形状を意匠登録して、そのような形状を有する互換品を効果的に排除しています。接合部分のデザインを知財として確保することで、「安全性」という付加価値を伴ったブランディングを行っているのです。
3 商標を活用したブランドの維持
体験やストーリーの共有などを通してブランディングに成功したとしても、その付加価値の維持には独占化の努力が不可欠です。特に新規の商品・サービスを開発してネーミングを検討する際は、その商品・サービスの特徴を暗示するような商標を採択することがあります。
もっとも、このようなネーミングは、一般的に識別力が弱いことが多く、商標管理を適切に行わなければ普通名称化して、やがて十分に権利行使できなくなることがあります。「エスカレーター」「ホッチキス」「巨峰」「うどんすき」「正露丸」「ポケベル」「サニーレタス」「ういろう」「西京味噌」「デジカメ」「ホームシアター」などは、かつては登録商標として権利性を認められていましたが、現在では普通名称化などの理由により、独占排他的な商標ではなくなったと考えられています。
従って、自社の「ブランド」を維持するためには、「取得した商標権と同じ商標を正しく使用する」「同一又は類似の商標を第三者が使用している場合は、速やかに権利を行使してこれを排除する」といった、不断のメンテナンスが必要といえるでしょう。
自社の登録商標と一般的な名称を明確に区別している味の素は、その好例といえます。
4 消費者への体験やストーリーの共有を中国企業に学ぶ
1)SNSの商品紹介でも体験やストーリーが重要に
こちらは、中国の女優・モデルとして著名なインフルエンサーである「Angelababy」さんの小紅書アカウントです。「ファン」は約235万人、動画内では最新の化粧品などを使用しつつ、おススメを紹介したりしていますが、ある動画に投稿された「いいね」の数は8795でした。
これに対して、こちらは一般人の「Rika0_0」さんのアカウントですが、「ファン」は約182万人で「Angelababy」さんを下回っているものの、彼女が投稿する化粧品の動画では、実際に使用方法を具体的に説明しながら、成分情報なども詳しく紹介していて、約4万8000もの「いいね」を得ています。
これらのことは、動画の視聴者が表面上の美しさや有名インフルエンサーのおススメといったうたい文句よりも、「具体的な商品情報」や「商品に対する信頼感」を求めていることを示します。つまり、SNS上でも体験やストーリーの共有が求められているということができます。
2)食の安心・安全で消費者との絆をつくった巨大飲料企業「農夫山泉」
「農夫山泉(Nongfu Spring)」という中国の大手ボトルウオーターメーカーをご存じでしょうか。前身企業を設立したのは1996年で、2020年9月に香港に上場すると、寄り付き価格が39.8香港ドル(約560円)と、発行価格から85.12%上昇する人気銘柄となり、時価総額は4452.92億香港ドル(約6兆2000億円)に達しました。
その結果、創業者の鐘●●(●は「目偏に炎」、Zhong Shanshan)氏は資産額が5000億香港ドル(約7兆円)となって、テンセントのポニー・マー氏、アリババのジャック・マー氏を上回り、長者番付で中国1位となった企業です。2020年8月末の公募段階でも購入希望者は70万人以上、倍率は1148.3倍、調達額は6709.5億香港ドル(約9兆4000億円)で、香港市場史上最高額となっています。
中国飲料水市場のシェアは20%、年間売上は240億元(約3730億円)で、その3分の2がボトルウオーターです。1997年に浙江省千島湖を水源とする「農夫山泉」ボトルウオーター第1号商品を発売後、2003年にはジュース、2004年には機能性ドリンク、2011年には茶飲料へと進出しました。その過程で、果実そのものを商品展開するに当たり、消費者との間で、体験やストーリーを共有できる「絆づくり」の観点からのブランディングに成功しているといえます。
特に、「17.5°シリーズ」と呼ばれる果実を商品展開するに当たって、商品を「追跡可能」な農産物とすることで、食の安心・安全を確保できることをアピール。さらに、「甘さの基準」を数値化することによって、「確実に甘い」果物のブランドイメージを獲得しています。そのブランド展開においては、「生産者の顔」「商品へのこだわり」「商品ができるまでのストーリー」といった、いわば商品の付加価値を消費者に追体験してもらうことで、顧客を「ファン」として確実に増やしていったといえます。
この結果、「17.5°シリーズ」の果実は、通常のオレンジやリンゴと比較して2倍以上の価格で取引されており、ブランディング戦略によって価格決定力を手にすることに成功しています。
これに対して、以下の写真は日本のあるデパートの青果売り場の様子です。せっかく高品質の果物であっても、具体的な「情報」や「ストーリー」の発信がなく、単に売り場に陳列しているだけとなっています。
このような手法では、消費者が「共感」できる「情報」や「ストーリー」を伝えることができず、結果として、消費者からのロイヤルティーは得られにくいと考えられます。陳列「するだけ」では、そのこだわりや生育状況などを消費者にアピールすることはできません。ブランディングという観点からは、まだまだ工夫の余地がありそうです。
以上(2022年6月)
(執筆 明倫国際法律事務所 弁護士 田中雅敏)
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