書いてあること

  • 主な読者:時短を実現しながら、収益(売上や利益)も維持・向上したいサービス事業者
  • 課題:強引に60秒を50秒に短縮しても、手待ち時間が増えるだけだし、サービスも劣化する
  • 解決策:必要なサービスを必要なときに提供するためのマルチタスク化とプロット図などを使った人員投入量の調整。人事制度の見直しも必須

サービス業の「時短」で手っ取り早いのは残業削減です。しかし、強引に進めるとサービスが雑になるなどお客さまの満足度が下がり、結果として収益に影響しかねません。

時短を実現しながら、収益も維持・向上するにはどうしたらよいか?
フィールドワークを徹底的に積み重ね、サービス業の現場における時短の方法を体系的に分析した「時短の科学」(日経BP)の著者である内藤耕氏に話を聞きました。

1 「客離れ」のときこそ時短のチャンス

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災害時など、客足が急速に遠のいたとき、人件費など固定費の重さを痛感します。そのようなときは、労働時間の時短によって固定費を下げるといった、普段できないことにチャレンジする機会です。そしてこの取り組みは、客足が戻ったときにさらなる成果として表れます。

単に労働時間を減らそうとすると、収益(売上や利益)の減少につながりかねません。そのため、少なくとも収益を維持したまま、同じ仕事量を今より短い労働時間でできるようにする「生産性向上」が重要です。

生産性向上をしっかりと実現している企業は、他よりも早く客足が回復します。例えば、2011年に発生した東日本大震災では、発生直後の計画停電の最中にもかかわらず、3月下旬から予約が入り始めた神奈川県の旅館があります。

客足の戻りが早かった企業に共通するのは、遠方ではなく、近隣の個人客が応援に来たことです。普段からサービスが良くなければ、近隣の個人客には支持されません。つまり、お客に支持されるものを、きちんと無駄なく提供できる生産性を実現することが重要なのです。ポイントは、時短によって生産性と品質の向上を同時に実現することです。

2 忙しい時間ではなく、ひまな時間を管理する

時短による生産性と品質の向上を両立させるポイントは、残業など「忙しく仕事をしている時間」をどうするかではなく、「お客がいない閑散時間・閑散日」でいかに時短をするかです。現場の手待ち時間を見つけ出し、シフトを修正するなどして従業員の労働時間や休日を柔軟にコントロールすれば、収益に影響を与えずに時短を実現できます。

現場の手待ち時間を見つける方法として、プロット分析があります。とても簡単な方法で、横軸に客数や売上などの作業量、縦軸はその日の出勤者数や労働時間でグラフに記入します。作業量に対して労働投入量が適正かどうかを見ることができます。

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3 サービス業の生産性向上は製造業とは違う

次に、生産性向上の中身を考えていきましょう。とかく「作業時間をいかに短くするか」という点が注目されがちです。60秒かかる作業を50秒にすれば、作業時間を約20%削減できるという考え方ですが、これで生産性が向上するのは製造業だけです。

製造業は在庫できるため、作業のスピードを上げるほどたくさん作ることができます。しかし、サービスはお客が買うときにしか提供できず、在庫できません。今日の患者の診察を、医者が前もって昨日できないことと同じです。

だから、ラーメン1杯の調理時間を10分から5分に減らしても、お客が15分おきにしか来なければ、手待ち時間が増えるだけになり、労働時間の削減にはつながらないのです。サービス業の労働時間は営業時間によって決まるのであって、作業時間の合計ではありません。

4 時短と品質向上を両立させるには?

時短と品質向上を両立させるために重要なのは、作業時間の短縮よりも、「お客がいるときに、必要なサービスを、きちんと提供できるようにする」こと。つまり、作業のタイミングを合わせるということです。どういうことか、成功事例で見てみましょう。

例えば、福井県の温泉旅館Aでは、集中的な混雑を避けるために、夕食を2部制として宿泊客を振り分けていました。従業員は営業開始の2時間前に出勤し、1部と2部の座席レイアウト表を作り、事前にテーブルセッティングを行っていました。

しかし、急な予定変更や人数変更もあります。そのたびにお客を待たせて座席表を組み替えており、せっかくの準備が無駄になっていました。

そこで、2部制を廃止し、好きな時間に来てもらうことにしました。料理も作り置きではなく、お客の食べる時間に合わせて調理や盛り付けをして、できるだけ出来立ての料理を提供するようにしました。「前もってやる」という工程を極力カットしたのです。

準備がいらないので従業員は営業開始15分前に出勤すればよくなり、これだけで1日2時間近い時短です。こうした取り組みの積み重ねにより、同旅館は、年間休日をわずか72日から105日まで増やし、日々の出勤者数を減らして企業全体の時短を実現しました。

さらに、出来立てのおいしい料理を出せるようになったり、料理の好き嫌いなどの急な要望、細かい要望にも対応できるようになったりしたことで評判も上がり、経常利益率は10%まで改善しました。労働時間を減らしながら、品質・顧客満足を向上させ、収益も改善させた事例です。

「前もってまとめてやる」というのは一見すると効率的ですが、作り置きしたものを保管する場所が必要になったり、保管場所への出し入れや運搬といった付帯的な作業が追加で必要になったりします。

現在は、人口減少で市場はどこも供給過剰で、お客が企業を選ぶ時代です。今、お客が何を求めているのかを知らなければ、顧客満足にはつながりません。そのため、サービス業では、前もってやるというこれまでの在庫型のオペレーションが多くの無駄を生むのです。

5 品質向上を実現させるマルチタスク化

サービス業では目の前にお客がいます。そのお客が必要としているものを、その場で聞いて提供すれば一番効率的です。すると企業の経営者からは、「これを実現するのに、一体どのくらい人員を割かなければならないのか」とよく言われます。

多くの人員が必要になるのは、同時にたくさんのお客が来るからです。その場合、対応は2つです。

1つ目は、来客をばらつかせること。前述の福井県の温泉旅館Aの事例では、「午後6時ごろは混み合います」と事前に伝えることで、お客のほうから自然にその時間帯を避けるようになり、逆にその時間帯で多少待たされたとしてもクレームは出ません。

2つ目は、ピークに合わせて人員を集中投入することです。ただ、ピークの1時間のために従業員を出勤させたら、残りの時間は手待ち時間になるので、従業員が複数の仕事を掛け持ちする「マルチタスク化」で対応します。調理だけでなく、配膳や会計もやってくださいといったように、仕事もばらつかせるのです。

マルチタスク化を現場で導入すると、他の部署で手待ち時間になった従業員を忙しい部署に投入できます。これにより、部署ごとの一瞬の業務量の変動に無駄なく対応できるようになります。福井県の温泉旅館Aも、改革の切り札としてマルチタスク化を導入しました。

6 マルチタスク化の課題をクリアする

マルチタスク化では賃金制度が課題になります。例えば、時給850円のパートが、1000円のパートの仕事を快く手伝うでしょうか。また、別部署から手伝いに来た不慣れな人に、快く教えることができるのかも疑問です。

そのため、マルチタスク化を導入する場合は、賃金格差によって協力関係が阻害されてしまうことから、むしろ意図的に同一労働同一賃金にしていかなければなりません。

例えば、パートの時給と月給制の正社員の基本給を時給換算で同じ水準にし、現場のオペレーションの対価として基本給を位置付けることで同一労働同一賃金を確立します。その上で、正社員はパートには求められない管理責任に応じた役職手当を払う二階建ての賃金体系にします。

このように働き方が大きく変わることについて、従業員の中には反発する人も出てきます。しかし、「休日や年次有給休暇を確実に取れるようにするから、変則的な働き方を受け入れてほしい」と言うと、皆、受け入れてくれます。これを言って、拒否された事例を知りません。

変則的なシフトを組み、さらに状況によって臨機応変に修正するというのは、やったことのない企業からすれば、とても大変なことだと思われがちです。しかし、やっている企業はたくさんあります。「今日はお客さん多いからちょっと出てきてほしい」「今日は少ないから帰っていいよ」といったように、少しでもいいから実践してみるのが大事なのです。それが次の一歩につながります。

以上(2020年5月)

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画像:pixta

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