この記事は、関西1部リーグ(J5相当)に所属する「おこしやす京都AC」で戦術兼分析官を務める龍岡歩(たつおかあゆむ)さんへのインタビューの後編です。龍岡さんは、2021年の天皇杯(JFA 全日本サッカー選手権大会)の2回戦で、おこしやす京都ACがJリーグ(日本プロサッカーリーグ)1部(J1)のサンフレッチェ広島を相手に5対1で勝利する「ジャイアント・キリング(大番狂わせ)」を演じた際の立役者です。
前編では、弱者が強者に勝つための戦術を立てる際の方法と、強者の弱点を見つけるための視点についてお聞きしました。
後編は、弱者には欠かせない、今いる人材の能力を最大限に活かすチームづくりの方法についてお聞きしています。大企業を相手に競っている中小企業の経営者の方々の参考になるお話をご紹介しています。
1 監督は「自分の理想」を抑えて現実に対応している
弱小チームには強者のような実績もネームバリューも資金力もありませんので、欲しい選手を集められるわけではありません。数多くの制約がある中で、ベストなメンバーの配置と戦術を選択する必要があります。
これはサッカー界の究極の命題なのですが、自分たちのやりたい戦術に合った選手を集めてチームをつくるのか、今いる選手たちに合わせた戦術を選ぶべきか、というものがあります。監督のタイプによって分かれるのですが、前者の場合は、欲しい選手を集めるだけの資金力が必要になります。
ですから、世界のプロチームの8割から9割は、現実的な選択として、市場から買える範囲の選手たちでパフォーマンスを最大化させる戦術は何かを模索するところから始めることになります。本当は、どのチームの監督も全員、自分がやりたいサッカーのスタイルを持っているものです。その一方で、今受け持っているチームの資金力にアジャストしなくてはいけないという現実もありますので、理想と現実の間で日々葛藤しているのだと思います。
2 ベストな戦術は適切な能力評価から導く
1)メンバーの強みと弱みを補完する組み合わせを考える
今いる選手たちのパフォーマンスを最大化させるには、まずは選手たちの能力を正しく評価することが大事です。そして、パズルのピースをはめるように、各選手が互いに強みを出して弱点を補完できる組み合わせをしていくことが求められます。
弱点のある選手でも、組み合わせ方次第では凸と凹がかみ合い、トータルで見ると完璧なユニットになることがあります。ただし、選手も人間なので、理想の組み合わせだと思っていても、実際にグラウンドに立つと、選手同士の人間関係がネックになってうまく機能しないこともあります。
このパズルが組み合わさり、11人のユニットができたら、自然と「このチームは、何ができて何ができないのか」が見えてきます。チームの戦術はそこから選択することになります。
面白いもので、どのチームでもある話なのですが、対戦したチームの「とてもうまくて、対戦するのが嫌な選手だ」と思っていた選手を獲得してみると、「あれ? この程度の選手だったっけ?」となることがあります。それで、しばらくしてからその選手を放出するのですが、また対戦したときに、「やっぱりこの選手はうまい」と感じてしまうことがあります。
対戦する相手として見ているときは、選手の怖い部分に注目するものですし、対戦チームも選手の弱点を隠しながら戦うので、上手に見えてしまうものです。ところが、自分のチームに加入すると自然と弱点が分かってしまいますので、評価を下げることになるのです。
ですから、選手の強みと弱みを踏まえた上で、その選手のパフォーマンスを最大に発揮できる場所をつくってあげることが大事です。「エース」と呼ばれる選手は、選手の能力もありますが、その選手の弱みをうまく補って、チームにうまくハマっている状態の選手がエースに見えるという見方もできます。
チームにうまくハマる選手を1人でも多く増やすのが、監督やスタッフの腕の見せ所といえます。
2)地味な働きでチームに貢献する人への正しい評価を
先ほどもお話ししましたが、多くのチームに「エース」がいるものです。中でも、特別なプレーができる選手は「ファンタジスタ」と呼ばれ、その選手のプレーを見るために試合会場に訪れるファンもいます。元フランス代表のジネディーヌ・ジダン選手もファンタジスタの1人で、イタリアのユヴェントスやスペインのレアル・マドリードで、チームの花形として活躍した選手でした。当時の監督は、ジダン選手が心地よくプレーできる環境である「ジダンシステム」とも呼ばれる選手の配置と戦術を採用しました。
ただし、「ジダンシステム」という呼び方は、ファン目線での評価にすぎません。ジダン選手は、華麗なパスやシュートを放てるという分かりやすい強みがある半面、守備などの弱みもありました。ジダン選手の華麗なプレーだけでなく、彼のできないことを肩代わりしてくれる他の選手がいなければチームは勝利できません。チームとしては、ファンの評価とは切り離し、勝利に貢献するための価値として、ジダン選手の華麗なプレーと他の選手の地味な泥臭いプレーを等しく評価していました。
サッカーは点を取る選手だけでなく、その前にアシストする選手も、さらにその前に相手ボールを奪う選手も欠かせません。監督がチームづくりや戦術を練る際は、派手な活躍をしているかどうかではなく、勝利への貢献度を公平な目で評価しなければ、チームは機能しなくなってしまいます。
ですから、監督によっては、チーム内のミーティングでは、「縁の下の力持ち」のような選手を、演技も含めて過剰に褒める人もいます。ファンタジスタなどはファンやメディアが褒めてくれるのでモチベーションは自然と上がりますが、地味な働きをする選手も、監督に評価されているということが分かれば、うれしいですし、少しは満足するものではないでしょうか。
3 トップのマネジメント力が現有戦力を強化する
1)チームにとって絶大な監督の影響力
監督による選手への評価という点に関して、チームのスタッフとなって感じたのは、監督のチームに対する影響力は、思った以上に大きいということです。
そもそも、サッカー選手にとっての最優先事項は、おカネを稼ぐことや試合に勝ちたいというものもあるのですが、一番は試合に出ることです。自分が試合に出られなければ、おカネも稼げませんし、試合に勝っても心の底から喜ぶことはできません。
カテゴリにもよりますが、プロを含めた大人のサッカーチームの選手はだいたい20人から25人、多いと30人になりますが、最初から試合に出られるのは11人だけです。その11人を決める権限を持つ監督の影響力は、選手にとって絶大です。選手たちは、私が思っていた以上に、「この監督だと、どうすれば試合に出られるか」について敏感です。監督が変わればチームの法律が変わるほどの重みがあり、チーム内のルールやモラル、価値判断基準などが全て変わりますし、それこそ選手が朝起きる時間まで変わることもあります。
2)持っている戦力をフル活用するためのマネジメント
これまでお話ししたように、選手の配置と戦術の決定は監督の大きな仕事ですが、それ以外にとてもウエートの大きな仕事が、レギュラーになれない控え選手にモチベーションを与え続けることです。私は、最後に勝ち切るチームとそうでないチームの違いは、ここにあるのではないかと思っています。
お話ししたように、選手にとって最優先事項は試合に出ることですので、基本的にどんな監督に対しても、レギュラーに選ばれている11人の選手たちは「良い監督だ」と評価するものです。逆に、レギュラーに選ばれていない控え選手は、チーム内で不満分子になりがちです。そうなると、チームが取れる戦術の幅が狭くなってしまいます。
1年間という長丁場のリーグ戦で最終的に勝つチームというのは、途中交代した選手が土壇場ですごい活躍をするなど、必ず控え選手の中から“日替わりヒーロー”が出てくるものです。ですが、控え選手のモチベーションが下がっていては、力を発揮してもらうことができません。シーズンを通じて控えの選手を腐らせず、「出番が来たら絶対にやってやる」というモチベーションを保ち続けさせるのは、監督のマネジメント力にかかっています。
3)パフォーマンスに対する評価を言語化して説明する
控え選手へのマネジメントで必要なのは、「働き掛け」です。控え選手が知りたいことは、「どうして自分が試合に出られないのか」「どうすれば試合に出られるのか」に尽きます。その問いに対して、監督が「自分で気付けよ」という感じで突き放すのか、基準を明確に示すかで、控え選手のモチベーションは大きく変わります。基準を明確に示さないと、控え選手は「えこひいきで選んでいるだけじゃないか」と思ってしまいかねません。
例えば、「90分の試合中に、15キロメートル以上走らない人はレギュラーにしない。君は前回の試合で12.5キロメートルしか走っていなかった」と伝えれば、その控え選手は次の1週間で、居残りのランニングを始めるかもしれません。
ただし、レギュラーに選ぶ基準の中で数値化できるのは、全体の2割程度しかありません。残りの8割をいかに言語化して控え選手に納得させられるかが、監督の腕の見せ所だといえます。最も理想的なのは、試合の映像を使って、「この瞬間にこのプレーをする選手は、レギュラーでは使えない。レギュラーの選手は同じようなシーンでは全力で走って、この位置まで行ってるよね」と伝えれば、控え選手はぐうの音も出ません。また、「自分のことをちゃんと見てくれた上で評価(判断)されている」ことが分かれば、「自分のことをろくに見もしないのにベンチに落としている」と感じているときとは、モチベーションが大きく変わってくるものです。
監督が、「自分が監督でいる以上、この瞬間にこのプレーをしない選手は使わないよ」と言えば、その瞬間にそれがチームの法律になります。選手たちはグラウンド外の時間も含めて、その法律に沿って、レギュラーになるための努力をするはずです。そうなると、正しいポジティブなレギュラー争いが起こります。そして、控えの選手も含めたレベルが上がれば、レギュラーになるための基準も引き上げられるという、良いサイクルが働くようになります。と、机上の空論としては言えるのですが、実際のとことは監督を経験していないので何とも言えません。
4 中途人材は実績と現在活躍できていない理由を重視
現在、私は選手の獲得についても担当させていただいています。次のシーズンに向けて、チームのスタイルにかみ合う選手の獲得を進めていきます。
実績、知名度、潤沢な資金のある強者であれば簡単に「誰でも取れます」となりますが、おこしやす京都ACでは、そうはいきません。誰が見ても良い選手はどのチームでも欲しいですから、獲得するには高額になってしまいます。そこで、現在の評価は低いけれども隠れた能力のある選手を探すようにしています。そうした「掘り出し物」は所属チームに支払う移籍金がかかりませんので、資金が少なくても獲得することができます。
まず、現シーズンでレギュラーとしてバリバリ活躍している選手は、獲得リストから外します。その選手が所属するチームも手放したくないはずなので、獲得できる可能性は低いと考えるべきです。
このため、現シーズンでは試合にあまり出られていない選手が獲得の対象になるのですが、そうした選手の中にも、3年、5年単位で遡ってみると、レギュラーだった時期のあった選手と、ずっとレギュラーになれていない選手に分かれます。前者の中で、ある時期はシーズンを通してレギュラーだった選手が急に試合の出場機会がなくなるパターンがあるのですが、このような選手が狙い目になります。
このような選手をリストアップして、なぜ試合の出場機会がなくなってしまったのかを分析していきます。狭い世界ですので、他チームの選手の情報を集めることは難しくありませんし、過去の試合の映像をたどって見ていくだけで分かることもあります。理由の中には、選手が大けがをしてしまったケースや、不祥事を起こしたり、監督などとの人間関係上のトラブルが発生したりした場合など、幾つかのケースに分けられます。その中で最も狙い目なのは、監督が交代したことによってチームのスタイルが変わり、新しいスタイルにかみ合わなくなってしまった選手です。選手の能力自体は落ちていないのですが、選手自身が試合に出してもらえない理由も分からずにくすぶっていることがあります。
不祥事を起こした選手や、人間関係上のトラブルがあったような選手のような、「問題児」や「異分子」も、同情できる背景があったり、更生させられる懐の深いチームであったりすれば、獲得するという選択肢もあると思います。強豪チームは外からの目も気にしますし、選手1人を特別扱いできないでしょうが、小さなチームであれば、時間や手間をかけて選手をチームに溶け込ませる余地があるかもしれません。
【参考文献】
「サッカー店長の戦術入門「ポジショナル」VS.「ストーミング」の未来」(龍岡歩、光文社、2022年2月)
以上
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