書いてあること
- 主な読者:賃金の計算や支払いに関するトラブルをなくしたい経営者、人事労務担当者
- 課題:賃金の計算や支払いは、定型業務のわりにイレギュラーな事態が生じる
- 解決策:賃金の控除、未払い、過払いに関するルールを押さえる
1 賃金実務で「あれっ?」と思ったら
賃金の計算と支払いは毎月必要なものですが、わりとイレギュラーな事態が発生します。そのような場合でも未払いや過払いなどのトラブルは避けたいところですが、皆さんは次のケースの対応を具体的にイメージできますか?
- 遅刻や早退をした社員の賃金を控除したい
- 未払い分を支払わなければならない
- 過払い分を返還してもらわなければならない
もし、「具体的な対応がイメージできない」あるいは「何となく分かるけど怪しい」と感じたら、この記事を読み進めてみてください。正しい対応を紹介します。
2 遅刻や早退をした社員の賃金を控除したい
社員が遅刻や早退をした場合、ノーワーク・ノーペイの原則により、その時間分の賃金は支払う必要がありません。社員が10分遅刻したら、原則として10分の賃金を控除できます。
ただし、見落としがちな問題があります。同じ月給制でも、
- 日給月給制:1カ月単位で算定されるが、不就労分の賃金を控除する
- 完全月給制:1カ月単位で算定され、労働時間に関係なく定額で賃金を支給する
といった種類があります。御社が完全月給制を採用しているなら、社員が遅刻や早退をしても賃金は控除できません。また、日給月給制の場合でも、就業規則に、
不就労分の賃金を控除しない
などと定めている場合は、やはり控除できません。
なお、「控除」とは少し違いますが、遅刻の常習者などに対しては、反省を促すために懲戒処分の「減給」にする対応も考えられます。日給月給制の場合、遅刻した時間以上の控除は原則できませんが、就業規則の懲戒事由に該当した社員を減給にする場合、例えば
「3回遅刻をしたら半日分の賃金をマイナスする」といった対応
が認められる可能性があります。ただし、労働基準法上、減給については
1回の額が「平均賃金(過去3カ月間の賃金総額を暦日数で除した金額)の1日分の半額」を超えてはならず、総額が「1回の賃金支払総額の10分の1」を超えてはならない
というルールがあるので、この制限は守らなければなりません。
3 未払い分を支払わなければならない
賃金の未払いは、社員の勤怠報告の間違いなどによって生じます。会社に悪気がないのに生じます。それで確認しておきたいのは、「いつの時点まで遡って支払い賃金を支払う必要があるのか」ということですが、この点は、
賃金請求権を行使できる時点(賃金支払日など)から起算して5年(当面の間3年)
と決まっています。
ただし、災害補償や退職手当などは時効の長さが違います。一覧表にまとめましたので参考にしてください。
4 過払い分を返還してもらわなければならない
賃金の過払いもよく問題になります。過去の裁判では、公立の教職員が6月と12月に支払われる勤勉手当(ボーナス)について、過払い分の返還を求められたのにこれに応じず、不当利得だとして争いになったケース」などがありました(最高裁第一小法廷昭和44年12月18日判決)。気になるのは「いつの時点まで遡って返還を請求できるか」ですが、この点については、
過払いの事実があった時点から10年(ただし、会社が過払いの事実を知ったときはその時点から5年)
と決まっています。
なお、原則として、返還請求できるのは過払い分だけです。ただし、
社員本人が過払いの事実を知っていた場合、利息を付けて返還請求することが可能
です。会社と社員との間で金利についての取り決めがなければ、金利は年3%です(ただし、利率は3年ごとに見直されます。次の見直しは2026年4月1日です)。
過払い分を賃金から控除することもできますが、その場合は労使協定の締結が必要です。また、労使協定を締結している場合も、過払いだからといって一度に控除する金額が多くなると、社員の生活に影響が出る恐れがあるので、このあたりは慎重な対応が求められます。
以上(2024年3月更新)
(監修 みらい総合法律事務所 弁護士 田畠宏一)
pj00214
画像:photoschmidt-Adobe Stock