スタートアップやベンチャーにとって資金調達は非常に重要です。しかし、お金、信用にかかわることだけにトラブルになると取り返しがつかないダメージを負うことになりかねません。

そこで、スタートアップやベンチャー支援を行っているのぞみ総合法律事務所の市毛由美子弁護士、川西拓人弁護士、劉セビョク弁護士に、資金調達トラブルに関することについてお話ししていただきました。起業家や経営者にとっては「耳の痛い話」もあるかもしれませんが、これからのビジネスにおいて少しでもご参考になりましたら幸いです。

1 創業メンバーの仲違いによるトラブルが資金調達に影響を及ぼす場合がある

りそなCollaborare事務局(以下「事務局」)

コロナ禍の影響で、資金調達に関する弁護士への相談内容に変化はありますか?

市毛弁護士

資金調達に絞った話ではありませんが、コロナ禍以降、テナントの賃料減免、雇用問題、ベンダーに対する支払い延長のご相談などが増えています。例えば支払い延長については、「不可抗力」事由にコロナ禍の状況が含まれるか否かが法的論点になり得ます。不可抗力条項の適用が難しい場合もありますので、その際の免責については「お願いベースの交渉」をせざるを得ないことなります。

劉弁護士

そうですね。
また、現状ではコロナ関連の制度融資等への需要が増えている一方で、スタートアップのエクイティ・ファイナンスはコロナ禍でストップしているケースが多いです。ただし、コロナ禍以前から進行していた投資案件は、直接面談が難しいという支障はあるものの、コロナ禍以降も粛々と進められている印象です。

川西弁護士

最近というよりも一般的なスタートアップの場合になりますが、資金調達やお金がらみで言いますと、やはり創業メンバーの仲違いによるトラブルが多いです。例えば、成長過程で離脱した創業メンバーが離脱後も株式を持ち続けているケースです。新規の資金調達時には、こうした経営に関与しない者が一定の株式を持っていることが障害となり得るのです。

劉弁護士

対策としては、株主間契約を締結し、一定の事由が生じた場合には会社や残りの創業メンバーが離脱者から株を買い取ることができる旨の「買戻条項」を設けておくことが考えられます。しかし、買取価格が明確でない場合など、裁判手続きになじまないことがあります。また、VC(ベンチャーキャピタル)が絡むレベルの会社であれば株主間契約が締結されますが、そうでなければ株主間契約は締結されていないことも多いです。

「買戻条項」は弁護士が作成に携わったほうが望ましいですが、買取価格の算定方法は業種や業態によって適正かどうかが異なるので、一律の解はありません。プロの会計士による算定であっても、客観的に公平ではないとして揉めるおそれも十分にあります。そこで、「どちらが選任した会計士を登用するか」といった内容も、あらかじめ株主間契約に含めるケースも多くなっています。

また、エンジェル投資家のような個人投資家の場合は、出資額そのものを買取価格にしたりすることもあります。ただし、会社が傾いているときでも出資額での買い取りが必要になりますので、出資額による買い取りであれば必ずしも負担が小さいということではありません。

2 スタートアップの「リスクやトラブル」は事前に専門家などに聞いておく

事務局

資金調達に際して、起業家や経営者が事前に把握しておくべきリスクやトラブルにはどのようなものがありますか?

劉弁護士

いくつかありますが、例えば、持株比率による決定事項(特別決議、普通決議、取締役会レベルなど)を認識した上で、株の分配を行うことです。投資家の経営への介入度合いの事前調整(持株比率調整や種類株の発行)も必要です。不用意に過大な持株比率を認めると、後の関係解消に本当に苦労することが多いです。

市毛弁護士

時系列的なお話をさせていただきますと、起業家や経営者が弁護士にご相談してくるのは、ビジネスのスタート時(創業時)ではなくビジネスが成熟した後になります。スタート時はそもそも揉めるほどの出来事がありませんが、この「スタート時にリスクをマネジメントしておかなかったこと」が、ビジネスが成熟した時期のトラブルを発生させる原因になっていることが少なくありません。

そのため、「弁護士への無料相談」などを使って、スタートアップやベンチャーで起きやすい法務事象やトラブルを前もって知っておくことが大切です。

事務局

確かにそうですね。スタート時に「後から起きそうなトラブル」を想定するのは難しいと思いますので、事前に弁護士や先輩経営者などのアドバイスを受けることが大事ですね。

3 契約書の「危ない条項」は立場によって異なる

事務局

資金調達に関して、将来、事業のスピードを損なうおそれがある契約書上の「危ない条項」はどのようなものでしょうか?

市毛弁護士

仰っている「危ない条項」かどうかは、経営陣の立場と投資家の立場とで違います。事業のスピードを損なうような条項は、概して出資者のリスク低減のために必要な条項です。よって、出資者にとってはリスク回避のために必須条項である契約条項が、経営陣にとっては事業のスピードを損なうリスクのある条項になります。そのどこにバランスを求めるかはそれぞれ、具体的な事情によって変わってくると思います。

川西弁護士

そうですね。
一般的に、VCとの投資契約において「定款変更、役員変更、組織再編、事業譲渡、重要な借入、資産処分、新株発行、決算期変更等」が投資家の承諾事項や一定期間以前の通知事項や事前承認事項とされているケースが多いです。投資家から投資を受ける以上は、「事業の運営に一定の制限がかかる」ことは認識しておくべきでしょう。

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4 いざというときの資金調達方法は……

事務局

「トラブル」とは少し話が変わりますが、いざというときのために、どのような資金調達方法を確保しておくのがよいでしょうか?

市毛弁護士

資金調達として一般的なのは、デッド(負債)とエクイティ(出資)です。デッドに関しては、金融機関からの借入や融資枠の設定、エクイティに関しては、第三者割当(新たな資本参加の他の既存株主からの追加出資による支援も含む)が一般的な方法です。

川西弁護士

現実的には、親族等からの資金や代表者個人資産の現物出資が最後の砦となりますが、あまり望ましいことではないと思います。日ごろからの綿密な資金繰り管理を心がけることが非常に重要です。

5 大変なのは人の感情や気持ちが大きくかかわるトラブル

事務局

これまでの弁護士としてのご経験の中で、「この資金調達トラブルは大変だった」というトラブルはありますか?

市毛弁護士

経営方針について意見が合わず、株主の一部が経営からも手を引き、出資を引き上げるという場面がありました。「手を引いてもらう株主に、どのような納得感を与えるか」が交渉上の課題であり、難しい点でした。

川西弁護士

冒頭にもお話ありましたが、創業メンバーの一人が株式を持ったまま事業から離脱したケースです。当該創業メンバーが転職した先から、もともとの会社の技術情報流用が疑われる新製品が販売され、紛争となったことがあります。

事務局

両方ともとても大変そうなトラブルです……。
やはり、ビジネスは人と人との話なので、感情や気持ちが大きくかかわってくるトラブルが一番やっかいなのかもしれません。

6 起業家・経営者自身が自ら学び、志を持つ

事務局

色々とお話しいただき、ありがとうございました。
最後に、これから起業する人へのメッセージをお願いします。

劉弁護士

現在は、スタートアップのCEOには意思決定における瞬発力だけではなく、リーガル等の面も含めた実務への理解が求められている印象です。実務能力が低い、あるいは実務について勉強不足であったりすると、トラブルが起きやすいように感じます。大変だとは思いますが、法務、財務などに関する情報収集や専門家との人脈づくりが非常に重要ではないでしょうか。

また、何か信用にかかわるトラブルを起こしてしまうと、次の資金調達時に問題となるケースも少なくありません。そうしたことも最初から意識しておくのがよいでしょう。

市毛弁護士

インテグリティ(誠実さなど)、倫理観(コンプライアンス意識を含めて)、リスクマネジメント能力、ガバナンス力といった点は「経営者資質」として、企業が成長し上場した後もずっと問われるところです。これらの点について、スタートアップだから足りていなかったという言い訳は通用しません。悪いレッテルを貼られる前に、これらの点についても勉強して投資家から「良い評価」を獲得することが大切です。

先に挙げた「経営者資質」が無いと判断されてしまっていると、特に上場時などには創業者は第一線から引かざるを得ません。この点については、創業者自身が、創業当初から意識を持つべきだと痛感しています。

川西弁護士

資金調達の条件やメリット・デメリットを、財務担当者まかせにせず経営者自ら理解しておくことが重要です。

また、コロナ対応融資は、仮に無利息であっても融資である以上、返済期限があることを認識しておかなければなりません。補助金申請も、要件を十分に確認し、「結果として不正な申請」とならないよう注意が必要です。

世の中全体がインテグリティ(誠実さなど)を追求する中で、やはりリーガル面のリスクは過小評価すべきではありません。経営者にもビジネス面での決定力だけでなくリーガルリテラシーを含む総合的な見識が求められていると思います。

事務局

日ごろからスタートアップやベンチャー支援を行っている先生方だからこその貴重なメッセージ、本当にありがとうございます。

りそコラでは、起業家や経営者のお役に立てるよう、スタートアップ・ベンチャー向けの法務や財務・会計などの実務系コンテンツを数多く掲載しております。少しでも皆さまのお役に立てますよう、今後もそうしたコンテンツを増やしていく方針です。よろしくお願いいたします。

以上

(監修 のぞみ総合法律事務所 弁護士 市毛由美子、川西拓人、劉セビョク)

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2021年5月21日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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