書いてあること

  • 主な読者:妊娠・出産・育児に関するトラブルを防ぎたい経営者
  • 課題:妊娠した女性社員を気遣って業務を軽くしたのに、マタハラ(マタニティハラスメント)になる?
  • 解決策:就業に支障がない状態で業務を変更するとマタハラになる恐れがあるので、女性社員と相談した上で対応する。その際、「労働条件の不利益変更」にも注意する

A課長は、部下の女性社員Bさんから「妊娠したので、いずれ産休(産前・産後休業)をいただくことになります。日程は改めてご相談します」と報告を受けました。A課長は「Bさんがいつ休んでもいいようにしなければ」と部署内の業務体制を見直し、ある日、Bさんに言いました。

「Bさんの担当業務は他の社員に割り振ることにしたから、今日からは負担の少ない簡単な業務だけやってくれればいいよ。いつ休んでも大丈夫だから、遠慮なく言ってね」

しかし、Bさんの反応は、A課長の思っていたものとは違いました。

「課長、妊娠したとは言いましたが、私は働ける状態です! なぜ私に何の相談もなく、仕事を取り上げてしまうんですか? 産休を取られると迷惑だから、嫌がらせをしているんですか? それってマタハラ(マタニティハラスメント)です!」

A課長は釈然としません。

「Bさんを気遣っただけなのに、なぜマタハラなんて言われなきゃいけないんだ? 無理に働いておなかの子に何かあったら、それこそ問題じゃないか。納得いかない……」

1 就業に支障がない状態で業務を変更すると、マタハラ?

「マタハラ(マタニティハラスメント)」とは、

女性社員の妊娠・出産・育児に関する嫌がらせのこと

です。法的には、男性社員の育児に関する嫌がらせ「パタハラ(パタニティハラスメント)」や、介護に関する嫌がらせ「ケアハラ(ケアハラスメント)」を含めた、

「職場における妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメント」

の一種で、会社は男女雇用機会均等法と育児・介護休業法にのっとって、これらのハラスメントを防止する義務があります。

マタハラ、パタハラ、ケアハラは、

  • 制度等の利用への嫌がらせ型(産休などを利用する(した)ことによる嫌がらせ)
  • 状態への嫌がらせ型(妊娠などによって就業状況が変わったことによる嫌がらせ)

に分けることができ、マタハラの場合、例えば次のような言動が当てはまります。

画像1

こうした言動のせいで、女性社員が産休などの制度を利用できなかったり、会社に居づらくなったりして就業環境が害されるとマタハラ(違法)になり、女性社員から民法に基づく損害賠償などを請求される恐れがあります。ただし、例外として、

上司などの言動が、業務上の必要性(業務分担や安全配慮など)に基づくものであれば、マタハラにならない

とされています。

さて、冒頭のA課長の「妊娠したBさんに、簡単な業務だけを命じる」という対応は、マタハラになるのでしょうか。内容自体は、図表の「状態への嫌がらせ型」の「2.妊娠などをしたことによる嫌がらせ」に近そうですが、A課長は妊娠したBさんを気遣っただけで、嫌がらせの意図はありません。判断が難しいですが、上の業務上の必要性の問題に照らすと、

  • Bさんが妊娠して間もないなど、就業に支障がない場合、勝手に業務を変更するとマタハラになる恐れがある(業務上の必要性がないため)
  • Bさんが妊娠してからある程度時間が経過し、つわりなど体調不良が続いているといった事情がある場合、業務を変更してもマタハラにならない(業務上の必要性があるため)

と考えられます。ただ、Bさんが体調不良の場合でも、「就業場所をオフィスから自宅に変更すれば、リモートワークで今の業務を続けられる」といったケースがあるので、この辺りは慎重に判断する必要があります。

2 女性社員と相談した上で対応すれば、基本的にOK

マタハラの問題には注意が必要な一方で、法令上、女性社員の業務内容や労働時間を必ず見直さなければならないケースというのもあります。具体的には、

  • 妊娠した女性社員から請求があった場合、軽易な業務に転換する義務(労働基準法)
  • 女性社員が妊娠中・出産後の健康管理について医師から指導を受けた場合、その指導事項を守れるよう必要な措置を講じる義務(男女雇用機会均等法)
  • 3歳未満の子を養育する社員(男性社員も含む)が請求した場合、所定外労働を免除する義務、または所定労働時間の短縮措置などを実施する義務(育児・介護休業法)
  • 小学校就学前の子を養育する社員(男性社員も含む)が請求した場合、1カ月24時間、1年150時間を超える時間外労働、深夜労働を免除する義務(育児・介護休業法)

などがあります。

いずれも基本的には、女性社員から請求を受けた上で対応するので、結局のところ、

妊娠・出産・育児で女性社員の業務を変更する場合、本人と相談した上で方向性を決めればトラブルになりにくい

といえます。ただし、業務を変更する場合、

降格や賃金の引き下げといった「労働条件の不利益変更」の問題

に注意が必要です。

過去に、会社が妊娠した女性社員を軽易な業務に転換した際、管理職から降格させてトラブルになった事例があります(最高裁第一小法廷平成26年10月23日判決)。最高裁判所は、

  • 原則として、妊娠や軽易な業務への転換を理由に、降格させることは違法である
  • 例外として、「当該女性社員が自由な意思に基づいて降格を承諾した場合」または「降格させずに業務を変更すると、円滑な業務運営や人員配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合」は違法でない

との考えを示していて、この裁判では、会社が「職場復帰後も女性社員を管理職に復帰させる予定がない旨」を本人に説明していなかったことなどから、降格は違法と判断されました。

つまり、会社が女性社員と業務の変更について相談する場合、

「女性社員に不利益はないか」「不利益がある場合、どのような内容なのか。また、不利益を避けられない理由は何か」などを明らかにして、本人に説明する必要がある

ということです。

近年は、育児・介護休業法の改正が続いていて、妊娠・出産・育児と仕事を両立するハードルは昔よりも下がってきています。だからこそ、会社がその両立を妨げないよう、マタハラ対策はしっかり進めておく必要があります。

このシリーズでは、思わず頭を抱えたくなったり、不満が噴き出したりしてしまうような「世知辛い人事労務のルール」を紹介していきます。次回のテーマは、「社員の問題行動、さんざん我慢したのにいざ懲戒処分にしたら無効?」です。

以上(2022年10月)
(監修 弁護士 田島直明)

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画像:metamorworks-shutterstock

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