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年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が今回紹介するのは、後藤 学さん(株式会社Helte(ヘルテ)の代表)です。
オンラインが日常的になった現在、日本と海外、海外と海外を「対話」でつなぐ。シニアの心の健康にも有効。そんな素晴らしい対話アプリ「Sail(セイル)」を展開している後藤さん。自治体(神戸市、藤沢市など)からも注目されており、地方創生などにもつながっていく、これからますます日本と、世界でも必要とされていく後藤さんと「Sail」についてご紹介していきます。
1 世界118カ国の人と「対話」ができる25分間の異文化交流
後藤さんのやっておられるオンラインコミュニケーションサービス「Sail」は、Helteのウェブサイトと同社資料で次のように紹介されています。
(出所:Helteのウェブサイト公開情報)
(出所:後藤さんにご提供いただいたHelteの資料)
「Sail」は、シニア層を中心とした日本の方々と、世界中の若者(2021年4月11日時点で118カ国が参加)とがオンライン上で気軽につながって、「日本語で」対話ができるアプリです。動画で実際のご活用例を見ていただくのが一番分かりやすいと思いますので、こちらに動画を2つご紹介します。
●【異国の人との25分間】NHK放送日本語で世界をひろげるアプリ
(出所:Helteウェブサイト公開動画)
●NHK「あしたも晴れ!人生レシピ」 2020年1月17日・24日放送
アプリの操作が簡単かつ日本語で会話できること、好きな食べ物の話などどのような対話でも良いこと、孤独の解消ややりがいにもつながっていくことなど、使う人の目線に立って開発されている点も、「Sail」が注目されているポイントです。人間が生きていく上で大切な「対話」が自然に生まれるようにサービス設計されています。
今はコロナ禍で、なかなか海外旅行に行けなくなっていますが、「Sail」で異文化の人と対話すると、「旅先で人と触れ合う」という旅の醍醐味も味わえます。旅行だけではなく、誰かと会うのすらままならないときでも、このアプリがあれば人とつながれると思うと、孤独感が解消されるのもよく分かります。日本では無料で使えますので(2021年4月11日時点)、この記事を読んでおられる方々の中にも、ご両親やご親戚、ご友人におすすめしたい、ご自身でも使ってみたいと思われる方が多いのではないでしょうか。これからの時代にとても必要なこのサービスは今、メディアでも注目されており、日本経済新聞などでも取り上げられています。素晴らしいことですね。
2 「Sail」を生み出した後藤さんのストーリー
なぜ、後藤さんは「Sail」を立ち上げようと思われたのでしょうか。後藤さんにそのことをお聞きすると、色々とお話ししてくださった中で、「振り返ると自己肯定感が低かった幼い頃の原体験が関係していると思う」「過去を受け入れ、気持ちを整理できるようになったのは、本当につい最近のこと」といった答えが返ってきました。ここでは、後藤さんの「原体験」などを振り返ってみます。
1)30カ国のバックパッカー経験から出てきた「日本語を学びたい人に学べる環境を提供したい」
後藤さんが「Sail」を立ち上げたのは、【国籍、年齢、宗教をかぎらず、人の「ワクワク感」を大切にしたい】という気持ちからですが、それには、ご自身が若い頃(21~22歳頃)に海外、特にインドでの生活のインパクトが大きかったそうです。
30カ国をバックパッカーとして巡った後藤さんは、さまざまな国で貧困問題があるのを目の当たりにし、それを変えるために必要なこととして「教育」に関心を抱きます。また、特にアジアの国々で日本語を学びたいといってくれる人、日本に感謝してくれている人が多かったこともあり、「日本語を学びたい人に提供したい」という思いが強まります。これまで経験したことのない異文化に触れたとき、ただ圧倒されて終わるだけでなく、「世界中にある問題・課題を解決するために自分ができることはなんだろう」と考え行動しようとする。この頃から、後藤さんは「立ち止まらず、世の中のために自分ができることを考える」ことを実践しておられたのですね。
2)「Sail」誕生のきっかけとなった「ある出会い」
後藤さんが「Sail」で「シニア層✕若者」というターゲットにしたのは、お母さまを通じたある出会いからでした。当時、米国に住んでいたお母さまが紹介してくれたのが、米国南部に住んでいる年配の白人女性です。
もともと英語を勉強したかった後藤さんですが、その女性とは、「人種問題をどう感じていたか」やこれまでの経験、哲学などさまざまな対話をすることになりました。後藤さんはこの体験から、「人生経験が豊かな方とさまざまな対話をすると学びが多い」と気づき、この気づきを具現化したいと思いました。お母さまがつないだこのご縁が、いわば「Sail」の原点だったのではないでしょうか。ここから「教育」✕「日本語を学びたい人に学べる場所を提供したい」✕「人生経験が豊かな方と対話する」が形になっていったのです。
3)後藤さんが語る「すべての出来事の根源にある原体験」
米国人女性との出会いも含め、「今の起業、サービスはすべて原体験から来ている」と後藤さん。その原体験とは、後藤さんの幼い頃に遡ります。後藤さんのお母さまが世界中を飛び回るフリーランスのカメラマンだったこともあり、6~12歳の頃はなかなか一緒にいられず、そのことで劣等感があり、自己肯定感が低かったといいます。「母に迎えに来てもらいたかったし、野球をやっていたので、その応援に両親そろって来てほしかった」と後藤さん。この点については、後藤さんがお話ししてくださった内容を、後藤さんの言葉でご紹介したいと思います。
●後藤さんのお話
幼い頃は劣等感があり、自己肯定感が低かったのですが、それでも私は母が好きでした。海外から母が持ってきてくれるお土産はとても楽しみでしたし、母から届くボロボロの絵葉書は今でも印象に残っています。母から聞いた中には、「アメリカのサーカス団と一緒に旅をしていたけれど、車が故障してしまってサーカス団長とトランペットを吹きながら修理が来るのを待っていた」なんて話がありました。母は海外でさまざまな人たちと一緒に過ごしていて、皆フリーランスなのでそれぞれ契約が終わるとまたバラバラになる。離合集散です。とても過酷ですが、自由で、自分で生き抜いていく生活だったのでしょう。すごいことだと思います。
それでも、すぐそばに母親がいないことのコンプレックスは拭いきれず、どうしても自分の中で受け入れられないことでもありました。つい最近、20代前半までそうでした。
考えが色々と変わったのは自分が海外に出るようになってからです。海外に出て初めて、自分が高校も大学も私立に入れてもらい、好きな野球もやらせてもらっていた。「自分は恵まれているのだな」と、家族の愛情に気づいたのです。そこで、「自分も誰かの役に立ちたい、何かを残したい」と思うようになりました。人は、持っていないものにフォーカスするが、あるものには気づけない。自分一人では何もできない。常に周囲に支えがあったからだ。
そう思えるようになり、私は過去を受け入れられるようになりました。ネガティブの定義が変わったのです。
本当にすごいですね。後藤さんのように素晴らしい起業家に共通するのは、若い頃から濃い時間を過ごし、しかもそれを受け入れ、咀嚼(そしゃく)した上で自分なりにアウトプットし、世の中に恩返ししようとされていることだと思います。
3 【「Sail」=帆を上げて進む】ことを決意した後藤さん
濃い時間から得た熱い思いが込められている「Sail」。ただし、最初からこの構想があって起業したわけではありません。後藤さんは2014年に大手IT企業に就職しましたが、「とにかく自分自身で困っている人を助けたい。今やっていることをリセットしたい」と強烈に思い詰め、2015年3月に退職しています。
ここから2016年に起業するまで、ビジネスモデルをひたすら考え続ける日々が続きます。海外で目の当たりにした教育問題、米国南部に住む女性との密度の濃い対話、海外には日本語を学びたい人がたくさんいること、これからの日本の課題=高齢者が増える。こうした自分の中にあることやこれからの世の中の課題に向き合い続け、日本の高齢化などの裏付け数字も情報収集した上で、「Sail」が出来上がっていきました。
泥舟でもいいからとにかく行こう。
船は帆がないと出航できない。帆を上げて、ワクワクする風を感じながら前に進みたい。
こうした思いから、「Sail」というサービス名を付け、後藤さんは帆を上げました。真面目に地道に、思い込んだらとことん命がけ。後藤さんの決意と信念、そして胆力が表れているサービス名称ですね。
後藤さんのエピソードは数々ありますが、印象深いのは「オンラインする海外側の人を初めて集める」ときの話です。とにかく使ってくれそうな人、しかも海外の人を集める必要がありました。並大抵のことではありません。タイのバンコクへ行った後藤さんは、なんのツテもコネもないまま、バンコク中の日本語学科のある大学をひたすらトゥクトゥクで回り突撃する日々。手土産を持って行っても会ってもらえない……。それでもめげず、どうにか潜り込んでプレゼンしたこともあると笑う後藤さん。信念に基づく地道ながらすごいパワーを感じるお話です。
4 これからますます進展しそうな行政との取り組み
後藤さんが「Sail」を本格的にスタートした大きなきっかけは、お母さまつながりで出会ったフランス人投資家が投資をしてくれて、「この事業は良いので全力でやれ」とアドバイスしてくれたことです。「今、自分が打席に立たせてもらっているだけでとてもありがたいです。こうしてお世話になった方々に、早くホームランを打って恩返ししたい!」と後藤さん。
高校球児だった後藤さんは、何かと野球の例えが多いです。「ホームランを打って恩返しをしたい」というのものその一つ。起業家ならば“ビジネスで恩返し”ということで、現状のビジネスについても改めてお伺いしました。
現状は、行政とのさまざまな取り組みが進んでいます。後藤さんが、「社会的な課題を解決するために行政との連携を深めることが大事」と活動してきた結果が出てきた状態といえるでしょう。
ある行政とは「ソーシャルインパクトボンド」の仕組みを使った取り組みが検討されています。ソーシャルインパクトボンドは聞きなれない仕組みですが、官民一体となって社会課題を解決していこうというスキームです。「Sailは高齢者の心身の健康に有効!」ということで興味を持ってくれる自治体も多くいます。また、行政以外にも、大手自動車メーカーが興味を持ってくれて取り組みを検討したりと、どんどん広がっていっています。まさにご縁がつながっていく感じがいいですね。
(出所:後藤さんにご提供いただいたHelteの資料)
5 今後の後藤さん、そして課題とやるべきことが明確に見えているHelteの展望
最後に、後藤さんの夢はなんですか?とお聞きしてみました。
まさに、「全世界をご縁つなぎする」ということですね。まっすぐに誠実に真心を込めて、目の前の人を大切に。常に感謝の気持ちを忘れない。嘘をつかない。立場で人を判断せず常にフラットな気持ちで真摯に向き合う。こうした後藤さんの姿勢があるからこそ、苦しいとき、局面局面で出会うべき人に出会えるのかもしれません。
後藤さんは、目標も課題も明確です。
●後藤さんの語る目標と課題
- プロダクトの課題(改善点)は明確に分かっているので、そこを直していく
- COOやリードエンジニアといった仲間が加わってくれるともっと加速できる
やるべきことが明確に見えていて決まっている後藤さん。日々、「Sail」を使ってくださっているお客さまと対話し向き合っているからこそと思います。これもすごいことです。
「自分の作った事業で人の役に立つことができて、何かを変えることができたら本当に素晴らしい」
最後に、後藤さんは、満面の笑みでこう言ってくださいました。日本全国、地方からも世界とつながれる、世界と世界がつながれる。そう思えた素晴らしい笑顔でした。心から応援したいと思います! 有り難うございました。
以上(2021年4月作成)