資本政策とは、IPOを目指す企業が、上場後の自社のあるべき株主構成を見据え、自社の株式を「いつ」「誰に」「どのような手段で」「どの程度保有してもらい」「どの程度の資金を調達するか」というストーリーをつくり、実行することです。
一般的に、株式価値は、企業の成長に伴って高くなるため、株式比率に変動があったときに与える経済的な影響は、時間の経過とともに変わります。また、自社の株式が市場に流通し、多額の価値を持つようになること、株主が不特定多数になって規制も厳格になることから、株主構成を大きく見直すことは難しくなります。従って、上場後、安定的な企業運営を行うためにも、資本政策は未上場のうちから検討することが不可欠です。
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- 第1弾 IPOのメリットとデメリット
- 第2弾 IPOするまでのスケジュールと支援機関の役割
- 第3弾 IPO時に求められる事業計画
- 第4弾 IPO前に検討すべき資本政策
- 第5弾 IPO時に必要な企業統治体制や内部管理体制
1 資本政策で考慮すべき主な事項
1)資金調達
資金需要が旺盛な企業は、資金調達が大きな経営課題となります。十分な返済能力がある会社であれば、金融機関からの借入で対応できますが、そうでない場合はエクイティファイナンス(新株式の発行を伴う資金調達)を行う必要があります。
エクイティファイナンスは返済の必要がなく、財務体質を強化できるというメリットがあります。ただし、創業経営者や企業オーナー(以下「創業者」)の持株比率と資金調達額はトレードオフの関係にあるので、会社のステージに応じていくら資金が必要になるのか、どのような株主に出資してもらうのかを慎重に決めることが重要です。
2)安定株主対策
創業者の持株比率が低いと経営が不安定になって、敵対的TOBの脅威にさらされたり、健全な株価が形成されにくくなったりする恐れがあります。
一方、創業者の持株比率が極端に高いと、市場に流通する株式数が少なく、株価の乱高下を招くことがあります。また、上場後も創業者の持株比率が過半数以上だと留保金課税がかかるという問題もあります。そのため、資本政策では、各株主の持株比率を慎重に決める必要があります。
株主の権利や株主総会における決議事項は持株比率(議決権割合)によって異なるので、安定的な企業運営を図るため、後述する「株主の類型」と併せて検討することが大切です。
3)創業者のキャピタルゲイン
創業者にとって、保有株式の売却によって得られるキャピタルゲインは、資本政策の重要な目的の1つであり、IPOを行うインセンティブでもあります。
上場前は、保有株式の価値の評価は比較的自由度が高いので、役員や従業員のモチベーション維持や、取引先との関係維持のために低額で譲渡することがあります。
一方、上場後の創業者による株式売却は、インサイダー取引規制の対象となるため自由度が低いことに加え、一般株主の心証が良くないため、なかなか売却できないので注意を要します。そもそも創業者は、キャピタルゲインだけを目的にIPOを目指すべきではなく、上場後も引き続き企業価値を高めていくことが責務であることを認識する必要があるでしょう。
4)役職員のインセンティブ・プラン
会社の創業期や急成長期を支えてくれる役員や従業員、さらには専門家などの外部協力者に対して、インセンティブの一環としてストックオプションを付与したり、株式を保有してもらったりするケースがあります。
5)事業承継対策
企業経営に邁進してきた創業者にとっては、相続財産のほとんどが自身の創業した会社の株式になってしまうことが一般的です。非上場株式は流動性が低いため、IPOによって換金可能な資産として納税資金を確保するとともに、経営体制を健全化して、事業を次世代の経営者に承継していくことが可能となります。
6)上場審査基準への適合
証券取引所では流通株式数をはじめとして、上場を維持するために必要な形式要件を次のように定めています。
資本政策を検討する際は、初期の段階から、IPO時の流通株式数、公募または売出しなどの実施、流通株式比率などについて見直す必要があります。証券会社や公認会計士などの専門家と相談しながら、事業計画を基に、IPO時点で想定される自社の時価総額を算出した上で逆算することになるので、事業計画を見直すたびに、資本政策も再検討することになります。
2 誰が株主になるのか。株主の類型を考える
1)創業者グループ
創業者本人の他、創業者の相続対策として設立される資産管理会社、財団法人など、最も安定した株主となるグループです。ただし、上場後に事業承継した経営者と経営方針などで対立することもあります。
2)共同経営者、創業メンバー
創業時または創業間もない時期に、株主になるグループです。創業初期は、企業をけん引するメンバーとして頼りになる上、最初は低い報酬でコミットして働くため、創業者も多くの比率を割り当てることがあります。しかし、上場前や上場直後に辞めてしまうことが多いので、必ずしも安定的な株主とはいえません。
3)投資家
ベンチャーキャピタル(VC)などは金融投資家であり、キャピタルゲインを得ることを目的としている株主です。経営に参画するハンズオン型VCや、出資のみ行うVCなど、さまざまな投資スタイルがあります。強力なサポートをしてくれるケースも多いですが、IPOに向けて過度に圧力をかけてきたり、IPOスケジュールを延期すると、意図せざる株主への売却を打診してきたりすることもあります。さらに、上場後は必ず株式を売却するため、安定的な株主とはいえません。
4)事業提携先
関係性の高い取引先が株主となるケースです。株主比率も、数%程度から50%超となるケースまでさまざまです。株主として事業の発展に寄与してくれるか、どの程度ビジネスにコミットしてくれるか、他の株主との関係で問題はないかなど、双方慎重な検討が必要です。
5)役員持株会・従業員持株会
役職員向けのストックオプション以外のインセンティブ・プラン、または資産形成のために設立するケースがあります。安定的な株主ではあるものの、高い持株比率となることはありません。
6)自社(自己株式)
会社法上の財源規制はあるものの、IPO前に売却を打診してくる株主の受け皿の1つとして自社株買いがあります。自己株式になると、議決権が停止されるため、全体の資本構成に影響を与えることに留意が必要です。
3 資本政策の主な手法
1)資金調達を伴う手法
ベンチャー企業には、次のようなIPO前の資金調達フェーズがあります。
各ラウンドによって、バリュエーション(株式価値)も調達資金額も異なるため、投資家と資金調達交渉をしているうちに、資金調達が重要なのか、創業者持株割合を確保することが重要なのか分からなくなってしまうことがあります。そのため、資金調達活動を始める前に、最低調達目標額と、そのために削ってもよい創業者の持株割合を決めておくことが肝要です。
1.第三者割当増資
第三者割当増資とは、役員、従業員、金融機関および取引先などの特定の第三者に対して新株を発行して株式を割り当てる方法です。IPO準備の過程で第三者割当増資を行う際には、タイミングとバリュエーションが重要です。特にシードラウンドやシリーズAラウンドにおいて、低いバリュエーションで多額の資金調達を行うと、創業者の持株比率が大幅に低下してしまいます。
逆に、高いバリュエーションで資金調達を行い、創業者の持株比率を高いまま維持すると、その後のビジネスが事業計画通りに進まず、投資家の持分の減損処理を招いて信頼関係を失ってしまうことがあります。
また、一度高い株価がつくと、ストックオプションの行使価格が高くなり、魅力的なストックオプションが設計できなくなったり、シリーズBラウンドでの資金調達が難しくなったりするなど、資本政策の足かせになることもあります。
第三者割当増資を行うときには、こうした点に注意しながら検討する必要があります。
2.新株予約権付転換社債
主にシードラウンドの資金調達手法として、新株予約権付転換社債が用いられる場合があります。新株予約権付転換社債とは、発行した企業の株式に一定の条件で転換できる権利が付いた社債です。
例えば、創業者が1000万円の資本金で設立した会社に対し、エンジェル投資家が1000万円投資したとします。このとき、資本金は2倍になりますが、創業者の持分は一気に50%になってしまいます。
一方で、エンジェル投資家の持分を10%に抑えるためにバリュエーションを1億円にした場合、次のラウンドは1億円以上のバリュエーションにしないと、エンジェル投資家は損をしてしまうため、会社の資金調達の自由度が奪われてしまうことになります。このとき、新株予約権付転換社債を利用し、転換条件を次回のラウンドでのバリュエーションベースで10%などと決めることで、双方が納得のいく資金調達ができます。
2)資金調達を伴わない手法
1.株式移動・自己株式の買取
IPO前に株式移動を行う場合は、次のようなケースが考えられます。
- 創業者が途中入社した役職員に対し低額で株式を譲渡
- 退社した役職員が保有している株式の買取
- 上場スケジュールが延期になったことなどによるVCの保有株式の買取
- 資本提携先との提携関係の解消
- 相続が発生して名義が散らばっている株式の買取
株式移動と第三者割当増資の違いは、すでに発行された株式を誰かが買い取るということです。株式売買代金は会社ではなく、株式の譲渡者に支払われますが、新株主の資金負担は第三者割当増資と変わりません。
株式移動の場合、バリュエーションが高いと、企業に資金が供給されないことを嫌って第三者の譲受者が現れにくく、結局は創業者が買い取るというケースは多くあります。また、元従業員からの買取や資本提携の解消においては、直近の増資時価を相手が知っていて交渉が難航することもあり、慎重に進めることが求められます。株式移動で解決できない場合は、企業が自己株式として買い取るという方法もよく行われます。
2.ストックオプション
ストックオプションは、あらかじめ定められた価格で、将来、自己株式を購入する権利を割り当てるものです。優秀な役職員や、協力してくれる弁護士や会計士、コンサルタントなど外部専門家へのインセンティブ・プランとしてストックオプションがあります。
ストックオプションはIPOを目指す企業の報酬制度の一環として設計されることが多く、上場時の発行済株式制度の10%未満が目安とされています。株式を直接保有するのと異なり、保有者が退社すると権利がなくなったり、上場後の行使条件をあらかじめ設計できたりするので、資本政策には利用しやすい手法といえるでしょう。
税制適格ストックオプションとして制度設計をする場合、行使価格は普通株式の時価以上とされているので、付与対象者にとっては、企業のバリュエーションが低いときのストックオプションのほうが魅力的なものとなります。
一方で、創業期に活躍した人が、会社の急拡大期にも活躍し続けられるとは限らないので、創業期のメンバーと上場直前のメンバーとでストックオプションの内容に大きな差があると、後から入ってきたメンバーのモチベーションダウンを招く可能性もあり、制度設計は慎重に行う必要があります。
4 資本政策で最も大切なこと
ここまでIPO前の資本政策について説明しましたが、創業者が資本政策で注意しなければならないのは、創業者の持株比率を維持することではありません。最も重要なことは、たとえ外部株主が増加しても、事業を成功させて株主に支持される経営を続けることです。資本政策を検討するときには、この点を忘れないようにする必要があります。
以上
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