かつてナポレオン・ヒルは、偉大な多くの成功者たちにインタビューすることで、成功哲学を築き、世の中に広められました。私Johnも、経営者やイノベーター支援者などとの対談を通じて、ビジョンや戦略、成功だけではなく、失敗から再チャレンジに挑んだマインドを聞き出し、「イノベーション哲学」を体系化し、皆さまのお役に立ちたいと思います。
第19回に登場していただきましたのは、地球と月が1つのエコシステムになる世界を目指し、月面資源開発に取り組む宇宙スタートアップ企業、株式会社ispace COO 中村 貴裕氏(以下インタビューでは「中村」)です。
1 「宇宙のような、まだ全てが解明されてない事柄について、論理的・科学的に突き詰めていく。そこに非常に惹かれました」(中村)
John
中村さん、お忙しい中お時間をいただき本当に愛りがとう(愛+ありがとう)ございます!
お話をお伺いできることを、とても楽しみにしていました。
現在は宇宙関連の事業という非常に夢のある業界でご活躍されている中村さんですが、小さい頃から今のようなお仕事をしたいと思っていたのですか?
中村
いえ、実は小さい頃の夢は魚屋さんでした。仲の良い友達のお父さんが魚屋さんだった、という理由からです(笑)。
高校生になって本が好きになると、今度は「小説家になりたい」と思うようになり、高校の図書室でさまざまな本を借りて読むようになりました。
宇宙に興味を持ったきっかけは、当時たくさん読んだ本の中の1つ、科学雑誌の「ニュートン」でした。
ブラックホールとは何か、相対性理論とは、宇宙や太陽はどうやってできたか、といったテーマについて書かれており、好奇心・探究心が刺激され、感銘を受けたのを覚えています。
まだ高校生でしたので、難しい文献などは読めなかったのですが、ニュートンは非常に分かりやすく、おもしろく読めました。
宇宙のような、まだ全てが解明されてない事柄について、論理的・科学的に突き詰めていく。そこに非常に惹かれました。
John
ぐっと心が熱くなるようなものに出会った、という感じでしょうか。
中村
まさに、そうですね。ニュートンとの出会いから、天文学や惑星科学、宇宙物理学といった領域に興味を持つようになったのです。
そうした領域への興味から、大学は九州大学理学部の地球惑星科学科へ進学、卒業後は東京大学の大学院で、引き続き惑星科学を学びました。
僕が修士課程2年の頃、東京大学で「アントレプレナーシップ道場」という起業やスタートアップについて学ぶプログラムがスタートし、ビジネスについても同時に学び始めました。
1期生として同プログラムを受講し、友人たちと一緒に人工的な流星をつくるビジネスプランを発表したりしていましたよ。
John
中村さんは、東京大学の「アントレプレナーシップ道場」で1期生だったのですね。ニュートンとの出会いから一貫して宇宙に関わられてきたとのことですが、ファーストキャリアはコンサルティングファームのアクセンチュアですね。なぜ、コンサルタントの道を選ばれたのですか?
中村
その当時は、宇宙というコンテンツ以上に、新規事業やビジネスを生み出すことへの興味が高まっていたのです。
アクセンチュア入社後は、小売や製造業界へのコンサルティングをしていました。ハードな日々でしたが、非常にやりがいを感じていました。
John
そこからどのように、再び「宇宙」というテーマに関わることになったのでしょう?
中村
ispaceの現CEO 袴田武史との出会いがきっかけです。
友人から「Googleがスポンサーの月面探査レース『Google Lunar XPRIZE』に挑戦している、袴田という日本人がいる」という話を聞いて会いに行ったところ、意気投合しました。
「ぜひ一緒にやりたい」と思い、ボランティアでプロジェクトに参加することにしたのです。
当初僕たちは、オランダのホワイトレーベルスペースという会社の日本拠点、ホワイトレーベルスペース・ジャパンとして活動していました。オランダチームが月面への着陸船をつくり、日本チームはローバー(月探査車)をつくる、という役割分担でした。
しかし、数年たった頃にオランダのホワイトレーベルスペースが「資金が集まらないので、レースから撤退する」という決定をしたのです。
では、ホワイトレーベルスペース・ジャパンはどうしようか。
考えた末、ローバーに特化したチームとして独自にレースへの参加を継続することにしたのです。
その時に、プロジェクト名を「HAKUTO(ハクト)」と改め、株式会社ispaceを設立しました。
John
オランダ本社が資金調達で苦戦して撤退する中で、日本チームだけでも継続しようと判断されたことは素晴らしいですね。現に、株式会社ispaceの累計調達金額はシードラウンド、シリーズAにおける103.5億円、シリーズBにおける35億円と合わせて約140.5億円と順調に資金調達をされています。(2020年12月時点)
また、現在COOとしてご活躍されている中村さんが、初めはボランティアで参加されていたというお話に、驚きました。当時の状況を教えて頂けますか?
中村
ホワイトレーベルスペース時代から、プロジェクトの参加者は全員ボランティアだったのです。特に僕が在籍していたアクセンチュアは兼業・副業NGでしたからね。
スタート当初は、クラウドファンディングで100万円集めて「やった!」とみんなで喜んでいたものです。
それから僕は、ispace立ち上げのタイミングで兼業OKのリクルートの新規事業開発部門へ転職し、平日はリクルートで働き、平日夜や週末にispaceに参加するようになりました。
本格的にispaceへ入社したのは、2015年のことです。
社員は袴田と私の2名。少しずつ投資していただけるようになり、パートナー企業が増えてきたことで、企業として運営できるようになっていきました。
初めはローバーのみで、航行・着陸など輸送部分は他社に依存していたのですが、月面探査の領域で本格的にビジネスとして参入していくために輸送への参入を決定しました。
その準備に向けて、2017年末ごろにはシリーズAで100億円超の調達に成功し、次のフェーズに入っていったような形です。
John
資金調達に成功し、HAKUTOが一気に有名になった時のことを、今でも覚えていますよ。実は私も当時、九州工業大学でロケットをつくるプロジェクトに参加していたこともあり、衝撃が走りました。
ローバーから輸送への参入まで事業を拡大して行かれたわけですが、現在はどのようなチームに成長されているのですか?
中村
ispaceは2021年2月時点で、メンバーは約140名です。6割がエンジニア、4割がビジネス・コーポレートサイドです。
東京にヘッドクオーター、ルクセンブルクと米国に子会社を置いており、米国の子会社はコロラド州デンバーにあります。
ルクセンブルクは「Space resource initiative」というコンセプトを掲げて、国策として宇宙産業に注力されているため、進出先として選びました。
社員のうち半分は日本人で、半分は外国人。年齢も20代後半から70代前半までおり、シニアと若手が混在している、非常におもしろい会社になってきています。
John
ルクセンブルクは、小惑星資源の所有権をルクセンブルク企業だけでなく進出外国企業にも与える新法を制定し、宇宙分野での海外企業誘致に力を注いでいますね。以前のイノベーション・フィロソフィーでルクセンブルク貿易投資事務所のエクゼクティブ・ディレクター松野百合子さんと対談させて頂きましたが、中村さんとの出会いも松野さんからご招待して頂いたルクセンブルク、ベルギー両大使館主催のパーティーでしたね。素晴らしいご縁を頂き、感謝しております。
チーム作りに話を戻すと、非常に多様性のあるチームに成長されていますね。
中村
ダイバーシティを意識してチームをつくったわけではないのです。
ビジョンをしっかりと持ち、ビジネスとテクノロジーの磨き込みを行ってきた結果だと自負しています。
また、資金調達をコツコツ行い、さまざまな機会を通して国内外でのリクルーティング活動に力を入れてきました。
John
今でこそグローバル企業に成長されたispaceですが、中村さんがジョインされた当時は、大手企業から転職するのは勇気が要るご決断だったかと思います。
中村さんの中で、「この会社はいける」という確信があったのでしょうか?
中村
「自分がこのタイミングで100%コミットすれば、急激に加速させられる」という根拠のない自信はありました。
また、前々職のアクセンチュアはコンサルティング業でしたので、やはり「自分で事業をやってみたい」という気持ちもあったのです。
それもあってリクルートの新規事業部門へ転職したのですが、どうしても既存産業の上にビジネスをつくっていく仕事が中心でした。
でも、僕は新しい産業自体をつくりたかったのです。
ちょうど自分の子どもが生まれたタイミングでもあったので「次の世代に引き継げるような、新たな産業を残したい」という気持ちもありました。
そうしたいろいろな要素が重なって、転職を決断できたのです。
John
「次の世代のために新しい産業を作る」、スケールの大きいお考えですね!
2 「小型軽量化することで開発のリードタイムを短くし、輸送など全体のコストを下げ、月面着陸のミッションを高い頻度でこなす。このイタレーション(反復)を回していく。それが我々の戦略です」(中村)
John
先ほど中村さんから「次の世代のため」というお言葉がありました。
宇宙産業は日本の閉塞感を打ち破る突破口となる、一大産業に成長するとお考えなのでしょうか?
中村
そうですね。宇宙産業は、今後飛躍的に成長しますし、日本の突破口になり得ると思っています。
2020年時点で、宇宙産業のマーケットは約30〜40兆円。さまざまな予測があるものの、2040年には約140〜300兆円規模、今のマーケットから約4〜8倍に成長すると考えられています。
そんな魅力のあるマーケットの中で、日本がもともと保有する技術力を活かすことができれば、可能性は大きく広がると思います。
実際、月面探査に特化している僕たちispaceも、非常に良いポジションを取っています。
これからは日本全体として、宇宙産業を含めて先行投資すべき領域をしっかりと見極めて、グローバルでリーダーシップを取っていくことが大切になると思います。
John
宇宙産業は、日本がこれまで培ってきた技術を活かせる領域ということですね。
具体的に、どのように日本の技術が役立つのでしょうか?
中村
1番役立つのは、ハードウエア・ものづくりの領域です。
宇宙産業において重要なポイントとなるのは、地球から宇宙へロケットを飛ばすための輸送コストです。
輸送コストはロケット自体の重量に大きく左右されるため、より小さく、軽くする技術というのがキーサクセスファクター。
そして、日本はその小型軽量化の技術に非常に優れています。
現在、ispaceの競合に当たる企業は世界に10社弱ほどいますが、トップ争いをしているのはispaceと米国の大学発ベンチャーと、NASA出身のエンジニアが多いスタートアップの3社。
トップ3社の中でも、小型軽量化という点では、ispaceは他の2社に勝っていると自負しています。
John
米国企業と互角かそれ以上に戦えているということですね! 日本企業が世界でトップ争いをしていることは、本当に素晴らしく、誇りに思います。
月面着陸に関してはどのようなご計画を立てられているのでしょうか?
中村
ispaceは2022年(*)を予定しています。
(*)2021年2月現在の予定
もちろん1番初めに実績を出すということは重要ですし、我々もそれを目指しているところではありますが、それ以上に複数回・継続的にミッションをこなしていくということを重視しています。
小型軽量化というのはそのために欠かせない要素でもあるのです。
小型軽量化することで開発のリードタイムを短くし、輸送など全体のコストを下げ、月面着陸のミッションを高い頻度でこなす。このイタレーション(反復)を回していく。それが我々の戦略です。
NASAなどによるプロジェクトは重厚長大で、どうしても3〜5年に1回となります。そうすると、なかなかイタレーションを回すことができません。
我々は民間企業だからこそできるスピード感のある開発で、チャレンジしていきたいのです。
John
日本らしい小回りの利いた戦い方ですね! 非常におもしろいです。
3 「2040年時点で1000人が月で生活し、年間で1万人が月へ旅行するような世界観を目指しています」(中村)
John
ここからは、中村さんたちのチームが「月面着陸により、何を成し遂げたいのか」という未来について詳しく聞かせてください。
中村
ispaceのビジョンは「Expand our planet, Expand our future」です。
人類の生活圏を地球から宇宙に広げ、人類の生活をより豊かにしたい。
それが僕たちの成し遂げたいことです。
具体的な目標としては、2040年時点で1000人が月で生活し、年間で1万人が月へ旅行するような世界観を目指しています。
そうした世界をつくるためには、まず経済圏をつくる必要がある。そして、経済圏をつくるためには、月の「氷」がフックとなると考えています。
月には数十億トンもの氷があると言われており、氷があれば生活用水・飲用水が確保できますし、H2とO2に分ければロケットやロボットの燃料にも活用できます。
燃料や資源を利活用していくビジネスが生み出せる、ということです。
ここに着目し、米国・欧州・UAE、日本ではTOYOTAなどの民間企業も月面着陸に乗り出してきています。
John
非常に興味深いお話です。はじめの1000人にはどのような方々が含まれてくるのでしょうか?
中村
はじめは僕たちのような月面を探査する技術を持ったプレイヤーや、エンジニアやサイエンティストがメーンで滞在することになるでしょうね。
今の南極の状態に近いイメージになると思います。
南極には現在1000人くらいの人々が住んでいますが、主には研究者や技術者、あとは彼らの食事を担当する料理人の方々などです。そこに年間1万人くらいの旅行者が訪れています。
フェーズが進むにつれて、氷を掘って分解する技術を持つプレイヤー、分解したものを貯蔵する技術・再利用する技術を持ったプレイヤー、それらの設備をつくる建設会社、地球と月をつなぐ通信インフラ会社など、さまざまなプレイヤーが必要になってきます。
最終的には、地球で資源開発をするのと同じくらいの人々が関わってくるでしょうね。
John
さまざまな人が月に滞在するようになると、国家間での覇権争いや、月面での法規制などに課題が出てくる可能性も考えられますね。
中村
おっしゃる通り、それも重要なポイントです。
月の資源を保有・販売していいのかという法律は、今はまだ国際的に整備されていない状態です。しかし、米国やルクセンブルク、UAEではそれぞれの国内法として制定されています。
日本国内でも、自民党の中では法律がまとめられており、これから国会に出される予定です。
今はそれぞれの国が独自で動いていますが、月の資源をめぐる国際的な争いが起こるようなことがないよう、国際協調はしっかりとしていかなくてはいけません。
我々もルールメイカーとしての立ち位置を確保し、ネガティブな方向に進まないように尽力していく所存です。
John
ぜひ、そこは中村さんのチームをはじめ、日本に頑張っていただきたいところです!和の心を重んじる日本人がルールメイカーに適任でしょうから、ここでグローバルリーダーシップを発揮して頂きたいと、応援しています。
4 「地球と月を1つのエコシステムとして捉えること。それ自体が日本だけでなく地球全体の発想をアップデートする、意義深いことだと考えています」(中村)
John
月に秘められた可能性については非常によく分かりましたが、月面探査・月の資源活用によって、地球上にいる人々にどのようなメリットがあるのでしょうか?
中村
大きくは2つのメリットがあります。
1つ目は、新しいマーケットが生まれ、GDPがアドオンされること。既存の産業とバッティングせず、全く新たな産業が1つ生まれることになります。
2つ目は、一連の研究開発の中で得られる新しい技術・ノウハウです。
例えば、地上の生活をより便利にするために、気象衛星やGPS衛星など、さまざまな人工衛星が地球の周りを飛び交っていますね。
しかし、人工衛星の寿命は約15年です。そしてその7割程度は、寿命が来ると燃料切れで落ちていくのです。
月の水を資源として燃料補給し、衛生を長寿命化することができるようになれば、地球上の生活もよりサステイナブルなものになってくるでしょう。
昨今、SDGsという言葉が世界に広がっていますが、SDGsも今はまだ地球だけのクローズドな視点で考えられているように感じます。
地球と月を1つのエコシステムとして捉えること。それ自体が日本だけでなく地球全体の発想をアップデートする、意義深いことだと考えています。
John
地球規模のSDGsではクローズド過ぎるという発想は、宇宙に関わる中村さんらしくておもしろいですね。中村さんは非常に広い視点で物事を捉えられているので、読者の皆様もとても刺激を受けられているのではないかと思います。
科学技術は歴史的に見ても、戦争をきっかけに進化してきた面も多かったように思いますが、宇宙ではそうした争いなく技術が進化していくと良いと願います。
中村
そうですね。そして、得られた技術を既得権益なくフラットな状態で使えるというのが非常に魅力的です。
例えば地球上で水素エネルギーの社会にシフトしていこうとしても、すでにさまざまなエネルギーのインフラが整っているため、なかなか進んでいきませんよね。
ブロックチェーン技術も素晴らしいものですが、基幹システムというものはあらゆるところに埋め込まれているので、移管が難しいことがある。
自動運転も同様で、既存の道路交通法などとの兼ね合いで浸透させにくい面があると思います。
月面の探査・開発は、まだ権利もレギュレーションも、何もない状態。
理想の姿を定義し、ゼロからつくり上げることができるので、とても意義深いと思っています。
John
経済的にも法律的にもゼロのところから新たな産業を生み出す宇宙産業は、理想の世界を創造していくんだという希望に満ちたお話に胸が踊りました。
まだまだお話を伺いたいところですが、これで最後の質問となります。
中村さんの「イノベーションの哲学」は何でしょうか?
中村
僕のイノベーションの哲学は、「ビジョンと科学的な探究心の共存」です。
僕たちには、宇宙でしっかりとした生活圏を築き、人類を豊かにする。そしてそれを次の世代へと引き継いでいくという明確なビジョンがあります。
一方で、そうした夢を抱きながらも科学的な探究心を持ち、コツコツ続ける・やり切るという姿勢をとても大切にしているのです。
ビジョンと探究心、その両方があって、イノベーションは起こると考えています。
John
夢だけではなく、実現性が大切なのだなと今のお話を伺って感じました。
本日は貴重なお話を愛りがとうございました!!
以上
※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2021年3月12日時点のものであり、将来変更される可能性があります。
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