こんにちは、弁護士の鈴木和生と申します。「民法改正と契約書の見直し」の第6回は、前回に引き続き、改正民法で新設された「定型約款」について扱います。前回は消費者向け取引(B to C)を対象に定型約款該当性を論じましたが、今回は、事業者間取引(B to B)において、定型約款規定が適用されるかなどについて説明します。

1 定型約款の要件

定型約款に該当するためには以下の3つの要件を充たす必要があるので、要件をおさらいしておきましょう。なお、各要件の詳細については、第4回「定型約款の定義と契約上の影響」をご覧ください。

  • 不特定多数要件

    不特定多数の者を相手方として行う取引であること。

  • 画一性要件

    取引の内容の全部又は一部が画一的であることが、
    契約当事者双方にとって合理的であること。

  • 目的要件

    契約の内容とすることを目的として準備されたものであること。

上記の各要件を満たして定型約款に該当する場合、改正民法における定型約款の規定の適用を受けることになります。

2 事業者間取引の原則論

事業者間取引で用いられる約定は、原則として改正民法における定型約款に該当しないものと考えられています。その理由は以下の通りです。

  • 事業者間取引は、相手方の個性に着目して取引内容が決定され、大量の取引を迅速・円滑に行う必要性に乏しく、不特定多数要件を満たさないと考えられること。
  • 事業者間取引の契約内容は当事者間の交渉で定まり、取引内容が画一的であることが当事者双方にとって合理的とはいえず、画一性要件を満たさないと考えられること。
  • なお、契約に当事者の一方が準備したひな型が利用されるような場合でも、事業者間取引では、ひな型通りに契約を締結するかどうかは最終的には当事者間の交渉で定まり、取引内容が画一的であることが当事者双方にとって合理的とはいえません。

    仮に、事業者が全ての取引先との間でひな型通りに契約を締結しているような場合でも、それが当事者間の単なる交渉力の格差を理由としていた場合、相手方にとっては取引内容が画一的であることが合理的とはいえず、画一性要件を満たさないと考えられます。

  • 事業者間取引の多くは、上記の通り交渉が予定されていることや、交渉の前提として契約内容を十分に吟味・検討することが想定されている。このような場合、「契約の内容を補充する」目的があるとも評価できず、通常、目的要件を満たさないと考えられること。

このように、事業者間取引で用いられる約定は、たとえ形式的に「約款」という名称が付されている場合でも、改正民法における定型約款には該当しないことが多いといえます。

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3 定型約款に該当するもの

他方、事業者間取引における約定も、取引相手が消費者である場合と事業者である場合とで取引の実態に変わるところがない場合には、定型約款に該当する場合があります。例えば、金融機関の預貯金規定、インターネットバンキングサービス規約、ソフトウェア提供企業との間で用いられるソフトウェアライセンス規約、運送約款、企業向けの保険約款などが挙げられます。

これらの約定に際しては、事業者も消費者と同様に契約内容に関して交渉を行わないことが社会通念上合理的と考えられるため、定型約款の該当性が肯定されます。
なお、企業向け保険においては、保険契約者との間で個別の協定書等を締結する場合がありますが、このような場合は、協定書の内容について当事者間で交渉が予定されるため、画一性要件を満たさず、定型約款には該当しないものと考えられます。

4 定型約款該当性が問題となるもの

1)フランチャイズ契約

事業者間取引における約定が定型約款に該当しないものの例として、フランチャイズ契約が挙げられます。

フランチャイズ契約においては、フランチャイザーがフランチャイジーに商標使用や店舗運営ノウハウなどを1つのパッケージとして提供し、フランチャイジーはフランチャイザーが用意した契約書をそのまま受け入れることが多く、事実上、定型的な契約書で運用されることが多いといえます。

しかし、このような運用は、フランチャイズ契約におけるフランチャイザーとフランチャイジーの交渉力の格差によるもので、契約内容が画一的であることが、少なくともフランチャイジーにとって合理的であるとは評価できず、「取引内容を画一的にすることが当事者双方にとって合理的である」との画一性要件を満たしません。従って、フランチャイズ契約における約定は、定型約款に該当しないものと考えられます。

2)銀行取引約定書・金銭消費貸借契約書

銀行取引約定書は、さまざまな銀行取引に包括的に適用される基本契約で、原則としてどの顧客においても同一内容で締結されることから、これが定型約款に該当すると考える見解も存在します。

しかし、銀行取引約定書は、顧客の財務状況や属性等について総合的な審査を経て締結される相手方の個性に着目した取引で、不特定多数要件を充たすか疑問があります。また、銀行取引約定書は、その締結過程で修正の交渉があり得るので、実際に銀行が修正に応じることもあり、画一性要件を充たすかにも疑問があります。さらに、顧客は各条項を十分に確認した上で記名押印を行うことが通常で、目的要件も欠くと考えられることなどからすれば、銀行取引約定書は定型約款には該当しないと考えられます。

同じく、銀行が事業性の融資の際に用いる金銭消費貸借契約書についても、銀行ごとにひな型が存在し、実態としては書式に画一性が見られます。しかし、金銭消費貸借契約書についても、相手方の財務状況や属性等の個性に着目して取引がなされること、契約条項修正の交渉の余地があること、顧客は各契約を十分確認することが通常であることなど、銀行取引約定書と同様、これも定型約款には該当しないものと考えられます。

3)労働契約

事業者間取引そのものではありませんが、事業者と従業員が締結する労働契約についても、通常、事業者側が準備した契約書のひな型を利用して締結されることが多いと考えられます。

しかし、労働契約を締結するかどうかは、一般に、相手方の能力や人格などの個性に着目して判断され、不特定多数要件を満たさないと考えられるため、労働契約のひな型についても、定型約款には該当しないと考えられています。

5 定型約款規定の適用を受ける場合の留意点

定型約款規定の適用を受ける場合、主に以下の点について留意が必要です。

  • 定型約款に、相手方の権利を制限し、または相手方の義務を加重する内容の条項が規定されていた場合、その内容が信義則に反して相手方の利益を一方的に害する場合、当該条項が契約の内容から除外されることになります。
  • 相手方から、定型約款の内容について開示を求められた場合、開示が必要となります。
  • ある条項の変更が相手方の利益になるなど一定の場合には、相手方と個別の合意等をすることなく、定型約款の変更ができます。

次回は、売買契約(瑕疵担保責任から契約不適合責任へ)について解説いたします。


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以上

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