スタートアップ企業の輩出や既存企業のアジア進出の拠点として注目を集めているシンガポール共和国。面積は東京23区よりやや大きい720平方キロメートルほどにも関わらず、アジアトップのイノベーションハブとして君臨しています。私自身も、シンガポールには約10年前より注目しており、当時からイノベーションを起こしている仲間たちに会うために度々訪れています。当時からイノベーターのキープレーヤーは、アメリカや欧州からの留学帰りのシンガポール人エグゼクティブたちが中心となっていましたが、ここ数年は、海外からシンガポールに移住した起業家たちもスタートアップを起こすようになってきています。

今回は、羽田空港から約7時間30分、関西国際空港から約7時間、福岡空港から約6時間30分、それぞれ直行便で行き来することができる、交通の便の良さも魅力的なシンガポールが、なぜアジアトップのイノベーションハブとなったのか、その取り組みや強みについてお伝えします。シンガポールの強みを知ることで、日本の各地方都市でも活かせることがあると思います。

1 シンガポールの基本情報

  • 人口(2019年1月時点)
    約564万人(中国系74%、マレー系14%、インド系9%、その他)
  • 言語
    英語、中国語、マレー語、タミル語など
  • 通貨
    シンガポール・ドル
  • 1人当たりの名目GDP(2018年・IMF)
    64,579(単位:USドル)で世界8位(日本は26位)
  • 対日貿易(2018年・財務省統計)
    輸出入ともに、電子機器・電子部品が主要品目
    輸出1,075、輸入2,584(単位:十億円)
  • 直接投資(2018年・JETRO)
    シンガポール→日本:-296、日本→シンガポール:15,909(単位:百万ドル)
  • 日系企業数(2018年12月)
    825社

2 イノベーション推進のための取り組み

シンガポール政府は積極的にイノベーションを推進してきました。その中から、2つの取り組みをご紹介します。

1)新成長戦略

2017年2月より5年から10年先の経済ビジョンを示す「新成長戦略」を刷新し、年2~3%のGDP成長率達成に向け、業界ごとに特化した労働生産性向上の取り組みを策定し、国を挙げてイノベーションを振興してきました。

新成長戦略 目標達成のための7つの戦略

  • 23業種の産業変革マップ(ITM、2017年度末までに公表済)の策定と導入
  • 国際関係の深化と多角化
  • 労働者の継続的な技術習得とその活用の強化
  • 企業のイノベーション振興と事業拡大の促進
  • デジタル技術能力の強化
  • 都市の活性化とコネクティビティの強化
  • イノベーションのためのパートナーシップ構築の促進

この他にも、ハイテク技術分野の地元起業家の育成や海外起業家の誘致を目指し、起業家向けのインセンティブや、スタートアップ向けの安価なオフィススペースとして公営「JTCロンチパッド@ワンノース」や、スタートアップ支援機関ACE(後述)などを設置し、起業活動を盛り上げています。

2)スタートアップ支援機関ACE(Action Community for Entrepreneurship)

シンガポール政府機関管轄のスタートアップ支援機関で、ビジネスマッチングなどの支援やインキュベーション施設の運営なども行っています。日本との繋がりも深めており、福岡市やオープンイノベーションに取り組む日本企業約70社で組織するイノベーションテックコンソーシアムともMOUを締結しています。

2019年10月には、ACEとVISITS Technologies株式会社(東京都千代田区、代表取締役社長:松本勝氏)によるコラボレーションのもと、「シンガポール・ジャパンナイト」をVISITS社のオフィスにて開催し、シンガポールから来日したスタートアップ5社と日本の大企業のマッチングが行われました。私もお招き頂きましたが、両国にとって素晴らしい交流となっていました。

Edmas Neo氏との画像です

また、民間主導の取り組みとして、安価なコワーキングスペースの設置、起業初期段階を支援するアクセラレーターの運営、スタートアップ向けのイベントの開催など、起業活動を支えるエコシステムの整備が進んでいます。

これらの影響を受け、ハイテク分野のスタートアップ数は推定5,000社まで増加しており、年々増加傾向にあることから、今後も増えると予測されています。

また、日系を含め主要な外資ベンチャーファンド(VC)も拠点を設置しています。ベンチャーキャピタルの数も約70社あるシンガポールの投資事情について、エンタープライズ・シンガポール(シンガポール企業庁)、リージョナル・グループディレクター(日本・韓国)のSean Ong氏に伺いました。

Sean Ong氏との画像です

    「シンガポールへのベンチャー投資は、景気の減速の中で成長を続けています。エンタープライズ・シンガポールは、特にアーリーステージのディープテックスタートアップへの投資を積極的に検討しています。

    現在伸びている分野は大きく分けて、高度な製造業、都市ソリューションと持続可能性、ヘルスケアと生物医学の3つの分野です。これらへの投資は、2019年1月から9月までに76件の取引があり、333.8億シンガポール・ドルから416.4億シンガポール・ドルへ25%成長しました。

    同時期の総合取引件数は437件、総額は13.6兆シンガポール・ドルの投資になり、前年比で36%の成長を記録しました」

3 シンガポールとの協業

積極的に海外企業などを誘致し、日系を含め主要な外資ベンチャーファンド(VC)約70社が拠点を設置するようになり、アジア進出の拠点となったシンガポール。日系企業からの注目も熱く、JETRO(Japan External Trade Organization・日本貿易振興機構)の調査ではシンガポールのスタートアップと連携済の企業が31社、連携予定の企業が15社、連携への意欲・関心がある企業はなんと155社にのぼりました。シンガポールのスタートアップと連携することでASEAN全体をターゲットとしてビジネス展開することができるメリットは大きいといえます。

連携後のデジタル技術の活用状況にも変化が起きています。シンガポールでの現地ビジネスでデジタル技術を活用していると答えた企業は、2018年の55.4%から2019年の65.1%と約10ポイントもアップしており、特にクラウドやビッグデータ、RPAの活用が多く見られました。また、5~10年後に活用を検討している技術としては、IoT、人工知能(AI)、ビッグデータが挙げられています。中でも、人工知能(AI)の活用を検討している割合が最も高くなっています。

なお、人工知能(AI)の活用を検討していると回答した企業には、卸売・小売業や通信・ソフトウェア業、旅行・娯楽業、事業関連サービスなどがあり、これらの業種で活用が増加する見込みです(シンガポールに進出している企業以外も含む。全体の回答)。しかし、「社内でデジタル技術に詳しいエンジニア人材がいない」「社内でデジタル投資に関する理解が進んでいない」などの要因がデジタル分野への投資を阻害しているため、これらの課題解決が必要とされています。

JETRO・吉田氏との画像です

JETROも、シンガポール貿易産業省傘下の経済開発庁(EDB)とエンタープライズ・シンガポール(ESG)との間でMOUを締結し、両国スタートアップが双方の国に進出する際のパートナー探しやエコシステムへの紹介、イベントの開催などで協力していく方針を決めました。

他にも、世界各地のスタートアップ・エコシステム先進地域において、現地の有力アクセラレーターなどと提携し、日系企業の現地展開および、現地有力スタートアップの日本進出の支援などを行う「ジェトロ・グローバル・アクセラレーション・ハブ」をシンガポールに設置しています。日系企業向けに、現地ブリーフィングサービス、メンタリング(事業機会・資金調達など)、現地パートナー候補・VCなどの紹介、コワーキングスペースの利用などの支援を行っています。

また、今回の記事を書くにあたり、以下の資料をご提供頂きました。愛りがとうございました。

【出所】

●JETRO「シンガポール概況と日系企業の進出動向」
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/3ac7b183d0b49859/20190002.pdf

●JETRO「2019年度 アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」
https://www.jetro.go.jp/world/reports/2019/01/962bd5486c455256.html

4 シンガポールを拠点に活躍する起業家たちの生の声

2015年に創業したビンテージアジア経営者クラブ株式会社は、東南アジア地域での販路開拓と営業代行を手がけています。日本とシンガポールに拠点を持ち、日系企業の海外展開を支援しています。ご家族とともにシンガポールに移住し、日本からのシンガポール進出を自らサポートをされている代表取締役の安田哲氏に、シンガポール進出についてお聞きしました。

    「世界で最もビジネスのしやすい国であるシンガポール(IMD World Competitiveness Ranking 2019)は、技術的インフラが先進的でスキルの高い労働力の調達が容易、かつ治安も良く外資規制も緩いので、中小企業を始め、外需グローバル市場を開拓したい企業に適しています。

    低リスクで東南アジアに進出するためには、現地の商習慣を理解した上で適切なマーケティングを行うことと、共に商売を大きくできるRight Partnerと組むことが大切です。日本で売れているものをそのままシンガポールに持ってきて売れることはほぼありませんが、”ひと工夫”することで結果は大きく変わります。子供の教育や投資の観点でも魅力的な制度が整っている同国を訪れる移住希望者も多いです」

2)Doreming Asia Pte.Ltd.(Singapore)代表取締役 CEO 桑原広充氏

総務大臣賞など複数の受賞実績を残した後、2017年にシンガポール法人を設立し、ベトナムを始めとする東南アジア各国への展開のためのビジネス開発に従事されている日系フィンテック企業Doreming Asiaの桑原広充氏にシンガポールの魅力をお聞きしました。

    「東南アジア市場への展開を見据えた時に、シンガポールは金融立国(シンガポールに拠点を置く銀行約200行に加え、資産運用会社、保険会社などを含めると1200社以上)としてフィンテック市場におけるインフルエンサー的な存在であり、日本からのアクセスよりも優位性が高いことが法人設立の決め手となりました。

    シンガポールはレギュレーションに対してオープンですし、低率の税金(法人・個人共に)、抜群の治安の良さなど多くの魅力があります。実際にシンガポールで起業をしてみて、日本のほうがスタートアップに対しては手厚く、支援プログラムが豊富だと感じる場面もあります。ただ設立までのプロセスは簡単ですが、ビザの取得、運営コスト、生活の維持においてはスタートアップでは大変な部分もあります。

    ローカルのように暮らして生活コストを抑えることも可能ですが、食事や生活環境が合わないなど、日本人がローカルと全く同じような生活を送るのは厳しいかなと思うこともあります」

3)楽天アジア(シンガポール) 永井七奈氏

経営学修士号(MBA)取得のため、Nanyang Technological Universityの入学をきっかけとして、2年前からシンガポールに住む永井七奈氏は、卒業後入社した楽天アジアにてシンガポールを拠点に、マーケティング関連のソフトウェアプロダクトを海外へ展開させていくという新規プロジェクトの立ち上げを行っています。そんな彼女にMBAプログラムやシンガポールの特徴であるダイバーシティーについてお聞きしました。

    「Nanyang Technological UniversityのMBAプログラムは、主にアジアにフォーカスした内容である一方で、ユニークな以下の3点の特徴があります。

    1.欧州およびアメリカでの研修を通して、外から見たアジアの位置付けを現地で学ぶ機会があります。イギリスのロンドンで企業コンサルティングやスタートアップピッチへの参加をしたり、アメリカではUCバークレーおよびWhartonにてリーダーシップ・イノベーション・ファイナンスなどを学んだりしました。

    2.クラスの半分は政府からの派遣生(官僚や公務員)が占めており、ビジネスとパブリック両方の観点で学ぶプログラム構成となっています。ワシントンDCで世界銀行などの公的機関への訪問や、大手民間企業のPublic Affairs部門がどのように政府と連携を取るのかを学ぶことで、政策がビジネスに与える影響について考えさせられました。

    3.25名・10カ国のクラスメイトと切磋琢磨する日々を通して、Cultural Intelligence(文化の違いを超えて円滑にコミュニケーションを図る能力)が向上できました」

卒業後入社した楽天アジアのシンガポール拠点は、ダイバーシティー溢れた職場で25カ国以上の社員が在籍しており、MBAを通して養われた力が活かされています。

    「世界がどんどん繋がりやすくなっている今、限られた地域の固定概念だけで物事を進めていくことは決してサステナブルとはいえなくなっていると思います。

    独立してたった54年にも関わらず、多様性を積極的に受け入れることで世界的にも存在感のある国家となったシンガポールのオープンでスマートなマインドセットや戦略から、学ぶべきことが多いと感じます」

Wankewycz氏との画像です

4)H3 Dynamics ファウンダー兼CEO Taras Wankewycz氏

フランス出身のWankewycz氏は、中国を拠点に多くの国々でスタートアップをした経験後、現在はシンガポールに移住しています。産業ドローンの操作を自動化・簡素化するグローバルデジタルプラットフォームを提供するH3 Dynamicsは日本からの投資(SPARX未来創造基金、ICMG、ACAパートナーズおよびAOIホールディングスが株主)も受けており、母国フランスからも注目されています。アジアでご活躍のWankewycz氏にシンガポールの強みについてお聞きしました。

    「私はアジアでディープテクノロジーの起業家として16年間(中国で8年間、シンガポールで8年間)過ごし、ゼロカーボンエミッションエネルギー技術から、エドテック製品、航空宇宙とドローン、ロボット工学、AIデジタルサービスまで、あらゆることを行ってきました。

    中国で始めた時も、セキュリティ保護の観点から、シンガポール本社を設立し、銀行口座の開設や、監査人を設置しました。また、欧州、日本、アメリカの大企業がシンガポールに共同研究開発センターを設立したため、国際的な新興技術開発の地となっています。さらに、ミニチュアサイズの国であることが幸いし、新しいアイデアや技術をテストするのに最適であり、世界のショーケースとして機能しています。

    日本が抱える高齢化社会や自然災害による被害と復興などの課題は、私たちのフィールドロボットと自動レポートシステムの組み合わせにより解決に向かうと考えています。

    私たちはシンガポール拠点でビジネスを行っていますが、今後は、さらに日本の大企業との連携を強め、世界中にもサービスを一緒に広めて参りたいです」

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年2月27日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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