書いてあること
- 主な読者:対象会社(売り手)の法務上のリスクを把握したい買い手の経営者
- 課題:対象会社の法務上のリスクを把握したいが、どのようにすればよいのか分からない
- 解決策:法務デューディリジェンスで対象会社の法務上のリスクを把握する
1 なぜ、法務デューディリジェンスが必要なのか
法務デューディリジェンス(以下「法務DD」)の目的は、
M&Aに内在するリスクを把握することで、適切なM&Aのスキームを選択し、M&A実行後に経営に及ぼす影響を知る
ことです。財務DDに比べて優先度が低くなりがちですが、法務DDをせずにM&Aを行ったところ、
- 事業を適正に行うには許認可を取得する必要があった
- 問題が顕在化していないものの、事業の一部に法律違反があった
- 未払残業代があった
などの問題が発見されることは珍しくありません。そうなると、不備を是正するために想定外の費用がかかりますし、一部の事業撤退も検討せざるを得なくなります。
そうならないように、法務DDの重要性を認識し、専門家と協議しながらM&Aを進めていくことを検討してみてください。この記事では、法務DDで何が行われるのか、そのポイントを紹介します。
2 法務DDを実施したほうがよいケース
1)株式譲渡や合併など包括的に会社や事業を譲り受ける場合
M&Aでは、「あの会社と一緒になれば、自社にないノウハウや顧客網が手に入る」など、対象会社の魅力が注目されがちです。こういった魅力があるからこそM&Aを行うことにはなりますが、M&Aの実行後に自社にとってどのような負担、デメリットが生じるのかもきちんと検討しなければなりません。
特に株式譲渡や合併などのように、会社全体の負債、義務を包括的に引き受けるM&Aのスキームの場合、「M&A実行後のデメリット」を正確に把握するための法務DDが重要です。
2)参入障壁が低い事業、自社に十分な知見がない新規事業についてM&Aを行う場合
許認可や登録が必要な事業の場合、そうした条件を満たすために会社のコンプライアンス(法令遵守)体制が担保されていることも多く、大きな問題やリスクが内在していることは少ないように感じます。一方、許認可や登録が必要ないなど参入障壁が低い事業の場合、他社との競争に勝とうとするあまり、コンプライアンス体制が不十分であることも少なくありません。そうした会社とのM&Aは、いかにシナジーが大きいとしても、後々さまざまな問題が生じる恐れが高いといえるでしょう。
また、M&Aによって新規事業に取り組む際も注意しましょう。なぜなら、自社にはその事業に関する知見がないので、将来的に生じそうな問題や、それに対応することの大変さが分かりません。この辺りを明らかにするためにも、法務DDが重要です。
3)M&Aをこれまで行ったことがない場合
「費用をかけずにM&Aを進めるために、自社のリソースだけで対象会社の調査などをしたが、意外と問題なかった」という話を聞くことがあります。ただ、よくよく話を聞いてみると、「問題の種はあるが、それが顕在化していないだけ」ということがあります。
M&Aに慣れていない場合、今、問題が生じていないことをもって「問題のない会社」と評価してしまうことがありますが、これは危険です。M&Aを成功させるには、M&A実行後の経営に影響を及ぼす事実をきちんと把握することが不可欠であり、そのために法務DDが重要になるのです。
3 法務DDの進め方
法務DDでは、主に次の3つのことが実施されます。
- 資料の閲覧
- 対象会社の経営者・実務担当者へのインタビュー
- 上記1.と2.の情報の分析など
通常、法務DDの期間は1カ月程度です。この期間内に、対象会社から必要な資料を開示してもらい、それを精査し、経営者や実務担当者へインタビューが行うというのが一般的な法務DDの流れです。
4 法務DDで調査されること
一般的な法務DDの調査対象事項はあるものの、
対象会社の業種、社風、社歴やM&Aのクロージングまでのスケジュール、M&Aの予算などにより、実際に調査する事項は大きく変わる
というのが実情です。
法務DDの調査事項を決めた上で、対象会社にある法務上の潜在的なリスクを調査し、その結果に応じて次のように対応を検討します。
- 買収価格に反映する:潜在的な法務リスクの有無と、それが顕在化した場合の対応費用を想定し、買収価格に反映する
- スキームを変更する:潜在的な法的リスクを引き継ぐことがM&Aの実行において足かせになる場合などに、株式譲渡から事業譲渡、会社分割にスキームを変更する
- 買収契約書または買収後の統合作業のプランニングなどに反映する:取引先を円滑に引き継ぐために、現経営陣にM&A実行後も一定期間業務を遂行してもらうことなどを契約書に反映する
では、具体的に法務DDの主な調査対象事項・分析手法を確認していきましょう。
法務DDの実施に当たって、よく見られる問題点を以降で紹介します。
5 法務DDで注意すべきこと
1)株主の異動履歴
株主の異動履歴は、その会社の歴史を物語るものといっても過言ではありません。例えば、「株主が創業者の親族から第三者に変わった後に再び親族に変わった」「創業者の引退を機にその長男に変わった後、早々に株式譲渡を希望している」などの動きを見れば、会社の内情が分かってきます。
また、株券発行会社の場合、株式の交付がなければ、法律上、株式譲渡の効力が生じません。そのため、株券発行会社において複数にわたる株主の異動が、株券が発行されずに行われていたら法律上は大きな問題となり、是正しなければなりません。
2)M&Aの実行が取引先との契約関係に与える影響の把握
取引先との契約書を確認すると、M&Aを行う場合の事前通知が必要であったり、M&Aが契約の解除事由になっていたりすることがあります。このような条項を「チェンジオブコントロール条項」といいます。
チェンジオブコントロール条項によってM&Aの後に取引先との関係が悪化したり、契約を解除されたりしてしまうことがあります。その相手が重要な先なら、買収した目的を達成できなくなる恐れもあります。そうならないように、事前に取引先との契約を確認しましょう。
3)知的財産権の保護
近年、知的財産に対する権利意識が高まっており、M&Aにおいても重要なポイントです。対象会社のロゴや商品名、商品のデザインなどが悪意なく他者と似通っていることがあるので、他社の商標権、意匠権などを侵害していないかを調査しましょう。
逆に、対象会社が他社から模倣されていたり、商標登録などをしていない知的財産権を、第三者が登録申請してしまったりすることもあるので、対象会社の知的財産権に対する防衛状況も調査しましょう。
4)労働関係の法令遵守体制
雇用に関する問題は避け難いかもしれません。経営者がよかれと思った労働条件が、実は法律に違反していることもあります。また、従業員との間で合意をしていたとしても、未払残業代が発生していることもあります。法務DDでは、このような既に存在する問題や潜在的な問題を洗い出していきます。
以上(2022年8月)
(執筆 弁護士 松下翔)
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