書いてあること

  • 主な読者:男女の賃金差異の公表が義務化され、賃金の方向性について考えている経営者
  • 課題:男女の平均年齢の違いなど、やむを得ない賃金差異もある。どこまで対処すべき?
  • 解決策:「性別の違いだけを理由に賃金に差を付ける」「産休(産前・産後休業)などを取った女性の賃金を極端に下げる」など、違法な賃金差異がないかを確認する

1 常時301人以上の会社では、男女の賃金差異の公表が義務化

2022年7月8日より、女性活躍推進法の厚生労働省令が改正され、

社員数が常時301人以上の会社では、自社が雇用する男女の賃金差異を、事業年度ごとに公表することが義務化(社員数が常時300人以下の場合、公表は任意)

されました。具体的には、新年度の開始からおおむね3カ月以内に、図表の赤字の内容(前年度の実績)を、厚生労働省「女性の活躍推進企業データベース」などで公表する必要があります。

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中小企業は公表義務の対象外ですが、男女の賃金差異に無頓着でいると、「女性に優しくない、時代遅れの会社」などのレッテルを貼られ、人材採用などにも影響が出るかもしれません。

男女の賃金差異が生じる理由はさまざまで、なかには「男女の平均年齢の違いから、年功給の平均額に差異が出る」など、やむを得ないケースもあります。一方で、確実に対処しなければならないのが、違法な「男女差別」による賃金差異です。主なものは、次の3つです。

  • 性別の違いだけを理由に賃金に差を付ける(労働基準法)
  • 性別の違いだけを理由に職務に差を付ける(男女雇用機会均等法)
  • 産休などを取った女性の賃金を極端に下げる(男女雇用機会均等法、育児・介護休業法)

いずれも社員とトラブルになった場合、民法の損害賠償請求などを受ける恐れがある他、1.については、労働基準法違反の罰則(6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金)もあります。

「令和の時代に、こんな露骨なことをする会社があるのか」と思うかもしれませんが、まだ法整備が進んでいない頃に作られた社内規程が見直されないまま、知らず知らずのうちに「男女差別」に当たる運用をしてしまうケースなどもあるので、念のため確認しておきましょう。

2 ケース1:性別の違いだけを理由に賃金に差を付ける

労働基準法には、「性別の違いだけを理由に賃金に差を付けてはならない」というルールがあります。「賃金に差を付ける」ケースに当たるのは、例えば、

  • 男女で基本給の額が異なる
  • 特定の手当を男性にだけ支給し、女性に支給しない
  • 男女別の賃金表を設けており、勤続年数に応じて昇給額が異なる

などです。

労働基準法では、何をもって「性別の違いだけを理由に賃金に差を付けている」と判断するのかが明らかになっていませんが、過去の裁判(東京地裁平成4年8月27日判決)では、

男女の「職務内容・責任・能力が同じ」で「勤続年数や年齢も比較的近い」場合、賃金に差を付けるのは違法(性別の違いだけを理由に差を付けていると判断できる)

という考えが示されています。要するに「男女の働き方が同じなら、賃金も男女平等にしなければならない」ということです。

なお、労働基準法では、

賃金について、女性を男性よりも「不利に扱う」だけでなく「有利に扱う」のも違法

とされています。最近は、女性が働きやすいように福利厚生の充実に取り組む会社が多いですが、例えば、「育休(育児休業)期間のうち、最初の○日間は有給とする」という制度を設ける場合、「女性の育休は有給とするが、男性の育休は無給とする」といった運用はできません。

3 ケース2:性別の違いだけを理由に職務に差を付ける

男女雇用機会均等法には、「性別の違いだけを理由に、次の内容について差を付けてはならない」というルールがあります。

  • 配置転換(業務の配分、権限の付与を含む)、昇進、降格、教育訓練
  • 住宅資金の貸付けなどの福利厚生の措置
  • 職種、雇用形態の変更
  • 退職勧奨、定年、解雇、労働契約の更新

第2章の労働基準法のルールだけにのっとると、「男女で職務が違う場合、賃金差異があっても違法ではない」といえそうですが、この男女雇用機会均等法のルールがあるため、

合理的な理由もなく、男女で就くことのできる職務に差を付け、その結果、男女の賃金差異が生じる場合は違法

になります。

過去の裁判(東京地裁平成14年2月20日判決)では、「総合職」「一般職」のコース別人事を設けていた会社が、賃金の高い総合職には男性ばかりを、賃金の低い一般職には女性ばかりを当てはめていて違法と判断されたことがあります。社内規程上は男女双方に開かれたポストであっても、実際にそのポストに就いている社員(過去に就いていた社員を含む)の性別が極端に偏っている場合、配置の見直しが必要かもしれません。

なお、個人の経験や能力の違いによって職務に差を付けることは問題ありませんが、その裏で「会社として、職務に就くために必要な能力を身に付ける教育訓練を実施しているが、教育訓練の対象を男性に限定している」といった運用がされている場合は、違法になります。

4 ケース3:産休などを取った女性の賃金を極端に下げる

男女雇用機会均等法と育児・介護休業法には、「妊娠や出産をしたり、産休や育休を取ったりしたことを理由に、不利益な取扱いをしてはならない」というルールがあります。賃金に関する不利益な取扱いの例としては、

  • 基本給を引き下げる
  • 賞与支給額や昇給額の一部または全部をカットする

などが挙げられます。不利益な取扱いが禁止されているのは、産休や育休などの制度の利用を妨げないためですが、賞与支給額や昇給額の一部または全部をカットするケースについては、少し判断が複雑です。例えば、賞与の査定期間中に産休を取った女性がいる場合、

その女性は、休業しなかった他の社員よりも査定期間中の仕事量が少なくなる

ため、その点を賞与支給額に反映しないと、他の社員にとって不公平になる

という問題があります。

過去の裁判(最高裁第一小法廷平成15年12月4日判決)では、ある学校が「賞与の査定期間の90%以上を勤務しない場合、賞与は支給しない」というルールに基づき、査定期間中に産休を取った女性の職員に賞与を支給せず、トラブルになったケースがあります。裁判では、

  • 賞与の査定期間の出勤すべき日数に、産休の日数を算入することは、法令で認められた休業制度の意義を失わせるので違法である
  • 賞与支給額を、産休による欠勤日数の分だけ減額すること自体は違法でない

という判断がされています。つまり、

女性が査定期間中に産休や育休を取っていても、出勤した分の仕事については評価して賞与を支給しなければならない

ということです。

5 (補足)違法ではないものの、見直しが必要なケース

ここまで「賃金差異が違法なケース」を紹介してきましたが、これ以外に「違法ではないものの、見直しが必要なケース」というものもあります。

例えば、第1章で紹介した「男女の平均年齢の違いから、年功給の平均額に差異が出る」というケースは、賃金制度の運用と直接関係がなく違法とはいえませんが、仮にその裏に「男性に比べて女性の平均勤続年数が明らかに短い」という事情がある場合、見直しが必要です。

女性が定着しない会社によく見られるケースとしては、

  • 産休や育休などの制度は整備されているものの、「職場が常に忙しく、妊娠や出産を歓迎する雰囲気がない」などの理由で、制度を利用しにくい
  • 女性の管理職が少なく、キャリアアップが見込めない雰囲気がある

などが挙げられます。対策としては、

  • 会社として女性の活躍推進に積極的に取り組みたい旨を、経営者が進んでPRする
  • 産休や育休などの制度の存在を、定期的に社内に周知する
  • 産休や育休を取る社員には、出産・育児の妨げにならない範囲で、職場の状況などを共有する機会を設け、休業終了後にスムーズに職場復帰できるようにする
  • 社員とキャリア形成に関する面談を定期的に実施し、キャリアアップの希望を聞く

などが挙げられます。なお、一番最後の「キャリア形成に関する面談」については、女性自身がキャリアアップを希望しないケースもありますが、それが本人の生活事情や価値観によるものなのか、あるいは「女性は○○職に就けない」などの誤解をしているからなのかは、慎重に確認する必要があります。

上のようなケースは、「賃金差異が違法なケース」に比べると対処の優先度は低く、また是正にもそれなりの時間を要しますが、冒頭でも触れた通り、世間全体が男女の賃金差異に注目している状況ですので、やはり計画的に是正に取り組む必要があります。

以上(2022年10月)
(監修 弁護士 田島直明)

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画像:gugu-Adobe Stock

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