典型契約とは、民法その他の法律に規定されている契約のことです。民法では13種類の典型契約が規定されており、「有名契約」とも呼ばれます。これらの中には、売買契約や賃貸借契約といったなじみの深い契約から、寄託契約や終身定期金契約といったあまり聞いたことがない契約まで、さまざまなものがあります。
2020年4月1日に改正された民法(債権法)で、典型契約も一部改正され、ビジネスや生活への影響があります。そこで、今回の民法改正で典型契約がどのように変更されたのか、実務においてどのような影響があるのかについて解説していきます。
1 民法改正の背景
まず、民法が改正された背景を簡単にご紹介します。日本の民法典のうち財産法については、1896年(明治29年)に制定されて以降、120年以上の間、全般的な見直しがなされずにいました。その間、さまざまな裁判例によって形成された多くのルールが生まれました。中には、民法の条文をそのまま解釈するには無理があるものも出てきたため、民法が分かりにくい法律になってしまいました。
このような状況を踏まえて、これまでに蓄積された裁判例や社会通念に照らし、国民一般に分かりやすいものにするという基本理念のもと、2020年4月1日より民法は改正されました。典型契約の規定も例外ではなく、大きく内容が変わった部分も多数存在します。
では、典型契約の内容と今回の民法改正のポイントを確認していきましょう。
2 13種類の典型契約。それぞれの内容と民法改正のポイント
1)贈与
贈与とは契約当事者の一方が無償で財産を相手方に与える契約です。今回の民法改正において、実質的な変更はなく、実務への影響はほとんどないといえるでしょう。少し細かい内容になりますが、改正のポイントは次の通りです。
- 書面によらない贈与は「撤回」できると規定されていましたが、文言の統一が図られ、「解除」できるという規定に変わりました。
- 贈与契約は無償で財産を与えるものですので、目的物の瑕疵(かし)に対して責任を負わないことが原則でした。民法改正後も、大きな枠組みに変わりはありませんが、贈与する目的物をきちんと引渡しましょうという「引渡義務」が規定されました。
2)売買
契約当事者の一方が有償で財産権を相手方に移転する契約です。今回の民法改正において、さまざまな変更点がありました。実務に影響するような内容も多々含まれていますので、一度整理しておくことをお勧めします。改正のポイントは次の通りです。
- 瑕疵担保責任がなくなり、代わりに「債務の履行が契約内容に適合しているか」という契約不適合責任が新設されました。これは債務不履行責任の一種で、かかる契約不適合責任に基づいて1.損害賠償請求、2.契約解除、3.追完請求(目的物の修補、代替物の引渡し、不足分の引渡し)、4.代金減額請求ができます(なお、1.についてのみ帰責性が必要です)。
契約不適合責任が認められるためには、契約内容に関する当事者の合意の存在が重視されると考えられています。そこで、契約書の冒頭において契約締結に至った背景を記載することや、「契約の目的」という条項を設けて当該契約がどのような経緯で締結されたのかを明確にしておきましょう。
- 旧法では、買戻しの金額は「買主が支払った金額及び契約の費用」とされており、買戻設定金額に柔軟性がなく使い勝手の悪い規定でした。民法改正においては、買戻金額を必ずしも「買主が支払った金額」にする必要はなく、「当事者間で別段の合意をした場合にはその合意により定めた金額」での買戻しができるようになりました。そのため、今後は買戻特約がさまざまな場面で利用される可能性があるでしょう。
売買契約については次の記事も参考になります。
3)交換
契約当事者がお互いに金銭以外の財産権を移転する契約で、いわゆる「物々交換」が該当します。交換契約についての改正はなく、実務上、当該契約の当事者となることもほぼないといえるでしょう。
4)消費貸借
契約当事者の一方が相手方から何かを借り、それを消費した上で、別の同等のもので返す契約です。お金の貸し借りが典型的な例になります。今回の民法改正において、幾つか変更点がありました。実務上の影響はそれほど大きくはありませんが、内容を理解しておく必要があるでしょう。改正のポイントは次の通りです。
- 消費貸借契約は、旧法では、「金銭その他の物を受け取ることによって」効力が生じる要物契約でした。しかし、実務においては当事者間の合意のみで消費貸借契約(諾成的消費貸借契約)を締結することが多く、裁判例もこれを認めていました。ちなみに、申し込みと承諾という合意のみで成立する契約類型を「諾成契約」といいます。
そこで、民法改正においては、諾成的消費貸借契約を認めるに至りました。なお、軽率な消費貸借契約の締結を防ぐためにかかる諾成的消費貸借契約の成立のためには、書面で締結する必要があると規定されています。
消費貸借契約については次の記事も参考になります。
5)使用貸借
契約当事者の一方が相手方から無償で何かを借り、それを使用した後に相手方に返す契約です。友人同士の自動車や洋服の貸し借りなどが該当します。今回の民法改正において、使用貸借契約についても、消費貸借契約と同様、当事者間の合意のみで契約が成立する諾成契約に変更となりました。その他、幾つか押さえておくべき変更点があります。改正ポイントは次の通りです。
- 借主は、使用貸借が終了した時に原状回復義務を負い、その内容として通常損耗や経年変化についても全て回復する必要があります。個別具体的な事情のもとで、貸主負担で通常損耗や経年変化について原状回復する場合は使用貸借契約書においてその旨明記することが必要になります。
6)賃貸借
契約当事者の一方が相手方に賃料を支払って何かを借りる契約です。賃貸マンションやレンタカーなどが該当します。今回の民法改正において、賃貸借契約についてはさまざまな変更点がありました。実務に影響するような内容も多々含まれていますので、一度整理したほうがよいでしょう。改正のポイントは次の通りです。
- 賃貸借の存続期間の上限が20年から50年に改正されました。
- 裁判例等の解釈で運用されていた敷金に関する基本事項が明文化されました。具体的には次の通りです。
- 敷金の発生時期:賃貸借が終了し賃貸物が明け渡された時。
- 資金返還債務の承継の有無:賃借権が譲渡された場合に敷金交付者の権利義務関係は特段の事情がない限り新賃借人に承継されない。
- 敷金の充当:敷金返還債務は、賃借物の明渡完了時までに生じた一切の被担保債権を控除してなお残額があることを条件として、その残額について発生する。
- 賃借人の原状回復義務に通常損耗と経年劣化が含まれないことが明文化されました。
- 賃借権が対抗要件を備えている場合、不動産の賃借人は、不動産の占有を妨害している第三者に対して、賃借権に基づく妨害排除請求ができることが明文化されました。
- 賃借権が対抗要件を備えている場合、不動産を賃貸していた者が当該不動産を第三者に譲渡した場合、賃貸人たる地位も譲受人(買主)に当然に移転することになりました。かかる地位の移転に伴い費用償還債務と敷金返還債務も移転することになります。
賃貸借契約については次の記事も参考になります。
7)雇用
契約当事者の一方が働き、相手方がその労働に対して報酬を支払う契約です。報酬を支払うほうが雇用主となり、指揮命令権を持ちます。今回の民法改正においては、幾つか押さえておきたいポイントがあります。改正のポイントは次の通りです。
- 雇用契約が中途で終了したときは、既に行った履行割合に応じた給与請求ができることが明文化されました。
- 労働者からの雇用契約の解除の予告期間が3カ月から2週間に短縮されました。
8)請負
契約当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を支払う契約です。今回の民法改正においては、次のポイントを押さえておけばよいでしょう。
- 注文者に帰責性がなく仕事を完成できない事由によって仕事が完成できなくなった場合、仕事完成前に解除されたといった事情がある場合に仕事を完成しなくても報酬が請求できるようになりました。
- 請負人の瑕疵担保責任はなくなり、売買契約の規定が準用され、契約不適合責任を負うことになりました。担保責任の内容は、修補等の履行の追完、損害賠償請求、契約の解除、代金減額請求です。なお、責任追及をしていくためには、契約不適合を知ってから1年以内にその旨を請負人に通知することが必要です。
請負契約については次の記事も参考になります。
9)委任
契約当事者の一方が相手方に法律行為をすることを委託し、相手方がこれを承諾する契約です。弁護士への依頼などが該当します。今回の民法改正において、幾つか変更点がありますが、実務上の影響はそれほど大きくないため、参考程度に押さえておけばよいでしょう。改正ポイントは次の通りです。
- 請負契約の場合と同様、委任者に帰責性のない事由によって委任事務を履行できなくなった場合、委任が履行の中途で終了した場合に既にした履行の割合に応じた報酬が請求できるようになりました。契約書の記載については、進捗や成果物の提出状況に応じて報酬額と支払時期を設定するなどの交渉をしていくと良いでしょう。
委任契約については次の記事も参考になります。
10)寄託
契約当事者の一方が相手方のために物を保管する契約です。倉庫業などが該当します。今回の民法改正において、要物契約から諾成契約に変更されました。その他、特段重要な改正ポイントはないでしょう。
11)組合
複数の契約当事者が出資をして共同の事業を営む契約です。共同出資で組合をつくり、何らかの事業を行うケースが該当します。今回の民法改正において、組合の加入、代理、脱退に関する規定など、これまでの一般的理解を明文化する形の規定変更があった程度で、特段重要な改正ポイントはないでしょう。
12)終身定期金
契約当事者の一方が、自分、相手方または第三者が死亡するまで、定期的に金銭を相手方または第三者に与える契約です。今回、改正事項はありません。
13)和解
契約当事者がお互いに譲歩をして、その争いを解決する契約です。今回、改正事項はありません。
3 民法改正を踏まえた契約書に見直そう
私たちになじみが深い典型契約といえる売買契約、消費貸借契約、賃貸借契約などを中心に、さまざまな改正ポイントがありました。
例えば、2020年4月1日の民法改正前は売買契約書において当然のように規定されていた瑕疵担保責任は、「契約不適合責任」と改められました。契約書の記載内容についても、見直すことをお勧めします。また、契約不適合かどうかの判断のために必要ですので、これまであまり重要視されなかった「契約の目的」が、契約書において重要な意味を持つことになります。
また、金銭消費貸借契約書においては、民法改正前は貸付金を渡したことを前提とする要物契約として記載していました。これについても、貸し借りの合意だけで契約成立となるので、契約書の記載は変わってきます。
賃貸借契約書においては、契約終了時の原状回復義務について明確にその範囲を記載しておかないと、例えば、鍵の取り換えや電気焼けなどの修繕についての費用を賃貸人が全て負うことになってくるため、契約書の記載に留意する必要があります。
このように、今回の民法改正によって契約書の記載の見直しが必要になってくる典型契約があるため、これを機に契約書を見直し、必要に応じて弁護士などの専門家に相談し、新しい契約書のひな型を作成するなどしておくことをお勧めします。
以上
※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年11月11日時点のものであり、将来変更される可能性があります。
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