アメリカのある研究機関の調査によると、起業家が後悔したことの第一位は、「もっと会計・財務のことを勉強しておけばよかった」というものだそうです。
そこで今回の取材では、スタートアップ、中小企業が生き残るために必要な会計について、倉田剛氏に教えていただきました。前後編の2回に分けてお届けします。前編では「財務3表について」、後編では「会計を活用したビジネスプランの立て方」を解説しています。
倉田さん、貴重な学びのシェア、愛りがとうございます!(愛+ありがとう)
1 プロローグ 〜今、会計を学ぶ必要性とは〜
昨今、大学生起業家は珍しくなく、高校生起業家も少しずつ増えてきました。彼らの起業の動機の多くは「お金持ちになりたい」「不労所得で楽をして暮らしたい」といった浮ついたものではなく、「社会課題を自分の力で何とかしたい」という高い視座によるものです。これは昨今のSDGsの流れを見るまでもなく、日本だけでなく世界的な潮流といえるでしょう。大企業だけを目指すのではなく、自ら起業して社会問題の解決に取り組む学生が増える事は素晴らしいと思います。もちろん大企業に就職して、スキルやネットワークを作ってから起業するシニア起業家も素晴らしいと思いますが、両方の起業家が日本にも増えたらさらにイノベーションは加速すると思います。
一方で、残念なことに起業した会社の多くが数年のうちに立ち行かなくなってしまうことも事実です。アメリカのある研究機関の調査によると、起業家が後悔したことの第一位は、「もっと会計・財務のことを勉強しておけばよかった」というものだそうです。また、日本のVEC(財団法人Venture Enterprise Center)の調査によると、日本の起業家の6割以上はビジネスや起業に関する教育を受けたことがなく、受けたことのある3割の起業家も、成人になってから受けたという人がほとんどです。
社会課題の解決に強い意欲を持つ日本の若い起業家達の中から、GAFAMとは違った価値観を持った世界的なスタートアップを排出するためにも、ビジネスや起業に関する教育が今こそ求められているといえるのではないでしょうか。
2 起業家育成に携わる会計士の倉田さんにお聞きしました。
Big4の会計事務所で数えられるあずさ監査法人(KPMG)のパートナー 倉田剛さんです。倉田さんは、日本の公認会計士の資格だけでなく、アメリカの大学でMBAを取得され、以前、私が運営するAngel Acceleratorという起業家育成の講座では、英語で「起業家のための会計基礎」を門下生に教えていただいた事もあります。起業家育成やスタートアップ支援も兼務しておられる志のある素晴らしい方です。
倉田さんご自身、日本の伝説的な起業家の一人、曽我弘氏とのご縁で4年ほど前から高校生に対する起業家教育に携わっています。その活動の一環で、シリコンバレーの高校生連続起業家と知り合う機会があったそうです。その高校生は、DECAという団体が主催する全米規模のビジネスコンテストの地区予選で入賞して起業し、そこで得た特許をNASAに売却しました。その売却資金で2社目を立ち上げ、半年後にはそのプロダクト(AIを活用した教育アプリ)を自分の高校に試験導入していたそうです。
もちろん、アメリカの高校生全てが彼のような起業家ではないですが、彼によると、小さい頃からビジネスに興味があり、クラブ活動などを通じてビジネスに慣れ親しんでいたそうです。
倉田さんは高校まで野球をされていて、DECAの大規模なビジネスコンテストは、日本の野球少年にとっての甲子園大会を想起させたそうです。何万人という野球少年が甲子園を目指して切磋琢磨してレベルを上げ、そこを勝ち抜いたものがプロ野球に進み、さらにそこで優れた選手がメジャーリーグに行って活躍します。大きな裾野とピラミッド構造があって初めて、イチローや大谷選手のような、世界を代表するようなプレイヤーが出てくるのではないでしょうか。
ビジネスの世界を見渡すと、世界を代表するような企業のほとんどはアメリカ、中国から出てきている一方、日本から世界を代表するような企業はなかなか出てきません。この違いの大きな原因の一つが、ビジネス教育の機会の差ではないかと考えられました。
海外の経営者には、会計士の資格やMBA、またはその両方を持っている人が少なくありません。ビジネスを数字で語る「会計」は、ビジネスの世界の共通言語です。
日本のある著名なプロ経営者と話していて印象に残ったコメントがあります。彼曰く、「財務諸表を皆が作れるようになる必要はない。ただし、財務3表を読めることは、経営者にとってのライセンスのようなもの。日本の経営者は“無免許運転”が多すぎる」とのことです。
また、日本を代表する名経営者の一人、稲森和夫氏は自身の著書で、「会計がわからんで経営ができるか」と記されています。
英語が母国語でない我々日本人が、ビジネスの世界の共通言語である会計を知らずに、どうやって世界中のビジネスパーソンと協業することができるのでしょうか?
3 財務3表を読めることが経営のパスポートだという。では、「財務3表とは」何だろう。
財務3表を読めることが経営のパスポート、というコメントを紹介しました。では、そもそも、「財務3表」とは何でしょう。
具体的にいうと「貸借対照表」「損益計算書」「キャッシュ・フロー計算書」3つのことです。限られた紙面でこれらを説明するには限界があるので、まずはざっくりとつかんでください。あとは書店で財務3表について書かれた、薄くてわかりやすい本を読んだり、自分の興味のある会社(例えば、家族が勤めている会社、働いてみたい会社、好きな商品を作っている会社)の財務諸表を見たりしてもいいでしょう。これらの用語が取っつきにくいという抵抗感もあるかもしれませんが、これはビジネスを語る上での「共通言語」なので、ぜひ覚えてください。
4 損益計算書は会社のお小遣い帳。どれくらい儲かっているか、が分かる。
1つ目は、損益計算書です。英語ではProfit and Loss Statement(PL)、もしくはIncome Statementと言います。「お小遣い帳」をイメージするとわかりやすいでしょう。日本の経営者でも、これを分かっていない人はほとんどいないと思います。「収入」から「費用」を差し引いたものが「利益」(もしくは「損失」)なので、これを見ると会社が「どれくらい儲かっているか」というのが分かります。
5 貸借対照表は会社の持ち物リスト。何を源泉にして儲けているのかが分かる。
2つ目は、貸借対照表(英語でBalance Sheet:BS)です。儲けを生み出すためには、一定の「資産」=「持ち物」が必要です。例えば、パン屋を営むのであれば売り物であるパンはもちろん、焼くためのオーブンや、売るための店舗が必要です。貸借対照表は、持ち物のリストと考えればいいでしょう。
表の左側が、持っているものの一覧です。例えば、鉄道や発電のようなインフラ産業は巨大な「持ち物」が必要ですし、インターネットビジネスなどは比較的小さな「持ち物」でビジネスができるでしょう。
表の右側は、これらの「持ち物」を買うための資金をどのように調達したかを表しています。調達手段は大きく「負債」と「自己資本」に分けられます。負債は分かりやすく言うと借金なので、いつか返済しなければいけません。一方で、自己資本は返済する必要はありません。この「負債」と「自己資本」のバランスをどのように取るのかというのは大きな意味を持ちます。
日本の経営者の皆さんで、このBSを意識して経営をされている方が非常に少ないと感じます。どれくらい儲かっているのかはもちろん大事ですが、それを生み出すのにどれくらいの「持ち物」が必要なのか。言い換えれば、どれくらいの資金が必要で、それをどうやって調達する必要があるのかということもそれ以上に重要です。
6 キャッシュ・フロー計算書は会社のお財布。結局お金が減ったのか増えたのかが分かる。
3つ目は、キャッシュ・フロー計算書(Cash Flow Statement)です。「勘定合って銭足らず」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 先ほど、起業しても多くの会社が消えていくという話をしましたが、実はこのうちの1/3は儲かっているのにも関わらずつぶれてしまうそうです。勘定が合う=採算が取れている。つまり儲かっているのにも関わらず、お金が回らなくなって立ち行かなくなるのです。
例えば、顧客に商品を売ったとして、その代金の回収が2カ月後だったとします。回収までの2カ月の間に家賃や水道光熱費、従業員の給料などの支払いができなかったとしたら、会社はつぶれてしまうでしょう。
ビジネスの世界では「Cash is King」と言われ、現金が何よりも大事なのです。この流れを表すのが、キャッシュ・フロー計算書です。キャッシュ・フロー計算書は、営業、投資、財務の3つのパートにわかれています。
「営業キャッシュ・フロー」は、本業でどれくらいお金が増えたか(または減ったか)を表しています。営業キャッシュ・フローがずっとマイナスであるとしたら、そのビジネスを続けることはできないでしょう。
会社を大きくするためには、本業で稼いだお金を次のビジネスに投資する必要があります。どのような領域に投資しているかを表しているのが「投資キャッシュ・フロー」です。既存のビジネスを水平展開する場合もあるでしょうし、全く新しいビジネスに広げていく場合もあるでしょう。海外進出という選択肢があるかもしれません。投資にはお金の支出が伴いますので、ビジネスが伸びている会社は投資キャッシュ・フローがマイナスになります。
本業が振るわなかったり、本業で儲けた以上にビジネスを拡大したりする場合には、新たにお金を調達する必要があります。逆に、手元資金に余裕がある場合は、借金の返済に回す場合もあるでしょう。これを表すのが「財務キャッシュ・フロー」です。
例えば、積極的に投資をする会社であれば、投資キャッシュ・フローが営業キャッシュ・フローを大きく上回り、足りない分は借り入れでまかなうため、財務キャッシュ・フローがプラスになるという形です。
このように、キャッシュ・フロー計算書は会社の経営=お金の動きを最も端的に表していることが分かると思います。
今回お届けする会計のプロが教える「起業家育成に携わる会計士が教える 財務3表と事業計画〜スタートアップ、中小企業が生き残るために必要な会計とは?〜」の前編はここまでです。後編では、「会計を活用したビジネスプランの立て方」をお届けする予定です。楽しみにお待ちください。
以上
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