この記事では、「内部通報」の切り口から、IPO(新規上場)を目指す起業家の方に知っていただきたい情報をお届けします。
さて、IPOの準備期間は3年以上とされていて、この期間内で資本政策の策定、内部統制の整備などを進めなければなりません。IPOの準備では、資金面や会計面の対応に目がいきがちですが、「内部通報制度の整備」も重要なポイントです。内部通報制度とは、社内不正などの通報を受け付け、調査・対応するための仕組みであり、上場申請時にその整備状況が確認されることになっています。
内部通報制度は「公益通報者保護法」に沿って整備するのですが、2022年6月1日には改正法が施行されます。改正「公益通報者保護法」に対応した内部通報制度の整備について説明していきます。
1 なぜ、IPOを目指すときに内部通報制度が必要なのか?
2022年6月1日に改正「公益通報者保護法」が施行されます。これにより、
従業員数が301人以上の企業に「内部通報制度の整備」が義務付けられる
ことになりました。内部通報制度の整備とは、具体的に次の2つのことを指します。
- 内部通報の担当者を定める
- 内部通報窓口の設置などに対応する
マザーズ(現在は再編されています)を例にすると、2021年に上場した企業の83%は、従業員数が300人以下です。そのため、従業員数が301人以上の企業を対象とする改正「公益通報者保護法」は関係ないことになります。
にもかかわらず、この記事で内部通報制度をご紹介するのは、
従業員数と上場する市場を問わず、上場申請時に内部通報制度の整備が求められる
ためです。IPOをする企業は、上場申請時に必要な「有価証券上場規程施行規則第231条第1項第4号に規定する提出書類」の中で、内部通報制度の整備状況を説明しなければなりません。日本証券取引所グループ「新規上場申請者に係る各種説明資料の記載項目について」には、次のような記載があります(緑色の強調部分は独自に記載)。
2.経営管理体制等について
(6)リスク管理及びコンプライアンス体制について
内部通報制度の整備状況(社内の通報窓口、社外の通報窓口、通報受領後のフロー、社員への周知方法・当該制度の利用を促進する施策、最近2年間及び申請事業年度の通報件数等)
【補足】
コーポレートガバナンス・コードでも、プライム市場やスタンダード市場に上場する企業に内部通報制度の整備が求められています(グロース市場は求められていません)。コーポレートガバナンス・コードとは、上場企業が企業統治(コーポレートガバナンス)を行う上で参照すべき原則です。
コーポレートガバナンス・コードで求められる内容は、経営陣から独立した内部通報窓口の設置など、上場申請時よりも高いレベルになります。実施しない場合、その理由を「ガバナンス報告書」で公表しなければなりません(東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)」)。
IPO時に内部通報制度の整備が必要な理由は、ご理解いただけたと思います。それでは、実際に整備すべき内容を改正「公益通報者保護法」に基づいて説明します。なお、従業員数を問わず、内部通報制度は、公益通報者保護法の定めに従って整備するのが一般的です。ただし、従業員数300人以下の企業は、法の定めに従っていない場合でも、罰則が科されることはありません。
2 改正「公益通報者保護法」に対応した内部通報制度
1)公益通報者保護法の対象者と保護の内容
公益通報とは、
従業員・役員が社内の「不正行為」などを通報すること
です。不正行為とは、横領や食品偽装などだけでなく、刑法に違反するようなひどい暴言・暴力などを伴うハラスメントなども該当します。公益通報は、次のように分類されます。
- 内部通報:社内窓口への通報
- 外部通報:行政機関など社外窓口への通報
公益通報者保護法の対象者と保護の内容は次の通りです。
2)内部通報の担当者「公益通報対応従事者」を定める
公益通報者保護法では、内部通報の担当者のことを「公益通報対応従事者」というので、この記事でもそのように表記します。
公益通報対応従事者とは、
内部通報を受けて調査を行い、是正措置を取る業務に従事する人
です。ポイントは、公益通報対応従事者には罰則付きの守秘義務が課されることです。守秘義務とは、正当な理由なく、通報対応で知り得た情報や通報者を特定する情報を漏らさないということです。「故意による情報漏洩」は違反に当たります。
違反した場合、企業ではなく公益通報対応従事者に罰金が科されるため、企業には次のような対応が求められます。
- 公益通報対応従事者を定める際、本人に守秘義務が課されていることを説明し、書面で同意してもらう
- 公益通報対応従事者を対象に、教育や研修を充実させる
3)内部通報窓口の設置などに対応する
公益通報者保護法では、企業が内部通報に適切に対応することが義務付けられています。ただし、具体的な内容までは定められていないため、消費者庁が公表する「指針」や「指針の解説」などを参考にしながら整備することになります。
指針などでは、企業が取るべき対応例として、次のような内容を示しています。
- 部門横断的な公益通報対応業務を行う体制の整備
例)内部通報窓口の設置 - 通報者を保護する体制の整備
例)通報者が不利益な取り扱いを受けていないかの確認 - 内部通報の対応を実効的に機能させる体制の整備
例)組織の長が定期的に内部通報窓口の利用を推奨
4)罰則
企業が、公益通報対応従事者と内部通報窓口の設置などに違反した場合、行政による報告要求、助言、指導、勧告を受けることがあります。企業が報告要求に従わない場合や虚偽報告をした場合は罰金が科されます。また、勧告に従わない場合は企業名が公表されます。
3 内部通報窓口は「社内」と「社外」の併用が効果的
内部通報窓口は、内部通報制度の整備に欠かせない取り組みで、具体的な方法は次の3つです。
- 社内窓口だけ
- 社外窓口(ヘルプライン運営事業者、弁護士事務所などに委託)だけ
- 社内窓口と社外窓口の併用
理想的なのは、3.社内窓口と社外窓口の併用です。なぜなら、併用すると内部通報窓口で起こりがちな次の問題を解決しやすいからです。
- 社内窓口だけの場合、通報者が処分を受ける不安などで安心して通報できない
- 社外窓口だけの場合、ヘルプライン運営事業者などが社内や業界のことに疎く、調査に時間がかかる
実際に内部通報窓口を設置すると、次のようにさまざまな通報が寄せられます。社内窓口だけで対応するのは難しい面もあるため、こうした点からも社外窓口と併用するのが望ましいです。
4 ハラスメント相談窓口と一元化する
内部通報窓口には、ハラスメントや人間関係に関する悩みが多く寄せられます。折しも2022年4月1日から、従業員数300人以下(小売業・サービス業・卸売業以外の場合。(注))の企業にもハラスメント相談窓口の設置が義務付けられています。
(注)対象となる企業は「1.資本金額または出資総額」「2.従業員数」のいずれかによって判断されます。1.と2.は業種別に基準が定められています。
そうした中、
多くの企業が検討・実施しているのが、内部通報窓口とハラスメント相談窓口の一元化
です。
もともと、内部通報窓口にもハラスメントや人間関係に関する悩みが相談されていることを考えれば、一元化によって効率的に運用することができるでしょう。
ただし、内部通報窓口とハラスメント相談窓口とでは、根拠法が違うため通報対象や保護の範囲などが異なり、注意しなければならないこともあります。ここでは詳細の説明はしませんが、窓口を一元化する場合、社外窓口の委託先となる弁護士などにも相談し、方針を決める必要があります。
以上
(監修:みらい総合法律事務所 弁護士 田畠宏一)
※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2022年4月20日時点のものであり、将来変更される可能性があります。
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