こんにちは、弁護士の結城大輔と申します。シリーズ「スタートアップのための法務」の第5回は、海外ビジネスの法務において、これだけは押さえておきたい基本的事項を扱います。

現在、多くの日本企業が海外関係のビジネスに力を注いでいる一方で、海外ビジネスに関する法務の経験が乏しい企業は少なくないようです。私が韓国・米国の法律事務所で働いていた際、日本では誰もが知っている日本の著名企業が、海外でとても苦労している様子を何度も目にしてきました。

あるとき、私が当時働いていたニューヨークの法律事務所に、世界的に人気のある商品を開発、販売して有名になった日本の中小企業のオーナー社長が相談に来ました。知的財産の関係などで米国弁護士のサポートが必要になったのです。彼は私に言いました。「日本では特に弁護士が必要だと感じたこともなく、顧問弁護士もいません。しかし、さすがに米国となると弁護士が必要と思い、相談に来たのです」

私は、なるほどな、と思いました。日本国内でのビジネスであれば、必ずしも法務・弁護士の重要性を意識する必要がないと感じている企業はまだまだ多く、このあたりが、海外ビジネスに関する法務について十分精通していない日本企業にとってのポイントだと感じるようになりました。以降では、日本企業、特に海外との取引や法務について十分な経験のないスタートアップ企業にとって、海外ビジネスにおいて、これだけは押さえておくべきという法務の基本を概説します。


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1 海外ビジネスの法務リスク:紛争リスク

まず何よりも、スタートアップの経営者に理解してもらいたいのは紛争リスクです。海外ビジネスでは、紛争が一度発生すると桁違いの巨額なコストが発生する恐れがあります。

典型的な国は米国です。米国の民事訴訟では、「懲罰賠償」という日本にはない考え方があり、悪質性の高い被告には、被害の埋め合わせ(填補賠償)に加えて、懲罰としての賠償が認められることが少なくありません。しかも、米国訴訟では一般市民が「陪審」として責任の有無および賠償額の判断を行います。コーヒーが高温で大火傷を負ったという原告の訴えに対し、過去にも同種のクレームがあったにもかかわらず、これを軽視したなどの悪質性に着目し、被告のマクドナルドに対し、270万ドル(現在のレートで約3億円)の懲罰賠償を認める評決が出されたケース(最終的には裁判官が減額しましたが、それでも懲罰賠償として48万ドル(同約5400万円)が認められています)などは、巨額の損害賠償のリスクを表した著名な例です。

また、判決として巨額の賠償が命じられるリスクのみならず、そもそも国際訴訟となるとその手続自体にも莫大な費用がかかります。米国の場合、「ディスカバリ」と呼ばれる強烈な証拠開示手続が法定されていて、訴訟の両当事者は、訴訟に関連し得る証拠をお互いに開示し合う義務を負います。これに反して証拠を隠したり、廃棄したりすれば、厳しい制裁を受けることになります。

このディスカバリに対応するために、双方の弁護士は、大量の証拠(特に電子メールや電子データ)の分析に莫大な時間を使うので、日本とは桁が幾つも違う弁護士費用を要することになります。

制度は違っても、米国以外に証拠開示制度が存在する国は少なくありません。それに、国際訴訟を担当できる実力のある弁護士に依頼するには、高額な費用がかかります。海外の納品先・買い手から未払売買代金を回収しなければならないが、海外で訴訟を提起する手間とコスト、特に高額の弁護士費用を考えると、泣き寝入りせざるを得ないという日本企業を目の当たりにしてきました。

2 海外ビジネスの法務リスクを:コンプライアンスリスク

次に理解していただきたいのは、海外でのコンプライアンス違反は、日本とは比べものにならない過酷な制裁がもたらされる恐れがあるという点です。

有名な例が価格カルテルと贈賄行為です。例えば、日本の多数の自動車部品メーカーは、価格カルテルによる米国独占禁止法違反を理由に、米国で多額の罰金刑と実刑判決を受けており、米国の刑務所に服役した日本企業の幹部社員は既に数十名を超える状況です。

罰金刑については、日本の刑事罰のように罰金の上限を具体的金額で法定するのではなく、当該犯罪行為により得た利益や他者が被った損失の2倍までの罰金が科され得るため、大きな入札案件をめぐるカルテルや贈賄行為などの場合、罰金額が1000億円近くに上ることもあります。このような巨額の罰金を受けてしまうと、企業の存立すら危うくなりかねません。また、民事責任を追及する多数の損害賠償請求訴訟と、これらに伴う莫大な弁護士費用の負担も発生します。

他にも、韓国では、ビジネス上のトラブルで刑事事件に巻き込まれるリスクが日本よりはるかに高いということができます。やや誇張して言えば、“貸付金が約束通り返済されない場合、詐欺罪で告訴して刑事事件とし、刑事事件における示談交渉での回収を図る”というように、民事紛争において刑事告訴がなされることが少なくありませんし、実際に受理され、刑事事件となる比率が日本よりははるかに高いといわれています。また、ハッキングの被害に遭い、個人情報の流出事故があった場合に、“被害者”のつもりで警察に相談していたところ、情報管理体制が不十分であるとして、逆に“被疑者”の立場で刑事責任を追及される可能性もあります。

海外ビジネスを行う際には、日本と比べて、はるかに過酷な制裁を科されるリスクのある国や、より容易に刑事事件に発展するリスクのある国の存在を十分考慮しなければなりません。日本と同じ感覚で海外ビジネスを行い、刑事責任のリスクを冒してしまうことは、何の装備も持たずに冬山に登るような、無謀極まりない行為なのです。

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3 海外ビジネスの法務における対応ポイント

以上のような海外ビジネスにおける紛争リスクとコンプライアンスリスクを踏まえ、海外ビジネスの法務では以下のポイントに注意しましょう。

1)契約書を徹底的に作り込む

紛争リスクを低減するためには、丁寧な契約書の作成が必要不可欠です。日本国内のビジネスの場合、いざもめてしまったときに相互に誠実に協議するという、いわゆる「誠実協議条項」に基づいて解決を目指し、それが駄目なら、そのときは訴訟により解決すればよいという考え方が強いせいか、あまり細かい内容を契約書に書かない傾向があります。

しかし、海外との取引にこのようなスタンスで臨んでしまうと、いざ紛争となった場合のコストやリスク(懲罰賠償を含め)が途方もなく大きく、全くペイしないことになってしまいます。契約書を作成する際は、単に自分の側に有利な内容を盛り込むという発想だけでなく、想定される紛争を見込んであらかじめ細かく規定しておくことで紛争が発生しにくくなる、という発想も併せ持つことが重要です。

2)適切な専門家を活用する

契約書作成と同時に重要なのが、適切な専門家の活用です。海外ビジネスという大海原に漕ぎ出す以上、法務であれば弁護士というように、専門家の力をうまく活用することが必要不可欠です。特に法律は、国や州によって、あるいは自治体ごとの条例によっても、変わってきます。裁判例によって成文のない判例法が法規範となる国も少なくありません。インターネットで収集できる一般的情報のみに基づいて行動してしまうと、判断を大きく誤るリスクがあります。

さらに、専門家といっても、具体的に誰を起用するかによって状況は大きく変わります。弁護士なら誰でも一緒というわけではありません。取り扱い分野が細かく専門分化している国で、専門外の分野の弁護士を頼んでしまい、悲惨な展開となる事例は数え切れませんし、そもそも専門家によってサービスのクオリティーが大きく異なることも珍しくありません。特に、海外の法制度等に明るくなく、かつ、海外法務に精通した法務部が備わっていない日本のスタートアップにとっては、比較的低コストで丁寧な説明とコミュニケーションを尽くしてくれる弁護士との連携が重要でしょう。

3)取引相手をよく選ぶ

意外に盲点となるのが、そもそも取引先として選ぶ相手を間違えるな、という点です。海外取引に関するご相談で、「◯国の□社と取引をするので、契約書をしっかり準備してほしい」という依頼を受け、そもそも□社を取引相手に選んだ理由を確認すると、“直接ウェブサイトを見たと連絡してきてくれたから”とか、“トレードショーに出品した際に声をかけられたが、社長も良い人のようだから”といったように、相手選びの検討があまりなされていないケースをまま目にします。

きっかけはトレードショーでもよいのですが、実際に継続的な契約関係に入る場合、あるいは、合弁会社の設立や、事業・会社の買収のような戦略的な事業パートナー関係に入る場合には、相手のことを十分に調査する必要があります。調査会社を利用する、弁護士等の専門家に公開情報に基づく調査を依頼する、当該相手先からNDA(秘密保持契約)に基づいてある程度情報提供を受ける、徹底した法務デュー・デリジェンスを行うなど、対応の程度は色々ありますが、ぜひ必要な調査・検討を行うべきです。そもそも相手がその契約を無視するような企業であったり、信用力に不安があったり、あるいは、公務員への接待など贈賄の恐れがあったりする場合、どれほど丁寧に契約書を作成してもリスクはカバーできません。

4)コミュニケーションと信頼関係

最後にコミュニケーションと信頼関係の重要性を挙げておきます。私が見てきた事案でも、例えば契約は締結したが後は海外の契約先に任せきりで、日本企業が現地とのやりとりも情報把握もほとんどしていないような場合、だいたい何らかのトラブルが発生しています。距離が遠く、カルチャーも違う以上、その壁を越えるだけの密な関係構築を心掛ける必要があります。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2018年10月5日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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